第28話 村長
夕方、仕入れの商品の整理を終え、宍戸は店の外に出て空を眺めながら身体をうんと伸ばしていた。店長の中嶋は暑がりなのか、店内の冷房はかなり温度を下げている。
時々外に出ないと、宍戸は寒さで体がやられそうだった。首や腰を右に左に軽く捻ったあと、店の中に戻ろうとすると、その背中に声をかけられた。
「宍戸さん、こんにちは。いや――、もう、『こんばんは』の時間かな」
声の主を宍戸は知っていた。その人は、村長「
「これはこれは――、村長さん。こんばんは」
宍戸は丁寧に頭を下げて挨拶をする。そして、顔を上げると尼子と目が合った。歳は60後半か70くらいか。真っ白に染まった髪はそれでも綺麗に整えられている。笑い皺のはっきりした優しそうな老人。
「お仕事中にすみませんねえ。少しだけ宍戸さんに相談したいことがありまして伺った次第なんです」
「――僕に、ですか?」
宍戸は思い当たる節がなく首を軽く捻っていた。
「立ち話もなんですから中に入って下さい。冷房もきいてます」
彼は店の扉を開けて村長を招き入れる。それに気付いて店主の中嶋も飛び出して来て挨拶を交わしていた。
尼子はお客がいつも座っているカウンターの椅子に腰を掛けた。慌てた様子で中嶋は麦茶を入れたコップを運んでくる。
「お忙しい時間に申し訳ないですねえ。店長は私なんか気にせず仕事をしてください。ほんの少しだけ、宍戸さんと話したいだけですから」
村長はそう言うのだが、彼がなにを話しに来たのか気になって中嶋は仕事どころではなかった。幸いにも他のお客はいないので、商品の陳列をするフリをしながら2人の会話に耳を傾けている。
「宍戸さんに相談と言うのは――、『村おこし』に関しての……、若者の率直な意見を聞きたいと思いましてな」
「村おこし……、ですか?」
尼子は宍戸に簡単な説明を始めた。
「すでにご存じかと思いますが――、鹿ヶ峰村は人口が少なく高齢化も進んでおります。あなたのように他所から引っ越してくる人は本当に稀でして……、逆に村の若者は義務教育を終えるとほとんど出て行ってしまっています」
村長の話だと、この村はこの村なりに人を呼び込む工夫や若者に残ってもらうための取り組みをしているそうだ。だが、それらは結果としてうまくいっていない。
「専門外かもしれませんが、若くて――、それも村の外からやって来た宍戸さんの率直な意見を聞きたいのです。このまま村が衰退していくのを見ているわけにもいきませんので」
村長が前置きで触れたように、実際宍戸にとって「村おこし」なんかは専門外だ。ただ、なにか期待されているのなら、それに応えるだけの解答をしたい想いもあったのかもしれない。
下を向き、顎に手を当て考え込む宍戸。何秒かすると顔を上げて尼子に問うてみる。
「これまでの『村おこし』は――、具体的にどういった方法でなされているのですか?」
尼子は「役場の人間の方が詳しく知っているが――」と断ったうえで、季節の写真やイベントを村のホームページに載せたり、空き家の情報を行政のページで閲覧できるようにしている、と言った。他にも、村名産の地酒の通信販売を行っているなどが上がってきた。
それを聞いて、うーんと唸る宍戸。なにか考えがあるのか、どう言葉にするかを迷っているような雰囲気だ。
「SNS……、ソーシャルネットワークを活用されたり、動画の配信などはされていますか?」
「どうでしょうか? 具体的なところは役場の者に聞いてみないとわかりませんが――」
「ホームページの情報は多くの場合、『見つけてもらう』のが前提になります。ですが、無数にある中から鹿ヶ峰村の情報に行きついてくれる人は限られているでしょう。ですから――、逆にこちらから情報を発信していく必要があると思うんです」
尼子は目を見開いていた。どうやら彼は宍戸に相談しながらも、その答えにそれほど期待はしていなかったようだ。
だが、軽く話に触れただけでも彼は彼なりの考えをしっかり持って答えてくれている。
「あの――、宍戸さんがよければ一度、村役場の者と話してもらうことはできませんか? なにかこれまでなかった発想が浮かんでくる気がするのです」
村長の問い掛けに宍戸は中嶋の方を見た。どうやら向こうに聞いてくれ、という意思表示らしい。
「店長、1日だけ宍戸さんをお借りすることはできませんかな?」
中嶋は聞き耳を立てていたので話の流れは大体理解していた。だが、一応は話の内容を確認するために聞き返している。その段階でもう答えは決まっているのだが……。
「オレはひとりでもなんとかなりますので! 宍戸さんをどうか村のために役立てて下さい!」
こうして宍戸は後日、村役場に呼ばれ「村おこし」についての会議に参加することになった。
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