第1章 ガチャガチャを押し付けられました -5-
カラスに導かれるままに境内を抜け、裏手の林を抜け、住宅街を抜け、自宅に到着した。優月の懸念は杞憂に終わり、結局誰ともすれ違うことはなかった。優月家の門に降り立ったカラスは、カア、と自慢気に鳴く。
「カア。家まで導いてやったゾ。感謝しナ」
「帰ってくるまで誰とも出くわさないなんて……いったいどうなってるの」
優月の家がある地域は都会とは言えないけれど、田舎というほどでもない。知り合いかどうかは別として、神社から家までの帰り道に人っ子一人いないなんていうことは、今までなかった。
「カア。吾輩が導いてやったんだカラ、当然ダア」
「さっきははぐらかされたけど、お前はいったい何なんだよ? 人の言葉を喋るカラスはテレビで見たことあるけど、コミュニケーションが取れるほどじゃなかったぞ」
「カア。吾輩は
「やたがらす?」
「カア? なんだお前、まさか八咫烏を知らないのカア?」
「うーん……。聞いたことない」
「カア……。
「アマテラスはさすがに聞いたことあるよ。太陽の神様でしょ?」
「カア! 呼び捨てするナ! 無礼者ガア!」
八咫烏と名乗ったそいつは、両翼をばたばたさせて優月の頭を叩きまくる。
「痛てっ! やめろ! 痛いってば!」
「カア……。嘆かわしいナア。人間の祈りが少なくなったと神々が仰っていたガア、これじゃ当然だナア」
「乱暴な鳥だなあ。どういう調教されたら、そんな攻撃的になるんだよ」
「カア!
三本の足で強烈な連続キックをお見舞いされた。これがなかなか強烈で、優月は痛みで涙が出てきた。
「カア。神に対して無礼を働いたらこうなるんだゾ。覚えておきナア」
「痛い……って、神?」
「カア。吾輩の話を聞いてなかったのカア? 導きの神だと言ったガア」
優月はいよいよ混乱してきた。神様は信仰するものであって、このように目の前に現れて乱暴してくるような存在じゃないはず。しかも、カラス。
「……僕、病院で診てもらった方がいいのかなあ」
「カア! また失礼なこと考えたナア!」
再び天地人キック炸裂。本物の痛みを感じると同時に、これが夢や妄想であるわけがないと認識した。疲労やストレスのせいで、優月の頭や精神状態がおかしくなったわけではないらしい。
「八咫烏さんは神様です、信じます」
「カア。様じゃないのは無礼だガア、まあ許してやるカア」
門の上から偉そうな口調で威張っている。
「神様が、どうして僕なんかのところにいるの」
「カア? お前が呼び出したんだろうガア」
「僕が? そういえば、ガチャガチャから出てきたけど、どういうことなの?」
「カア……。お前、あれが何か分からずに持っていたのカア?」
「うん。だって、知らないおじいさんに無理やり押し付けられただけだから」
「カア。確かニ、お前みたいな小便臭い小僧がこれを持っているのは変だナア」
「ひどい言われようだなあ……」
優月は思わず自分が臭くないか、においを確かめてしまった。
「カア。理由はどうあれお前が今の所有者なのは間違いないナア。仕方ないナア、吾輩が説明してやるカア」
ぜひともお願いしたい。なんとなく状況を受け入れつつあるけれど、立て続けに非現実的な出来事が起きたせいで、優月の頭の中はキャパオーバー気味なのだ。
「カア。お前が背負っているそれは
「えっと……このガチャガチャの機械が依代箱で、回して出てくるのが神袋施流ってこと?」
「カア。その理解でいいカア」
「つまり、このガチャを回すと、神様が出てくるってこと?」
「カア。その通りダア。だガア、いつでも出てくるわけじゃないゾ。神がお姿を現すのハ、お前に助けが必要になったときだけダア。依代箱が光った時が回せる合図ダア」
そういえば、さっきガチャを回したのは、不良たちに追いつめられて困っていたときだった。現れた八咫烏に窮地を救ってもらったようだ。
「まだちゃんと言えてなかったけど、さっきは助けてくれてありがとう」
「カア。善い心がけダア。日々健やかに過ごせていることを神様にちゃんと感謝するんだゾ。人間の感謝や祈りは神々の力にナリ、御加護として人間たちに返ってくるゾ」
えっへん、とでもいいそうなポーズで八咫烏が言った。
「カア。これからは毎日加護を与えてやるカラ、毎日吾輩に感謝するんだゾ」
翼をくねらせて、自分を指す。器用だなあ。――いや、それよりも。
「……毎日?」
「カア。現世に来るのは千三百年振りだからナア。息抜きがてら現世の様子を見てやるカア」
「えっと、どこに住むの?」
「カア。お前が呼び出したんだカラ、お前の家に決まってるナア」
「えええええ!」
「カア? 嫌なのカア? さっきの
仮にも神様を名乗る存在が脅しかよ。そう言われたら優月に断るという選択肢は無くなる。
「狭くて汚い我が家で良ければ……」
「カア。神棚で構わないカア」
さっそく無理難題! 優月家に神棚はない。優月がギクッとしたのを見て取ったのか、八咫烏はあからさまなため息をつく。
「カア……。嘆かわしいナア。しばらくは外の仲間たちと過ごすカラ、早めに作っておくんダア」
神棚から始めるDIY。早めに作らないと、神様を何日も野宿させることになりそうだ。
この奇天烈なカラスから始まるこれからの出会いが、優月の生活を一変させることになるなんて、この時の彼は知る由もないのだった。
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