第8章 さよなら~後編~ -8-

 それからはあっという間で、気づいたら受験生になっていて、気づいたら受験を終えていて、気づいたら卒業式を迎えていた。そんな感じだ。


 正直に言えば、その間に、あのカプセルトイをくれたおじいさんを探して街中を歩き回った。依代箱があれば、またカっちゃんたちを呼び出せると思ったからだ。結局、おじいさんは見つからなかった。


「結局、誰だったんだろうな。そのじいさんは」


 いつだったか宇良にそう聞かれたけれど、優月にも分からない。道に迷っていたところをちょっと助けてあげただけの関係で、どこの誰とも知れないのだ。


 だから、きっぱり諦めた。神様の力に甘えて、神様の力に頼りきってしまうと、いずれ自分で努力することを忘れて他力本願な人間になってしまう。優月を攫った市議会議員のように、間違った道を進んでしまう。そんなことになったら、優月を救ってくれたカっちゃんたちに顔向けできない。


 前を向いて生きることにしたのだ。もう会えなくても、彼らとの思い出は優月たちの心にずっとあるのだから。


「翔太と優月は、大学で何を学ぶんだ? さすがに学部は違うだろ」


 いつまでも背後に隠れている翔太を摘まみだして、優月の隣に並べた。翔太はニッと笑う。


「オレは社会学部だ! メイド喫茶に行くと、なぜああも萌えを感じるのか、ちゃんと解き明かしてやりたい」


「そ、そうか。ま、まあ頑張れ……」


 宇良の顔が引きつった。その気持ちは優月もよく分かる。学部の志望動機を聞かされた時は、優月もドン引きしたから。翔太に言わせれば、探せば論文も出てくるれっきとした学問テーマらしいけど。翔太の場合、動機が不純そうで心配だ。


「優月は?」


 引きつった顔をなんとか修正して、今度は優月に話題を振る。優月は立ち止まり、空を仰ぐ。晴れた空。卒業生の門出を祝福する桜の木。電線には、小鳥たちが止まっている。


「僕は、日本神話を学ぼうと思ってるよ」


 そこには、きっとカっちゃんたちの名前があるはずだから。カっちゃんが聞いたら、今さらかと言われてしまうかもしれないけれど、カっちゃんたちの歴史を、活躍を、きちんと知りたい。


「そうか」


 宇良は短く返事をして、優月の頭をポンと軽く叩いた。


「おっとー? 過保護宇良くんの登場かなー? 登下校にバイト通勤まで、ずっと健気に優月に付き添ったもんなあ」


「うるせえぞ翔太。それ以上言うとぶっとばす」


「こわーい」


 今度は、優月の後ろに隠れる。翔太の方が優月より大きいんだから、丸見えなのに。


 確かに宇良はあの一件以降、ちょっと過保護になった。けれど、香織は頼もしいボディーガードの登場を大変喜んでいた。息子が誘拐されて、命に関わるような事態になったのだから、親としては一人で通学させるのが心配だったのだろう。


 宇良と隼人は一足先に社会人になってしまって、優月とは生活リズムが変わってしまうけれど、これからも良い友人でいられる。心からそう思える。


「カア」


 カラスの鳴き声がして、優月ははっと見上げる。カラスが数羽、木に止まっていた。どれも二本足の、普通のカラスだった。


「優月……」


 翔太が心配そうな表情を向けてくる。


「大丈夫。自分の足で歩くって約束したから」


 桜色に染まった道を、優月は歩き出した。かけがえのない友人たちも、それに続く。

 木に止まっていたカラスが飛び立ち、彼らの頭上を飛んで行った。最後のカラスの影が、優月に重なった。


 三本足のカラスの影が、通り過ぎて行った。

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