第3章 鬼退治をする羽目になりました -2-
助けることができた安心感と、その後に待っているであろう恐怖感が入り混じった、絡まった電源コードやケーブルくらい複雑な感情のなかで揺れる優月をポチが引っ張って、眼鏡の少年の前に躍り出る。
「ウー、ワン! ワン!」
なんと、ポチは宇良ではなく、眼鏡の少年に向かって吠えたのだ。
「わっ! な、なんだよこの犬!?」
歯をむき出しにして唸るポチの剣幕に押されて、後ずさる。せっかく逃げるチャンスなのに、逃げ道を塞いでしまった。
「ご、ごめん!」
優月が慌ててポチを引っ張るが、びくともしない。助けたいのか助けたくないのか意味不明な優月たちの行動に、少年は混乱している。無理もない、優月だって混乱しているのだから。宇良は殺気だった気配を纏ってこちらに向かって歩いてきている。
「あわわわわ……」
眼鏡の少年と優月が仲良くへたり込んでしまったその時、ボストンバッグから希望の光が放たれる。優月は待ってましたとばかりに急いで
「……桃?」
そう、春に咲く艶やかな花の色を現したカラーが存在し、その実は甘くて美味しい、胸がキュルルンと片想いしてしまいそうな植物。鮮やかな桃の実が手のひらに三つ乗っていた。
「カア……。それハア、オオカムヅミ、ダア」
カっちゃんが目を回しながら解説役を買って出てくれる。
「カア……。
地面に伏してぐったりしていたはずなのに、神の説明をしながら徐々に元気になって、今はカラス胸を張っている。神についての知見という自信が体力回復に繋がっているのだろうか。
それにしても、猿、鳥(ただしカラス)、犬(ただし狼)、それに加えて桃って、登場するキャラクターが完全に桃太郎じゃん。
――いや、そんなことより。カっちゃんの話からすると、この桃は
宇良は手で防御の姿勢を取り、腕に当たって桃はポトリと落ちた。優月は続けて残り二つの桃を投げ、一つは防御されて弾かれたが、もう一つは宇良の腹に当たった。
「ぐっ……」
くぐもった呻き声とともに、宇良は膝をついた。
「え、やった!?」
柔らかい桃の実が当たったところで、大きなダメージにはならないはずだが、宇良は桃の運動エネルギー以上の苦痛を受けている。
「ぐっ……ぐおおおおお!」
咆哮をあげた宇良の背中から、赤黒い靄が噴出した。身の丈四メートルほどの大きさに広がったそれは、胸を掻きむしるような仕草をしながら、人型に凝縮していく。宇良から完全に抜け出たその姿は、ぐるぐると渦巻いた髪の毛も瞳も燃えるように真っ赤で、人睨みするだけで人の魂を奪っていきそうな形相の、まさしく赤鬼といえる存在だった。
「ひいっ……」
「うわあああ!」
腰が抜けた優月の横を、眼鏡の少年が全速力で駆け抜けた。ポチが唸っても構わず、一目散に逃げて行ってしまったのだ。ゆっくりと立ち上がった宇良は、庇うように赤鬼の前に出て、優月たちを睨む。
「……満足かよ」
「え……」
「弱い者を助けた勇者を気取れて、満足かって聞いてんだよ」
怒りと悲しみ、激しさと静けさが入り混じった、どこか諦めたような表情と抑揚。だらりと腕を下げた彼からは、もはや敵意は消えていた。ポチが尻尾を振りながらトコトコと歩いていき、宇良の脚にすり寄る。宇良がしゃがんで、ポチを撫でてやると、満足そうに眼を細めた。カっちゃんと顔を見合わせて、その様子を眺める。
「えっと……。どういうことなんだろう」
「カア。あの男は見た目ほど悪い奴じゃないナア。
「うーん? そういえば、ポチは逃げちゃった眼鏡の人に対して唸ってたなあ。いったいどうなってるの?」
「見えているものだけが真実ではないということだ」
「ふぉっ!?」
突然暗くなって、突然知らない声が会話に入ってきたと思ったら、真後ろに赤鬼がいた。四メートルの体躯で近寄られたら、その陰で優月の全身が隠れてしまう。カっちゃんなんて、口をあんぐり開けて赤鬼を見上げている。
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