第58話 見えない
百合子の話を聞き終わり、警察官の2人はまず「君はまったく悪くない」と何度も口にした。表情だけを見ると、百合子がそれほどこの件で気に病んでいる気配はない。
ただ、今回の話や以前に聞いた「生贄の儀」の話など――、彼女は心の内に秘めているものが多くある。ゆえに今も、表面的に繕って見えるが内心どうなのかまではわからなかった。
百合子はついでとばかりに宍戸の捜索状況について尋ねていた。だが、警察が安易に捜査情報を洩らすことはなく、そもそも彼の居場所は依然として掴めていないため、目新しい情報はなかった。
「あの――、刑事さんは、パソコンに詳しいですか?」
彼女の口から飛び出した意外な質問に、警察官の2人は一瞬お互いの顔を見合わせる。
百合子の質問に答えたのは、女性警官の方だった。
「私たちそっちの専門ではないから。最低限の知識はあるけど詳しいか、と問われると、きっと詳しくない部類に入るんじゃないかしらね?」
「そうですか。あの――、遠隔操作するウィルスとか見つかったって話あったじゃないですか? あれって事後だから元に辿り着けなかったのかなって?」
ベテラン警官は、百合子の話す内容の裏を読もうとしていた。
「事後だから元に辿り着けない」、裏を返すと、操られている最中なら追跡できるのか、という意味だろうか?
「どうだろう? 電話の逆探知なんかも通話中にその場所を特定していくから、あるいはパソコンの遠隔操作も似た感じなのかもしれないけど……。正直、専門外だな」
「――ですよね。変なこと聞いてごめんなさい」
「いや……、なにか気になることがあるのかな?」
「いいえ、単なる好奇心です。私もパソコンとかはさっぱりなんで」
その後、百合子と警察官2人は簡単な言葉を交わしてファミリーレストランを後にする。
警察官は百合子の話したコンピュータウイルスに関する質問に違和感を覚えつつも、それ以上、彼女の口からなにかが語られることはなかった。
陽が完全に沈みきった時間、帰宅した百合子は自宅のベッドに背中から飛び込み、呆然と真っ白な天井を見つめていた。
「――熊谷のオヤジ、いなくなって清々するわ」
口にした後、百合子ははっと我に返った。思わず口からこぼれた言葉は彼女すら意図していなかったものだった。
ただ、改めて思うと今のが自分の本心なのかもしれない。ずっと表に出さないようにしてきたが、彼女は心の底から熊谷を代表とする――、一部の村の人間を軽蔑していた。
自分にもこうした人に見せない顔があるように、どの村人にだって――、宍戸にだってそうした「見えない顔」があるのだろうと百合子は思っていた。
彼女は独りになったとき、宍戸を思い出すことがある。
警察の捜査情報はそれほど詳しく伝わってきていない。
彼が15年前の事件の復讐で今回の出来事を引き起こしたであろうことは、まだ一部の捜査官しか知らないのだ。
ゆえに多くの村人にとって宍戸は、多くの人を騙し陥れた大罪人の扱いとなっている。
百合子は考えた。宍戸が自分と接するときに見せていた表情、電気屋で働いていたときにお客に見せていた姿。あれもすべて村人を欺くために演じていたものなのか、と?
もしも、そうなら本当の「宍戸 駿」とは一体どんな人物だっただろう、と……。
彼女はひとり、そんな考えに耽りながら机に置いているノートパソコンに目を向けた。かれこれ3か月くらいだろうか、百合子はその機器の電源を入れていない。
警察は、電気屋の仕事で宍戸がかかわったであろうパソコンをほとんど調べていた。そして、そのほとんどから「トロイの木馬」と呼ばれる系統のコンピュータウイルスが見つかったのだ。
ただ、百合子のパソコンはまだ警察も手を触れていない。他ならぬ彼女が申告をしていないからだ。この機器も初期設定の段階で宍戸に手伝ってもらっている。すなわち、彼がかかわったパソコンの1つなのだ。
もし、ここにトロイの木馬なるウイルスが仕込まれているならそれは、どんなものだろうか?
仮に遠隔操作を施すものであったなら、このパソコンは百合子にとって唯一、「宍戸 駿」の元へと繋がる手がかりとなる。
彼女はその機器の筐体をじっと見つめながら電源ボタンに手を伸ばし――、そのスイッチを入れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます