第5章 母が誕生日なので楽させようと思います -7-

 酒が入った両親はいつもより饒舌になり、会話が弾んだ。ゆっくりと食事と会話を楽しみ、家族団らんの時間を過ごした。香織にとっては、この時間が何よりも嬉しい贈り物になったようだった。

 そして、テーブルの上の料理が全てなくなった。


「美味しかったわ。ごちそうさま」


「ケーキもあるんだ。食べられそう?」


「もちろん!」


 ごちそうさまをしたはずなのに、即答。優月は苦笑してケーキの準備に入った。香織はスマートな体型に似合わず、同年代の女性と比べて割と食べる方だ。胃の容量にはまだ余裕がありそうなので、時間を空けずにデザートに移った。

 香織はさっそく一口食べて、美味しい、と言って笑った。


「ここのケーキは優月の誕生日に買ってくるものだったのに、あたしの誕生日に買ってもらえるなんて。それだけ優月が大きくなったんだなって、なんだか感動しちゃった」


 真司は真司で、「それだけ俺たちが老けたってことだけどな」なんて言って、笑いあっていた。優月は、自分がどれだけ立派に成長できているかなんて分からないけれど、せめて二人を裏切らない生き方をしていこうと静かに誓った。


「今度こそ、本当にごちそうさま」


 香織はお腹をおさえて、ちょっと苦しそうだ。


「俺は風呂の準備してくるから、ゆっくりしていてくれ」


 普段は動かない真司も、優月に触発されたのか、風呂を入れにいった。そんな父の背中を見送った優月と香織は、目を合わせてくすっと笑った。香織の目は、「珍しいこともあるもんだね」と言っていた。


「あ、そうだ。母さんにプレゼントがあるんだった」


 ゲロちゃんが渡してくれた、白のパジャマだ。上下セットのそれを香織に手渡すと、またしても目を見開いて驚いていた。


「これ……!」


 広げたり、ひっくり返したりして、その見た目や感触を確かめている。


「やっぱりシルクでできてる……。優月、これすごく高かったよね。どうしたの?」


 優月が思っていたより高級品だったようで、香織は喜びよりも驚きと心配が買っていそうだった。料理代行サービス(サービスの認識に差異あり)に値の張るプレゼント(入手経路の認識に差異あり)なんて、いくらアルバイトをしているといっても、優月の貯金で賄うのは厳しいと思うのが自然だ。


 高級品だとは思っていても、そこまでの品だとは思っていなくて、優月はどう返答したらよいものかと冷や汗を流した。すると、肩にカっちゃんが止まって、ぼそぼそとつぶやいた。


「じ、実は友達の母さんが、サイズを間違えて買っちゃったらしくて。袋を開けちゃったから返品もできないみたいで困ってたから、安く譲ってもらったんだ! だから、プレゼントなのに包装紙もなくて」


 カっちゃんの入れ知恵で、優しい嘘をついた。嘘は嘘だから、心の奥がちょっと痛かったけれど、今回は嘘も方便で通すことにした。盗んだわけではないので、やましいことはない。偉い神様をこき使ったという一点を除いて。


「そうなの? 高い買い物だったでしょうに、もったいなかったわね……。あたしはラッキーだけど」


 香織が納得してくれたことで、優月もほっと胸をなでおろした。さすがに高校生から法外な金額を取ったりはしないだろうと判断したようだった。


 タダで譲ってもらった、ではなく、安く譲ってもらった、と答えたのもミソで、無料で高級品を譲ってもらったとなれば「何かお返しをしなきゃ!」となっただろう。そうなれば、どこの誰に譲ってもらったのか、という話になり、すぐに嘘がばれる。


 僅かでも対価を支払ったとなれば、それで取引が成立しており、お返しする必要は無くなる。駆け引きはカラスの勝利だ。


「さっそく、今夜着てみようかしら」


「せっかくだし、そうしてよ」


 大切なものを大事にするのもいいけれど、着るものだったら、後生大事に仕舞っておかれるよりは、ちゃんと使ってほしい。


「お風呂、用意できたよ。香織が先に入って」


「あら、ありがとう。それじゃ、お言葉に甘えて、お先に入るわね」


 パジャマを持って、香織は風呂に向かった。真司は優月の頭をポンポンして、撫でた。


「嬉しそうだったな。やるじゃないか、優月」


「僕は大したことはしてないけど……喜んでもらえてよかったよ」


 大部分は神様の力を借りて実現したことだけれど、優月なりに心を込めてお祝いできた。優月にとっても満足いく結果になって、誕生日祝いは大成功だ。


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