第6章 文化祭の日になりました -8-

「収集つかねえぞ、これ」


 人間と神の壮大な追いかけっこを目の当たりにし、宇良が顔を引きつらせている。


「あいつがやられたら、今度は俺たちの番なんじゃ……」


「おらあ!」


「ぎゃー!」


 隼人がつぶやいたのと、洩矢が張り手の餌食になったのは同時だった。最後に残った優月たちに顔が向けられ、隼人の予想は残念ながら的中しそうだった。


「がはは。お前らも遊ぶかあ?」


 ずしずしと向かってくる軍神に、三人とも気圧される。いくら宇良の腕が立つと言っても、戦いの神に敵うとは思えない。こんなものを出してしまった優月は責任を感じ、しかしどうしようもない現実に打ちのめされていた。だが、救いの神はまだいた。


「カア! 小僧!」


 カっちゃんの呼びかけに反応して振り向けば、依代箱が再び光っている。優月はうさぎのごとく跳びついて、ガチャを回した。


 本日二回目のガチャから生まれたのは、これまた大柄な大男。


「カア。今度は建御雷たけみかづちダア! これはまずいゾ……」


 建御雷たけみかづちなる神が出てきたことで、なぜかカっちゃんが怯えている。その意味が分かりかねて顔を見合わせあった優月たちだが、その理由はすぐにわかることになる。


「お、お、お前は……」


 建御名方たけみなかたもまた、建御雷たけみかづちに怯えていたのだから。


「貴様……。俺様との約束はどうした」


「カア……! 建御名方たけみなかた建御雷たけみかづちと大昔に戦って、負けているんダア」


 カっちゃん曰く。


 以前の日本の国は、大国主神おおくにぬしのかみをはじめとする国津神くにつかみによって統治されていた。それをふさわしくないと思った天照大御神あまてらすおおみかみは、遣いをよこし、自分たち天津神あまつかみに国を譲るよう求めた。その遣いというのが、建御雷たけみかづち



 途中のやりとりは省略するが、大国主神おおくにぬしのかみは自身は結論を言わず、二柱いる自分の息子が認めれば譲ると答えた。一柱の子はあっさりと国を譲ることを認めたが、もう一柱の子は力比べで勝てば認めると答えた。力比べを申し出たのが、建御名方たけみなかただった。


 結論からいえば、建御名方たけみなかたはあっけなく負けてしまった。

 建御名方たけみなかた建御雷たけみかづちの腕を掴んで投げ飛ばしてやろうとすれば、その腕は氷や剣に変化したため、それを恐れて下がった。逆に、建御雷たけみかづち建御名方たけみなかたの手を掴み、握り潰し、放り投げたのだという。勝負は一瞬に決まってしまった。


 恐れをなした建御名方たけみなかたは逃げ出した。国を譲るか否かの結論を聞けていない建御雷たけみかづちは、当然のごとく追いかける。逃げて逃げて、たどり着いたのが州羽海すわのうみ(諏訪湖)。ついに追いつかれ、建御雷たけみかづちに殺されそうになったため、建御名方たけみなかたは国も譲るし、自分はこの地から出ないことを誓って命乞いをした。

 建御雷たけみかづちはその条件を呑み、命までは取らなかったという。


「諏訪湖あたりにいないといけない神様が、諏訪湖から遠く離れたここに来ちゃったということは……」


「カア。約束を破ったということになるナア」


 建御雷たけみかづちの腕はみるみる剣の形になった。戦う気満々だ。


「約束を反故にしたとなれば、命を奪わないという約束もなかったこととしてよいな。覚悟しろ!」


 言うやいなや、剣を振りかざして建御名方たけみなかたに向かっていった。


「わ、悪かった! 堪忍してくれ!」


「黙れ! 今度は全身を握りつぶしてくれるわ! その前に脚を切り落としてくれよう!」


 また追いかけっこが始まった。ただし、今度は建御名方たけみなかたが追われる側だ。


 地響きを二倍にして、せっかく譲ってもらった国の土地をめちゃくちゃに踏み荒らしながら、大男の追いかけっこは続く。そうかと思えば、空に向かって見えない階段を上るように、高い所へ走っていってしまった。


 そんな二柱の姿が見えなくなるまで、優月たちはぽかんと空を眺めていた。


「今のって、後夜祭の締めのショーだったりするのか? すげえな、追いかけっこって三次元でできるもんなんだな」


 隼人の天然ボケに、宇良と優月は渇いた笑いを漏らす。

 追いかけっこしてもいいけど、せめて人間の迷惑にならないところでやってほしいと思った優月だった。



 そんな三人の様子を、遠巻きに見ているひとつの姿があった。視線の先は、優月が背負ったボストンバッグ。


「便利なものを持ってるじゃないか。それを君だけのものにするのは惜しい」


 そうつぶやいて、男は去っていった。優月の慌ただしくも充実した高校生活に、暗い影が差そうとしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る