第43話 奉納演舞
「誰か宍戸さんを見かけませんでした? 撮影の件で打ち合わせする予定だったんですがけど――」
役場の女性、小田がハンカチを片手に汗を拭いながらきょろきょろと神社の境内を見まわしていた。彼女の話ではどうやら、朝一番に神社で今日の最終打ち合わせをする予定だったようだ。
「ワシは見かけてないけど……、朝早いからまだ寝てるんじゃないかい?」
「宍戸さん、自転車なくしてから歩いて電気屋に通ってるらしいじゃないか? 昨日も仕事だったろうし、疲れてるのかもねー?」
「10時になっても姿が見えなかったら迎えに行ったらいいじゃない? そう焦らんでもまだまだ今日は長いから大丈夫、大丈夫!」
村人たちは各々の意見を言いながら、各自の持ち場に散っていく。
小田は何度かやりとりした印象から、宍戸が連絡なしに遅刻してくることはないと考えていた。メッセージは1通送っているが、それの返事も来ていない。
スマートフォンの画面と、そこに表示された時間を見ながら電話すべきかどうか迷う彼女だが、誰かが言った通りで、まだ決して急ぐような時間ではなかった。
そのため、小田はひとり頷くと電話するのを止めて、村おこし用に立ち上げた鹿ヶ峰村のSNSアカウントのページを開く。
宍戸とマメに連絡を取りながら、彼女の継続的な更新もあってフォロー数は着々と増えており、お祭り当日である今日に限っては応援のメッセージも何件か届いていた。
まだ大きな成果が出たわけではないが、これまでとは違って目に見えて「変化」を感じ取ることができ、小田は満足していた。
彼女は今日のお祭りをきっかけにフォロワー数を大幅に増やす、という目標を密かに掲げ、そのために今日1日を費やすと決めていた。
◇◇◇
純白の小袖と緋色の袴を纏った百合子は、1mほどの鏡の前に立ち、その表情を引き締めた。
今日を終えれば彼女は村の「巫女」としての役割を全うし、しきたりの都合、その役割が回ってくることは2度とない。
神主から声がかかり、神社の神楽殿に向かって歩く百合子。彼女の姿を見た村人たちはまるで神仏かのように拝んでいる。
「美しい巫女様じゃ」
「まぁまぁ……、立派になって――」
「神々しさすら感じますのう」
「さすが山中さんとこのご令嬢じゃ」
さまざまな言葉が背中から飛び込んでくるが、彼女は表情ひとつ変えずに神主に続いて美しい所作で神楽殿の舞台へと上がっていった。
時刻は午後3時、日中の暑さはしっかり残っており、百合子は奉納の演舞を舞う前からすでに汗をかいていた。首から背中へとその一滴が伝っていくの感じる。
舞台の周りには多くの人が集まっていた。よく知っている村人の顔が最前列に並び、中にはビデオカメラを構えている者もいる。余所行きの小奇麗な格好をしている人たちはきっと村の外から来た人だろう。
百合子は視線を横に滑らせ、宍戸の姿を探した。
演舞の始まる前に一度会っておきたかったのだが、結局会えずじまい。ケータイへ送ったメッセージも返信は来ていなかった。
巫女装束に着替えるとスマートフォンを収納するスペースがないので、しばらく連絡をとれない。演舞の時間自体はそれほど長くはないが、そのあともしばらくの間はこの格好のままあれこれ連れまわされるのを彼女は知っている。
そして、陽がおちる頃には――、「生贄の儀」があるのだ。
村長の尼子から直々に挨拶があり、百合子にとってはもう何度耳にしたか、「奉納演舞」の簡単な説明がなされていた。
彼女は舞台の中央に立ち、下を向きながら時折その視線を上げて前の列から順番に人の顔を見て、宍戸をずっと探していた。
『――いない。見つからないじゃなくてきっと来ていないんだわ。どうしたんだろう?』
彼女は大勢の中から見知った人を探すのが得意だった。不思議と意中の人だけが集団の中でも浮いたように目立って見える気がするのだ。そんな彼女だからこそ、今この場で「見つけられない」のではなく、「いない」のだと悟った。
なにかトラブルに巻き込まれていないだろうか? 今朝から一度も顔を見ていないため百合子はなにか胸騒ぎがしていた。今すぐにでもスマートフォンを見て、メッセージの返事が届いていないか確認したい衝動に駆られる。
しかし、村長の話が終わり、いよいよ演舞が始まる合図がされると彼女は一変して集中力を取り戻した。
鈴と和太鼓の音が辺りに響き渡る。
太鼓の音は体の中にまで振動が伝わってくる。演舞は「踊り」といった雰囲気ではなく、例えるなら、空手の「型」のようだった。
短く区切られた鈴と和太鼓の音とともに、百合子は「静」と「動」が明確にわかれた厳かな舞を披露する。
一呼吸おいて、観客席から感嘆の声。もう一呼吸遅れて、拍手の音が鳴り響く。そして、次の瞬間にはそれらをかき消すように、また太鼓の音が鳴る。
村のお祭りや演舞に対し、決して積極的ではなかった百合子だが、この瞬間だけはまるでなにかが憑依したかのように圧巻の舞を披露して見せた。
誰もが思わず息を呑み、彼女の可憐さとそれとは相反する荘厳な舞の迫力に目を奪われる。
かすかに傾いていた陽の光は、まるで百合子の舞を称えるように舞台を照らす。まさに村の神を迎え入り、敬うに相応しい情景がそこには繰り広げられていた。
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