第7章 さよなら~前編~ -8-

 両開きの自動ドアが開いた。坂本さんだった。


「坂本さん。どうしたんですか」


 翔太が驚いて走り寄った。


「優月に何かあったんですか!?」


「ううん、違うの。君達、さっきはごめんなさいね」


 そう言って頭を下げる坂本さんに、三人の高校生は面食らった。頭を上げた坂本さんは、困ったように微笑む。


「ひどいことを言った香織を許してあげてほしいの。子供が命の危機に瀕したら、親はああなってしまうわ。親なのに、何もできなくて、悔しくて……。君達のせいじゃないって、頭では分かっていても、感情がそれを認めないのよ」


「そんなことないです……俺が……だらしなかったから」


「君達は必死で優月君を探して、守ろうとしてくれたんでしょう? 本当に、優月君はいい友達を持ったわ」


 目に浮かんだ雫を、坂本さんは手で拭った。


「宇良君……だったかしら。優月君が元気になったら、また遊んであげてちょうだい。あたしが決めていいことじゃないんだけど、優月君さえ復活すれば、香織ならそう言うと思う。これでも、あたし達の付き合いは長いのよ。君達にだって、負けてないんだから」


 いたずらっぽく笑う坂本さんにつられて、翔太たちも顔が綻んだ。


「君達、帰れっていっても、残りたいわよね。よかったら、あたしの車の中にいていいわよ。本当は、未成年を夜遅くに外にいさせるようなことはしたらダメなんだけど」


 坂本さんがポケットから車のキーを出してぶらぶらさせる。坂本さんが動いたため、自動ドアが反応して開く。


「あ、でも、ちゃんと親御さんには電話で連絡を……」


 坂本さんの言葉は、病院の奥から聞こえてきた絶叫によって遮られた。声の主は。


「香織……?」


 血相を変えて駆け出した坂本さんを、宇良たちも追う。廊下の先で、香織が床に座り込み、両手で顔を覆って叫んでいた。真司は、香織の肩を抱いて震えている。優月の両親が、力なく佇む医師を前に、感情のままに泣いていた。


「嘘でしょ……そんな」


 その様子を見て、何があったのかを察した坂本さんが、へたり込んでしまった。


「優月君……」


 坂本さんの頬を、ぬるい雫が伝った。宇良は、拳を握りしめ、その場から走り去った。病院から出ると、雪は大粒になり、木を、道を、青白く変えていた。綺麗な絨毯を汚すように足跡を残せば、宇良をあざ笑うかのように滑らせ、転ばせてくる。

 冷たい泥に、宇良の目から流れ出た水滴が落ちて混ざっていく。


「……くしょう、ちくしょう!」


「宇良! やめろ!」


 拳が砕けんばかりに地面を殴りつける宇良を、隼人が無理やり引き剥がした。


「優月を……苦しめんな」


 隼人の声は、消え入りそうなほどに弱々しかった。


「優月……優月……!」


 降る雪がぼんやり滲む。全員の目が濡れていた。翔太も、宇良も、隼人も。優月がいなければ、繋がることはなかっただろう彼らは、途方を失ったように嗚咽を漏らす。トナカイがいなくなった三人のサンタは、スノードームに取り残されたまま、煌めく光にさらされた。


「カア! 勝手に諦めるナア!」


「キャン!」


「キキッ!」


 カっちゃんが三人の元へ降り立った。ポチとキー坊も一緒だ。彼らの視線が三柱に集まる。


「カア。まだ優月が死んだわけじゃないんダア。命が助かっても、植物状態になる可能性が高いと言われたんダア」


「そんなの……死んでないだけだろうが……!」


 死んでいなくなるか、生きているが二度と反応してくれないかの違い。そんなの、自分たちが知っている優月がいなくなってしまったことに変わりは無い。

 そんな三人を一喝し、カっちゃんが言う。


「カア。ひとつだけ方法があるんダア。うまくいくかどうかハア、やってみなけりゃ分からないガア……」


「キキッ」


 キー坊が、背中に背負ったもの――依代箱が入ったボストンバッグを見せる。


 街灯が、祝福の雪に囲まれて消えてしまいそうになっている。

 凍えてしまいそうなスノードームに集まった、優月を大切に思う三人と三柱の面々が、最後の賭けに出ようとしていた。

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