第6章 文化祭の日になりました -5-
「赤字にならなかったってことで、喜んでおけよ」
「カア。吾輩にも感謝しろヨ」
いつの間にか現れたカラスが、会話に割り込んできた。定位置の優月の頭に止まって、偉そうにふんぞり返っている。その脚を引っ掴み、自分の前に引き寄せる。
「カっちゃんさ、あんまり目立つ行動してほしくないって分かってるよね? 何であんなめちゃくちゃ人目につくようなことしたのかな」
翔太の時と同じ、顔は笑っているけれど目は笑っていない優月から発せられる怒りのオーラに、カっちゃんは震えながらクチバシをパクパクさせる。
「カ、カア……。お前がちゃんと働いてるか様子を見にいったラア、客が多くて大変だカラ、手伝えと言われたんダア……」
「手伝えと言う方も言う方だけど、やる方もやる方じゃない? 三本足の喋るカラスなんて、目立つし、動画に撮られて拡散でもされたら、一気に身バレだよ? そうなったらどうしてくれるの」
「カア。それは平気ダア。吾輩の力を持ってすれバア、あの変な機械を取り出した瞬間に記憶を制御するくらいは朝飯前ダア。祭りが終われバア、吾輩のこともきれいさっぱり忘れ去っているだろうナア。そもそも吾輩ハア、あの翔太とかいう小僧の願いを叶えてやっただけダア。文句はあの小僧に言うんダア」
スマートフォンを取り出そうものなら、問答無用で何をしようとしていたか(下手をしたらスマートフォンという文明の利器の存在も?)を忘れさせて、ネットでの拡散は予防してくれたらしい。そんな気が回るくせに、そもそも手伝いを拒否するという考えには至らなかったのだろうか。
そして悲しいかな、翔太の願いは届くのに、そもそも目立たないようにしてくれという優月の願いは届かない。
「まあ、その辺にしとけよ。こいつのお陰で繁盛したってのは事実なんだし。おいカラス、この空き缶捨ててきてくれ。そうしたら今回のことは水に流すってことで、どうだ?」
「まあ、過ぎたことは仕方ないしね。それでいいよ」
「カア!? 吾輩をこき使う気カア!?」
「母さんにしばらくお酒出さないように言っておこうかな」
「カア! 仕方ないナア!」
カっちゃんは空き缶二つを足で掴んで、飛び去って行った。
「カア! まったくカラス遣いの荒い奴らだナア!」
そう文句を言いながら。
「……記憶を操作できるなら、俺や隼人の時にそうすりゃよかったんじゃねえか?」
「確かに。友達になれた今なら別に知られてもどうってことはないんだけど……」
賢いんだか抜けてるんだか分からない神様を見送って、優月と宇良は顔を見合わせて笑いあった。終わり良ければすべて良し、そう納得することにした。
ここまでなら笑い話で済んだ。しかし、とある者たちの乱入によって、状況は一変することになる。
「おうおう、番長の宇良サンじゃないの」
見知らぬ五名の少年がやってきた。派手な服装を着崩して、下卑た笑みを浮かべ、蔑むような目で宇良を見ている。一言でいえば、ガラが悪い連中だ。一人だけ金髪で、声の元は彼だ。
「なんだお前らは」
「ああ? ふざけんなよ、てめえ。殴り合いしといて俺のことを覚えてないってのか。こっちはてめえのせいで大怪我したんだぞ」
過去に宇良とケンカした不良集団だった。話し方や態度の端々から小物臭がする。これでは、宇良に一撃すら与えられずに返り討ちに遭ったことだろう。
「いちいち覚えてられるか。これまで何人からケンカ売られたと思ってやがる」
「人気者で羨ましい限りだな」
五人を代表して喋っている金髪の少年が、宇良の目の前までやって来て、顔を近づけてガンを飛ばしている。それに対して、宇良は微動だにしない。
「悪いがお前らの相手をしてる暇はない。邪魔だからどっか行け」
「あんだと、こら」
適当にあしらった宇良の態度に激昂し、宇良の胸倉を掴んだ。次の瞬間、金髪の少年は宙に舞っていた。
「ぐあっ!」
金髪の少年は背中から地面に叩きつけられた。大の字になり、苦悶に満ちた顔で呻いている。彼が宇良の胸倉を掴んだ刹那、宇良に投げ飛ばされたのだった。勝負にすらならなかった。簡単にやられた仲間を見て、他の四人は驚愕の表情を浮かべている。
「こんな腕でよく覚えられてると思ったな。おい、邪魔だから、こいつ連れて帰れ」
四人の不良に言い放つが、彼らは怯えて動けなくなっている。宇良の圧倒的な強さの前に、戦意を喪失したようだった。
勝負あり――。その場の誰もがそう思っていた。
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