第5章 母が誕生日なので楽させようと思います -9-

「今日はありがとうございます。お料理、とても美味しかったです。それに、シルクのパジャマ、すごく喜んでました」


「そう言っていただけて何よりですわ。腕を振るった甲斐がありました」


「アタシはトヨちゃんほど凝った料理はできないけど、食材や服なら力になれるから、必要ならまた言ってよ。このマンガを読ませてもらえるなら、お安い御用だ」


 二柱の女神は、にっこり微笑んでくれた。

 この女神たちの協力なくして、今日の誕生日会は成功しなかった。優月は重ね重ね礼を述べた。


「そうだ! よかったら、水ようかんを召し上がりません? 優月さんが、けえき、とかいう菓子を用意してらっしゃったので、作るのを遠慮したんですけど。やっぱり、一通り作らないと気持ちが悪くて」


 トヨちゃんが追加デザートの提案。優月はお腹が膨れていたはずなのだが、デザートは別腹というのは本当のようで、胃に隙間ができた気がする。


「ぜひ食べたいです!」


 優月の元気な反応が嬉しかったようで、トヨちゃんは口を抑えて微笑んだ。


「それなら、またゲロちゃんに食材を出してもらわないと」


「りょーかい。ゆづっち、ここで材料出していいかな?」


 ゲロちゃんが優月に問うてくる。


「はい? ……はい、構いませんけど」


 よく理解しないまま返事をした。台所は全く散らかっていなかったし、食材をここに置くくらい平気だろう。

 ――そう思っていた時期は、とても短かったです。


「おぼぼぼぼぼ」


 なんと、ゲロちゃんは、本当にゲロをしたのだ。


「ええええええ!?」


 だが、真に驚くべきは、突然のその行為ではなく、吐き出されたもの。それは、なんと小豆だった。紫色と茶色が混ざった鮮やかな色で、艶があり、きれいに粒がそろっている。一見しただけで新鮮だとわかるそれが、ゲロちゃんから大量に吐き出された。


「じゃあ、次はっと……」


 ゲロちゃんは一度立ち上がって、着物をぐいっと上げてしゃがんだ。そして――。


「ふんっ!」


 強くいきんだかと思えば、白っぽい色をした、乾燥した海藻みたいなものが出てきた。着物で隠れてよく見えないけれど、どう見ても大便をするときの姿で、出てきた大便の位置に海藻がある。


「ゲロちゃん、それくらいで大丈夫です。大量ですわね」


「はあ、すっきりした」


 ゲロちゃんが立ち上がってどいたところ、海藻と、白い粉――おそらく砂糖――が登場していた。汚い行為によって誕生したそれらを前に、優月は開いた口が塞がらない。


「あとは私にお任せあれ」


 トヨちゃんが両手をばっと広げると、食材たちは光に包まれた。三つの光はトヨちゃんの手の動きに合わせてゆっくり重なり、混ぜ合わされた。ひとつの大きな光となったそれの下に、トヨちゃんが両手を差し出す。すると、光は飛散し、トヨちゃんの手の上には、はみ出るくらい大きくて、表面がつやつやと光る水ようかんが乗っていた。


「お待ちどおさまでした」


「トヨちゃん、さすがの早業だねえ。あ、竹串も出しておいたよ」


「ゲロちゃんこそ、準備万端ですわね!」


「カア。吾輩にもよこすんダア」


「もちろんですわ。みんなでいただきましょう」


 盛り上がっている神様たちのそばで、一人固まっている優月。今目にした光景が信じられずにいる。


「吐瀉物と排泄物が……水ようかんに……」


「カア。小僧が固まっているナア」


「キキッ?」


 キー坊が優月の身体を登っていって肩を揺すると、優月はメトロノームのように揺れている。


「ゆづっちが水ようかんみたいになっちゃったね」


「ぷるぷる、というより、ゆらゆら、に見えますけど」


 神様たちは、優月を尻目に水ようかんを食べている。ゲロちゃんのゲロと××(自主規制)で作った水ようかんを。ポチも、カっちゃんも、優月から降りて彼女たちに近寄ったキー坊も、切り分けてもらって美味しそうに食べている。


 そこで、優月ははっと気が付く。


「あの……もしかして、今日食べた料理の材料って……」


 二柱の女神が同時に頷く。


「ゲロちゃんが出してくれたんですよ。今みたいに」


「気合入れて踏ん張っといたよ」


 ――予想通りだった。


「だから、言ったじゃないですか。ゲロちゃんっていうあだ名、ぴったりで良いって」


 そこまで聞いて、優月は白目を剥いてぶっ倒れた。


「優月さん!?」


「ゆづっち!?」


「カア!? しっかりするんダア!」


 神様たちの心配の声を遠くに聞きながら、優月は意識を手放した。


 他人の家で出てきたものは食べられないという潔癖症の話を聞いて、「そこまで気にすることか」と思っていた優月だったが、この日を境に、しばらく他人が作った料理を食べることに拒絶反応が出たのだった。


 自然の恵み。その生み出され方は、大変不自然で常識外れなのだった。

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