第7話 それぞれが抱く課題
魔法の練習を終えて、聡史と美鈴は地下から出てくる。
「地下にいたから、日差しが強く感じるわね」
「もうすぐ真夏だからな」
「それにしてもこれからずっと聡史君と一緒に魔法の練習ができるなんて、なんだか夢みたいな話よね。しかも今日一日でビックリするほど高度な魔法理論がわかったし」
「これからも能力向上第一でビシビシやるからな」
口ではそういうものの、ついさっきまで美鈴に抱き着かれていた聡史はこれはこれで内心ドキドキだったりする。ついつい緩んでしまいがちな顔を懸命に引き締めて、表向きは何事もなかったで押し通すつもりだ。
二人で学生食堂の入り口で待っていると、グラウンドの方向からこちらに向かってくる桜と明日香ちゃんの姿が目に入る。
「あら、桜ちゃんたちも来たようね」
「そ、そうだな」
聡史は務めて冷静に振舞おうとするあまりにセリフがやや棒読みに。美鈴が抱き着いてきた感触を今頃脳内メモリーに保存しているせいだ。
それよりも聡史の事前の予想とは違って、意外と明日香ちゃんは元気そうな雰囲気。だが…
「お兄さん、美鈴さん、聞いてくださいよ~。桜ちゃんに死ぬほど追い詰められて倒れるとそのたびに苦い液体を飲まされて、また死にそうになっての繰り返しなんです。おかげでまだ舌が苦さで痺れていますよ~」
聡史には心当たりがあった。桜の訓練においては相手を徹底的に追い詰めて死にそうになるとポーションを飲ませて再びシゴくの繰り返しが当然のスタイル。ビリー隊長のブートキャンプが延々と続く無間地獄のような超スパルタ訓練を、明日香ちゃんはこの2時間身をもって経験したのであろう。
「明日香ちゃんも飲んだの? スポーツドリンクで薄めてあるとはいえ、酷い味だったわね」
「美鈴さん、その意見はとんでもなく甘いですよ~。ハチミツに砂糖をまぶしたよりも甘いです。何がスポーツドリンクですか、私は原液ですよ! げ・ん・え・き! 意識朦朧としているところに鼻を摘ままれてあの苦い液体を流し込まれる苦しさがわかりますか?」
常日頃お花畑の住人のようなポワーンとした性格の明日香ちゃんが、頬を紅潮させて一気に捲くし立てている。よほどの目に遭ったようだ。やはり聡史が心の中で冥福を祈っていたのは無駄ではなかった。
聡史は祖父が孫を可愛がるような慈悲に溢れた目で明日香ちゃんを見て「また一人犠牲者が…」と呟いている。
「桜ちゃんはどんなトレーニングをしたのかしら?」
美鈴は明日香ちゃんの申し立てる苦情はさらっとスルーして、桜に軽い興味本位で聞いてしまった。ここまで沈黙を守っていた桜がここぞとばかりに身を乗り出す。
「美鈴ちゃん、明日香ちゃんが大袈裟なんですよ。一回や二回死にかけたところで、大した問題ではありませんわ」
「それ、絶対に問題あるから」
聡史はここ大事とばかりに声を上げる。だがその声を飲み込む如くに、明日香ちゃんは涙目で訴えてくる。
「桜ちゃんは、オニです! 悪魔です! 地獄の閻魔様です!」
なんとなく美鈴は察してしまったよう。自分は巻き込まれないように予防線を張ろうと決意した目で聡史を見る。
「わ、私は聡史君との魔法の練習が忙しいから、桜ちゃんは明日香ちゃんと仲良くやってね」
「美鈴ちゃん、その気になったらいつでも声を掛けてくださいね。お待ちしておりますわ」
絶対声なんか掛けない! むしろ実技実習の時間に限って桜には近づきたくもないと、美鈴は背筋が凍る思いを感じながら首をブンブン横に振っている。
「お兄さん、どうか私も一緒に魔法の練習に加えてください」
懸命に逃げを打つ明日香ちゃんだが、簡単に獲物を逃がす桜ではない。
「明日香ちゃん、私と一緒に訓練すれば夕食はデザートを2品おごりますわ」
ピクッ
明日香ちゃんは「デザート」というフレーズに敏感に反応するが、まだ辛うじて理性を持ち堪えている。
「桜ちゃん、私はデザートでつられるような安い人間ではありませんよ~」
「よく考えてくださいね、明日香ちゃん。訓練で大量のカロリーを消費すれば、太る心配なしでデザート食べ放題なんですよ」
ガシッ
明日香ちゃんは桜の地獄の甘言に陥落した。騙されているとも知らないで、力強く桜の手を握っている。
「桜ちゃん、デザートのために頑張りましょう」
「ド安目の人間だろうがぁぁ」
聡史のツッコミなどどこ吹く風で、桜と明日香ちゃんは熱く友情を確かめ合っている。騙されているとも知らないで…
一応明日香ちゃんも納得して落ち着いたようなので、ひとまず美鈴はこの場を収集しようと…
「こんな場所でしゃべっていても仕方ないから、食堂に入りましょう」
「美鈴ちゃん、そうでしたわ。さっきからお腹がペコペコですの」
美鈴の言葉に桜はハッとしたような表情で食堂に向かって突進を開始。人が溢れている入り口にも拘わらず、その波をすり抜けるが如くの見事な体捌きであっという間に食堂の中に姿を消す。
テーブルに着くと四人が思い思いのメニューを選んで、ひと時だけゆっくりできる食事時間が始まる。
桜は相変わらず大量の食事を二枚のトレーに乗せて席に持ち込んでおり、脇目も振らずに昼食に集中している。対して明日香ちゃんは普段よりも控えめな量をあまり食欲がない様子で口に運ぶ。疲労は回復しても、胃が食べ物を受け付けないらしい。
桜が黙って食べているのを好機と感じて聡史が口を開く。美鈴と明日香ちゃんに関してちょっと気になっている件があったのだ。
「美鈴と明日香ちゃんはステータスレベルが低い気がするんだけど、あまりダンジョンには入っていないのか?」
「ああ、その件ね。私もレベルを上げたいのは山々なんだけど、パーティーを組んでくれる人がいないのよ」
「お兄さん、私も美鈴さんと一緒ですよ~」
美鈴と明日香ちゃんから同じ回答を得て聡史は不思議そうな顔をしている。二人の発言に色々と疑問が湧いてきたのだ。
「パーティーを組まないとダンジョンに入れないのか?」
「ええ、自由課題の時間にダンジョンに入るには最低でも四人以上のパーティーを組まないといけない規則があるの」
「そうなんですよねぇ~」
美鈴の言葉を聞いて明日香ちゃんがため息をついている。パーティーに関して何か困り事があるよう。
「パーティーは簡単に組めないのか?」
編入してまだ2日目の聡史はその辺の事情に疎い。だがこの聡史の言葉で美鈴の表情が暗く沈み込む。
「パーティーを組んでダンジョンに入ったとしても、私は生徒会の仕事があるでしょう。3時になったら生徒会室に向かわないといけないのよ。途中で帰ってしまう人間とパーティーを組みたがる人がいると思う?」
美鈴の話にあるように、午後の自由課題も生徒が自由に取り組むプログラムである。専門実技演習との違いは校外での活動も認められる点。つまり学院に隣接しているダンジョンに入ることも可能となる。そしてほとんどの生徒は実際にダンジョン内で活動をしている。
午後からダンジョンに入った生徒たちは、帰りのホームルームはパスして放課後もダンジョンを探索する場合がほとんど。途中で戻ってしまうとわかっている美鈴をわざわざパーティーに迎え入れるメリットはどこにも存在していない。
ここには生徒のために仕事をしている生徒会役員がパーティーを組む際に冷遇されてしまうという矛盾が生じている。その辺の救済措置として学年を超えて生徒会役員でパーティーを組むのも可という規則があるのだが、夏休みになるまでは仕事が忙しすぎてそのような余裕はなかった。
「美鈴は苦労しているんだな」
聡史は同情が籠った眼差しを美鈴に向けてから、次に明日香ちゃんを見る。自分の出番がきた明日香ちゃんはなぜか胸を張って待機している。
「明日香ちゃんはパーティーを組めない理由があるのか?」
「フフフ、兄殿、よくぞ聞いてくれたな。私はEクラス最弱の存在!」
「あー!」(察し)
Eクラスでビリということは明日香ちゃんはこの学年でビリということ。世の中にはトップがいればビリもいる。それこそが世の常であろう。
明日香ちゃんは誰かが欠席して人数が足りなくなった時以外は、どこのパーティーからも声を掛けてもらえなかった。
こんな話をしているところで、タイミングよく桜が食事を終える。箸を置くと聡史に向かって思いをぶちまける。
「お兄様、明日香ちゃんの実態をご理解していただけましたか? このままでは進級も難しいレベルですわ。ですから私が心を大悪魔にして鍛えようというわけです」
だがこのような桜の意見に対して、明日香ちゃんが反論を試みる。
「桜ちゃん、私だって魔法少女になるために色々と努力しているんですよ~」
「おやおや、どのような努力でしょうか?」
「魔法少女といえば、やっぱり放課後のお茶会ですよね。積極的にお茶とオヤツを口にするようにしています」
ピクッ
聡史、桜、美鈴、三人のこめかみが一瞬動く。
「それから衣装にもこだわっていますよ~。私服はいつもフリフリがいっぱい飾ってある服を選んでいます」
ピクピクッ
三人のこめかみが再度動く。
「ダメ押しに自由課題の時間はヒマなので、図書館で魔法少女のマンガを読んでいますよ~」
「ビリに決まっているでしょうがぁぁ」
「ニートだ! 学園ニートが、ここにいる」
「生徒会としてボッチの対策を真剣に考えなくては…」
桜が声を荒げ、聡史が天を仰ぎ、美鈴がテーブルに突っ伏している。あまりの明日香ちゃんの仰天告白に魂が口から抜けかかった三人だが、真っ先に桜が再始動する。
「明日香ちゃんの恐るべき実態が判明しましたが、私はこの程度ではメゲませんわ」
「桜、一体どうするつもりだ?」
「お兄様、私に考えがございます」
聡史の胸中に一抹の不安が去来する。桜がこんな顔をしている時は、大概周囲を巻き込んで大変な目に遭わせるのだ。
「美鈴ちゃん、明日香ちゃん、この場は私が一肌脱ぎましょう。今日の午後はここにいる四人でダンジョンに突撃いたします」
「唐突すぎるだろうがぁぁ」
聡史の意見などさらっと聞き流して桜は続ける。
「経験値は一緒にいるパーティーで平等に配分されますわね。私とお兄様は当分経験値など必要ありませんから、スキルで獲得経験値をカットいたします。お二人で経験値山分けですよ」
桜は食事をしながらも話題がダンジョンになった気配を察していた。ひとたびダンジョンというフレーズが耳に入ると、ひと暴れしたいという欲求が疼き始めていた。自らの欲求を満たしながら美鈴と明日香ちゃんの問題を解決する方策を秘かに考えていたのだ。
食事に集中するフリをしながら、この娘はどのようにこのメンバーをダンジョン探索に引き込むかを算段していた。甘い言葉で誘って美鈴と明日香ちゃんの賛成を得ようと企んでいる。
「桜、東先生が『今週は授業に集中しろ』と言っていただろう」
「お兄様も、甘いですわ。要はバレなければよいのです」
「はあ?」
「お兄様、もう一度よくお聞きくださいませ。世の中の悪事の大半はバレなければ犯罪ではないのですわ」
「どこの悪代官だぁ」
聡史はあまりの発言に耳を疑っているが、美鈴と明日香ちゃんはその表情からして、桜による扇動にノセられている様子。ダンジョンに入れるばかりか経験値が優遇されるなど、これだけオイシイ話を聞かされたら気持ちがグラつくのは当然。それこそが桜の思う壺であった。
「桜ちゃん、とっても魅力的な提案ね」
「私も早くレベルを上げたいですよ~」
だが二人ともとあることに気が付いた。
「桜ちゃん、装備を準備していなかったわ。寮に戻って今から支度を整えると30分くらいかかりそうなのよ」
「私もですよ~」
美鈴は生徒会の仕事があるのでタイムリミットは精々引き延ばしても15時半まで。間もなく13時に差し掛かろうというところで、このロスは大きかった。だが桜は平然としている。
「装備など必要ありませんわ。私とお兄様がいればお二人には何の危険もありませんから、どうかご安心ください。さあ、お兄様、このままダンジョンへ向かいますわ」
「聡史君、桜ちゃんの自信はどこから来るのかしら?」
「お兄さん、桜ちゃんがこんな態度をとる時は、私の経験からいって碌な目に遭いませんよ~」
美鈴と明日香ちゃんが聡史に縋り付くような表情を向ける。桜を押し留めるのは不可能と判断した聡史には二人の不安を取り除くしか道は残されていなかった。
「安心していい。いざとなったら、俺が何とかするから」
こうして桜に押し切られるようにして、四人は学院に隣接する大山ダンジョンへと向かうのだった。
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ついにダンジョンに向かうことになったパーティー。初の大山ダンジョンでどのような出来事が待ち受けているのか…
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