第29話 村おこし

 7月上旬のある日、宍戸は村役場に呼ばれていた。


 「会議室」というより、せいぜい「待合室」程度の小さな部屋に長机を置き、村長の尼子と宍戸含めて5人の人間が集まっている。


 村長は、他3名に予め宍戸についての話をしていたようで、順番に名乗り挨拶をしていった。男性が2人、女性が1人、いずれも50代後半くらいの歳に見える。



「せっかく宍戸さんみたいなお若い方に来ていただいたんです。今日は屈託ない意見を聞かせてください!」



 産業振興課の課長の肩書をもつ「平賀」という男が会議の進行役を務める。やせ細った体格で、頭髪は天辺のあたりがやや薄くなっていた。


 彼の一言で開始早々から皆の視線が宍戸に集まるのだった。


 頭を掻きながら宍戸は何から口にすべきか考えていた。今日に備えて、鹿ヶ峰村のホームページを覗いたり、地酒の通販のページを見てみたりと一通りの下調べはしてきたようだ。


「どうですか、宍戸さん? いきなりでなんですが、ご意見はありませんか?」


 尼子が改めて宍戸に意見を求める。


 ここにいる者たちは本当に自分の意見を求めているのか? ひょっとしたら、都会から出てきた若者なんてこんなものか、と扱き下ろそうとしているのかもしれない――、宍戸はそれくらいに思っていた。


 しかし、自分がなにか言わないことには話が進まない空気になっている。仕方なく、彼は自分が思っているままを口にすることにした。



「まず――、お尋ねしたいのですが、鹿ヶ峰村のホームページの来訪者数を把握している方はいらっしゃいますか? できれば1日、1週間、1か月とデータがあれば望ましいのですが?」



 宍戸の問い掛けに役場の職員は揃って他の人の顔を見ては首を振っている。


「ホームページ自体は外注して、どこかの会社につくってもらっているのだと思います。ですが、その運営状況を把握できていないのは問題だと思います」


 彼がそう言うと、そういったデータを送ってもらえないか外注先に連絡してみると女性の職員は言い始めた。しかし――。


「いいえ、そこまではけっこうです。おそらくですが――、厳しい現実を知るだけだと思いますから。ですので、そういったことを前提にお話ししたいと思います」



 宍戸は立ち上がると、ホワイトボードの前に立ちマジックを手に取った。最初に手にしたものはどうやらインクが乾燥していたようで、別の一本を手に取り、大きく「SNS」と書いた。


「まずは村を多くの人に知ってもらわないと始まりません。そのうえで、もっとも効率的に、且つ低コストで情報を拡散できるのが、SNSの活用です」



 彼は持参した薄型のノートパソコンを取り出し、とある離島のSNSアカウントを開いて見せた。


「――これはあくまで一例ですが、人口の少ない離島の村のSNSです。注目すべきは更新頻度と他のアカウントとの連携です」


 宍戸の話では、この村のアカウントは島から見える美しい景色や収穫された果実、他愛のない野良猫の写真など毎日なにかしらの投稿とコメントがなされている。

 さらに別の都道府県のSNSアカウントを複数フォローしており、相互で情報を拡散し合っているのだ。


「ここにあるのは、『見にきてもらう』受動的な姿勢ではなく、『見せようとする』能動的な姿勢です。いきなりうまくはいかないと思います。ですが、真似事でもいいので、こうした情報発信を積極的に行っていく必要があると思います」



 昨今はSNSの運営元が提供する有料のサービスで、いわゆる「公式アカウント」を作成することができる。より信用性のあるものとして鹿ヶ峰村の公式アカウントを作成し、他の市区町村とフォローし合って情報を発信することを宍戸は提案した。


「幸いこの村には『鹿神の奉納祭』といったイベントもあります。今でもお祭りの日は村の外から人がやって来ると聞いています。でしたら、これを宣伝に使わない手はないと思うんです」


「宣伝……、具体的にはどのように?」


 職員の疑問を待っていたかのように宍戸は話を続ける。


「動画配信です! 祭りの様子――、聞いた話では『演舞』がお祭りの目玉だとか? でしたら、それらをリアルタイムで流したりします。流行りにのってショート動画を撮ってもいいかもしれません」



 ある意味、宍戸の発想は今時の若い人間なら真っ先に浮かぶものなのかもしれない。ゆえに際立った斬新さや新鮮さはない。だが、あくまでそれは「村の外」の話であって、鹿ヶ峰村の中では違っていた。


 役場の職員と村長が今の話を果たしてどこまで理解できているのかは、定かではない。しかし、少なくとも宍戸がいなければ絶対に出てこない意見ではあった。



 ただ、そうは言っても宍戸は、村人――、というより年齢を重ねた人に保守的なイメージをもっていた。ここにいる人たちが自分たちのまったく触れてこなかった「SNS」などという文化を積極的に取り入れてくれるだろうか? きっとその答えは「No」だと思っていた。



「あの……、私、そのSNSの発信! やってみたいと思います!」



 役場の女性職員「小田おだ」の声だ。ふくよかな体型をした「おばさん」を絵に描いたような雰囲気の女性である。

 そして、他の男性職員も受け身ではあるにしろ否定的な意見は口にしなかった。この反応には逆に宍戸も驚かされる。



「いやはや……、嬉しいですよ、宍戸さん。私どもはこうした――、村に刺激と変化をもたらしてくれる人を待っておったのです」



 そう口にしたのは村長の尼子だった。

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