第3話 暗号化

 宍戸は預かったノートパソコンの側面にUSBメモリをひとつ射し込んだ。電源を付けて「F2」のキーを数回続けて押している。

 しかし、画面は真っ黒のまま。彼は電源ボタンを押し続けて電源を切り、同じことを数回繰り返していた。


 ナカジマ電気店に今、お客の姿はない。店主の中嶋は宍戸の様子を見ながら声をかけた。


「森さんのパソコン、どんな感じだい?」


 店主の問い掛けに宍戸は、軽く首を捻ってから答えた。


「Linux系で動かせるかと思ったのですが、うまくいきませんね。筐体を開いてハードディスクを取り出すしかなさそうです」



 パソコンの中にはオペレーション、通称「OS」と呼ばれるシステムが搭載されている。

 このOSにはさまざまな種類があり、店頭正規品にはほぼ共通して入っている有名なものもあれば、「Linux系」と呼ばれる有志によってつくられ、無料配布されているものもあるのだ。


 一言に「パソコンが動かない」と言っても、電源が入らないのか、画面が映らないのか、メーカーのロゴ表示が出ないのか、などなど……、どのような状態で「動かない」のかで、その対処は大きく異なってくる。


 仮にOSがなにかしらの支障をきたして動かなくなっている場合なら、別の手段で動かすことも可能なのだ。宍戸はLinuxを用いてそれを試みようとした。

 しかしながら、彼の憶測は外れたようで、既存以外のシステムを使ったデータの取り出しはできなかった。



 次の方法として、彼はパソコンを分解し、データが保管されているハードディスクだけを外そうとしている。それを別の――、正常に動いているパソコンに接続すると中のデータを「外部記録媒体」として読み込むことが可能なのだ。


 宍戸はカウンター裏の道具箱から精密ドライバーを取り出して、ノートパソコンの背面のネジを外し始めた。



「お客さんの相手はオレがやっとくから。宍戸さんはそっちに集中してていいよ」



 中嶋はそう言った後、「多分、誰も来ないしな」と付け足した。


「ありがとうございます! では、お言葉に甘えてこちらに集中します」


 そう返事をすると宍戸は手際よく小さなネジを外していく。ネジの刺さっていた穴とその周囲が茶色い錆びで汚れており、このパソコンの年季を物語っているようでもあった。


 すべてのネジを外すと、彼は手術に挑む外科医のように、白いゴム手袋を身に付けてパソコンの背面を外すのだった。運が悪いと、手から流れる静電気によって故障することもあるようだ。

 今扱っているパソコンは、「すでに故障している」のだが、それでも宍戸は細心の注意を払って作業に挑む。


 パソコンの中身は基盤やそれを繋ぐ配線とともに大量の埃が詰まっていた。元々は黒色のファンなのだろうが、全体を薄く埃が覆って灰色に見えている。

 宍戸はさらに数本のネジを外した後、手のひらに納まるハードディスクを取り出した。


 早速、業務用に置いてある店のパソコンに繋ぎ、データを見れるか確認する。USBの端子を差し込んだところで、認識音が鳴った。



「おっ? 読み込んだみたいだな。どれどれ、データは見れそうかい?」



 音に気付いて、中嶋も作業を覗きにやってくる。そして、店のパソコンの画面の前でむずかしい顔をしている宍戸に目をやるのだった。


「宍戸さん、これは……?」


 彼の目に映ったのは、認識した外部媒体に南京錠のマークが表示されているところだった。


「ビットロッカー……、『暗号化』がかかっていますね。なかなか一筋縄ではいかないもんです」

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