第4章 神様にも理不尽はあるみたいです
第4章 神様にも理不尽はあるみたいです -1-
「許せない!」
優月が吼えた。生徒たちの話し声でざわざわしていた教室が、しんと静まり返った。クラスメイト、及び、たまたま優月たちの教室の前の廊下を歩いていた他のクラスの生徒が、一斉に視線を向ける。
「おい、声でかいって」
彼らから向けられる奇異の目に居心地が悪くなった翔太が、小声で注意する。しかし、優月の目に灯った憤怒の炎は落ち着くことを知らない。優月がなぜこんなに怒り心頭なのかというと、彼の身に起きた出来事に起因する。
* * *
遡ること一週間前。通学時間が宇良とかち合ったため、他愛もない話をしながら一緒に登校した。教室に到着すると、優月は普通に自席に座ったが、宇良は荷物だけ置いてどこかへ行ってしまった。宇良は学校には来るものの、あまり授業に出ない。ほとんどの先生は宇良を煙たがっており、それを理解している本人もわざわざ大人の邪魔はしない。
それでも宇良の成績は良く、定期テストではどの科目もクラスで一、二を争う点数を取っている。授業に出ている生徒たちより、出ていない宇良の方が好成績を取るもんだから、先生たちの面目は丸潰れ。出来が良いので「あんな出来の悪い不良になるなよ」とも言えず、歯ぎしりして悔しがるしかなかった。
一度、「あんな奴がこんな良い点数を取れるはずがない! きっとカンニングしてるに違いない!」と言いがかりをつけた先生が、次の定期テスト期間中ずっと宇良を監視したことがあった。ところが、宇良はカンニングをする様子もなく普通に高得点を取ってしまった。しかも、そのうち二科目はなんと満点だった。
鼻息荒く粗探しをしようとしたら、自分の株が大暴落しただけという散々な目に遭って以降、その先生は宇良に対して何も言わなくなったし、関わらないようにしているようだった。加えて、自信喪失のためか授業の声が聞き取れないくらい小さくなってしまって、その影響をもろに受けた他の生徒たちの成績は悪くなる一方だった。
話がだいぶ横道に逸れてしまったので、場面を教室の優月に戻す。宇良が教室から出て行ったのを見計らったように、毎日のように宇良の近くにくっついている取り巻きのひとり――
なぜ優月が彼の名前を知っているかというと、宇良と彼が一緒にいるところにたまたま居合わせたことがあって、宇良が彼の名を呼んでいたのが聞こえたから。そんな隼人が優月の横に立って、怖い目で見降ろしてくる。
「な、なにかな……?」
何かしてしまっただろうかと記憶を辿っても、睨まれるようなことをした覚えはない。
――まさか、昨日がバイト代の支給日だと知ってタカリに来たのか!? いったいどこで給料日を知ったんだ!? そもそもバイトしてるって大っぴらにはしてないのに、何で知ってるんだ!? まさかストーカーされてたのか!?
優月の被害妄想が膨らむ一方で、上から睨む彼は一向に喋らない。怖い。
ポケットに両手を突っ込んでいるので、殴りかかろうとしているわけではないのだろうけれど……。いや、武器を隠し持っていて、隙あらば痛い目に遭わせようとしているのかも……。被害妄想が加速する。
時間にして十秒足らずなのだが、その僅かな時間も沈黙とあればなかなかの苦痛だ。ましてや、気の置けない仲というわけでもないどころか、名前以外知りもしないヤンキーの睨みに晒されながらとなればなおさら。
「お願いだから何か言って!」
沈黙と睨みのダブル恐怖に耐え切れなくなった。用があるならむしろそっちから言ってくれなければ、何も話が進まないじゃないか。ポケットからつっこんでいた右手が出されて、優月は反射的に縮こまってしまった。彼の右手は優月の顔の前で一瞬固まったが、そのまま彼の頭まで移動した。彼はばつが悪そうに頭を掻いた。
「お前にちょっと話があんだ。放課後、顔貸せ」
それだけ言うと、さっさと行ってしまった。呆然と彼が教室を後にするのを見送っていたが、今しがた言われたことを反芻して、優月は思う。
「ヤンキーからの呼び出し……。無事では済むまいぞ……」
思うというか、声になって出た。
放課後。怖いし行きたくないけれど、行かないと翌朝がもっと怖い。胸倉つかまれ殴られコースになるのが目に見えている。さすがのペット神様たちも、通学中はついてこないから、ここにはいない。あるのは背中のボストンバッグに入っている
いざというときは神様出てきてくれよと祈りながら、廊下を歩く。
そういえば、放課後に(いつ)顔を貸せ(何を)と言われただけで、場所(どこで)は言われなかったじゃないかと思った人がいるかもしれないけれど、なんと彼はわざわざ教室まで迎えに来てくれたのだ。優月はいま、迎えに来てくれた優しきヤンキー、隼人の後ろをついて歩いている。どこで、はいまだに分からない。
学校の中で、屋上以外のヤンキーのたまり場ってどこぉ……?
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