第8章 さよなら~後編~
第8章 さよなら~後編~ -1-
優月は起き上がった。自分の身体を確かめてみたが、全く濡れていない。ひどく苦しい夢を見ていた気がする。早くみんなに会いたい。「夢くらいで大げさだなあ」と笑ってもらいたい。
「ここは……」
真っ暗だった。床も、天井も、壁も分からない。自分以外が全て闇。
「宇良くん……? 隼人君……?」
友の名を呼んでみる。夢で助けに来てくれたはずの友。いくら呼んでも、返事はない。
「カっちゃん……。ポチ、キー坊」
神でありながら、ペットになってしまった友の名を呼んでみる。優月の頭に止まって勝手なことを言うカラスも、散歩の度に優月以上の力で引っ張る犬も、おやつを食べ過ぎてヘソ天して寝る猿も、来てくれない。
「みんな、どこなの……」
呼びかけに応えるものはいない。どうしようもない孤独に、優月の心は押しつぶされそうになっていた。座り込み、顔を伏せる。作られた闇の中から、自分で作った闇の中に逃げようとした。
「坊や、どうしたの」
不意に、優しくてあたたかい、女性の声が聞こえた。優月が顔を上げれば、さっきまでは無かったはずの、松明の灯があった。優月を囲むように円形に並んだ松明の火の揺らぎを眺めていると、松明の円の中にひとつの姿が入ってきた。
香織の誕生日に贈ったパジャマのように真っ白い着物を纏い、扇を手に持った、美しい女性だった。
「あの、僕……その」
「一人でここにいたの?」
うまく言葉を繋げない優月に代わって、女性が尋ねてきた。優月は何度も頷く。そして、優月の顔は勝手に歪んでいって、目からは勝手に涙が溢れた。
「まあ。寂しい思いをしたのね」
優月に歩み寄った女性は、着物が濡れるのも構わず、嗚咽する優月を抱きしめた。優しく頭を撫でてくれたその手は、どこか懐かしさを覚え、安心を与えてくれた。彼女は優月が落ち着くまで待って、ようやく離れた。
「寒かったことでしょう。いま、温かいお茶を用意しましょう」
女性は一度背を向け、
「お上がりなさい。遠慮しなくていいのよ」
「ありがとうございます。いただきます」
茶碗を手に取り、口に近づける。口にする寸前で、手を止めた。いい香りなのに、なんとなく、苦手だった。いただきますを言った手前、断るのも忍びないが、喉を通りそうになかった。
「そうだ、ここはどこなんですか」
話題を変え、茶碗を置いた。
「お口に合わなかったかしら」
女性は悲しそうに眉を下げた。気まずい。しかし、優月はどうしてもこれを飲もうとは思えなかった。
「すみません……。今は気分ではなくて」
「それでも、何か口にしなければ力が出ませんよ。そうだ、お食事を作らせるわ。いらっしゃい」
女性は優月の手を引いて、闇の中を歩き出した。
連れてこられたのは、時代劇で見るような和室。悪代官が悪徳商人と向かい合って、「お主も悪よのう」とでも言いながら賄賂を受け取っていそうな空間だ。
女性が一度席を外すと、代わりにたくさんの着物姿の女性と思われる集団がぞろぞろと入ってきた。女性と思われる、という表現をしたのは、彼女たちの顔が真っ黒で見えなかったから。のっぺらぼうとは違って、鼻や口の輪郭は見えるのだが、全てが黒い。着物と長い髪、顔の輪郭しか判断材料はなく、それらから女性だと優月は思った。
彼女たちはめいめいに食べ物を乗せた膳を持っており、代わる代わる優月の前に置いていった。あっという間に、優月の前には豪華な食事が並んだ。
用意が終わると、先ほどの女性が戻り、柔らかい微笑みを向けた。
「さあ、召し上がれ。食事が終わったら、坊やが知りたいことを教えてあげましょう」
眼前に並んだ豪華絢爛な食事に、優月の喉が鳴る。全く食指が動かなかった先ほどとは打って変わり、今は食欲が湧いてきている。心なしか、お腹が空いたような気がする。
「いただきます!」
腹が減っては戦ができぬとばかりにがつがつ食べ始めた。そんな様子を、女性は妖しく微笑みながら眺めていた。
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