第6章 文化祭の日になりました -7-

 ケンカのケの字も知らない優月が向かったところで、何も好転はしない。分かっていても、一方的にいたぶられる友人を黙って見ていられるわけがない。


「やめてよ!」


「優月! 来るな!」


 駆け寄ろうとした優月を、宇良は声だけで制した。


「俺なら大丈夫だから」


「へえ?」


 洩矢の顔から笑みが消えた。


「大丈夫なら、もっと大勢でかかりましょうかねえ」


 スマートフォンを取り出して短い会話を終えれば、たちまちぞろぞろと不良たちが集まってきた。十人以上はいる。さすがの宇良も、表情に焦りの色が滲んだ。


「彼らも、君にこっぴどくやられて自信を砕かれた人たちです。ずいぶんと恨まれているんですね、感心しましたよ」


 多勢に無勢、おまけに人質。さすがの宇良でも打つ手がなく、ただただ無抵抗に殴られ続けるほかない。隼人は動けず、優月は戦力にすらなれない。

 ――その時、依代箱から救いの光が放たれた。


 優月は背中から発せられる光に気づくと、はっとしてボストンバッグを下ろし、チャックを開けようとする。しかし、急ごうと思えば思うほど、チャックが引っ掛かって開かない。そして、優月の怪しい行動を見逃すほど、洩矢は甘くない。


「彼を捕まえてください! 何か企んでいる!」


 洩矢の指示に従い、取り巻きたちが優月に駆け寄っていく。あっという間に距離が詰められ、優月に手が届くまであと一メートルを切る。

 ――間に合わない!


 眼前に迫った不良の手は、優月に触れることはなかった。その代わり、ガシャンという大きな音と、カラカラといくつもの軽い金属が転がる音。


 目を開ければ、空き缶と、空き缶をいれるための大きなゴミ箱が目の前に落ちていた。向かってきていた不良は、その下敷きになって倒れている。その場にいた全員が状況を飲み込めずに、空を見上げれば。


「カア。カア」


 三本足のカラスが滑空していた。

 ――カっちゃんだ!


 優月は心で感謝し、ボストンバッグのチャックを開ける。そして、ガチャを回した。依代箱から吐き出された光は、ぐんぐんと巨大化し、二階の教室に届かんばかりの高さに膨れ上がった。不良たちは手を止め、その様子を唖然として見上げている。洩矢も同様で、威勢の良さが消えて後ずさりしている。


 光が収束し、現れたのは、相撲の行司が着るような装束を纏った隻腕の大男。がっしりした身体に、強面という、穏やかそうでない見た目の神様が登場したのだった。自分を見上げる不良集団の様子を確認すると、面白そうに笑った。


「おうおう、ずいぶんと面白そうなことをしとるのう。どれ、儂も交ぜい」


 言うが早いか、男神は不良たちに突撃し、右の手を伸ばしたかと思えば、を繰り出した。


「おらおら、どしたい! かかって来んかあ!」


 大声で笑いながら、慌てて散り散りになって逃げ惑う不良たちを追いかけ走り回る。彼が地に足を付けるたびに、地響きが起こる。


 不良たちは張り手で吹っ飛ばされ、蹴りで吹っ飛ばされ、次々と倒されていく。阿鼻叫喚とは、このことか。


 人を見た目で判断してはいけないが、神様は見た目で判断してもいいのかもしれない。


「カア。建御名方たけみなかたダア。狂暴な奴を出したもんだナア」


 頭に下りてきたカっちゃんが、解説してくれる。聞けば、軍神として崇められている神で、日本に古来からいる国津神くにつかみと呼ばれる神々の中で最強とまで言われる強さだという。


「がはははは!」


 大笑いしつつ大暴れしている軍神。おかげで、隼人はこっそり逃げることができて、今は宇良の隣にいる。


「なんなんですかこいつは!?」


 今度は洩矢が標的になり、追いかけられている。マンガのように、ぐるぐると追いかけっこをしている。他の不良たちはみんな張り手や蹴りの餌食になって、人間の山ができていた。


「そうだ、宇良くん! 怪我は!?」


「大丈夫だ。全身やられてはいるが、あの程度のパンチやキックじゃ骨一本折れやしねえよ」


 宇良の肌には、切り傷や赤くなっている部分はあるものの、びっこを引くことなく歩けている。


「隼人くんは?」


「俺もこれくらい平気だ。心配かけて悪かったな」


 二人の無事を確認し、優月はひとまず安心した。


「おらおら逃げんな!」


「僕を追ってくるなー!」


 全然安心できなかった。学校の地面が建御名方たけみなかたによって踏み荒らされていく。

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