第6章 文化祭の日になりました -2-

 そこで話が終わればよかったのだけど。


「でもさ、料理するのが男だけってのも不安だから、メイドと執事を半々にしない? 女子も男子も、半分はメイドか執事をやるけど、もう半分ずつで調理を担当するの」


 ひとりの女子から意見が出た。


「メイド&執事喫茶ってことか」


「私は調理担当にしてもらえると助かる。あんまり人前にでるの好きじゃないし」


「俺は逆に料理はからきしだから、執事の方がましかな」


 メイド喫茶ではなく、メイド&執事喫茶。次々と賛同の声が上がり、結局、接客と調理を男女で平等に行うことで話は落ち着いた。正直、優月は調理が不安だったので、接客の方に回れるのはありがたかった。バイトでホール担当をしているくらいだから、接客は慣れている。ただ――。


「執事なんて、僕には似合わなさそうだなあ……」


 百六十センチ台前半という背丈で、おまけに貧相な体格の優月では、衣装に着られることになるだろう。端的に言えば、似合わない。だが、料理の腕が壊滅的なのだから、多少のことは我慢だ。そう納得したのだけれど。


「優月くんは、もちろんメイドだよね?」


 とある女子がおかしなことを言った。


「いいねいいね」


「優月くんもメイド喫茶に賛成なんだもんね」


「嫌とは言わないよねー?」


 さらに、他の女子たちも話に乗っかってきた。女子が徒党を組んだら最後、男子の意見で覆ることはなくなる。それでも、優月は立ち上がって抵抗する。


「ちょっと待って! たった今、男子は執事をやるってことになったでしょ!」


 何が悲しくて、あのフリフリを着ないといけないのか。


「似合うと思ってるの?」


「グハッ」


 しかし、たった一言の返しで、優月は致命傷を負った。女子たちのターンの口撃は続く。


「あたし、家庭科の調理実習で優月くんと一緒の班になったことあるけど、全然料理できなそうだったよね」


「それじゃ調理担当も無理だもんね」


「グハッ」


 優月のライフがガンガン減っていき、地に臥せっている。瀕死状態だ。


「というわけで。優月くんができるのは、消去法でメイドしかないんだけど。反論あるかしら?」


「ないですぅ……」


 とうとう心が折れた優月は、ついに倒れた。「やった!」とガッツポーズしてわいわい喜ぶ女子たちとは逆に、ライフがゼロになった優月は、溢れる涙を止めることができなかった。こうして、メイド役をやることになってしまったのだった。


* * *


 回想は終わり、今に戻る。文化祭本番は明日ということで、できあがった衣装に袖を通してみたのだが。


「どうして似合うんだ……」


 普通にメイドになれてしまった。体つき、顔立ち、どれを取っても男らしいと呼べる要素は無く、母の香織に似た顔つきであることも幸い(災い?)し、違和感なくメイドに化けてしまったのだった。男女問わず「おお~」という感嘆の声があがった。


「優月くん、かわいい!」


「女のアタシたちよりかわいいって、ちょっと微妙な気分だわ」


「稼ぎ頭になれそう」


 褒められているのに、どうしてこんなに心が痛いんだろう。涙腺のコントロールができなくなりそうだ。


「優月、フリとはいえメイドなんだから、脚広げんなよ」


 優月のがに股を指さして、翔太が指摘する。


「いちおうは金を貰ってするサービスなんだから。俺ら、バイトとはいえ接客経験ありなんだし、プライドもってやろうぜ。……ってのは建前で、まあ割り切ってやろうぜ」


「翔太……」


 涙目の優月に、サムズアップして笑う翔太。執事役の彼もまた、執事の恰好をしている。悔しいけれど、よく似合っている。優月が着たら、残念な感じになるのは着なくても分かる。


 思うところはあるけれど、ここまで来たらやるしかない。ともに同じバイト先で働く仲間として、文化祭を盛り上げよう。


「それにしても、メイドするために生まれてきたのかってくらい似合うな」


「天地人キック」


 頑張ろうと思った矢先の翔太のつぶやき。優月のこめかみに青筋が立ち、笑顔でキックをお見舞いした。カっちゃんの十八番を、マスターしつつある優月なのだった。蹴りを放てば、当然スカートが捲れる。


「メイドになってんのは優月だって分かってるのに、ついつい見てしまう」


「分かる。男の悲しい性だな」


 そんな感想を述べた男子たちにも、遠慮なく天地人キックをお見舞いしておいた。もうやだ、このクラス。


 そして、夜が更けた。

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