第2章 神様はさまざまです -5-
「キャン! キャン!」
ポチを散歩に連れ出すと、この通り全力で喜びを表現してくれた。通りの端から端へ走ったり、文字通り道草を食ったりと忙しない。
「こうして見ると、本当にただの犬にしか見えないんだけどなあ」
「カア。神を見た目で判断しても意味がないんダア」
カっちゃんは定位置と言わんばかりに、優月の頭に止まっている。背中にはもちろん、
「神様って、もっとお爺ちゃんみたいな姿を想像してたから、なんだか不思議な感じだよ」
「カア。そういう神様もいるガア、あくまでも人間が受け入れやすい姿形をとっているだけだナア」
神様に決まった姿は無く、日本人の歴史が始まってから今までの間に、きっと神様はこんなお姿だろうと人間が想像して描いた姿に合わせてくれているのだ――と、カっちゃんは雄弁に語った。その論理なら、
「クゥン? キャン!」
「わ! ポチ、どうしたの!?」
ポチが突然走り出した。子犬とは思えない力でぐいぐい引っ張られて、優月は近所の公園へと連れていかれた。それなりに広い公園の中は、休日の日中とあって、親子連れが多い。そんな親子には目もくれず、ポチはどこかへ導くかのように力強く優月を引っ張っていく。
「どこへ行くんだよ!?」
つんのめりそうになりながら走って付いていく。カっちゃんもさすがに頭に止まっていられず、文句を言いながら自分で飛んでいる。やがて人がほとんどいない場所に来ると、ポチはようやく速度を緩めた。そこまで来て、ようやく優月にも見えてきた。小学校低学年くらいの女の子が大きな木の傍で泣いているのだ。
ポチは迷わず近寄って、女の子の足元から彼女を見上げる。リード一本分遅れて到着した優月は、深呼吸して落ち着けてから、声をかけた。
「どうしたの? どこか痛いの?」
「うぇっ、ちがうの、とれないの」
「何がとれないの?」
「あれ」
女の子は木の上を指さす。優月が彼女の指の先を追うと、木の枝に赤い風船が引っ掛かっていた。優月が手を伸ばしてもジャンプをしても待ったく届かないくらい高いところだ。
「あれかあ。取ってあげるね」
優月はボストンバッグを下ろし、木を登る――つもりが、全く登れなかった。引っかけた足がずるずると落ちていく。
「カア。下手くそだナア」
「そんなこと言うなら、カっちゃんが取ってきてよ」
「カア。吾輩の爪やクチバシで割れたらどうするんダア」
高い所に行けても、風船を無事に取ってこないといけない。途中で割れたら最悪だ。代わりに風船を買ってあげる手もあるけれど、こういうのは同じものじゃないと意味がない。子供は子供なりのこだわりがあるものだ。女の子にとっての風船は、彼女の手が届かない木に引っ掛かっているものであって、買って膨らませた別の商品ではないのだ。
ポチもなんとか力になろうと、立って幹をカリカリ引っ掻いているが、何も解決しない。女の子はわんわん泣いてしまう。
「困ったなあ……」
下手は下手なりに何度でもチャレンジするしかないか。そう思って頑張って木登りを試みるけれど、できないものを今すぐできるようにはならない。成果はないのに疲労だけが溜まっていき、体力の限界が近くなる。完全に息が上がってしまい、とうとう優月は座り込んでしまった。
ぼたぼたと汗が垂れて、地面に濃い染みを作っていく。
――まいったなあ。
助けたいのに、助けられない。ほとほと困ってしまった。その時だった。ボストンバッグから、今朝と同じ光が漏れた。優月ははっとしてバッグを開くと、光はやはり依代箱から放たれていた。優月は迷わずガチャを回す。
光の球体は優月の半身ほどの大きさに膨らむと、光が飛び散った。そこにいたのは、口と尻が真っ赤な猿だった。
「キキッ」
「今度はお猿さんが出た……」
「カア。こいつは
「さるたひこ? 聞いたことはある気がするけど……」
「カア……」
カっちゃんによる盛大な溜息。でも、今は猿田彦のプロフィールより女の子だ。
「えっと……猿田彦さん? お願いなんだけど、木の上の風船を取ってきてくれないかな?」
「キキッ!」
ラジャ、という感じの返事をすると、するすると木を登っていき、あっという間に風船を取って戻ってきてしまった。さすがお猿さん、木登りの天才だ。その様子を見ていた女の子も、泣き止んでくれた。猿田彦は優月に風船を手渡す。
「ありがとう! ほら、風船だよ」
「お兄ちゃん、お猿さん、ありがとう!」
女の子は風船を受け取ると、弾けんばかりの笑顔を見せてくれた。一時はどうなるかと思ったけれど、なんとか助けられた。
「そういえば、君は一人で遊んでたの?」
「あっ、ママ……どこぉ」
また目に涙が溜まってきた。もしかしたら、迷子だったのだろうか。今にも泣きそうな彼女を見て、優月がはらはらする中、猿田彦が彼女の手をとって歩き出した。
「おさるさん、どこいくの。あたしのおうち、わかるの?」
「キキッ」
もちろんだ、とでも言っているような得意げな返事をし、トコトコと進んでいく。優月も慌てて追いかける。
「本当に大丈夫なの?」
「カア。
「それなら大丈夫なのかな……?」
カっちゃんが何を言っているのかほとんど分からなかったけれど、道案内が得意なお猿さんだということは分かった。カっちゃんも似たようなことをして助けてくれたし、信じてみよう。
「キキッ?」
「うん、だいじょうぶ。ありがとう、おさるさん」
女の子の歩く速度に合わせてあげて、こうして時折「大丈夫?」と気遣うような素振りを見せる。猿なのにエスコートがうますぎる。人間だったら女性にモテそうだなあ、と全くモテない優月は思うのだった。カっちゃんによると、先ほどのニニギという神様と一緒に高天原からやってきたアメノウズメという神様がいて、猿田彦はそのアメノウズメと夫婦になったらしい。しっかりモテてるじゃんか。
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