第4章 神様にも理不尽はあるみたいです -9-
「お前の大事なモンってことも知らずに、一週間も借りちまって悪かったな」
隼人はばつが悪そうな顔で、優月に手提げ袋を差し出した。中には、優月が貸したものが一式入っていた。
「最初は宇良サンと話すネタが欲しくて借りただけなんだが、俺がハマっちまってさ。マンガは面白れぇし、曲は良いしさ。……群青プリンセス、俺も好きになったよ。なんか、いいよな」
「そうでしょそうでしょ! どの曲もどの振り付けも、全身全霊で僕らを応援してくれてる感じがして、元気がもらえるんだよ! だから僕も頑張れって応援したくなるんだ! 僕らとそんなに変わらない歳の女の子たちが、努力して普通の子からアイドルになっていって、センターになった時なんかもう涙が出たよ! ライブ行ったら推しのメンバーが目を合わせてくれて、一瞬だけど直接触れ合えたみたいになって、あの瞬間の幸せったらない! 今度新曲が出てテレビ出演する予定なんだけど」
「分かったから、その辺にしとけって」
ポチを抱いて戻ってきた宇良が苦笑して言う。止めなければいつまでも続きそうな熱弁だった。
「あ……ごめん。つい」
「別に謝ることはねえよ。好きなもんのために、とことん付き進んでるだけだろ。お前のいいところじゃんか」
そう言われると気恥ずかしいけれど、優月のことも、優月の好きなもののことも、まとめて受け入れてもらったみたいで胸がいっぱいになった。
「なあ。今度、群青プリンセスのおすすめの曲、教えてくれよ」
隼人が気恥ずかしそうに、スマートフォンを差し出してきた。画面には、いつぞや優月が宇良と友達になったSNSのQRコード。
「ガラは悪ぃけど、中身はそんな悪くないぜ、こいつ」
宇良はそう言って、隼人の背中をバシンと叩いた。なかなかの強さの張り手の勢いに押され、一歩分、強制的に優月に近づけられる。
「ちょ、痛いって」
その様子がなんだか可笑しくて、優月の唇からすきま風が漏れるような笑いがこぼれた。優月はポケットからスマートフォンを出して、QRコードを読み取った。夕陽を背景に収められたバイクの写真が、隼人のプロフィール写真になっていた。
「登録したよ」
「ああ。サンキュな」
少年たちの様子を温かい表情で見守っていた海幸彦が、満足そうに頷いていた。
「よかったな、優月殿。一人で出した答えは、仮に間違っていたとしても一人では気づくことができぬ。だが、友がいれば、過ちを犯す前に気づき、止められる。それは、神頼みよりも強力で確実な方法ではないかな?」
「……はい。ごめんなさい」
「そのように自分の非を認められるのも、また強さ。優月殿は強い。そして、周りを頼ることも、強い者の特徴だ」
「……はい!」
「そうそう。三人寄れば文殊の知恵って言うじゃない?」
「カア! だカラ、お前は入ってくるナア!」
ぬっと顔を出して会話に入ってきた山幸彦に、再び天地人キックが炸裂した。本当に空気の読めない神様だなあと優月は笑った。
「これからの優月殿の成長を見守っているよ。元気でな」
役目を終えた兄弟神は、別れの言葉を述べると、揃って光となって消えていった。
「カア。どうやら帰ったようだナア」
「うん。帰っちゃった神様は初めてだね。ちょっと寂しいや」
「カア? 吾輩たちだけじゃ不満カア?」
「そうじゃないよ」
ガチャで呼び出した神様は、役目を終えれば人間の世界に残る必要はないけれど、かといって神様の世界に帰らなければいけないわけでもなく、つまりは帰るも残るも自由らしい。カっちゃんたちはこの世界に残ってくれているが、帰ろうと思えば帰れてしまうんだと思うと、胸の奥がきゅうっと締め付けられた。
「マジでカラスが喋ってる」
感傷に浸っていたところに、隼人の驚くような声。優月とカっちゃんがギクリとして振り向くと、隼人が物珍しそうにカっちゃんを眺めていた。
「オーマイガー」
「オーマイカア」
また、ばれてしまった。翔太、宇良に続いて三人目だ。知られてしまうと、毎度説明に難儀するし、あんまり触れ回りたくもないから、なるべく知られないようにしていた。それなのに、ちょっとした油断で秘密は漏れていく。人間とカラスが息ぴったりに頭を抱えた。
「ここに来る前に、喋るカラスがいることは伝えておいた。お前が変わったペットを飼ってるってことにしてな。それ以上のことは喋ってない。話すかどうかは優月が決めろ」
そう宇良が耳打ちしてきた。確かに、奇天烈な現場を目撃したにしては、落ち着いている。宇良のナイスアシストのお陰で、優月はひとまず安堵した。
「でも、さすがにおっさん二人が消えたのを見せられちゃ、俺でもごまかせない」
宇良の補足で、また心がざわついた。ついさっき、海幸山幸兄弟が光になって消えていった。それを見てツッコまれないわけがない。
落ち着いたりざわついたり、優月の感情が忙しいことになっている。どうしたものかと悩んでいると、
「なあ、さっきの二人はマジシャンか?」
隼人がそう聞いてきた。
「マジシャン?」
「さっき、人間がパッと消えてただろ。あれ、マジックだよな? すげえな、全然タネが分かんねえ」
神様のお帰りが、人体消失イリュージョンだと思われている。もの凄く勘違いをしているけれど、変にガチャの話をするより、勘違いしてもらっていた方が良いのかも。……と思いきや、実はこの勘違いはトラップで、優月が話を合わせてボロを出したところを追求してくるつもりなんじゃないか。疑心暗鬼に陥った優月に、宇良がまた耳打ちする。
「こいつは天然馬鹿だから、深読みしても意味はねえぞ」
本当にイリュージョンだと思っているという結論を出してよさそうだ。優月とカっちゃんがステレオで溜息をついた。余計な心配をしたせいで、どっと疲れた。
「お前、マジシャンの知り合いいたんだな。すげえな」
「あはは……。まあね」
勘違いを正すのも面倒なので、渇いた笑いでごまかしておいた。
「何はともあれ、よかったな。これでお前らはダチじゃん」
優月と隼人を交互に見やり、宇良が笑った。受け取った紙袋の重さを感じつつ、隼人に目を向ければ、ちょっと複雑な顔をしている。隼人がなぜ優月からこれを借りようと思ったのか。
――まだ、隼人の願いは叶っていない。
「宇良くん。宇良くんは和風ダークファンタジー系のマンガが好きなんだよね?」
「は? ああ、好きだけど……」
「僕が貸したCDを聞いて、群青プリンセスのこと好きになったよね。一番好きな曲は、『思い出だけの君へ』だよね」
「そうだけど、突然なんだ」
唐突な優月からの質問攻めに、宇良は呆気にとられている。そこへ、隼人が加わる。
「マジか! 俺も同じ!」
優月は、今度は隼人に言葉をかける。
「隼人くんと宇良くんだって、良い友達になれそうじゃない?」
隼人が望んでいたのは、宇良のことを知って、宇良に歩み寄って、友と呼べる存在になること。取り巻きや腰巾着のような、力関係で従うような細い関係ではなく、もっと深い絆を紡ぐこと。
「隼人くんが僕にマンガやDVDを借りたのは、宇良くんとちゃんと友達として向き合いたかったからなんだ。そんな人が、宇良くんを裏切ると思う? 番長じゃなくなったら、離れていくと思う?」
「お、おい!」
「大事なことは、ちゃんと伝えないと。二人とも、もうちょっとなのに、会話が足りないから歩み寄れてないだけだよ。隼人くんは遠慮しすぎ、宇良くんは決めつけすぎ。共通して、不器用すぎ」
隼人が慌てて優月の口を塞ごうとしたのを止めて、友達二人に真っすぐ視線をぶつける。態度で分からないなら、はっきり言ってやる必要があった。
「……お前って、ビビリのくせに、言うときは言うよな」
僅かな間をおいてから、宇良が苦笑しながら手を差し出した。相手は、隼人。
「今まで距離を置くような真似して悪かったな。これからは、ダチとして接してくれるか?」
「……ああ、もちろんだぜ、宇良サン」
「サンはなしだ。ダチを呼ぶのにサンはおかしいだろ」
「……よろしく、宇良」
ポチが大きく尻尾を振って歓迎している。固い握手を交わした二人の姿に、優月は表情を緩めた。
海幸彦の言ったとおりだった。負の感情のままに突き進んでいたら、誰も幸せにならない未来が待っていたことだろう。いま、こうしてこの未来に辿り着くために、あの兄弟神は手を貸してくれたのだと優月は思った。
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