第57話 カレンの誕生秘話


 ダンジョン内部の探索に向かった聡史たち。現在地上で何が起こっているのかも知らないままにドンドン深い階層に進んでいく。


 風を切ってダンジョンの内部をダッシュするように、桜を先頭にして聡史と学院長が突き進む。


 通路に出てくる魔物には目もくれずに、ひたすら次の階層を目指して走る。これだけレベルが高い三人が通路を高速で移動すると、それだけで魔物たちはトラックに跳ね飛ばされたように遠くに吹き飛んでいく。


 こんな調子で三人は2時間で10階層を通過して、現在11階層を探索中。



「この階層も、特段怪しい気配はないようですね」


「そうだな。魔族が放つ魔力の気配は独特だ。この階層はもういいだろう」


 そのまま最短距離で階段に向かって12階層に降り立つと、桜のアンテナに気配が察知される。



「ビンゴですわ! この階層の中央部辺りに怪しい気配があります」


「よし、このまま急襲するぞ! 情報を吐かせるから生きたまま確保する」


「了解しました」


「生きたまま捕らえるのは苦手ですわ」


「だったら桜は手を出すな!」


 聡史の手を出すな発言に桜は大いに不満そう。せっかくの機会だから魔族を相手にひと暴れと企んでいたのに「生け捕りにしろ」と言う学院長の指示は極めて不本意らしい。もちろん桜のレベルであれば魔族を生け捕り程度造作もないのだが、最後のトドメを刺せない不満が残っているよう。


 三人は魔族がいる方角に向かって気配を忍ばせて接近していく。傍までやってきてもこちらの気配に気付く様子はない。どうやら完全に油断しきっているよう。



(楢崎准尉、行け)


(了解)


 口振りとハンドサインで学院長が指示を出すと、聡史ひとりが影のようにスルスルと魔族に近づいていく。隠形のスキルのおかげで5メートルの距離まで接近してもまだ気配を察知されてはいない。どれだけ気を抜いているのかと聡史のほうが呆れてくる始末。その直後…


 ズガッ! バキッ!


 たった2発の後頭部へのゲンコツで2名の魔族は易々と意識を手放す。これだけ簡単に仕事を終えたのは、魔族たちが身を守るシールドを展開していなかったおかげもあるだろう。逆に魔族に気づかれずに接近した聡史の手際が鮮やかだったともいえる。


 聡史はアイテムボックスから取り出した隷属の首輪を準備しながら、壁の向こうに控えている二人に声を掛ける。



「生け捕り完了」


「ご苦労だった」


 学院長と桜が聡史の傍らまでやってくる。



「お兄様は大袈裟ですわね。この程度の相手に隷属の首輪まで用いるなんて」


「素直に言うことを聞かせるんだったら、これが一番手っ取り早いだろう」


「お兄様、お言葉ですが、やはり殴って言い聞かせるのが一番ですわ」


「殴るのかい!」


 桜が桜たる所以でもある彼女のポリシー「殴れば大抵の敵は言うことを聞く」がこんな場面でも炸裂しているが、聡史は妹の主張は無視して首輪を魔族に嵌めていく。


 そんな兄妹の遣り取りは横に置いて学院長が…



「隷属の首輪か… 便利だが、この場で何か吐かせるには向かないな。まずはここにある魔法陣について口を割らせよう」


 学院長は魔族のひとりの首輪を外して聡史に手渡す。その体を左手で強引に引き起こすと、気付けのために頬に1発。


 ビターーン!


 激しい脳震盪を起こした魔族はさらに深く昏睡した模様。



「大佐、逆効果ですわ!」


「すまん、少々加減を間違えた」


 あろうことか桜に突っ込まれている学院長。さすがにこれは立場がないであろう。意外とこの学院長は桜と同類でしばしばやらかすタイプかもしれない。



「楢崎准尉、コイツを起こしてもらえるか」


「自分も自信がありません。カレンの回復魔法でもない限りすぐには目を覚まさないと思われます」


 誰ひとり魔族をまともに起こせないよう。仕方がないのでこのまま放置して自然に目を覚ますのを待つ。



「う、うーん」


 どうやら学院長が頬を張らなかった魔族が目を覚ましそうな気配。学院長の目がキラリと光る。



「おい、寝たフリなどしていないでさっさと起きろ!」


 いやいや寝たフリではなくてたった今まで完全に気絶していたんです! と聡史は心の中でツッコミを入れている。



「う、ううう、た、助けてぇぇ!」


 学院長に襟首を掴まれて首をガクガク揺すられる魔族は人目を憚ることなく悲鳴を上げている。実に気の毒な運命としか言いようがない。



「助けてもらいたかったら、素直に何でも吐け! 従わなかったらこの首を捻じり切るぞ」


 残像が残る勢いで首をガクガクさせられている魔族は辛うじて両手をバタバタさせているだけで何も答えようとはしない。



「ああ! どうやら素直に吐かないつもりらしいな!」


 片手で襟首を掴んだままで右の拳を構える学院長。この人は想像以上に短気なよう。桜といい勝負かもしれない。



「大佐、いえ、学院長! それだけ首を揺すられたら舌を噛んで誰も喋れません」


「んん? そうなのか、楢崎准尉」


「そうなのかじゃないでしょうがぁぁぁぁ!」


 ついに堪りかねて聡史は学院長に盛大に突っ込んでしまっている。ちょっと考えればわかるだろうに… という心境だろう。



 バサッ!


 面倒だから任せるという表情で学院長は魔族から手を離して地面に放り出す。地面に横たわる魔族はゼイゼイと荒い呼吸を繰り返す。


 この光景を見て、待ってましたとばかりに桜がしゃしゃり出てくる。どうやら相当自信があるよう。



「大佐、こんな軟弱な輩はこのように関節を締め上げるのが上策ですわ」


 桜はうつ伏せで喘いでいる魔族の右手を取ると、手首を掴んで逆手に締め上げていく。



「ギャァァァァ! 痛い! 痛い! 離してくれぇぇぇ!」


「この魔法陣は、どこに転移するのか吐きなさい」


「ダンジョンの階層ならどこでも行ける」


「ということは、入り口にも行けるんですね」


「そ、そうだ。とにかく離してくれぇぇぇ!」


「この場にいるのは、あなたとそこに寝ている二人ですか?」


「あと二人いたが、地上に向かった。きっと今頃地上は地獄絵図になっているはずだ」


「ほほう、そうですか… 喋ってくれたお礼にこうしてあげましょう」


 バキッ!


「イギャァァァァァ!」


 桜は怒りに任せて魔族の腕をへし折っている。やはりこの娘、凶悪さにかけては天下一品。



「大佐、急いで戻ったほうがよさそうですわ。こんなに弱いとはいっても魔族の端くれ、地上に残している部隊に万が一のことがあると大変ですの」


「よし、撤収だ。捕虜2名はこのまま連れて行くぞ」


 こうして三人は魔族の捕虜二名を魔法陣に放り込むと、大急ぎで1階層に転移する。


 地上に残した部隊とカレンがどうなっているかと不安を抱えながら三人がダンジョンの入り口を潜り抜けると、そこには…




 まるっきり無事な部隊と、真っ白な翼を広げて宙に浮かんでいるカレンの姿がある。それだけならまだしも、隊員一同がカレンに向かって涙を流しながら手を合わせている異様な光景が広がっている。



「お兄様、このカオスな状況は何が起こったのでしょうか?」


「桜、お前は良く平然としているな! カレンの姿を見て何も感じないのか?」


「天使のようですわ」


「それだけか?」


「はい、それだけです」


 桜の鋼の神経は、カレンが天使の姿で宙に浮いているという非日常的な光景を目の当たりにしてもビクとも揺るがない。こんな妹を見て「ちょっとくらいは驚けよ!」と聡史が心の中で突っ込むのも已む無し。とりあえずこんな妹は一旦放置を決め込む聡史。



「まあいい、それよりも直接カレンに話を聞いてみるから」


 聡史はカレンが宙に浮いている方面に向かうと、上空を見上げて大声で呼び掛ける。



「おーい、カレン! 一体どうしたんだぁぁ?」


「あ、あのぉ… そのぉ… 飛び方はわかったんですけど、降り方がわからないんです~」


 一瞬聡史の膝が崩れかけるが、彼は強靭な意志で持ち堪える。カレンが真顔でボケをかますなんて、年に一度あるかないかの出来事だろう。



「そうじゃないだろうがぁぁぁぁ! なんで天使になっているのかと聞いているんだぁぁ!」


「色々と深い事情がありまして… それよりも聡史さん、私、どうやって降りればいいんですか?」


「そんなことを聞かれても、俺は空なんか飛んだことないし… えーい、俺が何とかしてやるから、この胸に飛び込んでこい!」


「はい、わかりましたぁぁぁ!」


 カレンは重力に身を任せてレッツダイブ! 途中で勢いがつきすぎかと思って、翼を何度か羽ばたかせて聡史の胸に一直線に飛び込む。


  ガシッ!


 結構な勢いで降下してきたカレンを、聡史がガッシリと受け止めたている。聡史に抱きしめられた喜びで、カレンは無意識に翼をバタバタ羽ばたかせる。犬のシッポが左右に揺れるかのように… だがおかげで聡史共々その体が浮き上がる。



「カレン、落ち着け! 二人で一緒に浮いているから!」


「ええぇぇ! 私ったら、なんということを!」


 羽ばたきを止めると、ストンと地面に落ちていく。この程度の高さから落下したくらいでは聡史はビクともしない。もちろんカレンを抱き留めたまますんなりと着地を決めている。



「聡史さん、ありがとうございました。おかげさまで無事に地面に降りられました」


「よかったな。降り方がわかるまではしばらく飛ばないほうがいいぞ… じゃないからぁぁぁ! そもそもなんで天使なんだぁぁ!」


 聡史に突っ込まれながらも、なおもカレンは聡史から離れようとはしない。両手でしっかり抱き着いて絶対に離さないように力を込めている。



 するとそこに…



「楢崎准尉、私はカレンを助けてもらった礼を述べればいいのか? それとも娘をたぶらかす不届きな存在に天誅を加えればいいのか?」


「が、学院長!」


「お母さん! 私とっても幸せです」


 カレンはすっかりのぼせ上がってまったく周囲が見えていないよう。学院長の殺気がこもった視線を受けつつ聡史はなんとかカレンを引き離そうとするが、天使の力が覚醒したカレンは想像以上にパワーがあって思うように任せない。


 

 どうにかカレンを宥めると、ようやく聡史の体に巻き付けた両腕を解いてくれる。しかもものすごく残念そうな表情付きで…


 聡史は学院長の殺気がこもった視線をたっぷり5分以上受け続けて、すでにダウン寸前の模様。彼のライフは限りなくゼロに近い。


 何はともあれこの場では詳しい話などできないので、聡史はカレンと学院長を伴って空いているテントに向かう。その後ろからは魔族の捕虜2名をズルズル引きずる桜がついてくる。


 テントの周囲を聡史の結界で取り囲むと、ようやく落ち着いたお話の時間となる。



「それで、カレンはなんで天使なんだ?」


「実は… という顛末がありまして」


「なんだってぇぇぇ!」


 驚いているのは聡史ひとり。桜は「そんなこともあるんじゃないの」的な表情であるがままを受け入れている。


 そして問題は頭を抱える学院長。その誰の目にも明らかな態度から間違いなく心当たりがあるよう。



「まさかこんな日が来るとは思っていなかったな。仕方がないから、私が過去に異世界に渡った件を話すとしよう」


「お母さん、ぜひともお願いします」


 学院長がこれから話す内容を一言たりとも逃すまいと耳を傾けるカレン。その目は自分の誕生に関わる真実を知りたいという探求心に溢れている。



「私が異世界に渡った時、案内役を務めてくれた冒険者がいた。名前をダンと名乗っていたが、それは真っ赤な嘘だ。正体は異世界の神のひと柱が人間に扮していた。その後二人で旅をしている間にいつしか私はダンに惹かれていって、ついにカレンを身ごもった」


「ということは、私のお父さんは異世界の本当の神様だったんですね」


「ああ、そうだ。お前が生まれる日をあいつも心待ちにしていたが、その前に私は強制的に日本に戻された。まあ、大体そういうことだ」


「今日、私は生まれて初めてお父さんの声を聞きました。とっても暖かくて安心できる声でした。いつか必ずお父さんと会う約束もしました」


「そうか… いつかその約束が叶うといいな」


「はい、とっても楽しみです」


 こうしてカレン誕生秘話が学院長から明かされる。まさか本物の異世界の神様の子供とは… この場ではおそらく聡史が一番驚いているだろう。


 ちなみに桜は捕虜の監視で大して学院長の話を聞いてはいない。時折脇腹に蹴りを入れて呻き声を上げさせているのは、この場で双方の力関係を体に覚えさせているゆえの行動らしい。


 最後に聡史が気になっている点をカレンに質問する。



「それで、その姿はいつになったら元通りになるんだ?」


「私にもわかりません。丸1日くらいすれば元に戻るのかとは思いますが…」


 さすがにカレンだけこの場に残すわけにもいかない。カレンの保護と捕虜の尋問は宇都宮駐屯地で行う運びとなる。もちろん事情を知っている隊員には厳重な緘口令が敷かれるのは言うまでもない。


 主犯の魔族を捕らえているのでダンジョンはもう安心であろう。こうして夕方までには部隊ごと宇都宮へ撤収していくのであった。






   ◇◇◇◇◇






 宇都宮駐屯地の一室で、聡史とカレンが話をしている。



「カレン、ステータスはどうなっているんだ?」


「ああ、そうでした。いろいろありすぎて確認するのをすっかり忘れていました」


 カレンは依然天使の姿のままで椅子に腰掛けている。背中から延びる翼と身にまとう純白のドレス共々いまだに消える気配はない。ただし急にドレスが消えてしまうとどうなるのかは、今のところ明らかにはなっていない。



「ステータス、オープン」


 カレンの手元には、いつも通りのステータス画面が浮かび上がる。



【神崎 カレン】  16歳 女 


 職業        天使


 レベル      非表示


 体力       非表示


 霊力       非表示


 敏捷性      非表示


 精神力      非表示

 

 知力       非表示


 所持スキル   回復魔法ランクMAX 状態異常回復ランクMAX 解毒ランクMAX 精神力上昇ランクMAX 物理防御上昇ランクMAX 魔法防御上昇ランクMAX 霊力回復ランクMAX 神聖魔法ランクMAX 天界の術式 天罰の術式 



「なんだか凄いことになっているな」


「なんと申したらよいのか、ちょっと自分でもわかりません」


 聡史とカレンが顔を見合わせている。数値が非表示というだけでも意味が分からないのに、従来カレンが得ていたスキルは全てそのランクがMAXまで上昇している。加えて天使の能力である〔天界の術式〕と〔天罰の術式〕が新たに記載されている。これに関しては天使が扱う術式と考えれば、まあ当然と言えよう。


 そして聡史とカレンが喋っている横からは、何やら物騒な雑音が聞こえてくる。



 ドカッ! バキッ!


「ウギャァァァァ!」


「それはともかく、今まで表示されていなかったカレンの職業はやはり天使なんだな」


「そうなっていますね。どうやら父親が異世界の神様らしいので、子供の私が天使になってしまったようです」


 カレン自身も、いまだに戸惑いを隠せないよう。さらに雑音は続く。


 ドカッ! バキッ!


「あれ? どうやら死んでしまったようですね。カレンさん、もう一度お願いします」


「わかりました。復活」


 聡史とカレンが座っている隣では桜が魔族を痛めつけている。サンドバッグ代わりにして容赦なく殴りつけた結果、桜から十数発のパンチを食らった魔族は口から血を吐いて息絶えている。


 気の毒なことに、カレンの術で強引に現世に引き戻された魔族は、再び桜のパンチをその身に食らい続ける。現在この部屋では、ダンジョンで捕らえた魔族を尋問中。もちろん日本には捕虜の虐待を禁じる規定があるが、この規定は魔族には適用されない。



「どうだ、話をする気になったか?」


「我らは誇り高き魔族である。脅しなどには屈しない。一思いに殺せ!」


「ああ、殺してやるさ。そのたびに生き返って、精神が崩壊するまで追い込んでやる。今ボコられているヤツが使い物にならなくなったら次はお前の番だ」


 学院長は、パイプ椅子に固定されて封魔の手枷を嵌められたもうひとりの魔族を尋問する。人格を根こそぎ抑圧する隷属の首輪とは違ってこの手枷は精神は正常に保ったまま魔法を封じるだけではなくて身体機能を大幅に低下させるので、このような尋問には適したアイテム。ちなみにこれは学院長が自ら提供した品となっている。


 ドカドカッ!


「カレンさ~ん! また死んじゃいましたから、お願いしま~す!」


「は~い、復活!」


 どこの居酒屋の注文かと誤解を受けるようなのほほんとした声が飛び交う。


 だが今度は、再び死から舞い戻ったもののエンドレスで桜に痛めつけられていた魔族の様子が明らかな変化を見せている。体は元通りに復活しても、精神や魂は一度死ぬたびに大きな傷を負うらしい。その積み重ねが精神の異常という形で現れている。



「ヒヒヒヒヒヒ! ハハハハハハ!」


 狂ったような笑い声をあげる魔族、その目の焦点は全く合っていない。



「うーん、予想よりも早くダメになりましたねぇ~。もう用はないですから、生体実験の材料に回しましょうか」


 桜の発言の通りに、最終的に魔族はその肉体的な弱点を探る目的で実験材料にされる運命が待っている。体内にあらゆる毒を注入されてその効果を確かめたり、各部位に電流を流されたりと、体質的な特性を探るサンプルとして有効に活用される予定。もちろん最後には解剖されて、死骸は部位ごとにホルマリンに浸されて…



「おい、待たせたな。ようやくお前の順番が来たぞ」


「や、やめてくれぇぇぇぇ!」


 これから自分に訪れるあまりに過酷な運命に、もうひとりの魔族は引きつった顔で叫び声を上げている。目の前で仲間が発狂するのを見ていれば、自ずとこれから自分が辿る運命は理解されようというものだろう。



「最後のチャンスだ。洗いざらい吐く気になったか?」


「な、なんでも喋る! 頼むから助けてくれぇぇぇ!」


 残された魔族は落ちた。目から涙をボロボロ流して命乞いを始めている。この様子を見た学院長はシメシメ顔で尋問を始める。その横で桜は、思いのままにパンチを叩き込めるサンドバッグがなくなってションボリ顔。どれだけ戦闘狂なんだ!



「嘘を言ってもバレるぞ。そのつもりで答えろよ」


 念のため魔族の両腕にはウソ発見器も取り付けられている。接続された装置が脈拍や呼吸、発汗の状態などを監視している。



「ダンジョンはお前たちが創り上げたものか?」


「違う。20年前に我々の世界に突如出現した。多数の犠牲を払って最下層を攻略すると、異なる世界へ転移する虹の回廊が現れた」


「お前たちの世界にも何かの偶然で現れたというのか?」


「その通りだ」


「その虹の回廊とやらで相互の世界を行き来は可能か?」


「我々が行ったり来たり出来るのだから、この世界の者も渡れるであろう」


 魔族の証言によると、どうやらダンジョンの最下層には世界を繋ぐ通路が出来上がっているよう。この件に関しては後程検証が必要だと学院長は考えている。さらに学院長は続ける。



「今回ダンジョンから溢れ出てきた魔物はお前たちが作り出したものか?」


「違う。魔物自体はダンジョンで発生したものだ。我々が攻略したダンジョンにおいては、秘術を用いて増殖させた魔物を魔力で操ることが可能。ダンジョンから溢れた魔物を利用してこの世界を支配するつもりであった」


「なるほど… 私が知っている魔族も時には魔物を操ることがあったな。最後の質問だ、お前たちの世界とこの世界を比較して何を感じる?」


「この世界には我らが知らない謎の魔法術式がある。多数の金属片が空を飛んで襲い掛かる上に、爆裂魔法の威力も高い。だが何よりも驚いたのは、馬が引かない馬車が地を走り、鉄の竜が空を飛ぶ光景だ」


 魔族の話を総合すると、やはり彼らの世界では科学文明はまだまだ低いレベルに留まっているよう。だが彼らが展開するシールドが現代武器を悉く跳ね返したように、魔法に関しては一歩も二歩も上を行っていると認識したほうがよさそう。



「その他に何か言うことがあるか?」


「我らの誤算はそなたらのような強大な力を持つ人族が存在する点に尽きる。仮にそなたらがいなければ、我らは易々とこの世界を我が手にしていたことであろう」


「そうか、残念だったな。この場にいる人間はお前にとっては神にも等しい能力を持っている。この先お前の後から続いてこの世界にやってくる魔族は揃って地獄を見るだろうな」


「我らの同胞は諦めぬ! 魔王様の命は絶対なり!」


「ならばその魔王も滅ぼすだけだ」


 こうして尋問を終えると、学院長は自衛隊の特殊処理班を呼んで魔族の身柄を引き渡す。彼らは手枷を嵌められたまま地下に設けられた特殊な牢獄に繋がれる。もちろん魔族の存在は時機を見て公表されるが、その頃には彼らはこの世には存在していないであろう。


  




   ◇◇◇◇◇





 魔族の動静監視のため一夜を宇都宮駐屯地で過ごした一行は、翌日ヘリに乗り込んで魔法学院に向かう。天使の姿になっていたカレンは、与えられた部屋で寝ている間にいつの間にか身にまとうドレスが掻き消えてスッポンポンになっており、背中から伸びていた翼も消え去っていた。誰にも全裸を見られなかったのはカレンにとっては幸いであろう。



 ヘリの座席に座っている聡史は、疑問に感じている事柄を学院長にぶつける。



「学院長はこれだけの能力を持っていながら、なぜダンジョン攻略に乗り出さなかったんですか?」


 今回の魔物及び魔族の氾濫鎮圧でその力を見せつけた学院長、聡史が疑問に思うのは当然といえば当然。



「過去には、集団暴走の際に何度か手を貸したぞ。だがダンジョンに自分から入ろうとしなかったのは私なりに理由がある」


「理由ですか?」


「ああ、私にとっては大きな理由だ」


「聞かせてもらって構わないですか?」


「決まっているだろう。私にはカレンがいた」


 学院長は、カレンに優し気な視線を送りながら聡史の疑問に答える。その瞳には、最愛の娘へ向ける愛情に満ちている。



「カレンは普通の人間とは違う運命を生まれる前から背負っている。だからこそ、私はこの子を普通の人間として育てたかった」


 学院長の話にカレンは嬉しそうに頷いている。日頃中々聞かせてもらえない母親の本音が聞けるのは、彼女にとって大切な機会であろう。



「カレンが小学校を卒業するまでは、私は自分で希望して自衛隊の内勤部門に配置してもらっていた。カレンが中学生になってようやく手が掛からなくなってから違うポストへの希望を出して、3年前に魔法学院の学院長という役職に就いた。十何年も実戦から遠ざかっている人間をダンジョンに送り込むほど自衛隊はブラックではないからな」


「お母さんは、私が中学に通っていた頃毎日お弁当を作ってくれました。忙しかったのに今でも本当に感謝しています」


「あいにく料理は苦手だから、大した弁当は作れなかった。カレンには申し訳なく思っている」


 魔物に対して冷酷なまでに力を振るう学院長といえども、娘の前ではひとりの母親であろうと努力をしているよう。ここまでカレンを女手ひとつで育ててきた苦労の一端がしのばれる。


 母親が珍しく本音を吐露したことが嬉しいのか、カレンを目を潤ませながら学院長に言葉を掛ける。



「お母さん、私はもう大丈夫です。自分の身は自分で守れますから、お母さんはやりたいことを思いっきりやってください。私も手助けしますから、羽を伸ばして力を発揮してください」


「一人前のような口を利くんじゃないぞ。カレンはいつまでたっても私の娘なんだからな」


 これは学院長の照れ隠しに違いない。本音は真逆だと思われる。だがその眼の光り方は、独り立ちしようとする娘の成長を喜んでいるようにも見受けられる。



「はい! 私はずっとお母さんの娘です。私を生んでくれて本当にありがとうございました」


 カレンは隣の席から学院長に抱き着いている。その光景を横目にしながら、聡史は「イイハナシダぁ~」と心の中で思うのであった。







   ◇◇◇◇◇






 聡史たちを乗せたヘリは、1時間後に魔法学院のヘリポートに到着する。学院長をはじめとした那須ダンジョンに向かった全員がその任務を無事に果たして凱旋する。とはいっても先日の八校戦のような派手な出迎えはなく、ひっそりと四人が降り立っただけ。



「さて、いつも通りの学校生活の再開だ。部屋で用意を整えたらすぐに授業に戻れ」


「今日ぐらい授業を休めるかと思ったら、いきなりの厳しいお言葉が飛んできましたわ」


 学院長の指示に桜がガックリと肩を落としている。二泊三日の那須ツアーを終えて、学生の本分に戻らないといけないらしい。




 こうして各自部屋に戻って授業の準備を整えてから、基礎実技の授業へと向かう。1年生全員がグランドで基礎体力訓練をしている時間で各々の生徒が筋トレなどを行っている。


 三人揃ってグランドへと入っていくと、その姿を目敏く発見したブルーホライズンが集まってくる。



「「「「「師匠! お勤めご苦労さんです!」」」」」


「俺はムショ帰りかぁぁぁ!」


 彼女たちもテレビで那須ダンジョンの集団暴走の件を知っている。美鈴や明日香ちゃんから話を聞いて、どうやら聡史たちは魔物の討伐に向かったのだと理解しているよう。ただしこの聡史への第一声はやや疑問の余地が残る。



「ボス~! お帰りをお待ちしてました~!」


 次に全力ダッシュでやってきたのは頼朝。桜に向かって一礼すると、なぜか胸を張ってサイドチェストのポーズをとっている。



「ボスがいない間にプロテインをガンガン飲んで筋肉を鍛え上げました!」


「信長、余分な筋肉は動きを阻害するだけですわ。必要な箇所だけに必要な筋肉をつける、これが魔物討伐には必須です」


「ご指導ありがとうございます! 心に留めます!」


 どうやら頼朝は桜から名前を間違われるのを当然と受け止めているよう。もう諦めたのか? そして頼朝に続いて他の男子も続々と集まってくる。



「「「「「「「ボス、お勤めご苦労さんです!」」」」」」」


「だからムショ帰りじゃないからぁぁ!」


 他にもっと挨拶があるだろうに、よりにもよって男子たちはブルーホライズンと同じ挨拶を繰り返す。こいつらはアホか!



 そして最後にやってきたのは、美鈴と明日香ちゃん。



「三人とも、今回は大変だったわね。お勤めご苦労さんでした」


「皆さん、塀の向こうの景色はいかがでしたか? 長らくお勤めご苦労さんでしたよ~」


「塀の向こうってなんなんだぁぁぁぁ! 確かに建設中の魔法学院が高い塀で囲まれていたのは事実だけど」


 揃いも揃って同じ挨拶を美鈴と明日香ちゃんがブチかます。特に明日香ちゃんには、聡史が特大の声でツッコミを入れている。


 こうして那須ダンジョンの集団暴走を無事に解決した聡史たちは、魔法学院の日常へと戻るのであった。



   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



学院長の意外な一面とカレンが生まれた経緯が判明。さすがは学院長というべきか、なんとそのお相手は異世界の神様でした。次回からは舞台が学院に戻って…


この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!



「面白かった、続きが気になる、早く投稿して!」


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