第8章 さよなら~後編~ -7-

 桜が舞っている。去る人を見送り、来る人を出迎えるように。


 優月は前者だ。この日は、優月の卒業式。慣れ親しんだ制服に袖を通す、最後の日。リハーサル通りに進む卒業式本番は、リハーサルとは違って壁が紅白幕で飾られ、全校生徒に加えて卒業生の保護者など大勢の人が集まっている。


 卒業式なのだから当たり前なのだけれど、この日で高校生活も最後なんだなと実感させられる。校長先生の長い話も、最後と思えば感慨深いものだ。


 式が終わり、教室に戻ると、最後のホームルーム。振袖を着た担任教師が、ハンカチで涙を拭いながら、優月たちとの思い出を語る。それを聞いたクラスメイトたちからも、鼻を啜る音が聞こえる。


 三年間を懐かしむように、惜しむように、クラスメイトたちは泣いて笑って、なかなか教室を出ようとしなかった。


 優月は、翔太、宇良、隼人と一緒に、校内を歩いた。三年間の高校生活の軌跡をたどるように、歌をうたった音楽室や、実験をした理科室、お世話になった保健室などを回った。いつぞや乱闘騒ぎがあった校舎裏では、宇良を慕う子分たちが集まっていて、宇良や隼人との別れを名残惜しんでいた。


 彼らとの別れも済ませ、桜並木を四人で歩く。翔太が後ろ歩きしながら尋ねる。


「卒業後は、宇良と隼人は就職だったよな」


「ああ。俺は大学行ってまで勉強したくねえし。宇良はもったいないと思うけどな」


「俺はとっとと家を出て一人暮らしするのが最優先だ。大学なんて、行きたきゃ後からでも行けるだろ」


 宇良を怖がってまともに会話もしない両親のもとで過ごすより、さっさと就職して生活費を手に入れ、実家を離れて暮らすほうが幸せだという。社会人になってから大学に通うのは、なかなかハードルが高いことだが、あっけらかんと行けると言える宇良。やはり、ちょっともったいないと感じてしまう三人だった。今度は宇良が翔太に顔を向けて問う。


「そういうお前らは進学だろ? しかも同じ大学とは、とことん腐れ縁だな」


「まあな。オレが優月を守ってやるから、安心していいんだぞ?」


「蹴るよ?」


 優月が天地人キックの構えをするやいなや、翔太が宇良の影に隠れる。それを見て、みんなで笑った。




 優月が黄泉の国にいたあの日。カっちゃんたち三柱の神が黄泉の国へ優月を助けに行く前に、翔太たちに言い残していったのだ。


 カっちゃんたち神様が黄泉の国へ行けば、もう現世には戻ってこられないと。だから、もし優月が現世に戻ってこられた場合は、翔太たちに優月を助けてやってほしいと。


 ――まったく。最後の最後まで、世話焼きなんだから。


 依代箱の光に飛び込んだ優月は、気が付いたら病院にいた。現世に帰って来られたのだ。医者には奇跡だと言われた。それどころか、あの日負った大怪我もみるみるうちに回復し、冬休み明けは普通に登校していたくらいだった。


 退院して自宅に戻ったときは、ほんの少し、期待した。カっちゃんたちが、出迎えてくれるんじゃないかって。けれど、その願いは叶わなかった。カっちゃんも、ポチも、キー坊も、いなかった。カっちゃんが過ごした神棚や、ポチとキー坊の散歩用のリードがぽつんとあるだけだった。


 本当にいなくなってしまったんだと実感したその日の夜は、一晩中泣いた。


 どういうわけか、真司も香織もカっちゃんたちに関する記憶が無くなっていて、ペットなど飼っていなかったはずなのに置いてある犬のリードや、やけに種類が増えた日本酒を見て不思議がっていた。


 もしかしてと翔太や宇良に確認をしたら、彼らの記憶はそのままだった。カっちゃんたちのことを覚えているのは、たった四人だけになってしまっていた。


「きっと、優月が危険な目に遭わないように、オレたち以外の人からは神様と過ごした記憶を消したんじゃないかな」


 翔太はそう言った。確証はないけれど、優月も宇良もそうだと感じた。カっちゃんを普通にペットだと思っていた隼人は、何の話か分からない様子だったけれど。

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