みあれ!神ガチャ

篠塚しおん

第1章 ガチャガチャを押し付けられました

第1章 ガチャガチャを押し付けられました -1-

「うーん。どうしよう……」


 目の前のカプセルトイ――通称ガチャガチャといい、レバーを回すと入ったカプセルが出てくる玩具――を眺めて、独り言。


 彼の名は優月ゆづき。なんてことはない普通の男子高校生だ。道に迷って困っていたおじいさんを助けてあげたら、札束が何十枚も入った分厚い封筒を渡そうとしてきたから、慌てて断ったところ、


「じゃあ、せめてこれを貰っておくれ」


と言われて押し付けられたのが、このガチャガチャだ。本当ならお孫さんに渡そうとしていたのかもしれないし、正直なところ、貰っても別に嬉しくなかったので返そうとしたのだけれど。


「あれ? おじいさん!?」


 おじいさんはいつの間にかいなくなっていたのだ。落とし物ではなくて、明確に優月に手渡されたものなので、警察に届けたところで受け取ってはくれない。かと言って道端に捨てるわけにもいかず、結局持ち帰ってきてしまったのだ。


 弟や妹がいればあげても良かったのだけれど、あいにく優月は一人っ子だ。いとこはみんな遠方住まいだし、すぐに渡せそうな人がいない。わざわざ人に押し付けないで、部屋のオブジェとして置いておけばいいじゃないかと思うかもしれないけれど、優月の部屋には既に物が溢れかえっているのだ。


 実は優月はアイドル好きで、CDやDVDはもちろん、雑誌やカレンダー、ペンライトなどのライブグッズにTシャツと、部屋のどこを見てもファングッズが目に入るという状態なのだ。物が多すぎて溢れそう、ならまだ良かったのだが、先日、本当に溢れてしまった。


 ケースも押し入れもパンパンで、収納できる場所が無くなり、仕方なく棚の上に山積みしていたら、グッズの山が優月の身長を越してしまった。


 そしてある時、ついに重みに耐えられなくなって棚が壊れてしまい、なだれが起きた。運悪く、母親の香織かおりが部屋で掃除機をかけているタイミングでなだれが発生し、もろに被害にあってしまった。


 その日に学校から帰った後は、そりゃあもう火山噴火のごとく叱られた。


「これ以上モノを増やしたら、いま部屋にあるもの全部捨てますからね!」


 綺麗なスライディング土下座を披露したおかげで廃棄だけは免れたものの、二度目はないと睨まれてしまった。それからというもの、CDやDVDはレンタルのみにし、かさばる雑誌類の購入は涙を呑んで我慢した。そんなことがあった中で、また物が増えたなんて知ったら、今度こそ大事な大事なグッズを全て捨てられてしまう。ベッドと勉強机だけになった殺風景な部屋……想像しただけで恐ろしい。


 そういうわけで、これ以上モノを……しかも自分の趣味とは何の関係もないおもちゃを部屋に置くなど言語道断なのだ。押し入れはパンパン、ベッドの下もぎゅうぎゅう、机の下までグッズだらけ。もう床に置く以外ない。だけど、床に放置しておいて、見つからないわけがない。そうなったら、母の頭から角が生えてしまいそうだ。そして強制撤去が現実に……。


「どうしよう……」


 ちょっと人助けをしただけなのに、こんなことになってしまうなんて。


「優月、ご飯の用意ができたわよー!」


 香織の声が響いた。二階の優月の部屋に向かって、スリッパで階段を上る音がする。鬼がそこまで迫っている!


「あわわわ……どうしようどうしよう」


 とにかく何かで隠さなきゃ。部屋をキョロキョロしても、目に入るのはアイドルグッズばかり。焦りが加速する。どうしようどうしようどうしようどうしよう。ついにスリッパは部屋の前にやってきた。


「いないのー?」


 ガチャリ。


「優月ー? なんだ、いるんじゃないの。いるなら返事しなさいよ。ご飯できたわよ」


「わ、分かった。すぐ行くよ」


「……あれ、何か後ろにない?」


「え、あ、これは……。明日学校に持ってく荷物だよ! ほら、文化祭に向けて、いろいろ準備しないとで」


「あー、そういえば秋にやるんだったわね。てっきり、また何か買ってきたのかと思ったわ。分かってるでしょうけど、次にまた何か買って、なだれでも起こそうものなら……」


 香織の頭に二本の角が生えてきたように見える。今にもゴゴゴゴという音が聞こえそうなくらいだ。


「わわわ分かってるって!」


「ほら、冷めちゃうから早く来なさいよ~」


 そう言って香織は去っていった。優月は、ぷはあ、と息を吐いた。なんとかごまかせた。後ろをチラリとみやると、そこにあるのは大きめのボストンバッグ。ライブなどで遠出する場合に、行きは食料と飲料を詰めて、帰りはライブで買ったグッズを詰められるようにと購入したものだ。


 購入してすぐに例のなだれ事件が起きてしまったため、日の目を見ることがなかったのだけれど、今まさに隠れ蓑となる大活躍を見せてくれた。一か八かというところだったが、ガチャガチャを横にすれば何とかバッグの中に収まってくれたので、本当に助かった。


「はあ……。誰か貰ってくれないかなあ」


 ため息をつきながら、リビングに向かうのであった。

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