第6章 文化祭の日になりました -4-

 校内に戻ると、店に続く廊下に長い行列ができていた。アトラクション系の出し物をやっているのは上の階だし、バンドのライブをやっているのは体育館で逆方向だし、何かあったかしらと思いながら、列に並ぶ彼らの横を歩いていると。


「この先の店の前で、めっちゃ面白い呼び込みしてるらしいよ」


 行列のどこかからそんな話が聞こえてきた。

 ――店の前で呼び込み? それならうちのクラスじゃなさそうだ。


 呼び込みなどしなくても大盛況だったし、呼び込みするような余裕もなかった。しかし、どのクラスの出し物のことなのかがピンとこない。

 向かいから歩いてくる女性二人が、ビニール袋を提げて歩いてくる。


「本当に面白かったね」


「カラスが呼び込みするなんて、信じられないよね。驚いたよ」


 すれ違いざま、そんな二人の会話が聞こえた。


「カラス……?」


 なんだか嫌な予感がして、足早に店に戻る。行列の先は、なんと優月たちのクラスが提供している『メイド☆バトラー』で。


「カア! 寄ってみるカア、見てみるカア。氷菓子、卵飯、餡なし助惣焼すけそうやき、その他諸々色々あるゾ! まじない込めた料理の数々、おひとついかガアー!」


「ぶふぉっ!?」


 見たことある見た目と声のカラスが、店先でめちゃくちゃ呼び込みしていた。カラスの周りには人だかりができていて、その喋りを面白がって聞いている。その隣ではテイクアウト専用コーナーが用意されていて、満員で室内に入店できなかった人たちが、カラス見物がてら買っていってくれているようだった。


「はい、五百円ちょうどいただきます。ありがとうございましたー!」


 テイクアウト商品の受け渡しは、翔太が担当していた。


「翔太……。どういう状況か教えてくれるかな」


「おう、優月。おかえ……」


 振り返った翔太は、大量の冷や汗が出た。なぜなら、優月から怒りの覇気が出ていたからだ。顔は笑っているのに、その目は全く笑っていない。


「ゆ、優月が休憩に出たすぐ後にこいつが来てさ。カラスの手も借りたいくらい忙しかったから、つい……」


「ただのカラスじゃないって、知ってるよね?」


「た、ただじっとマスコットキャラをやってもらえばいいくらいに思ってたんだけどさ、わりとノリが良くて……」


「カア、カア! カ~ラ~ス~、売ってるヨ~。暇だろ寄ってけヨ~」


 客に対して毒を盛り込んだ独自の歌詞を、童謡のメロディーに乗せて呑気に歌いながら呼び込むカっちゃん。その横で、ビリビリした空気にさらされている翔太。


「状況が散らかってんな……」


 混沌とした空気の中で、宇良は苦笑を漏らすのだった。


* * *


 結論から言えば、翔太起案のメイド&執事喫茶は大成功。店内は最後までほぼ満席状態。カっちゃんの宣伝効果かテイクアウトの売れ行きも好調で、満席で入れない来客を逃して売り上げに繋がらなくなる事態も防げた。当初の想定より好調すぎて、途中で食材が足りなくなったくらいだ。担任の先生を捕まえて車を出してもらって、近所のスーパーで材料を追加購入したため、何とか乗り切った。


 文化祭は閉場となり、一般客を全て見送った後、校内では後夜祭が始まった。体育館のステージでは、バラエティ番組をオマージュしたクイズ大会が行われている。クイズの回答者として出場している翔太は、クイズに外れてしまい、罰ゲームとしてとんでもなく苦いお茶を飲まされている。


 また、少し規模の小さい第二体育館では、バンドライブが行われていて、さながら武道館のような盛り上がりを見せている。


 生徒も先生も、その日の頑張りを称えて笑いあっている。


 優月と宇良は、そんな喧噪を離れ、校舎裏に着ていた。コの字型の校舎に囲まれた中庭になっており、滅多に人が通らないため、静かに過ごすには最適な隠れスポットだ。執事の仕事を全うした宇良が、後夜祭に参加せず帰ろうとしていたので、優月が短い時間でも慰労会をしようと誘ったのだ。


「お疲れ様!」


「お疲れ」


 自動販売機で買った缶ジュースをこつんと合わせて乾杯。色々あった文化祭だけれど、心地よい疲労感の中で味わうジュースは格別だった。背中のボストンバッグが無ければ、疲労が少しマシになるのだけれど。


「俺に気を使わないで、普通に後夜祭行ったってよかったんだぞ」


「僕は騒がしいのは好きじゃないから。群青プリンセスの曲を演奏するんだったら死んでも参加したけど」


 翔太が罰ゲームを受けたと後に聞いて、そのシーンだけは見たかったと思ったけれど、大切な友人と過ごす以上の思い出はないと優月は知っている。だから、遠慮なんてしていないし、気を使ってもいない。優月自身がそうしたいと思ったから、そうしただけのこと。


「そうか」


 それだけ言って、宇良はジュースに口をつけた。


「まさか、あんなに混むとは思わなかったよね」


「そうだな。最初はぽつぽつ人が来るだけだったのに、ある時からどっと人が押し寄せてきた。優月が宣伝に出かけて割とすぐのことだな。お前らを見て店に来た客がほとんどだった」


「僕らのせいか」


 翔太の仮装と優月の女装にそこまでの効果があったとは。優月はプロモーションって重要なんだなあと苦笑した。

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