第58話 ダンジョン26階層


 程なくして基礎実技訓練の時間は終了し、聡史たちは専門実技の課題に向かう。


 第3訓練場に移動してブルーホライズンや男子使徒たちが素振りを開始する。その中に混ざっている明日香ちゃんの動きが桜の目に留まる。



「明日香ちゃん、なんだか体の動きが重たいように感じるのは、私の目の錯覚でしょうかねぇ~?」


「さささささ、桜ちゃんは何を言っているんですか? わ、わ、私には意味が分かりません」(震え声)


 桜はが明日香ちゃんにジト目を向けているところに、話を聞き付けた美晴が口を挟んでくる。明日香ちゃん、もしかしたら大ピンチの予感!



「明日香は食後にデザートをお代わりしていたよな」


「み、美晴ちゃん! なんてことを言うんですかぁぁぁ!」


「明日香ちゃん、どうやら悪事はすぐに暴かれるようですね~」


 桜はさらにジトーとした目を向けるが、ここまで追い込まれても明日香ちゃんは必死に誤魔化そうと悪足搔きをする。



「そ、その… ちょっとはお代わりをしたかもしれませんが、ご飯はその分減らしましたから」


「普通に一人前食べていたよな」


 またもや美晴がバッサリと切り捨てる。立場が相当悪いと自覚する明日香ちゃんだがまだまだ諦めない。さらに悪足搔きは続く。



「た、確かにデザートを多めに食べたかもしれませんが、その分体も動かしましたよ~」


「監視の目がないからと言いながら、結構ダラダラしていたよな」


 美晴によって完全にロープ際まで追い詰められた明日香ちゃん、すでにダウン寸前の模様。セコンドの桜がタオルを投げようと… いや、違う! 引導を渡す宣告が下される。



「明日香ちゃん、完全に有罪ですわ。今から強制ダイエットを開始します」


「誰か助けてくださいぃぃぃ!」


 こうして明日香ちゃんは再び桜に連れられてグランドへ向かう。手足をバタバタさせながら必死で助けを呼ぶ明日香ちゃんだが、誰も見て見ないフリを決め込む。サボった巻き添えなど誰しもご免蒙りたい。



「いいか、目を合わせるんじゃないぞ!」


「目が合っただけで巻き込まれそうだな」


 男子たちの間では、このような会話が交わされている。ブルーホライズンは聡史の周りに集まって絶対に明日香ちゃんの悲痛な呼び掛けには応えないという表情。


 こうして明日香ちゃんは3日分のツケを利息込みで支払う羽目となる。ご愁傷さまとしか言いようがないが、100パーセント自業自得なので誰も同情していない。







    ◇◇◇◇◇






 この日はダンジョンへは向かわずに、デビル&エンジェルは放課後に特待生寮へと集まっている。那須に向かった聡史たちはわかっているが、美鈴と明日香ちゃんは何も知らないので、これから説明しなければならない事情がてんこ盛りのため。



「… ということで、私は天使になりました」


「またまたぁ~! カレンったら私をからかっているのね」


「カレンさんも冗談が上手いですよ~」


 急にこんな話をされてもすぐに信じる人間はいないであろう。美鈴と明日香ちゃんは頭からカレンの冗談だと思い込んでいる。



「それでは今から真の天使の姿を見せますね。どうか驚かないでください」


 真っ白な光に包まれると、そこには純白のドレスに包まれたカレンが座っている。背中から伸びた翼はリビングの半分の長さに広がり、座っている聡史や桜の頭の上をふさいでいる。



「ま、まさか、ほ、ほ、ほ、本物の天使…」


「うーん…」


 カレンからもたらされた衝撃の事実に美鈴は目を真ん丸くしており、明日香ちゃんに至っては白目を剥いて倒れている。ここまで真実を突き付けられると美鈴も信じざるを得ない。



「カレンが天使って、頭が混乱して訳が分からないわ」


「……」


 美鈴は辛うじて目の前にある事実を認めているようだが、明日香ちゃんは口を開くどころではない。桜が体を揺さぶって何とか起こそうとしているが、目を覚ます気配はなさそう。というか意識がはるか彼方に飛んで行ってしまっているよう。


 ここでようやく気を取り直した美鈴が…



「聡史君たちはカレンが天使だって知っていたの?」


「昨日この目にして俺も驚いた」 


「カレンさんのおかげで、その後色々と面白い展開がありましたの」


 魔族に関する話はまだ口外できないので兄妹はその件には触れない。それよりも聡史には気掛かりな点がある。



「カレン、すぐに元の姿に戻れるのか?」


「はい、大丈夫です。今朝目を覚ましてから何度か練習しました。ちょっと空いているお部屋を借ります」


 元に戻るとスッポンポンになってしまうので、人前ではカレン的に色々と不味いらしい。背中の翼を折りたたんでドアを潜り抜けると、カレンは空いているベッドルームに入って着替えをする。なぜか元々着ていた服は傍らに畳まれて置かれているという奇妙な現象。この辺は細かく追及してはいけない。ディテールを詰めていないご都合主義の賜物ということにしておけば万事問題はないはず。



「お待たせしました」


 ベッドルームから出てきたカレンは学院の制服姿。ちょうどその時、白目を剥いていた明日香ちゃんが目を覚ます。



「あれ? カレンさんが天使になった夢を見たような気がしますが…」


「明日香ちゃんはきっと疲れているんでしょう。暇があるとすぐ居眠りをするんですから」


 改めて説明するのが面倒なので、桜は明日香ちゃんの夢ということで誤魔化す方向に舵を切っている。目を覚ましたばかりで頭が働かない明日香ちゃんは、すっかり桜の誘導を信じ込んでいる。それよりも明日香ちゃんには声を特大にして言いたいことがある。



「そうですよ~。私が疲れている原因は全部桜ちゃんの責任なんですからね」


「デザートを食べすぎた自業自得じゃないんですか?」


「私には責任はありません! 悪いのは桜ちゃんとデザートに含まれているカロリーですよ~」


 明日香ちゃんお得意の責任転嫁が炸裂! デザートが悪いのではなくて、その中に含まれているカロリーを悪者に仕立てている。詭弁もいいところだろう。これには桜も「打つ手がない!」と呆れた目を向けている。



 ひとまずはカレンに関する話題が一段落したので、ここで聡史が口を開く。



「今回の那須ダンジョンの集団暴走で分かったことがある。この件をさらに明らかにするために大山ダンジョンの攻略を急ぎたい。可能ならば今月中に最下層を目指したいと考えている」


「お兄様、待っておりましたわ! 早速明日から最下層を目指して攻略していきましょう」


 桜が身を乗り出している。ダンジョン攻略という最終的な目的が目の前にぶら下がると俄かに気合が入ってくるのがこの脳筋女子の特性。



「桜ちゃん、急に攻略をするといっても準備が必要でしょう。場合によっては何日も掛かるかもしれないし」


「そうですよ、桜ちゃん! 学生食堂からオークやコカトリス肉の催促が、桜ちゃんがいない間私の所に来ていたんですからね」


「はっ! そうでしたわ。まずは食堂へ納入する肉の確保を… ピコーン! いいことを思いつきました。ブルーホライズンと男子たちにオーク肉は任せましょう。マジックバッグを渡しておけば肉なんか持ち帰り放題ですからね」


 明日香ちゃんの苦情を聞いて桜は下請けを使おうと言い出す。確かにブルーホライズンと男子たちが力を合わせれば、オーク肉くらいならばかなりの量を集められるはず。しかもレベルの上昇にも繋がるので一挙両得といえる。


 

「そうだなぁ~… よし、いいだろう。ブルーホライズンは5階層での活動にだいぶ慣れたから、彼女たちを使って男子に色々と覚えさせよう。ヤツらは頭はポンコツだけど、ヤル気と気合いで何とかするだろう」


「お兄様、それではさっそく明後日からオークを狩らせますわ」


 こうしてオークの件は解決を見る。あとは食べるだけで魔力が上昇する奇跡の肉であるコカトリスであるが、これは森林のある階層に行かないと手に入らない。コカトリスを必要な量だけ集めてからダンジョンの深部を攻略する方針がこの場で確認されるのであった。







   ◇◇◇◇◇






 翌々日の土曜日、大山ダンジョンにぞろぞろと向かうEクラスの生徒たち。もちろんその先頭を歩くのは桜で、その表情はいつものようにピカピカに光っている。



「今日は天気もいいですし、まさにダンジョン日和ですわ」


「桜ちゃん、これから暗い場所に潜るのに天気が関係あるんですか?」


「明日香ちゃん、気分の問題ですわ。晴れている日はご飯がより美味しく感じるのと一緒です」


「ああ! そういわれてみれば、お天気がいい日に食べるデザートは格別ですよ~」


「明日香ちゃんは天気がどうだろうと年がら年中甘いものを美味しく食べてブクブク太っていますよね」


「誰がブクブクの雪ダルマですかぁぁぁぁ!」


「いや、雪ダルマとは言っていませんから」


 こうしてくだらない話をしながらあっという間にダンジョンへ到着する。事務所で手続きをすると、一行はダンジョンへ。1階層の転移陣の前で聡史たちは5階層へと向かう混成集団を見送る。今回は念のためにカレンが同行という手筈。彼女がいれば男子の誰かが1回や2回死んでも大丈夫だろう…






   ◇◇◇◇◇






 5階層に降り立った男女総勢十五人は3つの即席パーティーに分かれる。前もって組み合わせを決めており、男子三人にブルーホライズンの二人が加わるパーティーが2つと、カレン、ほのか、美晴の三人に男子二人が加わるパーティーが1つという組み合わせ。


 当然この組み合わせを決める際に男子の間で壮絶な殴り合いがあった。その理由はもちろん誰がカレンと一緒になるかという激烈な闘争。2枚しかない切符を賭けた死に物狂いのバトルを勝ち抜いたのは頼朝と旅館の親戚の元原。二人は顔に青痣を作りながらも、カレンを目の前にして気合が入った表情。



「それじゃあAグループは渚が指揮して、Bグループは私の指示に従ってね。カレンさん、Cグループはどうしますか?」


 ブルーホライズンのリーダーである真美が各グループの臨時のリーダーを確認する。ただしCグループだけはウッカリ決めるのを忘れていたので、この場で誰が指揮を執るかをカレンの決定に委ねている。だったら最初からカレンがリーダーでいいだろうと思うが、それは聡史から禁止されている。将来的に優れたリーダーになってもらうために、男子の誰かにその任を負わせたいというのが聡史の意向。



「そうですねぇ… 信長君に任せましょうか」


「あ、あのぅ… カレンさん、自分は頼朝です」


 桜が間違うのは慣れている頼朝だが、いくら何でもカレンに「信長」と呼ばれて涙目に。だが頼朝必死の訴えはカレンによってスルーされている模様。頼朝、無念!



 こうして各グループは、枝分かれする別の通路をそれぞれ進み始める。


 Aグループでは普段先頭を務める渚が後方に下がって、代わりに足立が斥候役を務める。その直後には大型の盾を構えた男子と剣を手にする男子が一人。後方は臨時リーダーの渚と魔法使いの千里という布陣でそのまま右側の通路を進んでいく。


 Bグループは斥候役の横田を先頭にして、楯を構える男子二人が直後を進み、後方に真美と絵美という隊形で左側の通路を進んでいく。


 最後のCグループだが、今日に限って先頭は美晴が務める。気合いで魔物を発見するそうだ。その直後にほのかと剣を持つ男子、後方には頼朝とカレンが並んで歩く。心なしか頼朝の視線が歩くたびにプルンプルンするカレンの胸に向かっているのは気のせいではないだろう。このCグループは中央の通路を選択している。


 そして真っ先に魔物と遭遇したのはこのCグループ。正面から1体のオークがこちらに向かってやってくる。



「美晴、気合で止めてくれ!」


「おう、任せろ!」


 なぜかこれだけで意味が通じる脳筋の頼朝と美晴。盾を構えた美晴がガッシリとオークを受け止めると、ほのかともう一人の男子が横からオークに剣を突き立てる。あっという間に手負いとなったオークは最後の抵抗で暴れるが、美晴は盾を構えたまま一歩も引かない。



「トドメだぜぇぇ!」


 最後は頼朝の剣がオークの首元に突き刺さって、断末魔の叫びを上げながらオークは倒れる。



「信長君、いい感じですよ」


「は、はい! カレンさん、ありがとうございます」


 礼を述べながらも頼朝の心中は複雑。桜のせいですっかりカレンの頭には「信長」という名前が刷り込まれてしまったよう。

 

 ドロップアイテムのオーク肉は頼朝が桜から手渡されたマジックバッグに仕舞い込む。桜も鬼ではない。学生食堂への納入代金はすべてブルーホライズンと男子たちで山分けの約束になっている。オークを狩れば狩るほど現金収入が入ってくるので、これも各自のヤル気を掻き立てている原因となっている。


 だが男子たちの真の目的はカレンの前でいい格好をしたいという一点に尽きる。邪な考えと妄想を抱きながら、彼らのオーク討伐は続くのであった。






   ◇◇◇◇◇






 夕方になって、各パーティーは転移魔法陣を通って1階層へ戻ってくる。



「ふー、オークの討伐にだいぶ慣れたな」


「最初はパワーに驚かされたけど、慣れてくると上手くあしらえるようになったぜ」


 やや疲労を感じながらも、男子たちは心地よい達成感を得ている。それだけではなくて今日だけでレベルが3ランク上昇して、いよいよ20が目前。


 先輩格に当たるブルーホライズンのメンバーは、そんな男子の様子を温かい目で見ている。


 自販機の飲み物で喉を潤しながら反省会などをしていると、デビル&エンジェルが外へ出てくるのが目に入る。カレン以外の全員がベンチから立ち上がって一列になって出迎える。



「師匠、お帰りなさい!」


「ボス、お帰りをお待ちしておりました」


 ブルーホライズンのメンバーは親しみを込めた挨拶を聡史にしているのに対して、男子たちは直立不動で桜に一礼。これは兄妹の教育方針の違いであろう。



「カレン、お守りを頼んですまなかったな。男子たちはどうだった?」


「最初から危なげなくオークを倒していました。もうちょっと慣れたら男子だけでも十分5階層で活動できそうです。信長君のリーダーぶりもなかなか板についてきました」


「カレンさん、それは当然ですわ。私が直々に鍛えているのですから、信長も多少は成長しているのです」


 聡史とカレンの会話を横からぶった切るように桜が強引に割り込んでくる。この娘は自分が常に会話の中心にいないと気が済まない性格。それにしてもよくもまあ桜とカレンは二人して頼朝の名前をこれだけ間違うものだ。カレンの場合は桜のせいなのだが…


 

「桜ちゃん、それよりもコカトリスは十分集まったんですか?」


「カレンさん、あそこで美鈴ちゃんと明日香ちゃんがヘバッているでしょう。森中を虱潰しに歩き回って必要な量を確保しましたよ。明日には深層に向かえそうですわ」


「それは何よりですね」


 カレンも魔族の件に関しては関心を寄せている。異世界からの侵略阻止のために心を天使にして戦う所存のよう。


 だがグッタリとベンチに座り込んでいるこの二人は、魔族の件を明かされていないのもあってか本日の理不尽なまでの強行軍に苦情を申し立てている。



「桜ちゃん、もう無茶苦茶ですよ~! 足が棒のようになってもう一歩も歩きたくありません」


「本当に今日は疲れたわ。たぶん30キロ以上森の中を歩いたんじゃないかしら」


 レベル35になった明日香ちゃんと美鈴がこれだけヘバッているのだから、桜がどれだけパーティーを引き摺り回したか理解できよう。だが桜は魔法の呪文を口にする。



「明日香ちゃん、学院に戻ったら晩ご飯とデザートが待っていますよ」


「さあ帰りましょう! 今日は体重を気にしないで、ご飯もデザートも食べ放題ですよ~」


 思いっきり元気な姿でスクッと立ち上がる明日香ちゃん、ここまで現金にできているとは逆に感心してしまう。ところがニンジンがぶら下がった明日香ちゃんとは違って、美鈴は中々立ち上がろうとはしない。たまりかねたように聡史が…



「さあ、美鈴も立ち上がるんだ」


「聡史君の腕に摑まらせてよ」


 こうして美鈴は聡史にもたれ掛かるようにその腕に自分の両腕を絡ませる。聡史と触れ合っていれば疲れてはいても表情がニコやかに。やはり美鈴もかなり現金な性格のよう。


 こうして全員がこの日の収穫を抱えて学院へと戻っていくのだった。






   ◇◇◇◇◇






「「「「「「「「「「カンパ~~イ!」」」」」」」」」


 桜がうるさいので、学院に戻ると全員が食堂に直行している。この日のアタックが成功したことを祝して、みんなでジュース入りのグラスを合わせる。異世界では毎晩冒険者ギルドで繰り返されるお馴染みの光景が、こちらの学生食堂で盛大に開催中。


 ことに初挑戦の5階層でオークを倒したことによって自信を深めた男子生徒の表情がいつになく明るい。このところ訓練で桜に追い込まれて意志のない戦闘マシーン化していただけに、久しぶりに人間らしい感情を取り戻したよう。


 当然ながらこの様子は周囲の目を引いている。上級生たちは自分たちに追い付いてきた後輩を「やるじゃないか!」という目で見ているのに対して、同じ1年生の見方には羨望とやっかみの感情が混ざっている。実は他のクラスの1年生もEクラスの活躍に刺激されて、ここにきてダンジョンの3階層に何度もアタックを繰り返している。


 だがそのたびにゴブリンメイジの魔法やアーチャーが放つ矢に苦戦して撤退を余儀なくされている。その主な原因は防御の軽視。ブルーホライズンやEクラス男子には必ず盾を持った壁役がいる。聡史や桜がそのような方向に育成したのだから当然だろう。壁役のおかげで魔法や矢を防いでこちらが攻撃に移る余裕を生み出している。


 その点で1年生の他のクラスのパーティーは苦戦している。もちろん彼らもバカではない。盾持ちを何とか育てようと努力をしている。だが聡史や桜のような上級者が直々に鍛えるのと違って、通常の訓練では相応の時間が必要となる。


 だが実は問題は時間だけではない。最前線で身を犠牲にして壁となる縁の下の力持ちを志願する生徒が少ないというのも原因として挙げられる。重要な役割だとわかっていても、やはりトドメを刺す剣士や槍士になりたいと普通の生徒は考える。損な壁役など誰も率先してやりたくないというのも人情であろう。



 こうしてこの日は終わりを告げて、翌日の朝を迎える。



「さあ、下の階層を攻めますよ~!」


 ガッツリと朝食をとった桜は、いつもにまして絶好調。この勢いはもう誰にも止められない。



「桜ちゃん、今日もいっぱい動いて夜にはデザートを思いっきり食べますよ~」


 昨夜心行くまでデザートを味わった明日香ちゃんは、本日も顔がツヤツヤしている。


 この二人を先頭にして、デビル&エンジェルは2日連続でダンジョンへと向かう。



 転移魔法陣で一気に25階層に降り立つと、一直線にボス部屋へ…



「空斬刃ぁぁ!」


 ズシーーン!


 聡史が放った真空の斬撃がギガンテスの巨体を両断する。地響きを立ててギガンテスの体は左右に分かれて倒れていく。



「それでは26階層に向かいますよ!」


 桜を先頭にして階段を下りていく五人、降りた先には直立したトカゲのような魔物が集団で姿を現す。ドラゴンのようでもあるが、那須ダンジョンで夜空に飛び出していった小型のドラゴンとは種類が違うよう。



「これはレッサードレイクと呼ばれる地竜の小型種ですわ。集団で獲物に襲い掛かる習性がありますから、1体見掛けたら周囲には30体いると考えて間違いないです」


「ゴキブリと一緒か!」


 戦う前からドヤ顔の桜の説明に横から聡史が突っ込むいつも通りの光景。だがここまで深い階層にやってくるとそれだけでは済まない。



「桜ちゃん、それよりもいっぱい近づいていますよ~」


 明日香ちゃんが心配する声を上げる。レッサードレイクは意外にもかなりのスピードでこちらに接近してくるので、明日香ちゃんがビビるのも無理はない。だが…



「こうすれば簡単に倒せますわ」


 魔物の目にも映らない素早い動きで通路を移動しながら、桜はレッサードレイクに拳を叩き込んでいる。本人は散歩でもしているような気分なのだが、桜が動く所たちまちレッサードレイクの体が爆発するように弾け飛ぶ。


 合計13体をあっさりと倒した桜は、戦う前と同じドヤ顔で戻ってくる。



「ほら、簡単に倒せたでしょう!」


「「できるかぁぁぁぁぁ!」」


 お約束の美鈴と明日香ちゃんのハモリも健在。ここまでの一連の流れはもはや様式美といえる。このままではグダグダな展開になりそうな予感を感じた聡史が、美鈴に適切な方法を示す。



「美鈴は、そろそろ闇魔法を試していいんじゃないか」


「えっ、聡史君、本当にやっていいのかしら?」


「通路に次々現れるから、残らず消し炭にしてやれ」


「わかったわ」


 こうして美鈴の出番がやってくる。これまでなかなか使いどころがなかった闇魔法が解禁とあって、美鈴は魔力の大盤振る舞い。



「ダークフレイム!」


 火炎放射器のように右手から黒い炎が迸る。通路に現れたレッサードレイクは、炎に焼かれて真っ黒な炭に変わっていく。これが闇属性魔法の恐ろしさ。一度燃え移ったら最後灰になるまで消えない炎は、このくらいの敵にはちょうどいいのかもしれない。ここで美鈴に代わってカレンが…



「聡史さん、次は私にもやらせてください」


 いつも控えめなカレンにしては珍しく自ら申し出てくる。天使となった自らの力を確認しようというのだろう。



「いいだろう、威力の加減に注意してくれ」


「はい」


 今度はカレンがレッサードレイクに立ち向かう。正面からやってくる5体の魔物、カレンはやや俯きがちにその前に立っている。そしてその顔を上げて、カッとレッサードレイクを見つめる。



「ホーリーアロー!」


 ズバズバズバズバズバズババババーーーーン!


 通路が真っ白な閃光に染まって、その直後に尾を引くような爆発音が響く。



「えーと… 桜ちゃん、今何が起きたんですか?」


「カレンさんの神聖魔法が炸裂したんですわ。通路の魔物を全部貫きながら5本の矢がそのまま直進して、最後は一番奥の壁に突き当たって爆発しました」


「魔法が魔物の体を貫くなんて、アリなんですか?」


「普通はないですよ。それにレッサードレイクは体を覆う鱗が硬くて、なかなか魔法が通用しないんです。丸焦げにした美鈴ちゃんも大概ですが、魔法で貫いてしまったカレンさんもどうやら規格外の存在になったようですわ」


 桜の話を聞いている明日香ちゃんは、なんだか安心したような表情を浮かべている。何か考えていることがありそう。これはもしや、いつものサボり癖が顔を覗かせているのか?



「桜ちゃん、それでしたら二人に任せて私はずっとお休みでいいですよね! あんな小型の恐竜みたいな魔物とは戦いたくないですよ~」


「丸投げを決め込まないで、ちょっとぐらいはヤル気を見せろぉぉぉぉ!」


 清々しいまでの人任せ振りに桜は顔を真っ赤にして突っ込んでいる。さすがは明日香ちゃん、自分に利がないと本当に動きたがらない。どうか昨日食べた分のカロリーをこの場で消費してもらいたい。


 だがここで颯爽とお節介を焼く人物が登場! その名をカレンという。



「明日香ちゃん、大丈夫です。私が攻撃力アップの補助魔法を掛けますから、レッサードレイクなんか簡単に倒せます」


 これはいつか来た道… カレンの強引なセールストークはまだまだ続く。その態度はまるでアパレル店員のごとくに。



「しかも今なら、万一死んでも私の力で復活できる大サービス中です!」


「絶対に嫌ですぅぅぅ!」


 明日香ちゃんが断る気持ちもわかる。死ぬのが前提のサービスなんて、これはさすがにカレンに非がありそう。



「まあまあ、明日香ちゃん。この場で勇気を見せてくれたら、今日の夜もデザートのお代わりを大目に見ますよ」


 ピクッ!


 明日香ちゃんのデザートレーダーが敏感に反応している。過去何回騙されようとも「デザート」という一言には勝てない明日香ちゃん。



「そ、それじゃあ、ちょっとだけ頑張っちゃいましょうかね」


 すぐにノセられるこの性格、実に扱いやすい。



「それでは、攻撃力アップ」


 カレンが魔法を掛けると、明日香ちゃんの体が白く輝きだす。


 実は明日香ちゃんもカレンも気が付いていないが、ランクMAXまで到達したカレンの補助魔法は、大元の能力を2倍に引き上げている。それだけならまだしも、明日香ちゃんの両腕に嵌められている体力アップの腕輪は、カレンの魔法と同様に体力を2倍に引き上げている。つまり現在の明日香ちゃんは4倍界王拳状態。しかもトライデントのおかげで攻撃力は2倍というおまけつき。

 


「明日香ちゃん、前からゾロゾロ来ましたよ」


「デザートのためだったら何でもしますよぉぉぉ! それっ!」


 明日香ちゃんが4倍速で動いている。1体目のレッサードレイクが反応する前にトライデントを突き刺して返す槍で2体目を屠る。連続攻撃で3体目と4体目を倒して、最後の1体の胴体の真ん中にズブリ!


 こんな鮮やかに動く明日香ちゃんなんて、桜ですら初めて目の当たりにしている。



「やりましたぁぁぁぁ! 今夜もデザート食べ放題ですよ~」


 派手なガッツポーズで心の底から喜びを表す明日香ちゃんであった。

 


   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



順調に大山ダンジョンの攻略が進んで、気が付けば26階層まで到達。この分では最下層攻略も近いのでは…


この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!



「面白かった、続きが気になる、早く投稿して!」


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