第7章 さよなら~前編~ -3-

 通りを歩けば、今が書き入れ時とばかりにケーキやチキン、スイーツ類の店頭販売が行われている。人が通りかかるたびに元気よく発せられる呼び込みが、宇良が通る時だけは一瞬止む。そんな光景にも慣れ、今更なんとも思わなくなった自分が、強くなったのか、麻痺してしまっただけなのか、宇良自身にも分からない。


 宇良はラーメン屋でアルバイトをしており、バイト先に出勤している途中だった。四十台半ばの店長はやや強面で、若い頃はその顔つきのせいで、特に就職の際は苦労したという。同じ苦労を背負った者だからこそ、宇良は見た目で判断せずに雇い入れてもらえた。寡黙だが真面目に働く宇良の勤務態度を評価してくれ、わずかずつだが時給も上げてくれている。そんな店長を、宇良は尊敬し、恩を返すつもりで働いている。数少ない信頼できる大人だった。


 あと五分ほどで目的地のラーメン屋に着くという頃、行き交う人の姿が急にかすみのように消えてしまった。街並みは変わらないのに、人がいないという違和感。宇良は足を止めた。この状況は初めてではない。優月と登校している間は、いつもこうなのだ。


「優月か……?」


 周辺を見渡してみるが、友人の姿は無い。

 ――いったい、どうしたってんだ。

 小さくつぶやいてすぐ、空から羽ばたきが聞こえた。見上げれば、見慣れた三本足のカラスが宇良に向かって来ていた。


「カア! 吾輩に力を貸すんダア!」


 唐突に現れたかと思えば、訳の分からないことを言うカラス。妙に慌てているのは理解できるが、言葉足らずで状況が見えず、宇良は訝しんだ。


「何をいきなり命令してやがる。優月はどうした? 近くにいるのか」


 優月の名を口にして、胸騒ぎを覚える。見渡しても、優月どころか人っ子ひとりいない。カラスだけ。

 ――まさか。


「カア! 優月がさらわれたかもしれないんダア!」


 カっちゃんのその一言で、外れていてほしいと願った宇良の予想が的中してしまったことを知った。

 宇良は、この日初めてバイトを無断欠勤した。


* * *


 クリスマスは冬を彩るイベントだ。豪華なレストランに行ってみたり、家族で豪華なパーティをしてみたり。今か今かと待ち続けて、眠気に負けて寝てしまった子どもたちの枕元には、きっと、優しいサンタクロースからのプレゼントがあることだろう。


 人が行き交う通りの店先には、綺麗に飾り付けられたモミの木が置かれ、通行人の視線を集めている。


 しかし、いかにクリスマスといえど、みんながみんな特別な日を過ごしているわけではない。悲しきぼっちだったり、日本のイベントではないからと我関せずだったり、理由はさまざまだが、普段の日として過ごす人は少なからずいるものだ。


 隼人もまた、その一人。悪友数名とハンバーガーチェーン店でポテトをつまみながら駄弁っていた。


 隼人にとってクリスマスが特別な日だったのは、小学生まで。中学生になった頃には、両親がそれぞれ不倫相手を作って家族そっちのけになり、隼人のことなど二の次になっていた。隼人にとっての家は、父と母が置いていった金で一人きりで食事するためだけの場所になっていた。


 いつからか、大人という存在が信用に値しないと認知するようになった。不良と言われようが、後ろ指を刺されようが、大人が言う『いい子』になるなんて糞食らえだった。父も母も、世間では『いい人』という評価だったから。


 そんな隼人にも仲間ができ、一緒にいたいと思える存在ができた。宇良や優月もそうだ。特に、隼人とは違うな世界に生きていると思っていた優月が、自分のような外れ者とも分け隔てなく接してくれたことが、隼人には信じがたいことだった。宇良に勧められて連絡先を交換してからというもの、優月の方から連絡をよこしてくれた。


 優月と隼人の間にあった高い壁やフィルターのようなものが、共通の趣味という武器で破壊され、強固な橋を架けてくれたように感じた。だから、もし仮に優月が困るようなことがあれば、いつでも助けに駆け付けるつもりでいる。


 宇良から連絡が入ったのは、ハンバーガー店内の暑すぎる暖房に気分が悪くなり、外の冷えた空気を吸っている時だった。シャツの襟元を開いて外気を取り込めば、自分の体で温められた空気が小さな上昇気流となって街に流れ出ていく。心地よい冷気を感じていると、スマートフォンが鳴った。


「隼人か! 悪い、助けてくれ」


 焦った様子だった。宇良は走っているのか、靴音と、荷物が揺れるような音と、やや荒い息遣いが聞こえた。事情を聞けば、優月が行方不明だという。隼人は二つ返事で了承し、一度店に戻って仲間たちに別れを告げると、不愉快なほどに明るい街を走り出すのだった。

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