第4章 神様にも理不尽はあるみたいです -2-

 どこに向かっているのか分からないというのが、恐怖に拍車をかける。


「あのぅ……」


「黙って付いてこいや」


「はいぃ!」


 こんな感じで、何も教えてもらえない。宇良のように、本当は優しいのに番長してる人がいるくらいだから、不良全員を怖がるのはいけないんだけど、それでも怖いものは怖いよ。泣きそうになるのを堪えながら、大人しく彼の後を歩くしかなかった。


 隼人は図書室を通り過ぎた先の廊下で足を止めると。


「……こっちこい」


 優月の腕を引いて近くの部屋に入り、乱暴に戸を閉めた。


「ひいぃ……!」


「いちいち怖がってんじゃねえ! うぜえな」


 いやいやいやいや、特に接点のない人に腕を引っ張られて、軟禁状態になってるのに、怖がるなという方が無理でしょう。心の中ではこんなにツッコめるのに、口をついて出ることはない。リスク回避、大事。


「別に金たかろうってんじゃねえよ。お前に聞きたいことがあるだけだ」


「……僕に?」


「お前にしかできねえ話だ」


 優月にしかできない。そんなものがあっただろうかと考える。


「カー、カー」


 そこに聞こえてきた野太いカラスの声。

 ――思い当たる節があった。なんなら、今まさに背負っている荷物が超関係している。


「えと……。それって、もしかして……」


「ああ」


 やっぱりガチャの件か! 神様助けて!


 ――あ、神様はきっと今頃、ヘソ天して寝たり、空を自由に飛んだりしている。この神頼み、意味ない。それなら、タイミングよく背中の依代箱よりしろばこが光ってくれたりしないか……と、期待したが、全く反応がない。詰んだ。


 近くて遠い、頼りにならない神様を想って大量の涙が出そうになった。


「……宇良サンのことだ」


 隼人の口から出てきたのは、予想していなかった名前。聞き間違いかと思って次の言葉を待ったが、やはり宇良と言った。


「……どういうこと?」


「お前、宇良サンとよく話してんだろ。今朝も仲良く歩いてたじゃねえか」


 確かに、今朝はたまたま登校時間がかち合った宇良と少し歩いた。でも、だから何だというのだろう。真意が汲み取れずに首を傾げていると、優月にぐっと顔を近づけてきた。


「俺はあの人との付き合いはそこそこ長い。入学してからずっとつるんでもらってるからな。でも、あの人はあんまり自分のことは話さねえ。未だに、宇良サンの好きなもんひとつ知らねえんだ。俺は……ダチになれたらいいって思ってんのにさ」


 隼人は悔しそうに目を逸らした。取り巻きや手下のような関係ではなく、いち友人として関わっていきたい。それでも、宇良は心を開いてはくれない。彼の真っすぐな感情が伝わってきた。


 宇良の事情を知っている優月は、他人と繋がるのを躊躇ためらう宇良の気持ちが理解できた。しかし、友人として付き合っていきたいのに、薄い反応しか返してもらえない隼人の気持ちもまた理解できた。


「だから、どんなことでもいい。宇良サンの好物とか、趣味とか、お前が知ってることを教えてほしい」


* * *


「……で、宇良と優月の趣味が合うということを知られ、お前が持っていた群青プリンセス(※優月が大好きなアイドルグループの名前)のDVDやらマンガやらを大量に借りていったと」


 ときは現在に戻り、いきさつを聞いた翔太が結論だけを簡潔に述べた。


「そうだよ! 図書準備室の一角を借りて置かせてもらっていた僕の宝物を、ごっそり持っていったんだ! 元アイドルが漫画家に転向して出したデビュー作に、本人直筆のサインが書いてあるレアものも混ざってるのに! 二時間半かけてサイン会まで行って書いてもらったのに!」


「まず図書準備室に私物をごっそり置いてることがおかしいんだが」


 優月は図書委員をしており、それなりに幅広い仕事をこなしている。それをいいことに、準備室の空きスペースを借りて、私物(アイドル関連商品およびマンガ)を置いていた。例の自室でのなだれ事件が発生したので、(勝手に)緊急避難させてもらい、ある程度部屋と母の心の整理がついたら持ち帰る予定だった。それなのに。


「あいつ、なぜか図書準備室に僕のものを置いてあることを知ってて、貸せって迫ってきたんだ。どこで知ったんだろう」


「あ、それたぶんオレだわ。優月が学校にアイドルグッズ隠してること、方々ほうぼうで話のネタにしてたから」


「天地人キック」


「痛ってえ! 教科書の角で殴りやがったな!? キックじゃねえだろ!」


「キックしようか?」


「やめてください」


 今の優月は冗談の通じない目をしている。翔太は大人しく引き下がったが、学校を物置代わりにしてるお前も大概たいがいだろうと心の中で毒づくのだった。


「強引に持っていって、もう一週間だよ? ちゃんと返してねって言って、分かったって返事したのに。ひとつも返ってこないってありえる!?」


「いや……普通、全部読み終わったら返すんじゃね? 小出しに返さないだろ」


「シャラップ」


「痛え! 本気平手打ちマジビンタしたな!? 親にしかぶたれたことないのに!」


 普段は気弱で大人しいくせに、アイドルが絡むと狂暴になる。こいつの中にも実は鬼が住んでるんじゃないかと翔太は思う。

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