第5章 母が誕生日なので楽させようと思います -8-
優月が皿洗いをして、真司が皿を拭くという父子協力体制で最後の家事をしていると、風呂から上がった香織がやってきた。
「優月が買ってくれた服を着てみたんだけど、見てよ! サイズはぴったりだし、着心地はすごくいいし、まるでオーダーメイドしてもらったみたいなの!」
子どもみたいに、両手を広げてはしゃいでいる。本人が言う通り、香織のために作ったと言ってもおかしくないくらいに似合っている。しかも、何となく神々しい感じもする。隣を見たら、真司も呆けたように香織を見ている。
「……驚いた」
真司がぽつりとつぶやいた。
「覚えてくれてたんだ」
「そりゃあそうだよ。俺が初めて香織に贈ったものなんだから」
父と母だけが理解できる会話が始まってしまって、優月は首を傾げる。香織は優しく微笑んで、話してくれた。
二人が結婚する前、交際中のカップルだった頃。父も母も今ほどの金銭的余裕がなく、お金のかからないデートをしていたそうだ。食事は安いファミレスやカフェで済ませて、景色のいい公園や街中を歩いて過ごす。それが両親の日常だった。
交際して初めて迎えた香織の誕生日。真司は、今まさに香織が着ているようなシルクのパジャマを贈ったのだ。女性ものの普段着は分からないし、本人の好みもある。それなら、普段家で着られるものにしよう。いつも安上りなデートで我慢させているから、せめて良いものを贈ろう。
そんな真司の想いがこもったプレゼントだった。
「あたしも、優月にもらったとき、すごく驚いた。昔もらったものと瓜二つなんだもの。てっきり、あなたと優月で用意してくれてたのかと思ったわ。でも、違うって知って、二度びっくり。あなたたち、同じものを用意しちゃうなんて、本当に親子ね」
香織は可笑しそうに笑っている。
「遺伝ってすごいな……。というか、お前、俺を超すなよ」
時代の違いはあるとはいえ、真司が社会人になってようやく贈ったものを、高校生の息子に用意されたとあっては、父の面目は丸潰れだと感じたらしい。女神からの贈り物だから、実際には優月は何もしていないよと言いたいけれど、ぶっちゃけるわけにもいかず、香織に話したのと同じ嘘を伝えた。
運の要素が大きかったと納得はしつつも、真司はちょっと微妙そうな顔をしていた。
真司からの贈り物だったそれは、優月が生まれた後に幼い優月が汚してしまって、泣く泣く処分したらしい。物心がつく前の所業とはいえ、優月は申し訳なくなった。香織は、一度は諦めた贈り物が、時を経て、息子本人から返ってきたという、できすぎた偶然に笑顔が止まらない様子だった。
「優月、本当にありがとう。大切にするね」
香織からのその言葉で、優月のこれまでの努力が報われた気がした。物を貰うより、気持ちが嬉しい。坂本さんの言った通りだった。
優月は何とも言えない満足感に包まれながら、数時間ぶりに自室に戻った。
「ゲロちゃん、十巻とっていただけない?」
「はいよー。人間って面白い話考えるよね。持ち帰りたいわ、この本」
「ぶふぉ!?」
ベッドの上で、女神たちがめっちゃ寛いでいた。部屋にあったマンガを山にして重ねて、読みまくっている。優月はマンガのように派手に転んで、床と熱烈なキスをした。
「あら、優月さん。私の作ったお料理、いかがでした?」
「アタシの衣装も、なかなかだったっしょ?」
優月が脱力して床でうつぶせになっていることなど気にもせず、マイペースな質問をしてくる彼女たちには、やはり人間の常識は通用しないのだと優月は確信した。おまけに、リビングでヘソ天して寝ていたはずのポチやキー坊まで部屋で寝転がっている。
「カア。ただでさえ狭い部屋ガア、余計に狭苦しくなったナア」
神棚に止まっているカっちゃんも、自由な感想を述べている。狭苦しくしているのは、他でもないあなたたちなんだけれど。
「なんでここに……」
ようやく起き上がった優月は、鼻を擦りながら問うた。
「私たちがいたら、せっかくの家族団らんを邪魔してしまうかと思って。料理を作り終えた後に、一度伊勢に行って、天照大御神のお食事を用意して、それからまた戻ってきて、この部屋にお邪魔していたのです」
「アタシは伊勢に行く理由はないから、この部屋にいたよー。なんか酒呑みたくなりそうな料理だったから、途中で台所行って、熱燗用意しといたよ」
あの熱燗はゲロちゃんが用意してくれていたものだったらしい。自由気ままなようで、気が利く女神だった。
「ただじっとしているのも暇だから、この部屋にあったマンガって本を読んでたんだけどさ。ハマったわ」
「私が戻った時に、ゲロちゃんが熱心に読んでいたから、私も気になって読ませてもらったんです。そうしたら、面白くて面白くて。ゲロちゃんの後を追いかけるように、私も読み
読まれたマンガが散乱してはいるが、傷や折り目はついておらず、優月の宝物を乱暴に扱われたわけではなかった。それに、もともとは優月たち一家を想って、家族でゆっくり食事する時間を作りたいと願っての行動だ。驚きはしたが、彼女たちの気遣いを考えれば、感謝の気持ちでいっぱいだ。
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