第4章 神様にも理不尽はあるみたいです -3-

「許せない!」


 長い長い経緯説明の後、再び優月は吼える。そして再び視線が集まる。もう注意する気も削がれ、頬杖をついて翔太が問う。


「そんで? その話をオレに聞かせて、どうしたいんだ?」


 問われた優月は、翔太の手を両手で握る。頬杖をついている方の腕を引っ張られたもんだから、頭がガクンと落ちてつんのめりそうになった。


「な、なんだよ」


「心の友よ」


 優月はキラキラした目で見つめて、手を握ってくる。その様子を見ていた一部の女子グループから「どっちが受け?」と聞こえた気がしたが、翔太は気のせいだと思うことにした。そう思うしかない。スルースキル大事。


「お、おい。なんだって」


 とはいえ、ずっと手を握られっぱなしなのも調子が狂う。早く要件を言え、と一週間前の優月と同じことを思った。


「あいつの趣味を教えて」


「いや知るか」


「頼む! それが分からないと仕返しできない」


 何がどうなってそういう思考になったのかと不思議でならない。百歩譲って仕返し発言は良いとしても、その手段に趣味がどう関係するというのか。尋ねたところ、


「あいつは宇良くんの趣味を知りたくて、宇良くんの好きなマンガや音楽は何か訊いてきたんだ。僕が持っていたものが宇良くんも好きだと知ったら、持っていった。趣味を知って共感するために相手のものを奪っていいなら、あいつの趣味を知るためにあいつのものを奪っていいってことでしょ!?」


とのことだった。


「それで隼人の趣味を知りたいってことか」


「そういうこと」


 優月がようやく手を開放してくれた。期待を込めた目で見つめている。


「悪いけど本当に知らないって」


「顔が広い翔太なら、きっと知ってると思ったのに……」


「オレだって学校のやつら全員と付き合ってるわけじゃないんだ。まだ一週間なんだし、もう少し待ってみたらどうだ?」


「もう一週間待ってるんだ!」


 シャウトしたかと思えば、今度はグルルと犬みたいな唸り声をあげている。アイドルや趣味が絡むと、優月の性格はバトルモードに切り替わる。


「大事なもんを取られて怒るのは当然だけど、相手と同じ仕返ししたんじゃ、相手と同じレベルに下がってるみたいだ。俺は応援はできないな」


「自分のことじゃないから、そんなことが言えるんだ。翔太が僕の立場だったら、そんなこと言えるもんか」


 お互いの主張は平行線。こうなっては、もう翔太でもどうにもならず、優月が落ち着いてくれるのを待つしかない。


「……そうだな」


 それだけ言うと、翔太は席を立って行ってしまった。去り際に見せた横顔からは感情が消えていて、気持ちまでもが優月から離れていっているのを感じた。


 ――自分がやられなきゃ、どれだけつらいか分からないじゃないか。


 反撃することを非難されたら、泣き寝入りするしかなくなる。被害者が、常に被害者でいるしかなくなる。そんなのは間違っている。優月としても、譲れない思いがあった。


 その日の昼休み、優月は昼食を取りに戻った宇良に頼んで、隼人を呼んでもらうことにした。今日の夕方六時に、〇町の空き地にて待つ――。なんだか決闘めいた言い方をしてしまったせいか、


「お前、あいつとタイマンでもすんのか」


と心配されてしまった。

 理由ははぐらかしたが、ひとまず伝言は約束してもらえた。あとは、その時を待つだけ。


 いつもは翔太と一緒に食べる弁当を、この日優月は図書準備室で一人で食べた。



 放課後。速攻で帰宅した優月は、犬、猿、カラスを伴って、決戦の場へと向かった。予定より三十分早く到着した一行は、(犬と猿が)それぞれ思い思いに遊んでいた。キー坊が登った木の根本を、ポチは自分も登りたいと言わんばかりにカリカリかいている。


 いくらでも場所はあるのに、カっちゃんはいつも通り優月の頭の上に止まっている。


「カア。戦をするのはいいガア、勝ち目はあるのカア?」


 カっちゃんが毛づくろいしながらのんびり問うてくる。


「みんなが力を貸してくれれば大丈夫でしょ」


「カア? また吾輩たちを当てにしているのカア? お前は神をなんだと思っているんダア」


「変な名前のペット」


 そう言ったら本場の天地人キックをお見舞いされた。嘘は言っていないのに。


「カア……。なんでお前みたいな甘ったれが所有者になってしまったんダア」


 カっちゃんが見つめるのは、優月が背負っているボストンバッグ――正確には、その中の依代箱よりしろばこ。しかし今の優月には、カっちゃんの悩みより重要なことがある。ボストンバッグを下ろし、依代箱を取り出す。


「また桃でも出てこないかな」


「カア。あれは邪気を払うためのものダア。人間にぶつけたところで意味はないゾ」


「僕の宝物を奪っていったんだ、邪気のかたまりじゃないか」


「カア……。お前を一度黄泉よみの国まで案内してやりたいナア」


 溜息をつくやる気のない神様に、優月の方が溜息をつきたくなった。ある意味平和な待ち時間を過ごしていたが、もうじき約束の時間になる。勢いで進んできてしまったが、ペット三神が機能しなければ優月に勝ち目はない。優月にはケンカの経験などないのだから。自分がしかけたくせに、今更になって不安に襲われる。


 思い起こせば、温羅と出会ったあの日も、この神様たちは宇良にやられていた。神様とて無敵というわけではないと思うと、不安はさらに大きくなる。今日は逃げてしまおうか。そんなことを考えた。


 ――その時だった。


 依代箱よりしろばこが光った。これは、ガチャができるという合図だ。優月は心の中でガッツポーズして、ガチャを回した。例のごとく、吐き出された光が姿を変えていく。復讐心に燃える優月は今か今かと光の収束を待ち望んだ。二つに分離した光は、それぞれ大人の人間サイズになり、同時に光が飛び散った。


 そこには、二つの姿。ひとつは、口ひげが渋い、実直で真面目な雰囲気を纏ったダンディな男性。そして、もうひとつは、肌がきめ細やかで色白な、気立てのよさそうなハンサムな青年。ダンディな男性は釣り竿を、ハンサムな青年は弓矢を持っている。

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