第1章 ガチャガチャを押し付けられました -3-
「なぜだ……」
奇想天外とはこのことか。今さっき確実に置いてきたはずの大荷物が、そこにあった。優月は教室からここまで寄り道せずに最短距離で歩いてきている。それなのに、いつの間にか優月を追い抜かしている。盛大なドッキリでもかけられているのか、それとも令和版学校の七不思議か。
できればもう触りたくないのだが、触らないとバッグをどかせない。バッグをどかせないと、その後ろに隠れている靴が取れない。恐る恐るバッグを突いてずらして、隙間から靴を取り出した。
「このまま置いていったらだめかなあ……」
靴を履いて腕組みをして不気味な荷物を見つめて、ため息。と、そこへ三つ分の足音が近づいてきた。この学校で悪い意味で有名な男子生徒たちだった。彼らの姿を見て、「げっ」と言いそうになるのを、優月はかろうじてこらえた。
「あん? なんだよお前、ガン飛ばしてんじゃねえぞ」
三人組の一人目Aによる威嚇。ただの言いがかりだ。
「おら、荷物が邪魔だ。
三人組の二人目Bによる注意。こちらは正当な言い分だ。
彼らの後ろにいる長身の人物が、いま紹介された宇良。この学校の不良たちの番長だ。取り巻き二人の名前は分からないが、優月も宇良のことは知っている。ケンカが強いという噂を耳にするし、しかも同じクラスなのだ。百六十三センチという背丈の優月が宇良の顔を見ようとすると、そこそこの角度で見上げないといけない。
「ご、ごめんなさい。今どかします」
今朝と同じように、ボストンバッグを背負う。また、肩にずしりと重力を感じる。
「宇良サン、お待たせしました!」
「……ああ」
宇良が靴を取り出す。服が擦れるくらいの距離に彼がいるというだけで、優月は緊張して動けなくなる。ケンカとか争いとか、そういう痛い思いをしそうなイベントからは遠い世界で生きてきたのだ。優月にとっては、彼らは宇宙を駆ける隕石に等しい存在だ。地球にケンカを仕掛けようとする隕石に、自ら突っ込んでいくような野暮な真似はしない。
ただ、優月の位置が悪かった。
「……なんだ」
優月がすのこのすぐ傍で立っているせいで、宇良が靴を置けない。一見すると、宇良の帰宅を邪魔しているように見える。この状況で、取り巻きたちが黙っているわけもない。
「おら! なにボサっとしてんだ!」
「邪魔だ! どけ!」
それぞれ一歩ずつ寄って凄んでくる。本人よりも周りが血気盛んだ。とはいえ、宇良の邪魔をしてしまっているのは事実なので、素直に従う。こういう時に限って、不運は連鎖する。さっさと帰ろうと回れ右したのだが、荷物の遠心力と、宇良が目の前にいたこと、この二つが重なって、宇良にバッグをぶつけてしまったのだ。
「あ……」
おそるおそる見上げると、宇良と目が合う。眉間に皺が寄っている。
「てんめえ!」
「宇良サンに何しやがる! ぶっとばす!」
本人よりも取り巻きがプッツン切れている。確かにぶつかったけど、それにしたって沸点低すぎだから! 寛大な心で生きていきましょうよ!
――そんなことを言えるはずもなく。
「ごめんなさい!」
優月は逃げだした。
「待てコラァ!」
「ごめんで済んだら番長はいらねえんだよ!」
いちいち二人で喋らないといけないルールでもあるのか。いつからこの学校は番長が警察に代わる存在になったんだ。そんなツッコミを入れられる余裕なんてあるはずもなく、脱兎のごとく逃げ出した。不良AとBが上履きのまま追いかけてくる。
「なぜだ!」
この世の理不尽をこれでもかと感じながら、優月は走る。校門を抜け、学校をぐるりと回る道を駆け、住宅街をくねくね曲がる。重い荷物を背負っているハンデはあるが、ABコンビも上履きという勝手なハンデを背負ってくれているため、何とか追いつかれずに一定の距離を保てている。
「ちょろちょろしてんじゃねー!」
「てめえ、待てや!」
「嫌です!!」
しっかり自己主張しながら逃げる優月は、ここで勝負に出る。全力中の全力を出してのスピードアップだ。
「あ、あの野郎!」
「もやしみてえな身体してるくせに、なんであんなに体力あんだよ!?」
もやしは否定しないが、だからと言って侮らないでいただきたい。アイドルを追いかけていれば、走ることなんて何度もある。遠征先に向かうバスに乗れるかどうかの瀬戸際という状況での猛ダッシュ。開店と同時に店内をダッシュしての限定品購入。市民マラソンに推しが参加すると知れば、優月も迷わず参加して、合法的に推しと並走してゴールした。好きなものを追いかけるのは、想像以上に体力勝負だ。
ある程度距離に差をつけ、自宅がある方向を微妙に避けるように左折と右折を繰り替えすと、目的地である神社へと到着した。さすがの優月でも、長時間全力ダッシュをするのは無理だ。だから、いったん体力を回復させるために、裏手が林になっていて隠れる場所のある神社にやってきたのだ。この神社は子供の頃からしょっちゅう来ているし、毎年初詣もしているから、敷地の中をよく知っている。人様の家の庭に不法侵入するわけにもいかないし、少しの間ここで身を隠させてもらおう。
裏手の林の方まで行こうと思ったが、足が言うことをきかなくなってしまって、石段に座り込んだ。荒い息を繰り返し、渇いた喉を唾を飲んでマシにすると、ようやく一息ついた。
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