第56話 カレン降臨


 建設中の魔法学院から 司令本部に戻る聡史たち、敷地内にはバラバラになった魔物のパーツがうず高く積み上がっている。ダンジョンで内は命を失った生命は全て吸収されてしまうが、このように外に出てきた魔物の死骸は他の生物と同様に腐敗するまで原形を留める。


 よって、これらの死骸はまたとない研究サンプルに活用可能。聡史が死んだドラゴンをすぐにアイテムボックスに仕舞い込んで保管しているのも後々の研究に生かすためといえる。


 魔物の死骸で埋まった敷地は歩くのも中々難しいくらいにあらゆる種類の魔物のパーツが転がっている。聡史たちはなるべく壁沿いの比較的地面が露出している場所を選んで司令本部へと向かう。その途中で…



「この死体は、魔物にしては変だな」


「損傷が激しいですね。ただし、身にまとう服が新しい点は不可解です」


 真っ先に学院長の目に留まった死骸は、爆発の影響によってか両腕は切断されて下半身にも大きな欠損を負ったまま絶命している。うつぶせに倒れているので顔がどうなっているのかまだ判然としないが、その背中には明らかに新しい革製のマントを羽織っているのが目に付く。アンデットという可能性も否定できないが、それにしては新しいマントを羽織っている点がどうも腑に落ちない。



「楢崎准尉、桜准尉、二人とも思ったままを話してくれ。こいつは何者だと思うか?」


「俺が知っている限りでは、魔族のように見受けられますね」


「これは魔物ではありませんわ。間違いなく魔族です」


「やはりそう思うか。私の意見も同様だ。さて問題は、なぜこの場に魔族の死骸が転がっているかという点だな。理由をどう考える?」


「仮にこの魔族が魔物を操っていたとすれば、今回の集団暴走は魔族が原因と考えられます」


 聡史の意見に桜も頷いている。二人とも異世界で魔物を操る魔族と矛を交えた経験がある。人間に対する根源的な憎しみと蔑みを抱き、人と見るや躊躇いなく襲ってくる魔族には兄妹ともあまりいい思い出がない。



「仮にこの死骸が魔族だとしたら、ダンジョンが持つ意味すら変わってくるな。魔物というこの世界に存在しない生物が湧き出す謎の場所ではなくて、ダンジョンを通じてこの世界は知的生命体が活動する異世界と繋がっている証拠になる」 


「ダンジョンが異世界と通じる通路というわけですね」


「そうだな。今回の集団暴走の背後に魔族がいるとしたら、その目的はロクなものではないだろう。こんな場所で無残な亡骸を晒す弱者の分際で地球を侵略するつもりか?」


 学院長の予想は、もちろん聡史や桜も漠然と感じているよう。ダンジョンを通じて魔族が侵略を企てている… この事実は明らかに日本だけでなくて地球全体の平和を脅かす危険を孕む。 



「この話は後回しにしよう。この死骸を回収してもらえるか。サンプルとして保管したい」


「了解しました」


 聡史は魔族の死骸もアイテムボックスに仕舞い込む。三人はそのまま司令本部が置かれるテントに向かっていく。



「神崎大佐、おかげで今回の集団暴走を何とか抑え込むことに成功いたしました」


「各部隊の奮闘に感謝する。隊員に怪我人や犠牲者は確認されているか?」


「軽症者が数人おりますが、全て大佐のご息女のおかげで事なきを得ております。ありがとうございました」


「そうか、カレンも役に立ってくれたんだな」


 日頃は厳しい表情の学院長だが、話がカレンに及ぶと別人のように口元が緩む。もしかしたらこの人物は意外と親バカなのか? さらに親バカ… もとい、学院長は部隊長に話を続ける。



「一旦ダンジョン対策室に報告する。その後に新たな指示を出すからしばらくこのままで待機してもらいたい」


「了解しました」


 学院長はテントから出て、スマホを取り出して誰かと通話をしている。おそらく対策室の岡山室長と例の魔族と思わしき死骸の件を報告しているのであろう。しばらくの間何やら相談していた学院長が司令部へと戻ってくる。



「警戒態勢をアラートAからアラートBに下げる。増援部隊は弾薬集積地まで下がって補給と休息開始。宇都宮駐屯地部隊は夜明けをもって隊員を交代せよ」


「了解いたしました」


 アラートAとは即時臨戦態勢で、一段階下がったBは厳重警戒態勢という意味となる。学院長の指示は、警戒を継続しながら交代要員を速やかに任に就かせて真夜中に奮戦した隊員を休ませてやれという意味。


 部隊全体への指示を終えると、学院長は聡史たちに振り返る。



「楢崎准尉、桜准尉、両名は明日の正午から謎の真偽を確かめに私とともに再びダンジョンに入る。今のうちに十分な休息をとっておけ」


「「了解しました」」


 学院長の命令を受けて、兄妹はテントに入って一旦睡眠をとるのであった。





 

   ◇◇◇◇◇






 夜が明けて朝の魔法学院では、食堂のいつもの場所で美鈴と明日香ちゃんの二人が寂しそうな表情で朝食を摂っている。



「美鈴さん、お兄さんと桜ちゃんはどこに行っちゃったんでしょうね?」


「私も皆目見当がつかないわ。カレンも急に消えてしまったし、何か事件でも起きているのかしら?」


 ちょうどそこに、テレビの画面から朝のニュースが流れる。アナウンサーが深刻な表情で原稿を読み上げる。



「ただいま政府のダンジョン対策室から公式の発表がありました。栃木県の那須ダンジョンで魔物の集団暴走が発生しましたが、自衛隊によって鎮圧されました。隊員に数人の怪我人が出ましたが、命に別状はありません。なお周辺地域に出されていた避難指示は解除されました。繰り返します…」


 このニュースを耳にして、美鈴と明日香ちゃんは顔を見合わせる。



「まさか…」


「たぶん三人とも那須に行ってるはずね。いくらメールしても返事がないし」


「美鈴さん、やっぱりそう思いますか」


「桜ちゃんなんか自分から志願しそうよね。むしろ呼ばれていなくても、勝手にひとりで出掛けてしまいそうだわ」


「確かに桜ちゃんならあり得ますね。それから怪我人というのは、もしかしたら桜ちゃんが何かやらかしたせいじゃないですか?」


「調子に乗って暴れたはいいものの、味方まで被害を出す… 十分あるから怖いわね」


 美鈴と明日香ちゃんは実によく桜を理解している。この二人が言う通り、あわやという場面も実際にあったからマジで笑えない。



「はぁ~… 桜ちゃん、早く戻ってこないかなぁ~。ひとりで食べるデザートは今ひとつ気分が乗らないんですよ」


「その割には明日香ちゃんは、昨日の夜にパフェを2つ食べていたような気が…」


「美鈴さん! どうかその件は、桜ちゃんに内緒にしてくださいよ~」


 言っていることと行動がまったく噛み合わない明日香ちゃん。桜による監視の目がないのをいいことに昨夜はだいぶ羽目を外していたよう。腹回りがどうなっても知らないぞ!


 こうして二人は、新たな情報がないかテレビに耳を傾けるのであった。





 

   ◇◇◇◇◇






 ここは那須ダンジョンの12階層。中央付近の広くなっている場所では、大型の魔法陣を取り囲むようにして四人の人影が何やら相談をしている。



「ドノバン男爵と従士は未だ戻ってこないようだが」


「おそらくは今頃、近隣の街や村を魔物によって蹂躙している頃合いであろう」


「あの男の性格であるならば、気の向くままに殺戮を楽しんでいるに相違ない」


「ドノバンがあれだけの数の魔物を従えたならば、それはもはや無敵の存在。襲われた街はすでに跡形もなく滅んでいるであろう」


「いや、すでに主要都市まで被害が及んでいる可能性もあるぞ。我ら魔族の強大な力とあれほどの数の魔物に蹂躙される運命を甘んじて受け入れねばならないとは、この世界の住民のなんと哀れなる様か」


「ふん、人族など我らからすれば下等なる存在! 我ら栄光あるナズディア王国が支配した暁には、人族など家畜同然に扱ってやるわ」


「それは良い考えであるな。奴隷以下の身分として、思うさまこき使われるのが下等種族には相応しい」


 四人の影が話す中で登場した「ナズディア王国」こそが、ダンジョンによって繋がった異世界の魔族の国。そしてこの場にいる四人は、ダンジョンの魔物を使役して新たな世界の侵略を魔王より命じられた魔族の先兵にあたるらしい。


 彼らはダンジョンに入り込んでくる地球の冒険者を約5年間に渡って観察し続けてきた。そしてこの世界は人族が支配する国であると判断を下すに至る。


 冒険者の能力を見る限り、魔物相手に苦戦する程度の戦力しかないと思い込んで、ついに今回本格的な侵略の第一歩をここに印している。過去に何度か発生した魔物の集団暴走も、現地の人族の力を測るために魔族が送り込んだある種の偵察行動と考えて良さそう。


 ちなみに魔族たちが話題にしているドノバン男爵であるが、聡史の断震破によって体を上下に真っ二つにされた挙句、桜の特盛り太極破で両手をもぎ取られて壁際に死骸となって転がされていたりする。それだけならまだしも死体は聡史によって回収済みで、これから生物学的な分析のサンプルにされる運命。だが地上の様子を直接把握できないダンジョンの内部にいる魔族たちには、男爵はすでにこの世には存在していないなどとは知る由もない。お気の毒に…


 時刻はそろそろ正午を指している。この場にいる四人はどうやら次の行動に移ろうとしているよう。



「さて、ドノバンごときに手柄を独り占めさせては我らの名誉に関わる。そろそろ地上へと出るとしようか」


「うむ、それがよろしいであろう。して、この魔法陣は誰が守るかだな」


「決まっておろう! 爵位が高い者が支配者として堂々と下等種族に魔王様の御威光を知らしめるのだ」


「いたし方がない。この場は我とドゥテルテ子爵が守るゆえに、お二方に地上はお任せしよう」


 こうして四人のうちの二人が、魔法陣によって地上へと向かうのであった。







    ◇◇◇◇◇






 正午きっかりに、学院長に率いられた兄妹は魔族の手掛かりを求めてダンジョンに入っていく。早めの食事を終えた桜は昨夜大暴れした疲れなどまったくない様子で、すこぶる上機嫌。



「10階層までのマップは完璧に暗記していますから、最短距離で手掛かりを探しましょう。途中の階層で何か気配があれば詳しく調べてみますわ」


「いいだろう。浅い階層に魔族が潜んでいるとは思えないから、10階層以下を念入りに探る方針で構わないぞ」


 こうして三人は、桜を先頭にして最短距離でダンジョンの下の階層を目指して進んでいくのであった。






   ◇◇◇◇◇






 こちらは司令部のテントの後方にある救護所。夜半から仮眠をとったカレンは元気な姿で負傷者への対応のために待機している。とはいえ魔物はすべて排除されており、負傷者が発生するような状況とは程遠いムードにテント内は包まれている。



「おーい、カレンちゃん! 飲み物を持ってきたよ」


「カレンちゃん、チョコレート食べるか?」


「カレンちゃん、肘を擦り剝いたから手当を頼む」


 カレンの周囲には救護所に詰める男性隊員が集まっている。日頃女性と間近に接する機会が少ない職場なので、隊員たちの間でカレンはアイドル扱いされている模様。


 だが彼らは知ってしまった。カレンの母親は泣く子も黙る神崎大佐であると。したがってアイドルのように扱いはするものの、誰もがカレンを口説こうなどとは考えていない。もしそのような話がカレンを通して母親の耳に入ったら、どのような運命が待ち受けているのか分かったものではない。


 このような事情で救護所の隊員一同は、妹キャラのアイドルとしてその美貌を愛でるに留まっている。これ以上踏み出す勇気を持ち合せる隊員など宇都宮駐屯地には誰ひとり存在しないよう。



「皆さん、ありがとうございます。なんだか大したこともしないで逆にいろいろとお世話になって申し訳ないです」


「カレンちゃん、全然そんなの気にしなくていいから。それに昨夜は魔法であっという間に怪我を治してくれて、俺たち救護班は本当に助かったんだ」


「すごい魔法だよな。母親とは大違い… おっとこれ以上は言えないな」


「ハハハハハ、機会があったら大佐に報告するぞ」


「勘弁してくれよ!」


 とまあ、こんな具合で明るく楽しい救護班の隊員一同に囲まれながら、カレンはダンジョンに入った三人を待っている。だがこの和やかな時間は入り口を監視している小隊の報告で終わりを告げる。



「ダンジョンから誰か出てくるぞ! あ、あれは人間ではない。魔族だ! 魔族が出てきたぞぉぉ!」


 待機していた部隊全体に緊張が走る。すでに魔族の死骸が発見された情報は学院長から部隊全体に伝えられており、監視している小隊には写真まで見せてその風貌を頭に叩き込ませていた。




 一方の魔族たちは、整然と居並ぶ自衛隊の様子を見て首を傾げている。



「なぜだ? ドノバンは失敗したのか? これだけ整然と人族の兵が残っておるとは意外な事態であるな」


「まことなり! 魔物の死骸がそこら中に転がっておる様を見るにつけ、どうやらドノバンはしくじったようである」


 ダンジョンから姿を現したのは、12階層から転移してきた2名の魔族。偶然が重なった結果、彼らはダンジョンに入り込んだ聡史たちとはちょうど入れ違いのタイミングでこの場に姿を現している。



 学院長から即刻討伐しろという命令が下っているので、司令部は待機している部隊に討伐命令を出す。



「魔族を排除せよ!」


 司令が下ると同時に、普通科連隊の機関砲と無反動ロケット砲が一斉に火を噴く。



 バリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリ!


 ドガドガドガドガドガドガドガドガドドーン!


 たった二人の相手に対して過剰ともいうべき現代兵器の洗礼が押し寄せる。巻き起こる煙と轟音の渦が一斉に止むと、次第に煙が晴れて状況が顕わになってくる。



「対象にダメージなし! 戦車部隊、ヒート弾撃て!」


 ヒート弾とは日本語では〔成形炸薬弾〕と呼ばれている。硬い戦車の装甲に穴を開けるために、炸裂した火薬の運動エネルギーで高温のメタルジェットを噴出する特殊な弾薬の名称。その貫通力は厚さ20センチの鉄板を易々と貫く。



 ドドーン!


 戦車の砲口が火を噴いて、魔族に向かってヒート弾がマッハの速度で飛翔する。



 ズーン! シュパシュパ!


 だが貫通力においては折り紙付きのヒート弾も、魔族が展開する物理シールドを突破できない。それでも高温のメタルジェットがシールド目掛けて噴出する様子に魔族は目を見張って驚いているよう。



「なんとも奇怪な魔法であるな。この世界の人族が操る魔法は一概に馬鹿にしたものではないようだ」


「然り! 下等種族であろうとも、幾ばくかの抵抗の術を手にしておるようだな」


 これだけの攻撃を食らっても、未だシールドに包まれた魔族は健在。この場にいる二人の魔族は魔王から爵位を受けているだけあって、その身に宿る魔法の力は人間とは桁違いといえる。


 よくよく考えれば、その先兵たるドノバンを瞬殺した聡史たちが、あらゆる面で間違っている。




 なおも自衛隊の攻撃は継続する。強大な敵に対して手を緩めるのは即座に敗戦に繋がるとこの場にいる全員が理解している。



「攻撃の手を休めるなぁぁ! 引き続きあらゆる武器を向けろぉ!」


 再び銃弾とロケット砲と戦車砲の嵐が吹き起る。だが、魔族たちはシールドに包まれて平然としたまま。



「やかましい下等生物共めが! 永遠に黙らせてくれる。炎獄魔葬弾えんごくまそうだん


 片一方の魔族の右手から真っ赤な火の玉が上空に打ち上がる。



「ダレイウス伯爵、ずいぶんと過激な魔法を用いるのであるな」


「下等種族の身分をわからせてやるのですよ、魔侯爵殿」


 ダレイウスが打ち上げた火の玉は地上200メートルから自由落下してくる。それはまるで、加速がついた地獄の象徴のごとくに…



 ズドドドドドーーーーン!


 長い尾を引く大爆発が発生して一面は猛烈な炎に包まれる。この場にいる部隊全てを舐め尽くして炎は踊る。戦車や装甲車も内部の乗員が熱によって絶命して、今や熱せられた鉄製の棺桶となっている。


 魔族が放った1発の魔法によって、宇都宮駐屯地から派遣された討伐部隊500名が全滅した。




 


   ◇◇◇◇◇





 

「か、体が動かない…」


 カレンが待機していた救護所は魔族が立っているダンジョンの入り口から最も離れた場所に設置されている。爆発の衝撃こそ伝わったものの、カレンは炎に巻かれることはなく何とか一命をとりとめた模様。だが彼女の頭部には爆発で飛び散った何かの破片が突き刺さっており、体中に打撲と裂傷を負って未だ命の炎が消えていないのが不思議なくらいの重傷を負っている。


 ついさっきまで彼女に陽気に話し掛けていた救護所の隊員たちもすでに全員死亡して息があるのはカレンひとりという惨状だが、彼女は周囲を見渡すことすら怪我のため不可能な様子。



「か、回復…」


 何とか自身に魔法をかけようとするが、脳内で上手く術式が組めない。カレンにとっては万事休すのよう。


(このまま死んでしまうの? だ、誰か助けて! 聡史さん、お母さん…)


 今のカレンには、誰かに助けを求めて縋る以外に手立てが残されていない。ワラをも掴む思いで心の中で助けを求めるが、誰も彼女に手を差し伸べる者は現れない。



(私にもっと力があったら、誰も死なせないのに…)


 力が及ばないない自身の姿を嘆くカレン、その瞳からは一粒の涙が零れ落ちる。



(誰でもいい、どうか力を貸して! 異世界のお父さん…)


 カレン自身、普段まったく意識していなかった父親の名をなぜこの場で呼んだのか理解していない。というよりも、自分が父親を頼ったことに朦朧としてくる意識の中で戸惑いを覚えている。だが、カレンの頭の中に待ち望んでいた応えが聞こえてくる。



「力をほっするか?」


「はい、私は力を望みます」


「何故に力を望む?」


「人々を救うために」


「死すのは人の運命に他ならぬ。そなたは運命に抗おうと願うか?」


「理不尽な死をもたらす悪には立ち向かいます。天に召されるその日まで、私は人々を救い続けます!」


「良き心根なり。さすがは我が娘、良き子に育った。そなたの封印せし力を解き放とうぞ。受け取るがよい、これが父より我が子に伝えし天界の御力みちからなり」


 曇り空の合間から純白の一筋の光がカレンに向かって一直線に差し込んでくる。周囲を光に照らされたカレンの体は見る見る元通りに修復していく。その顔にも素肌にも一筋の傷もない元の体… ではないよう。


 カレンの背中からは一対の純白の翼が広がり、その身には真っ白なロングドレスをまとっている。翼を動かそうと念じると、その意志に応えて優雅な羽ばたきを始める。


 宙に浮いたカレンは、どこからどう見てもまごうことなき天使。さらにカレンの頭の中には父親からの言葉が響く。



「神の最愛の娘よ、すでに封印は解かれた。そなたは思うが儘に天界の術式を行使できよう。我が娘よ、願わくばそなたが正しきことにその力を行使せんと、ひとりの父として望む」


「お父さん、ありがとうございます。身に余るこの力を言いつけ通りに正しく用います」


「我の最愛の希望は、そなたを欲する人々の下へ降臨せし。いざ、正しき道を進むがよい」


「はい、お父さん、いつかあなたの顔を見たいです」


「良きかな、良きかな。そなたの願いは我の願い。そなたの希望は我の希望。いつの日か相まみえる日を楽しみにしておる。むう、名残惜しいがそろそろ刻限であるようだな。さらばだ」


「きっといつの日かお父さんの下に参ります」


 カレンの脳内に話し掛ける父親の存在はいつの間にか消え去っている。一度も会ってはいないが、遠く離れた異世界から自分を見守っていてくれた父親の愛情をカレンは深く胸に刻んでいる。


 そしてついに彼女は意を決したように、焼け野原となったこの地に救いの光をもたらす。



「神の子として命じます。天界の光よ、非業の死を遂げた勇敢な戦士たちに慈悲を与え給え」


 カレンの呼び掛けに応えて広範囲に天界から光が降り注ぐ。その身を焦がされて命を絶たれた隊員たちの体が元通りに修復されて、留まる場所を突然失って周辺を漂っていた魂が惹かれるようにして元の体に戻っていく。肉体に魂が戻ってきた隊員たちは、次々に目を覚まして周囲を見渡し始める。



「あれ? 俺は死んだんじゃないのか?」


「目の前が真っ暗になって完全に死んだと思ったけど、なんだか生きているぞ」


「三途の川から戻ってこれたんだな」


 次々に起き上がる隊員たち、この様子を空から見ているカレンは満足そうに頷く。





 だがこの光景に怒りを顕わにしているのは、ダンジョンの入り口に立つ魔族たち。



「我らの目の前に、憎々しげな存在が現れたぞ!」


「神の使いなど、見ているだけで反吐が出てきそうだ! しかも下等種族を生き返らすなど、我ら魔族に対する反逆と見做す」


「神の使いなど、魔王様から直々に力を分けていただいた我らの敵ではない! この場で灰燼に帰すべき弱き存在にすぎぬ」


「力を合わせて放つぞ!」


「おう! 食らってみるがいい! 煉獄爆裂弾!」


 優雅な佇まいで宙に浮いているカレン目掛けて、魔族が放った魔法が突き進む。迫りくる魔法に対して、カレンは哀れな者を見ているような視線を向けている。


 シュン!


 カレンが左手を軽く振っただけで魔族の魔法は宙で霧散する。その跡には散り散りになった魔力の残滓が漂っているだけ。今度は天使となったカレンに圧倒的な力を見せつけられた魔族が慌てる番。



「な、なんだとぉぉぉぉ!」


「わ、我らの魔法がぁぁぁぁ!」


 腕の一振りで渾身の魔法を消された魔族たち。今さら「聞いてない」では済まされないほどの怒りが頭上から降り注いでくることに否が応でも気付かされる。そして天井から舞い降りた天使の口からこの上なく優雅に滅びをもたらすフレーズが紡がれていく。



「悪しき者を滅ぼし給え。破邪の光よ!」


 カレンは脳裏に浮かんだままに魔族に滅びを与える天界の術式を口にしただけ。とはいえ天使の呼び掛けの効果たるや絶大。カレンの声に呼応するように、天から一条の光が魔族の頭上に降り注ぐ。非道な行いに相応しい破滅の天罰をもたらすために…



「グアァァァァァ!」


「熱い、熱い! 助けてぇぇぇぇ!」


 身悶えするようにもがきながら魔族の体は天の光で焼かれていく。天罰による逃れようのない消滅の時を彼らはこの場で迎える。彼らのこれまでの口振りからして、さぞかし異世界でも悪行を重ねてきたのであろう。誰からも同情されない完全なる消滅をその身に受けて、魔族は魂ごとカレンによって消し去られていく。 


 この様子をポカンと口を開いたまま目撃しているのは宇都宮駐屯地の隊員たち。死のショックと生き返った困惑が重なって視線を彷徨わせるのが精一杯だったが、天使がその偉大な力によって魔族を滅ぼす光景は崇高な一幅の絵画のように映ったらしい。



「す、凄いぞ! 本物の天使だぁぁ!」


「俺たちを助けてくれてありがとう!」


「今日から神様を信じることに決めましたぁぁ!」


 地上から手を振る隊員たちに、ニッコリと天使の微笑みを投げ掛けるカレンであった。



   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



魔族の魔法で自衛隊が全滅のピンチに覚醒したカレン。今までは回復魔法が使えたとはいえ、その正体はまさかの天使とは。次回はカレンがなぜ天使なのか、その理由が学院長から明かされます。


この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!



「面白かった、続きが気になる、早く投稿して!」


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