第6章 文化祭の日になりました -6-

「思った通り、やられてますね。全く使えない」


 新たに、三名の少年が姿を現した。地に伏している金髪の不良を見下すように言ったのは、どこからどう見ても不良には見えない、普通の少年だった。

 マッシュツーブロックの黒髪は耳にかからず、私服もごくごく落ち着いたモノトーンコーデで、校則をきっちり守る優等生タイプという印象だ。それなのに、金髪の不良が出てきた時よりも威圧感がある。


「お前は……洩矢もりや


「覚えていてくれてありがとう、宇良君」


 丁寧な言葉遣いの中に、敵意が込められている。宇良が彼の名を覚えているということは、柔らかい雰囲気の見かけに寄らず腕が立つ相手だということ。


「隣町の高校の番長さんが、わざわざ何しにきやがった。またやられに来たのか」


 優月は耳を疑った。不良であることすら疑問に思う印象なのに、まさか番長だったとは、露にも思わなかった。洩矢は大仰に両腕を広げて笑う。


「まさか、逆ですよ。それなりに腕は立つはずの僕が、君にこっぴどく負けて、僕のプライドが大変傷ついたものですから。今日はあの時のお礼をしに来ました」


「何度やっても同じだ」


「これを見ても、同じことが言えますか」


 後ろに控えていた二人の不良に目配せすると、二人は頷き、背後からロープで縛られた少年を地面に転がした。その少年は、優月と宇良がよく知る人物――。


「隼人!?」


 洩矢たちに痛めつけられたのだろう、顔は腫れていて、瞼の上から血が流れている。


「宇良……悪い。やられた」


 戦闘態勢に入った宇良を、洩矢は片手を伸ばして制す。


「おっと、変な気を起こさないでくださいね。彼の顔に、これ以上は傷を付けたくないんです」


「てめえ、ケンカしたいなら正々堂々ときやがれ! 人質なんか取って、てめえのプライドってのはそんなもんなのかよ!」


 怒りを露わにした宇良の言葉をせせら笑った後、洩矢は笑みを消した。


「正々堂々? 番長でありながら、ずいぶん甘いことを言いますね。この世に正々堂々なんて、一体どれほどありますか。自分の利益を優先し、他人のことはお構いなし。そんな人間ばかりが得をする世の中で、甘いことを言っていればすぐにやられる。君だって、それくらいは理解しているんじゃないですか?」


 宇良は、他人より身体が大きいとか、目つきが悪いとか、そんな理由で避けられ、大人たちからも虐げられる理不尽な少年時代を送った。洩矢の言い分が理解できてしまう自分に苛立ち、宇良は拳を握った。


「だから、ぼくは甘えた考えを捨てたんです。腕っぷしが強くなるだけじゃだめなんです。情報戦、心理戦、何においても自分に有利になるように動かないといけない。たとえ卑怯と言われようとね」


 ――それに。

 と洩矢は続ける。


「何が正々堂々なのかは、勝者が決めることです。どんなルールも、勝者が決める。そうすれば、そのルールで有利な立場になれるのだから、ずっと勝ち続けられる。法に従わせたいのは、その方が権力者にとっては都合がいいから」


 同じ土俵で戦っているようで、結局は誰かの都合がいい舞台の上で戦わされているだけ。


「それならば、戦わずして勝つ。それがぼくの答えだ」


 宇良は反論できずに、拳を震わせた。


「宇良君。君は、最近まで孤独であることにこだわってきました。それが諦めであろうが、不信であろうが、理由はどうでもいい。君に友と呼べる存在――言い換えれば、ができてしまったことが、ぼくにとってはとても好都合でした。一匹狼のときの君なら、ぼくは勝ち筋が見えなかった。でも、いまは違う。君は彼らを、守りたい、傷つけたくないと思っている。友として関わりつつも、一定の距離を置いて、番長である君に向けられる敵意に巻き込まれないようにしている。そんな様子を見ていれば、君の考えがよく分かります。だから、それを利用することにしました」


 宇良に言いたいことを言うと、今度は優月に語りかける。


「本当なら、君が人質になるはずだったんですよ。どうみても非力で、簡単に捕まえられそうでしたから。ところが、どういうわけか、君を追っているうちにいつも見失ってしまう」


 カっちゃんの導きの力だ。登校の時は、だいたいカっちゃんがついてくる。カっちゃんはその力で、優月が安全に歩ける道に導いてくれる。優月の事情を知っている宇良や翔太以外の人間には、まず出くわさない。


「だから、仕方なく彼に身代わりになってもらいました」


 地に臥せる隼人を見やる。


「大人しくしてくれれば危害を加えなくてすんだのですが。暴れるものですから、少し痛い思いをしてもらいました。……さて、では話はここまで。君たち、彼を存分に殴りなさい。宇良君に言っておきますが、反撃すれば、その分、足元の彼が痛い目を見ます」


 一人語りを終えた洩矢は、気を失っている金髪の少年を除く最初の四人グループに指示を出した。


 四人は、恐る恐る宇良に近づいた。宇良の睨みに怯んだが、抵抗せずにじっと我慢する宇良に、一人が殴りかかった。普段であれば決して当たらないであろうそのパンチが、宇良の頬を捉えた。


 それを皮切りに、残りの三人も加わり、一方的な暴力が始まった。洩矢は満足そうにその様子を眺めている。


「やればできるじゃないですか。勝つ自信たっぷりだったから彼ら五人を先に宇良君のところに向かわせたのに、来てみれば返り討ちに遭ってるんですからね。結局は彼らだけじゃ役者不足、ぼくたちが来て正解でしたね」


 そう言って、取り巻きたちと笑いあう。優月は、足がすくんで動けずにいた。それでも、明確な怒りは感じていた。

 ――この男は、自分で手を下さず、恨みを晴らす気だ。どこまで卑怯なんだ。

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