第2章 神様はさまざまです -3-
土曜日の朝。暑さが和らいで過ごしやすくなり、優月は快適に夢の中を旅していた。Tシャツとパンツ姿でタオルケットに
こんこんこん、こんこんこん、こんこんこんこんこんこんこん。
「カアー! 朝だゾー! いつまで寝ているんダア! さっさと起きて神棚作るんダア! 神棚! 神棚! とっとと神棚! 作れヨ!」
「うわあ!?」
カーテンを開けると、窓ガラスをクチバシで叩きながら、けたたましく叫ぶ来訪者が一羽。某騒音おばさんのような妙に耳に残るリズムで騒いでいる。優月は慌てて窓ガラスを開けて止めさせる。
「ちょっと! 近所迷惑になるから騒がないでよ!」
「カア。今日中に神棚作る約束したダロ。さっさと始めるんダア」
「まだ七時じゃないか……。もう少しくらい寝かせてよ……」
「カア。神棚! 神棚! とっとと神棚! つつくゾ!」
「痛い! つついてから言わないで!」
高校生とカラスのどだばた騒ぎ。そんなことをして気づかれないはずもなく。
「優月ー? 起きたのー?」
階下から香織の声が届く。そして、階段を上ってくるスリッパ音が近づく。
「わわわ……。ちょっと、とりあえず外に出てよ!」
「カア。やなこっタア。ここで出ていっタラ、お前またサボるダロ」
追い出そうとした
「ああああ……。恐ろしいことになる……!」
「騒がしいけど、何かあったのー?」
絶望の足音が大きくなる。頭を抱えた優月の目に、淡い光が映る。はっとして部屋を見渡すと、ボストンバッグからちらりと見えている
依代箱から落ちてきた光る球体は、床でむくむくと形を変えていき、四つ足の動物の体をなした。光が弾けた後にいたのは、白い体毛の小型犬。
「犬……?」
「キャン! キャン!」
大きな口をいっぱいに開けて、尻尾を大きく振りながら、その体型にふさわしい甲高い鳴き声をあげる。
「カア。そいつは
「お、狼!?」
このマルチーズくらいの体格しかないワンコが? 垂れ目でつぶらな瞳の、このお子様ワンコが?
「クゥン?」
「か……可愛すぎるやろぉ」
「カア。ハートを捕まれたナア」
「優月ー?」
「そんな場合じゃなかった!」
感情がジェットコースターな優月の都合などお構いなしに、状況は変わっていく。そして、ついに。
「優月?」
香織がドアを開けた。
「えっと……おはよう」
「カア」
「クゥン」
「……」
各者各様の反応をする部屋の中は、混沌とした空気が支配している。散らかった部屋、カラスに犬。何を、どこから、どう説明したら良いものか。
「……優月」
「……はい」
いよいよ年貢の納め時か。さようなら、群青プリンセス。さようなら、アイドル達。これまでの推し活が走馬灯のように優月の頭を駆け巡る。
「あんた、ペット飼いたかったの?」
「……へ?」
香織が部屋に入って、八咫烏と真神の頭を優しく撫でる。
「カア」
「クゥン」
まんざらでもなさそうな八咫烏と、尻尾を振って全力で喜びを表現している真神。香織も、それぞれの反応を楽しむように、よしよししている。
「あたしも動物を飼いたかったんだけど、ほら、あんた来年は大学受験でしょう? 騒がしくなったら邪魔かなって思って我慢してたのよ」
「そ、そうなんだ」
香織が動物好きなのは知っていたが、優月を気遣ってペットを迎え入れることを我慢していたとは思わなかった。
「捨て犬だったの?」
「ああ……。まあ、そんなところかな」
「よかったわねえ、拾ってもらって。今はまだいいけど、これから寒くなっていくもの。外にいたら死んじゃったかもしれないわよ」
香織はそう言って真神を抱き上げる。真神の方はテンションが上がって、香織の頬をぺろぺろ舐めている。一応神様だから、野垂れ死にはしないだろうとは思ったけれど、黙っておいた。
「犬は分かるけど、カラスまで飼っちゃうなんて、あんた変わってるわね」
「あはは……」
「その木材は、もしかしてこの子達の家を作るのに買ったの?」
「う、うん。カラスは高いところがいいかなと思って、神棚みたいなのを作ろうとしてた」
みたい、じゃなくて、神棚をご所望なんだけど。
「あら、すごいじゃない。アイドル以外のためにお金を使うことなんて滅多にないのに」
そんなことはないと言いたかったけれど、部屋中どこを見てもアイドルグッズしかないので、反論できなかった。
「この子達の名前は決めてるの?」
「え、ああ……」
ペットじゃなくて神様だから、名前なんて考えもしなかった。
「まだ決めてないよ。八咫烏と大口真神って呼んでて」
「なあにそれ、動物版のキラキラネーム? 厨二病みたいだから、やめなさいよ」
優月がその名前に決めたわけではないのだけど……。
「そうねえ。じゃあ、カラスの方が、カっちゃん。わんちゃんの方はポチにしましょう」
ド直球&ド定番ネーム、キター。どちらの神様も微妙な顔をしている。しかし、彼らに反対する権利はない。なぜなら、香織の発言は疑問形ではなく断定系だったのだから。異論は認められない。
「じゃあ、ポチは連れてくわね。身体を洗ってあげるわ。後でカっちゃんも連れてきて。水浴びさせてあげないと」
香織はポチを抱いて部屋を出て行ってしまった。残された優月とカっちゃんは無言で目を合わせた。
「カア。お前の母親、嵐みたいだナア」
「すごいでしょ? 逆らわない方がいいよ」
優月の助言を聞いて、ぶるりと体を震わせた。優月は優月で、朝からどっと疲れてしまった。部屋の宝物との今生の別れを覚悟していたから、安心感で座り込んでしまう。
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