第1章 生きた証

第1話 よそ者

 山間にある小さな集落、「鹿ケ峰しかがみね村」。総人口は1,000人に満たない。

 若者の多くは、高校、大学と進むにつれて都会へと出て行き、年々過疎化と高齢化が進んでいる。


 ここに昨年の秋ごろ、1人の若者が引っ越してきた。名は「宍戸ししど 駿しゅん」、年齢は28。元は都心にオフィスを構える企業で働いていたようだ。


 他所から――、それも単身で村に引っ越してくる人はとても珍しく、村人たちは当初、宍戸のことを不思議がっていた。



「都会の喧騒に疲れましてね。自然に囲まれたところで、ゆっくりと暮らすのが昔からの夢だったんです」



 彼は引っ越してきた理由をそう話していた。小さい村にゆえに、他所からの人間の噂は人伝で瞬く間に広がっていく。外界との関りが薄いゆえか、村人たちは最初、宍戸のことを警戒していた。


 「除け者」とまでは言わないが、積極的に関わりをもとうとする者はほとんどいなかった。そうでありながら、彼の行動をまるで監視するように村人は注視していたのだ。

 彼らの中に、「都会の人間は人付き合いを嫌う」といった先入観もあったのかもしれない。


 だが、宍戸はそういった印象とはかけ離れた人間だった。


 引っ越しの当日は、ご近所や村長宅へわざわざ足を運んで挨拶をしていた。見ず知らずの人相手でも、道ですれ違えば愛想よく挨拶をし、一言二言の言葉を交わす。引っ越してきた家の周囲を毎朝すすんで掃除もしていた。


 冬場は雪が降り積もるこの村で、家の周りの雪かきをするどころか、ご近所を手伝ってまわっていた。他にも村の清掃活動や防犯活動など、他所からやって来た人間とは思えないほど積極的に関わっていた。



 突然やって来た人間が簡単にコミュニティに溶け込めるほど、村社会は簡単なものではない。しかし、宍戸の行いや人となりを見て、周囲の人々は次第に彼への警戒を解いていくのだった。


 そんなある日、宍戸は村に1件しかない電気屋「ナカジマ電気店」を訪れる。店主の中嶋に「ここで働かせてもらえないか?」と申し出たのだ。


 彼は都会に住んでいた頃、社内エンジニアをしていたようだ。電子機器の扱いに長けており、特にパソコン関係の知識はとても優れていた。



「仕事の経験もありますが、半分は趣味ですよ。機械いじりが昔から好きなんです」



 人に尋ねられた時、彼は人懐っこい笑顔でそう答えていた。


 電気屋の店主、中嶋は宍戸の申し出に頭を悩ませた。人手が増えるのは願ってもない話。だが、何分小さな村の店である。店主ひとりの生活だけならいざしらず、従業員を雇うほどの稼ぎがあるかというと疑問だった。


 しかし、そんな店主に対して宍戸はこう言った。


「それほど多くは望みませんよ? このご時世ですから、インターネットを使って仕事をしています。ですが――、なんと言いますか、もっと村の人たちと関わり合える仕事もしたいと思いまして」


 宍戸は、店主の提示した学生アルバイト程度の賃金で快く働くことを了承した。もちろん彼の「本業」もあるので毎日ではないが、週の半分程度をここ、「ナカジマ電気店」で働くようになったのだ。



 山間の村といえども、電気・水道・ガスはもちろん、家の固定回線やケータイ電話の通信網は整っている。


 店主の話では、ここ数年は例の感染症も相まって「オンライン帰省」が増えている。村を出て行った者が直接帰るのではなく、通信技術を使って「帰省もどき」をするのだ。


 そうした事情もあって、電子機器――、とりわけパソコンに詳しい宍戸が電気屋にいるのは頼もしい限りだった。



「いやー最近の――、なんだっけ? ズームとかなんとか? ああいうのはオレら触ってこなかったからさ。正直、ご近所から相談されてもわかんなかったんだよね。一応、村の電気屋はここだけだからオレも勉強はしてるんだけどさ……」



 店主の中嶋は照れた表情で、頭を掻きながら宍戸にそう洩らしていた。彼がお店にやって来てからは、パソコン関係の相談はほぼ任せきりのようだ。

 店主の歳は60手前。新しいこと――、とりわけパソコンやスマートフォンについて覚えるのをむずかしく感じていた。


「パソコンを触るのは好きですから、お任せください」


 宍戸が電気屋に働くようになってから、彼はすっかり村人から頼られる存在となっていた。

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