第3章 鬼退治をする羽目になりました -3-
「警戒するな。お主らに危害を加えるつもりはない」
「は、はあ……。えと、あなたは?」
「ワシは
「うら? え、え? 同じ名前?」
「読みが一緒ってだけで、字は違えよ」
ポチを抱いた宇良が、温羅の影の中に入ってくるところだった。大人しく抱かれているポチは、眼鏡の少年に唸り声をあげていた時とは真反対に舌を出して笑っているような表情をしている。
ポチを抱いていない方の宇良の手には、眼鏡の少年から奪っていたマンガ本。
「えっと……ウラくん。あ、僕の同級生の方ね。さっきの子は行っちゃったけど、人の物を奪うのはよくないんじゃないかなって……」
優月がびくびくしながら意見を述べた。返ってきた宇良の反応は、罵声でも怒号でもなかった。
「こいつは、あの眼鏡が買ったモンじゃねえ。本屋から盗んでたんだ」
「へ……?」
「今日は俺が好きなマンガの発売日だから、俺も本屋に行ってたんだ。そしたら、たまたまあの眼鏡が万引きしてるとこを見かけた。あの野郎、店を出て声をかけたらダッシュで逃げやがったから、ここまで追いかけてようやく捕まえたところだったんだ」
つまり、事の顛末はこうだ。眼鏡の少年が万引きしているところを偶然見かけた宇良が、この空き地まで追いかけてとうとう万引き犯を捕まえた。そこへ、優月たちが通りかかった。眼鏡の少年を追い詰める宇良の姿があまりにも恐喝っぽく見えたせいで、優月はてっきり宇良がカツアゲしていると勘違いしてしまったというわけだ。
「それじゃ、カツアゲしてたわけじゃなかったんだ……」
「そういうことだ。先刻ワシが言っただろう。見えているものだけが真実ではないと」
そう温羅にたしなめられる。その声があまりにも穏やかだから、優月はことさら居たたまれない気持ちになる。
「無理もねえよ。俺の日頃の行いを考えれば、そう思って当然だからな」
「ワシはそうは思わん。『誰がやったか』ではなく、『何をやったか』で判断すべきだ。日頃の行いが良ければ、何をやっても許されるなど道理が通らんではないか」
先ほどの眼鏡の少年のように。
「そんな理想論が通用するくらいなら、誰も泣きを見たりしねえよ。……それより、なんでお前がここにいんだよ? 俺は夢でも見てんのか」
優月とカっちゃんは思わず後ずさった。夢かどうかを確かめるために、優月は(翔太に)頬をつねられて、カっちゃんは(優月に)羽をむしられた。
「現実だ。ワシとて、実体を持ってお主と顔を合わせることになろうとは思わなんだ。おそらく、あの時の桃が原因だろう」
「そいつが投げたやつか」
「ああ。あれは邪なる存在を退ける聖なる果実。ワシがお主に危害を加えるつもりはなくとも、お主に取り憑いていたようなもんだったからな。お主の中に居座りたいというワシの邪な心を見透かし、お主から追い出したんだろうて」
「チッ。勝手に俺の中に居座って、せっかく受け入れてやったと思えば、今度は家出かよ。勝手なやつだ」
「あのぅ……」
感動の再会みたいな雰囲気の中で申し訳ないけれど、割って入らせてもらった。優月と会話してくれていたはずなのに、いつの間にか宇良たち二人だけの身内トークになってしまって、すっかりのけ者状態だったのだ。何が起きているのか全然分からない。
「そいつと現実で会うのは初めてだ。信じられねえだろうが、そいつとは夢の中でしか会ったことはない。俺がガキの頃だが、ある時から夢に出てくるようになったんだ。そんなこと、普通はありえねえだろ? だけど事実なんだから仕方がねえ。何度も夢に出てきやがるし、図体は無駄にでけえし、初めは薄気味悪かったさ」
「かかか。夢の中のワシに、小童が虚勢を張って可愛いもんだったわい」
「うっせえ。まあ、気持ち悪ぃけど別に害はねえし、悪い奴じゃねえから放っておいたんだ。話し相手もいなかったしな」
幼いころは、宇良は大人しい少年だった。しかし、周りの見る目は違った。人より身体が大きくて、人より目つきが悪くて、人より力が強い。ただ、それだけの理由で、宇良は避けられていった。何も悪いことをしていないのに、だ。
学校で物が盗まれたり、窓が壊されたりといった事件が起きたときは、証拠もないのに、当然のように宇良が疑われた。教師が自宅にまでやってきて、素行が悪いとある事無い事両親に告げ、まるで宇良が全ての犯人のような扱いをした。それを真に受けた両親から、頬を張られた。
何もしていない宇良は、孤独になっていった。
そんな折、温羅が夢に現れた。
「ワシも生前、似たような扱いを受けたのだ。この体躯と顔のせいで、人間でありながら鬼と言われ、人に害なす存在だとされた。矢を放たれ、刀を向けられ、槍で貫かれ。亡き者になった後は、さらし首にされ辱められた。こやつも謂れのない罪を着せられ、思い悩んでおった。名前も同じウラだし、他人事とは思えんでな。夢に居座らせてもらったのだ」
「けっ。傷の舐め合いなんてしたって、何も解決しねえだろ。……だから、強くなるしかなかったんだ」
この世の中は、会話で全てが解決できるほど成熟してはいない。不本意だろうが後ろ指をさされようが、力をつけて強くなるしか自分を守る方法がなかった。だから、宇良は鍛錬して安定した体力をつけ、何事にも動じない精神を鍛え、日々のケンカで技を磨いた。
そうしたら、番長になっていて、近隣の不良たちに名を知られるようになっていた。親も教師も、宇良に怯えて何も言わなくなった。
宇良は、さらに孤独になっていた。
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