第5章 母が誕生日なので楽させようと思います -2-
土曜日ということもあって、客足は多めだった。ベテランメンバーが揃っていたおかげでトラブルなく回していけているが、息をつく暇もなかった。年配客だけでなく、若いカップルやお一人様客も多い。
昨今のサウナブームでサウナ目当ての来客が多く、そのおこぼれにあずかってレストランに立ち寄る客が増えたのはありがたい悲鳴だ。優月が見た限り、ガチのサウナーはあんまりいない気がするけれど。
結局、休憩に入れたのは午後三時を過ぎた頃だった。坂本さんの言ったとおりになった。客足が落ち着き、午後からのシフトのバイト数名が出勤してきたため、優月と坂本さんは一緒に休憩に行かせてもらえることになった。
真紀は「優月君たちと入れ替わりで良いから、先に休んで」と言って送り出してくれた。真紀も疲れているはずなのに、そんなことを感じさせない元気な笑顔でそう言ってもらえて、優月は素直に感謝した。
休憩室の椅子に腰かけると、ふくらはぎと足の裏がじんとした。足首を回すと、たまった血が流れていくようで気持ちがよかった。優月と坂本さんは、それぞれ持ってきた軽食を取り出して、遅い昼食をとった。
「優月くん、何飲む? 私も飲むから、一緒に買っちゃうよ。遠慮しないで」
「やった! ありがとうございます! じゃあ……コーラをお願いします」
「オッケー。はい、どうぞ」
坂本さんからコーラを礼を言って受け取り、坂本さんが先に飲み物に口を付けるのを待って、優月もいただいた。
「それで、話ってなにかしら」
互いに喉を潤してできた沈黙の時間を、坂本さんが終わらせてくれた。優月はコーラを置いて、姿勢を正した。
「坂本さんが貰ってうれしいものって何ですか」
「貰ってうれしいもの?」
「はい」
坂本さんは虚を
「質問で返してごめんね。それはどういう意図で聞いてるのかな?」
坂本さんは、優月の問いがストレートな疑問ではなく、何か本質を覆い隠しているようなもやもやした印象を受けていた。坂本さんが何も考えずに質問に答えても、それが優月の欲する答えにならない気がしたのだ。
「ああ、ごめんなさい。実は、来週、うちの母が誕生日なんです。これまでは誕生日だからって特に何もしたことはなかったんですけど、今は僕もバイトしていて多少はお金があるから、何かしてあげたいなって思って」
優月ははにかんで言った。
「でも、何が欲しいのか分からなくて。普段の会話でそれとなく探ってみたんですけど、だめでした。もともと物欲が無い人だから、ちっとも欲しいものが出てこないんです。だから、同い歳で同じ主婦の坂本さんに意見を貰いたいなあって思って、質問したんです」
そう続けると、ごまかすようにコーラを口にした。そんな優月に、わが子を見るような眼差しを向けて、坂本さんは微笑んで言った。
「そっか。優月君は偉いねえ。同じお母さんからすれば、その気持ちだけで充分嬉しいと思っちゃう」
「いやあ……そう言われるとは思ったんですけど」
「分かってる。気持ちを形にしたいってことだよね」
コクコクと頷く優月を見て、坂本さんは人知れず「香織、あんたいい息子持ったねえ~」と心の中でほっこりするのだった。健気さと優しさをブレンドしたみたいな優月の頼みとあらば、力になってあげたい! そうは思うものの、香織との長い付き合いの中で、彼女が何かを欲しがっているところを見たことは、実は坂本さんも無かった。
香織は昔から、今あるものを使ってやりくりするタイプだった。スマートフォンが主流になっても、無理に買い替えることはしないで、ずっとフィーチャーフォンを使っていたくらいだ。優月に勧められてようやく機種変更したけれど、それからもう何年も同じ機種を使っている。新しいものが出るたびに買い求めて浪費するような生活は送っていない。経済的で良いことなのだが、贈り物をしたい人の立場になると、大変困る。
ここは考え方を変えるべきだな、と坂本さんは判断する。香織の欲しいものは無いというのが答えになるのだから、欲しいものが何かを考えることに意味はない。とすれば、欲しいものではなく、してほしいことが何か、してもらって助かることが何かを見つければ良い。そこは、同じ主婦である坂本さんが思い当たるものがあった。
「それなら、一日家事をやってあげるっていうのはどうかしら? 主婦業はお盆もお正月もなくて、毎日やらないといけないものだから、一日代わってくれるだけでも助かるわよ」
家事代行。それならば、物欲は関係なしに助かるサービスだ。心がこもった素敵なプレゼントもいいけれど、炊事、洗濯、掃除といった仕事を一日変わってくれるのは主婦としては非常に嬉しい気遣いだ。何より、大切な時間を使って自分のために一生懸命に動いてくれることが本当にうれしい。
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