第6章 文化祭の日になりました

第6章 文化祭の日になりました -1-

 わずか三年の高校生活において、イベントと呼べるものがいくつかある。高校によっては珍しい行事や催し物が開かれる場合があるが、共通してどこの高校でも行われるであろう三大行事として、以下が挙げられる。


 ひとつ、修学旅行。ふたつ、体育祭。みっつ、文化祭。


 短い秋の深まりも終わりが近づき、冬の訪れを感じる季節となった。そして、優月の通う高校では、高校三大イベントがひとつ、文化祭が明日から行われる。


 文化祭ということは、何かしらの出し物を出すことになる。食べ物や飲み物の提供、お化け屋敷や謎解きゲームといった室内アトラクション、科学部や美術部など文科系クラブの制作物の展示会。バンドによるライブもある。


 参加するだけなら楽で良いが、高校生たちは何かと準備に追われる。そもそもの企画で何を出すかから始まり、他のクラスとの重複を避け、出し物が決まれば、店の飾り付け用の装飾や看板を全員で協力して作っていく。大変ではあるのだが、祭りは準備が一番楽しいとも言われるくらいで、彼らは忙しくも充実した日々を送っていた。


 優月たちのクラスも、明日からの文化祭の準備がギリギリで終わって、全員で安堵の溜息をもらしたところだ。さて、優月のクラスでは何を出すのかというと――。


 時は戻り、宇良と優月が友達になって間もない頃。本来なら授業が行われる午後の二限分の時間をまるっと使って、全学年、全クラスで、出し物を何にするかの検討会が行われている。優月たちのクラスでも、それぞれが意見を出し合い、クラス委員が指揮を執って、白熱した議論が繰り広げられていた。


「定番の焼きソバがいいんじゃない? メジャーなメニューだから売れるだろうし、さっと作れるからお客さんを待たせることもないと思う」


「メジャーすぎて、他のクラスとの権利争奪戦になるんじゃないかしら。それに、スピードを言うなら、アイスクリームの方が早く出せるでしょ」


「今の時期ならいいけど、肌寒い季節にアイスは売れないだろ」


「食べ物じゃなくて、アトラクションは? お化け屋敷とか迷路とか」


「教室でできるアトラクション系は限られるから、それも取り合いじゃないか」


「やっぱりフード系で、メニューをひねって被らないようにした方が確率高いと思う」


 学校という場で実現できるもの、他のクラスと競合しないもの、ニーズがあって収益に繋がるもの。そういった縛りの中で、少年少女たちはそれぞれのアイディアを出し合う。続々と色々な案が出るものの、なかなか決めきれずにいた。


 優月はこういう場で率先して意見を出すタイプではないので、彼らの議論に耳を傾けていた。自分がひとつの案も浮かばない中で、クラスメイトからポンポン提案がなされていくことに舌を巻いた。

 翔太が手を挙げた。


「じゃあ、メイド喫茶は?」


 一瞬、しんと静まった。優月はその静寂が居心地悪く感じたが、次の瞬間、クラスがどっと沸いた。


「お前の趣味じゃねーか!」


 と、とある男子からツッコミを受けていた。


「いいじゃねーかよ、別に!」


「メイド喫茶ってことは、接客するのはあたしたちでしょ? その間、男は何してんのよ」


「料理だの会計だの、何かしらあるだろ」


「不公平ー!」


「それなら執事喫茶にして、男がやんなさいよ」


「ぶーぶー」


 そこかしこから非難の嵐だ。メイド喫茶の素晴らしさを熱弁する翔太に、優月は乾いた笑いを漏らした。すぐ後ろの席の宇良も、苦笑していた。


「こうなることくらい分からなかったのか、翔太は」


「本当にね。それにしても、宇良くんが教室にいるって、珍しいね」


 宇良のつぶやきに反応するように、優月は振り向いて話しかけた。普段なら、登校してもどこかに行ってしまうのに、文化祭の企画をするこの時間に宇良が戻ってきたのだ。


「去年はサボってた。そうしたら、お化け屋敷のお化け役やらされることになっててよ。サボった俺に文句を言う権利はねえから、仕方なくやったけど。だから、今回は面倒な役を回されないように参加してる」


 白装束の女に、ゾンビに、斧を持って追いかけてくる血まみれの包帯男という強力な面々を差し置いて、お化け屋敷の大トリを務めたとのことだった。ほとんど化粧もしていない顔を、アクリル板越しにぬっと出すだけで、みんな叫びながら逃げて行ったらしい。薄い透明な板一枚挟んで、番長登場。ホラーとは違うベクトルの恐怖だ。


「今年はお化け屋敷にならないといいね」


「執事やらされんのも面倒だけどな」


 メイド喫茶の件は、未だに翔太が粘っている。単なる飲食系の出店なら重複も考えられるが、メイド喫茶となればサービス+飲食という形になって重複の可能性は減るだの、衣装を準備する手間を考えたら候補には上がりにくいだの、いろいろと反論している。それでも、特に女子からのブーイングが多いことを逆手に取って、


「お前らと同じ反応を、他のクラスの女子も絶対にする。きっとメイド喫茶をやろうなんてクラスは出てこない。だからこそ、逆にチャンスだと思うんだ」


と言ったときは、クラスメイトたちがぐっと詰まっていた。それを好機ととった翔太が大仰な身振りをして続ける。


「それに、うちのクラスは美女ばかりだ。そうじゃなかったら、そもそもメイド喫茶なんて提案するもんか」


 そう言われれば、女子たちも悪い気はしない。だんだんと翔太のペースにハマっている。


「お、俺も、メイド喫茶いいと思うな」


「ぼ、僕も」


 さらに、翔太に賛同する男子が出てきた。一人、また一人と賛成票が増えていく。そして、翔太はダメ押しとばかりに、優月の方を見る。


「優月と宇良も、そう思うよな!?」


 さらなる追加票を求め、優月たちに話を振ってきた。優月はともかく、宇良が賛成したとなれば、彼を怖がるクラスメイト大勢の票を一気に集められることだろう。策士だ。


「俺が面倒なことをするんじゃなければ、何でもいい」


 メイド喫茶なら、宇良の役割は裏方。つまりは、宇良は賛成寄りの意見だった。そして優月に集まる大勢の視線。


「優月も、賛成だよな?」


 そんな圧をかけられたら、頷くしかなかった。翔太はニンマリと笑うと、「他に対案出せる奴いるか?」と教室を見渡して、反論が無いとわかると、彼らに背中を向けてガッツポーズしていた。

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