第6章 文化祭の日になりました -3-
文化祭当日。午前九時の開場から、校内は来場者が押し寄せてきた。近隣の住民、この学校の生徒の保護者、さらには市の偉い人まで来ているという話だ。
学校の外で出店をやっているクラスに比べたら、室内で店を開いている優月たちのクラスは見つけてもらいにくい。見つけてもらうのを待っていたのでは、時間が無駄に経過していくだけだ。翔太の提案で、数名のメンバーで外に呼びかけにいくことになった。優月は翔太に襟首をむんずと掴まれ、強制的に呼びかけ班にメンバー入りすることになった。
「メイド&執事喫茶、いかがですかー! あったかい室内で、お食事できますよー!」
プラカードを持って大声を出す翔太。注目を浴びるたびに、嫌が応でも優月にも視線が向くので、居心地の悪さを感じる。面白がって写真を撮って、そのついでに来店してくれる人が結構いた。その中には、優月を見て鼻の下を伸ばしている人もいて、優月はちょっとした恐怖を味わった。すぐ近くに依代箱を置いてあり、いざというときは光ってくれよと祈ることで、なんとか平静を保って仕事に集中できたのだった。
普段のバイトとはまた違った大変さがあったけれど、呼びかけの効果もあって、徐々に客足は伸びているようだった。
「いったん俺たちも戻るか」
「そうだね。あったかいところに行きたいよ。脚がスース―して寒かったんだ」
初めて着るスカートは、スース―して、半ズボンを着ているときは気にならないのに、脚が出ているのが妙に気になって、ずっと恥ずかしかった。脚を閉じてスカートを押さえる仕草を無意識に繰り返してしまって、それが逆に男性客の目を引いて売り上げに繋がるという皮肉めいた現象を起こしていたことは、優月は知る由もない。
「ただいまー」
優月のクラスが出しているメイド喫茶&執事喫茶『メイド☆バトラー』へ戻ると、受付担当の女子が手を振って出迎えてくれた。
「あ、翔太に優月くん。おかえりー! 二人のお陰で、大盛況だよ! 調理も接客も間に合わないくらい」
「マジか。優月、俺らも手伝おうぜ」
「わかった」
教室に入ると、なんと満員御礼。男性客と女性客が六対四くらいで、メイドも執事も人気なようだった。男性客は、ハートの形にケチャップをかけたオムライスにおまじないをかけてもらっている。女性客は、年下の高校生男子が扮する執事に『お待たせいたしました、お嬢様』と言われるのを面白がっている。
翔太がメイド喫茶をやりたいなんて言ったときには、どうなることかと思ったけれど、意外とニーズはあったようだ。ちなみに、料理のテイクアウトにも対応している。本来のコンセプトを考えれば楽しみは半減するが、満員で店に入れず、待つ時間もない人向けに用意したサービスだった。残念ながら、今のところテイクアウトの利用者はいない。
中の混雑ぶりに優月が驚いていると。
「あら、優月。似合ってるじゃない」
「ほんと、優月くんかわいい!」
「え! 母さんに、坂本さん!?」
声をかけられて振り向けば、香織と坂本さんが二人向かい合わせで座っていた。来るとは聞いていなかったので、まさかの事態に驚きを隠せない。それに、優月はメイドをやることは全く伝えていなかったのだ。それなのに、黒歴史を見られてしまった。
「来るなら言ってよ……」
「サプライズよ」
「香織に誘われて、パート休んじゃった。優月くんがメイドやってるって、受付の子から教えてもらったの。早く見たいなって思って待ってたのよ!」
優月の方は、できれば見られたくなかった。
「いやあ、あたし息子に負けそうだわ」
「香織に似て色白だし、線が細いし、この格好してたら女の子にしかみえないわよね」
ママ友二人によって、優月の心は傷だらけだ。
「ゆっくりしていってね……」
心にもないことを言って、優月はその場を去るのだった。
お昼をかなり過ぎ、もうすぐティータイムの時間になるかという頃、優月は宇良と一緒に出店を見ていた。交代で休憩を取ることになっていていて、二人の順番が回ってきたのだ。休憩の間だけでも着替えたいという優月の涙ながらの願いは全員から却下された。そのまま出歩けば宣伝になるのに、何を考えているんだと言われては、反論もできなかった。
そういうわけで、宇良は執事、優月はメイドの恰好で歩いている。すれ違うたびに、視線を向けられる。
「まあ、慣れろよ」
立派なバトラーになっている宇良は、あるがままを受け入れているようだった。ちなみに、宇良はなぜか奥様方からの人気を集めていた。
「無理だよ。もう二度と女装なんてするもんか」
出店で買ったクレープを頬張りながら、優月がぷんすかしている。どこからどう見ても女子だ。この格好でボストンバッグを背負ったら違和感しかないので、宇良に依代箱の運搬代行を頼んでいる。
「はあ……戻りたくない」
「あと二、三時間の我慢だ。諦めて……」
宇良が唐突に立ち止まり、周囲を見渡した。老若男女問わず、来場客が行き交っている。
「どうかしたの?」
「誰かに見られてる気がしたんだが……。気のせいか」
「そりゃあ、こんな姿してたら、注目されるって」
「……」
宇良は再度視線を巡らせたが、気のせいだったと結論付け、優月に並んで歩き出した。
出店の影から二人を見つめていた何者かの影が、来場客に紛れて消えていった。
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