第2章 神様はさまざまです -6-

 猿田彦に先導されながら、公園を抜け、住宅街を進む。そして、庭付きの新築一戸建てのお宅の前で立ち止まった。


「キキッ!」


「ここ、あたしのおうち!」


 女の子は玄関に向かってアプローチを駆けだした。玄関を叩くと、母親らしき壮年の女性が顔を出した。


「ママー!」


穂乃果ほのか! どこに行ってたの! 心配したのよ」


 女性は女の子――穂乃果の姿を確認すると、膝をついて強く抱きしめた。


「お外であそぼうと思ったら、おうちが分からなくなっちゃったの。でもね、あのお兄ちゃんたちが連れてきてくれたんだよ!」


 穂乃果が門の前にいる優月を指さす。母親は穂乃果の手を引いて優月の元まで歩み寄り、深々と頭を下げてきた。


「この度は、娘がご迷惑をおかけいたしました。最近ここに引っ越したばかりで、道も分からないのに、ちょっと目を離した隙に出て行ってしまって……。お恥ずかしい限りです」


「いえいえ、そんな。気にしないでください」


「あの……。ところで、他にお連れの方がいらっしゃるんでしょうか? 娘が、お兄ちゃんが連れてきてくれたと教えてくれたもので……」


 律儀に複数形で伝えてくれたらしい。優月がはっとして周りを見ると、カっちゃんと猿田彦の姿がなくなっていた。いるのは、優月の持つリードに繋がれたポチだけだ。


「い、犬です。犬の散歩中に、たまたま泣いてるところを見かけたから。人間は僕ひとりです」


 当たり障りのない返事をしておいた。いったいどこへ行ったんだ、カラスと猿は。


「あれえ? おさるさんとカラスさんは?」


 穂乃果ちゃん、事を面倒な方向に持っていかないでおくれ。むしろ優月の方が聞きたいくらいだ。子供は突飛なことをいうから、今回もそれだろうと穂乃果ママは笑っていたけれど、優月は両脇にべったり汗をかいていた。


「あ、ちょっと待っていてもらえるかしら?」


 そう言うと、穂乃果ママは家の中に走っていった。少しの間待っていると、ビニール袋を提げて戻ってきた。


「はい、これ持っていって」


 ビニール袋には、バナナやオレンジ、ブドウなどの果物が入っていた。


「え、そんな。大したことはしてないですから」


「大したことあるわよ、娘を守ってくれたんだもの。家にあったもので申し訳ないけど、ほんのお礼の気持ち。受け取ってもらえないかしら」


 風船を取ったのも、家まで連れてきたのも優月ではなくて猿田彦なので、本当に何もしていないのだけれど、穂乃果ママががんとして引き下がらなそうな雰囲気だったので、ありがたく受け取っておいた。長居するのも申し訳ないので、丁寧にお礼を言って二人と別れた。


 思わぬトラブルで、散歩にしてはだいぶ遠くまで来てしまった。もう一度、公園まで戻ると。


「キキッ」


「カア。待ちくたびれたナア」


 行方不明になっていた猿とカラスが木の上から降ってきた。


「急にいなくなってびっくりしたじゃないか。どこ行ってたの」


「カア。人間の前に頻繁に現れタラ、ありがたみが減るじゃないカア」


 供給を減らして希少価値を操作しようとしてるよ、この神様。まあ、穂乃果ママに見られていたら面倒だったから、離れてくれて助かったけど。


「猿田彦くん、あの子のお母さんがすごく感謝してたよ。これ、貰ったから、食べなよ」


 ビニール袋からバナナを取り出し、一本渡してあげた。


「キキー!」


 飛び上がって喜んだかと思うと、皮も剥かずにそのまま噛り付いて食べ始めた。


「皮剥かないで食べて平気なのかな……」


「カア。神なんだカラ、平気ダロ。それより吾輩にはないのカア」


 神様だから、と言えば何でもアリになってしまいそうだ。カっちゃんにも催促されたので、ブドウを出してあげた。


「カア。なかなか良い味だナア」


 一般家庭で手に入るブドウだと思うけれど、これで満足してくれるなら、優月のバイト代でも買ってげられそうだ。


「ポチは食べられそうなのあるかなあ……。犬が食べちゃいけない果物が分からないや。あ、ポチも神様だから平気だったりする?」


「カア。そいつは昼前に『どっぐふーど』という食物をたらふく食ってたカラ、あげなくていいゾ」


「ドッグフード……」


 いちおう神様なのに、それでいいのだろうか。もしかして、家でヘソ天して寝てたのは、お腹いっぱいで動けなかっただけなのだろうか。


「カア。ところで猿田彦は猿田彦でいいのカア? 吾輩のことはあんな名前で呼んでるノニ」


 ブドウを食べ終えたカっちゃんが、翼で猿田彦を指す。本当に器用だ。ただ、カっちゃんの指摘はもっともで、いつまでも猿田彦くんじゃ距離があるし、他のみんなと差別しているみたいだ。


「うーん。お猿さんの名前かあ。何がいいんだろう」


「カア。お前の母親に聞いてみたら良いダロ」


 そう言われたので、状況報告ついでに香織に電話して聞いてみた。もし、猿に名前をつけるとしたら、何が良いか、と。返事はすぐに返ってきた。電話を切ると、優月は咳払いした。


「キー坊がいいってさ」


 それを聞いた猿田彦――改めキー坊は固まり、手に持っていた食べかけのバナナをポトリと落とした。


「カア。絶好調だナア」


「クゥン」


 同じ境遇のポチがキー坊に寄り添ってあげている。悩める神様ズ、なんだかなあ――と思った優月であった。

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