第1章 ガチャガチャを押し付けられました -4-

「まったく……。不幸続きじゃないか……」


 母親が鬼になりそうになったし、不良に追いかけられているし。カプセルトイなんて受け取ってしまったせいで、疫病神でもついて来てしまったんじゃないだろうか。人助けをした見返りがこれだと、もう善行は控えようかと思ってしまう。


 神社特有の、なんとなく澄んでいるように感じる空気を取り込んで、厄落とし。お賽銭は入れていないけれど、緊急事態なので座って手を合わせるだけで勘弁してほしい。


 心の中でお参りを済ませたとき。



「ちくしょう、どこ行きやがった」


「逃げ足の速いやつだ……」


 優月が逃げている相手の声が聞こえてきた。祈りは届かなかったようだ。

 祈ったのに、ひどい! なんのご利益もないじゃないか! まさか、お賽銭入れなかったせい? ケチ!


 脳内で神様へ悪口を言ったところで、重い足を引き摺って神楽殿まで向かい、建物の後ろに隠れる。それとほぼ同時に、ABコンビが境内に入ってきた。


「何となく入っちまったけど……ここにいると思うか?」


 A君、なんて勘が鋭いんでしょう。何となくで神社に入らないですよ、普通。


「分かんねえけど、一応見ておこうぜ。いなけりゃ、明日の朝に待ち伏せしてボコるだけだ」


 B君、なんて好戦的なんでしょう。今殴るか明日殴るかの違いで、殴られる事実は変わらないんですね。


 神聖な場所で暴力沙汰を起こそうとするなんて、不良の鑑! ――なんて言っている場合じゃない。どうにかして逃げないと。そうは思っても、優月には逃げ場がなかった。神楽殿の周りには何もなく、今動けばどこに行っても見つかってしまう。鉛のように脚が重いせいできびきび動けず、裏手の林の方まで行けなかったのが悔やまれる。


「俺は右のほう探すから、お前は左見てくれ」


「オッケー」


 本殿に向かってAが右、Bが左と二手に分かれた。優月が隠れている神楽殿があるのは左側、つまり優月をボコろうとしているBが距離を詰めてきている。落ち着きかけた優月の鼓動が、焦りによって早くなる。


 ――どうしよう、どうしよう。


 おろおろする優月をあざ笑うかのように、しんとした空気にカラスが鳴き声を響かせる。Bの足音が迫る。


 ――もう、だめだ。


 諦めかけた優月の横顔を、突然淡い光が照らした。驚いて目を向けると、その光はボストンバッグから漏れていた。何事かと思ってファスナーを開けると、カプセルトイの中、たくさん入ったカプセルのひとつひとつが発光している。神々しいと評するしかない光に誘われるように、右手を伸ばす。


 どうしてかは分からないのだけれど、ガチャガチャを回さなければならない、そんな衝動に襲われた。唾を飲んでガチャガチャを回すと、光るカプセルが一つ落ちてきた。地面に落ちる直前にピタリと止まったそれは、重力に逆らって浮き上がり、座り込む優月の目線と同じ高さになる。


 ふわふわと浮かんだそれは、光の形を変えていく。翼を広げた鳥のようなシルエットから、三本の棒が生える。光が収まったあとに現れたのは、全身真っ黒の羽で覆われたカラスだった。棒に見えたものは足だった。


 ――足が三本あるカラスだ。


「……っ」


 人は本当に驚いた時には言葉が出なくなるというのは、本当らしい。優月は呼吸すら忘れて、光が生んだ三本足のカラスに見惚れていた。カラスはばさばさと羽ばたいたかと思うと、優月の肩に飛び乗った。そして、さらなる驚きを体験する。


「カア。吾輩を呼んだのはお前カア?」


 なんと、耳元で人の言葉を話したのだ。思わず後ずさると、肩から離れたカラスはカプセルトイのてっぺんに止まって羽を休める。


「カア。非道ひどいことするナア」


「……夢じゃない」


「カア! 吾輩の羽をむしって確かめるナア!」


 手の込んだ作り物の可能性を考えて一本むしってみたけれど、手触りは本物だし、反応してるし、本物みたいだ。まさかの現実での出来事だった。


「え! え!? なんでカラスが喋ってるの!?」


「カア。お前、なんだかずれてるナア」


 お口あんぐりの優月に、呆れたような声をだすカラス。


「ん? 今なんか声がしたな」


 シュールな空気を現実に戻してくれたのは、優月が身を隠さないといけない相手のBだった。今がどういう状況だったのかを一気に思い出した優月は、再び焦燥感に襲われる。


「やばい、やばい、どうしよう」


「カア。なんだお前、誰かに追われているのカア?」


 無言で何度も頷く。すると、左翼を器用に動かして、優月の手にある羽(さっきカラスからむしったやつ)を指して言った。


「カア。それ投げてみナ」


「境内はごみ捨て禁止だぞ!」


「カア! そんなこと言ってる場合カア! というか吾輩の羽をごみって言うナア!」


 あまりにもカアカア騒ぐので、優月は断腸の思いで羽を放り投げた。すると、羽は黒いもやとなり、むくむくと大きくなり、やがて人型の形をとった。靄が晴れると、そこには顔も背丈も服装も優月と瓜二つの男子が立っていた。


「ぼ、僕?」


「カア。飛び出しナ」


 カラスが指示すると、優月のそっくりさんはこくりと頷き、神楽殿を飛び出した。


「あ、きみ!」


 優月の静止も聞かず、境内を走る。


「いたぞ! 待てやコラァ!」


 当然ながらBに見つかり、追われる身となった。優月はあわあわと狼狽えるが、助けに入ることもできない。


「カア。影が身代わりになっているうちニ、さっさと帰りナ」


「そんな! 彼が危険な目に遭うのを黙って見逃せっていうの?」


「カア。あれは影だカラ、役目を終えれば消える運命ダ。お前が痛い目を見ないように代わりになってるノニ、無駄にする気カア?」


「陰ってなんだよ? てか、お前はなんでしゃべってるんだよ!」


「カア! うるさい奴だナア。いいから黙ってついてきナ」


 カラスは翼を広げて、ばさばさと飛び立った。優月は慌ててボストンバッグを背負って、カラスを追いかけた。境内には取り巻きたち、もしかしたら宇良もいるかもしれない。それだけじゃなくて、他の参拝客と鉢合わせをするかもしれない。三本足の喋るカラスなんて見られたら、騒ぎになってしまう。優月は必死でカラスを追った。

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