第3章 鬼退治をする羽目になりました -5-

「ずっと気になってたんだけどよ、そのカラス、普通に喋ってねえか?」


「……ふぁっ!?」


 今更すぎる話題展開に、優月の脳内処理が遅れた。変な声が出た。空き地に到着してから色々なことが起きて、配慮なんてしている場合ではなかったが、カっちゃんと普通に会話していたのだった。


「カ……カア~?」


 人間でいうところの口笛を吹いて誤魔化すみたいな惚け方をしているが、後の祭りだった。カっちゃんがカラスじゃなかったら、全身からだらだら汗を流していることだろう。


「今更遅えよ。あのデカブツを間近で見た後だ、カラスが喋ってるくらいじゃ驚かねえよ。普通じゃねえなって思っただけだ」


 さんざん会話を聞かれてしまった今となっては、もはや隠し立てしても意味はない。優月は諦めて、依代箱よりしろはこやカっちゃんたちについて説明をした。ガチャができるタイミングは任意ではないため、実演こそできないものの、どちらもこの場にあるので宇良は納得してくれたようだった。


「あのぅ……。できれば、この件は宇良くんの胸の中だけに留めておいていただけると……」


「喋んねえよ。喋ったところで信じるわけねえし、そもそも喋る相手もいねえ」


「え、でも、学校ではいつも誰かと一緒に歩いてない?」


 学校で宇良にボストンバッグをぶつけてしまった時も、彼の周りには取り巻きがいた。その取り巻き二人に神社まで追いかけられたことが、カっちゃん登場のきっかけだったのだ。優月が知る限りは、宇良は校内で一人でいることは少なく、不良仲間と歩いているところしか見たことがない。


「あいつらは俺と一緒にいるわけじゃねえよ。ケンカが強けりゃ誰でもいい、たまたまそれが俺だったってだけだ」


 そう言われて思い返せば、バッグをぶつけた際も取り巻きが騒いでいただけで、宇良本人は逆上してはいなかった。金魚の糞みたいにくっついていただけで、虎の威を借る狐状態だったのだ。果たして、その関係性は友人と呼べるのだろうか。


 ケンカが強けりゃ誰でもいい――宇良がそう評したことで分かる。彼らは宇良にとって友人でも何でもない。同じ学年、同じクラスの全員が友人かと言われれば、そういうわけでもない。それと同じで、ただ同じ学校にいる不良というざっくりしたまとまりのなかに含められてしまったというだけなのだ。


 仮に宇良より強い不良が現れて、番長に成り代わろうものなら、あの取り巻きたちは迷わず宇良のもとを離れて、新しい番長の腰巾着となるだろう。なんて孤独な弱肉強食なのだろう。


「じゃあな」


 唐突に会話を終わらせ、空き地を出て行こうとする。


「ま、待って!」


 引き止めずにはいられなかった。頭で考えるよりも先に身体が動いてしまって、気づいたら彼の腕を掴んでいた。やってしまってから、優月自身が自分の行動に驚愕している。


「……なんだよ」


 それは宇良も同様だったようで、表情に僅かに戸惑いの色が浮かんでいる。


「あ……えっと……。それ、どうするの?」


 慌てて掴んだ手を放し、宇良が持っている盗品のマンガ本を指さす。ひとまずの話題を見つけ、宇良の足止めに成功した。


「店に返すに決まってんだろ。パクった本人は逃げちまったけど、こいつを返せば、少なくとも店に損害は出ないからな」


「でも……それじゃ、宇良くんが疑われちゃうんじゃないかな」


「覚悟の上だ」


 万引き犯から取り返した商品を届けることで、自分が万引きを疑われる未来を受け入れている。もっと孤独になろうとしている。


 見た目が怖いから。見た目が不良だから。日頃の行いが悪いというイメージが付いてしまっているから。

 ――そんな理不尽な理由で、濡れ衣を着せられることがあってたまるか。


「僕も一緒に行くよ」


 宇良が目を見開いた。そこから二人とも押し黙ってしまって、沈黙の時間が流れる。


「ほ、ほら! 証人がいれば宇良くんが疑われなくて済むしさ! わざわざ疑われることもないんじゃないかなって思うよ!」


 先に気まずさに耐えきれなくなった優月が、早口でまくし立てる。ぷっと噴き出し、宇良は頷く。


「それならお言葉に甘える。一緒に来てくれ」


「……うん!」


 店に商品を持っていくと、やはり最初は宇良が盗んだのではと疑いの目を向けられたが、優月が事の次第を説明したことで、ひとまずは話を聞いてもらえた。防犯カメラを確認してもらって、宇良の言っていることが事実と分かると、店長から謝罪と感謝の言葉を貰った。


 宇良は照れ臭そうにそっぽを向いていたが、誰も不幸にならない結果になって、優月は満足だった。


「そういや、俺もマンガ買いにきたんだった。ついでに見てくか」


「宇良くん、どんなマンガ見るの?」


 聞いてみれば、宇良と優月のマンガの好みは結構似ていて、共通の話題があることが分かった。あのマンガの主人公のあの行動がカッコ良かった、あのマンガの新連載が始まった、あのマンガのこれからの展開が気になる、そんな話でかなり盛り上がった。テンションが上がりすぎて、話し声が大きくなってしまって、店員さんにたしなめられた。


「……怒られちゃったね」


「買うもん買ったし、出るか」


 店を出ると、薄明の空が出迎えてくれた。外で待ってもらっていたポチが駆け寄って、後ろ足だけで立ってジャンプしている。


「待っててくれてありがとうな」


 そう言って抱き上げた宇良の頬を、ポチが熱烈に舐めまくる。


「なんだか、僕より懐かれちゃったね」


「昔から、犬には懐かれんだよな。分かったから、もうやめろって」


 言葉とは裏腹に、宇良は笑ってポチを撫でている。初めて見る宇良の笑顔だった。

 今まで、夢の中なら笑えていたのだろうか。温羅はこの笑顔を見たことがあるのだろうか。


 ――こやつはそう悪い奴ではない。


 優月は温羅の言っていた通りだと感じる。宇良は、自分が孤独でも仕方がないと諦めていた。諦めさせていたのは、周りの人間だ。そして、優月もその一人だったのだ。それが、今はこうして並んで歩いている。それなら、これからだって歩いていける。


 神様たちと温羅が繋いだ縁。優月は、勇気を出して宇良に向き直った。


「どうした?」


 突然立ち止まった優月に合わせ、宇良も立ち止まる。優月はスマートフォンを出して、QRコードを画面に表示した。


「宇良くん。連絡先、交換しようよ」


 QRコードを読み込めば、SNSで優月と友達になれる。薄暗い中で魔法陣のように光る画面を一瞬見て、次に優月と目を合わせる。


「……あいつの言ったことを真に受けてるなら、気を使わなくていいぞ」


「温羅さんは関係ないよ。僕がそうしたいから」


「クゥン」


 ポチも「そうしなよ」と言いたげに甘えた声を出している。逡巡した様子の宇良だったが、ふっと笑うと、スマートフォンを取り出してQRコードを読み取った。何度かタップして、操作は完了した。宇良の友達リストに、優月が追加された。


「物好きなやつだな」


「神様と暮らしてるくらいだからね」


「前代未聞だな」


「キャン」


 ポチが鳴くタイミングがバッチリすぎて、優月も宇良は笑いあった。


「じゃあな」


「うん。また学校で」


 宇良は背を向けて去っていった。その背中が街頭に消えたのを見計らって、優月の頭の上にカっちゃんが止まった。キー坊も電柱を下りてきて、優月の肩に飛びついた。


「カア。長かったナア」


「お待たせ。帰ろうか」


「キキッ」


「キャン!」


 神様たちを連れて、帰路につく。

 こうして、長い長い散歩がようやく終わりを告げるのだった。

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