第27話 共有
お昼過ぎ、宍戸は昼食と休憩を終え、交代で店長の中嶋がお昼を取りに出掛けて行った。
そこに頭の禿げあがった老人が姿を見せる。両手に抱えているのは――、またもノートパソコンだ。
こんな山奥の小さな村でもパソコンを使っている人はけっこういるものなのだ、と宍戸は改めて驚いていた。いや、むしろこうした村だからこそ、外部との連絡手段としてパソコンはより重宝されているのかもしれない。
やって来た老人は宍戸と目が合うなり「あんたが宍戸さん?」と尋ねてきた。面識はないので、彼もまた噂を聞いてここを訪ねて来たのだろう。
「はい、僕が宍戸ですが――、パソコンの相談事ですか?」
にこやかに応える宍戸。それに対してお客の老人はどうにも挙動不審――、というか、店内の様子を妙に気にしている。今はそのお客と宍戸を除いて、他には誰もいないというのに……。
老人は店のカウンターにパソコンを置くと、宍戸にこれでもかと顔を近付けてこう言った。
「あんた、ここで見たことを絶対口外しないって約束できるかい?」
宍戸にはこの問い掛けの意味がわからなかった。ただ、当然とばかりに頷いてこう答える。
「お客様の情報をもらすことは絶対にありませんよ? オーバーな言い方かもしれませんが、『守秘義務』がありますから」
この言葉に安心したのか、お客は席に着いてパソコンを立ち上げる。真っ黒な画面に白抜きで有名国内メーカーのロゴが表示され、それから数十秒してデスクトップの画面に切り替わった。
その間、お客の老人は忙しなく周囲の様子を窺っていた。それを見て、宍戸は今回の相談内容におおよその察しがついたようだ。
「――これ、なんとかならんもんか?」
老人の名前は「児玉」といった。歳は80間近。年齢を考えると、「とても元気な人」というのが宍戸の印象だった。
彼が持ってきたパソコンの画面には、でかでかと女性の裸体が表示されていた。下半身を晒したその恰好は直視するのも憚られるものだ。
宍戸は心の中で「やっぱり」と呟いていた。アダルトサイトで不正なプログラムでも入れてしまったのだろう。
「下に制限時間があってな! 時間内に支払いの手続きをせんと督促状を送りつけるとか書いてあるんじゃよ! ばあさんと一緒に使ってるパソコンなんで困っとるんじゃ!」
老人の剣幕に気圧される宍戸だが、内心は呆れとかすかな笑いの入り混じった複雑な感情が込み上げていた。男はいくつになってもこういうものなのだろうか……、と。
「――まずは落ち着いてください。こんなものは不正請求です。それに督促もなにも児玉さんの連絡先なんて伝えていないでしょう? 単なる『脅し』なので冷静になってください」
宍戸の言葉を聞いて、児玉はなんとか落ち着きを取り戻していく。
「おそらく不正なプログラムを入れてしまったのだと思います。すぐに除去できると思いますが、『ウイルス駆除』の作業工賃を頂戴しています。税を入れて5,500円になりますが、よろしいですか?」
児玉は返事をするでもなく慌てた様子でポケットから財布を取り出し、お札を何枚かまとめて抜き出した。
特殊詐欺に出くわしたらおしまいだろうな、と宍戸は思っていた。
彼のパソコンに不正プログラムを検知するソフトを入れ、それを起動させる。パソコンの中を点検している画面が表示され、ものの数分でそれも終わった。
宍戸の予想通りで検知に引っかかったプログラムが見つかり、同時に削除を行う。すると、先ほどまでのイヤらしい広告は姿を消した。念のため、パソコンを数回再起動させ、同じ症状が出ないかを確認した。
「問題なさそうです! アダルトサイトを見るな、とは言いませんが、相応にリスクがあることも覚えておいてくださいね!」
児玉は彼の言葉に無言で頷くと、パソコンを両手で抱えてお店をあとにする。そして、ちょうど店の扉を開けたところでお昼休みから戻って来た中嶋とすれ違った。
「おや!? 児玉さん、来てたのかい?」
「ああ、中嶋さん、こんにちは。宍戸さんがこれを直してくれてね。今日はこれでおいとまするよ」
そう言ってそそくさと立ち去る児玉。その背中を、なぜか中嶋は悲しそうな目で見つめていた。
「児玉さん……、奥さんと一緒に使ってるパソコンがおかしくなったって持ってきたんだろう?」
「え……、えーっと、はい。ちょっとした広告の消し方がわからなかったようで」
宍戸はうっかり「アダルトサイト」のことを口走りそうになるのを堪えて、当たりさわりのない言い方をした。
「そっか……。まあ、オレらは困り事を解決してやったらそれでいいんだよな。他にできることもないし」
中嶋の言う意味がわからずに首を傾げ、返事に窮する宍戸。それに対して中嶋は説明するようにこう付け加えた。
「何年か前にもう亡くなってるんだよ、児玉さんとこの奥さん。けど、それからよく相談に来てるんだ。『ばあさんと一緒に使ってるパソコンが――』ってな」
それを聞いても、やはり宍戸はなんと言っていいかわからず無言のままでいるのだった。
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