第59話 闇の呪い


 4倍界王拳の使い手となった明日香ちゃん、この娘は調子に乗ると手が付けられない。相棒ともいえるトライデントを手にして縦横無尽にレッサードレイクを次々に駆逐していく。


 26階層ともなると魔物を討伐した際に得られる経験値が高い。この階層だけでも美鈴、明日香ちゃんの二人はレべルが1つ上昇している。ちなみにカレンはすでに人間の範疇から外れているので、地球人類に与えられたステータス上のレベルとは別種の階級が与えられているものと推測される。ここで桜が…



「いい感じにレベルが上がっていますね~」


「桜ちゃんに比べたら、まだ全然赤ちゃんのようなものですよ~」


「明日香ちゃん、それは当然ですわ。私のレベルは600オーバー、この領域に到達するまでには、まだまだ数えるのが嫌になる程の試練が待ち受けていますの」


「いやいや、誰もそんな所までレベルを上げたいなんて考えていませんから。試練なんて真っ平ですよ~」


 どうやら桜としては親友の明日香ちゃんを自分と同じ立場にしたいらしい。対する明日香ちゃんは首をブンブン振って思いっ切り否定している。冒険者を志すのならレベルを上げたいのは当然だが、誰も600オーバーなど目指そうとは考えないのが普通だろう。桜の感覚が3年間の異世界生活であまりに常識からぶっ飛びすぎている。


 レベルに関する話題となって、桜がふと気づく。



「そういえば… 手加減しているつもりなのに、なんだかパンチの威力が上がっているような気がするんですよね。ちょっとステータスを確認してみましょうか。さあ、開きなさい!」



 【楢崎 桜】  16歳 女 


 職業      覇者を凌駕せし者


 称号      神に向けられし刃  天啓の虐殺者


 レベル      645


 体力      9999


 魔力      9999


 敏捷性     9999


 精神力     9999

 

 知力       100


 所持スキル   記載不能


 ダンジョン記録 踏破レベル11



「ムムッ! レベルが22も上昇していますよ!」


「桜、ちょっと待つんだ! 俺のレベルも確認してみるから。ステータス、オープン!」



 【楢崎 聡史】 16歳 男 


 職業     異世界に覇を唱えし者


 称号     神に向けられし刃  星告の殲滅者


 レベル     401


 体力     9999


 魔力     9999


 敏捷性    9999


 精神力    9999

 

 知力      100


 所持スキル  記載不能


 ダンジョン記録 踏破レベル6



「なんだってぇ! ついに俺も400台に足を踏み込んでいるぞぉぉぉ!」


 聡史もさすがに驚いている。ここへきて急激にレベルが上がるなんて俄かには考えられない話。どこに原因があったのかと記憶を辿り出す。



「お兄様、パーティーでダンジョンに入る時には私たちが得るはずの経験値をカットしていますよね」


「そうだよな。俺たちが得る経験値が他のメンバーに振り分けられるようにしてあるはずだ」


 兄妹が首を捻っている。いくら考えてもレベルが上昇した原因が思いつかない様子。だがカレンが何かに気が付いたよう。



「那須ダンジョンの魔物との戦いが原因なのではないですか?」


「ああ… 言われてみればそうでしたわ。(遠い目)あの時は経験値カットのスキルを発動しないままで魔物を倒しまくりましたから、ドカンとまとめてレベルが上がったんですね」


「そうだったのか… 今更レベルが上がるとは思ってもみなかったな」


 ダンジョンから溢れ出した魔物の正確な数字はいまだに判明していないが、およその感覚では10万程度ではないかと考えられている。大量の魔物を討伐した経験値が加えられた結果、兄妹のレベルが大幅に上昇したのであろう。もちろんこの二人だけではなくて、戦いに参加した自衛隊員も大量の経験値を得て大幅にレベルアップしているに違いない。宇都宮駐屯地の隊員の中にはレベル50を超える猛者がゴロゴロしている状態ではないだろうか。掛け値なしの最強部隊が一夜にして出来上がってしまったよう。


 ステータス上の数値はカンストしているが、それは表示ができないだけで実際には体力や攻撃力が上昇している。ただでさえアホみたいな攻撃力なのに、それがさらに上昇するなんて、いくら何でもダンジョンで遭遇する魔物が気の毒すぎる。合掌、南無南無…



「まあいいでしょう。慎重に加減すれば問題はないはずですわ」


「桜ちゃんは手加減が一番苦手じゃないですか。いつも失敗してとんでもない結果を招いていますよ~」


「そんなはずはありませんわ。ジャパネットやかた並みの安心安全な手加減ぶりと世間では評判ですから」


「あっ、あっちからレッサードレイクが来ましたよ~」


「なにぃぃぃ!」


 バコーン!


 レッサードレイクの体が桜のパンチで爆発したかのようにコマ切れになって飛び散っている。



「ほら、シッポを出しましたね! 桜ちゃんは咄嗟の場合は手加減できないんです。おまけに喋り方まで変わっているし、だんだん化けの皮が剥がれてきましたよ~」


「な、何の話でしょうか。私にはわかりません」


 犯人を追い詰めるフナコシさんのような表情の明日香ちゃん。シラを切っているが、桜の額には一筋の汗が流れ落ちる。どうやら明日香ちゃんの指摘が図星を突いているよう。中学校からの長い付き合いなのだから、明日香ちゃんには桜の本性は色々とお見通しなのだろう。何かのはずみに桜が素顔を覗かせる機会が今後あるかもしれない。



 とまあ、このような話をしながらデビル&エンジェルの面々は余裕の戦いを繰り返しながら27階層に降りていく。この階層もレッサードレイクが群れを為して登場してくるが、時折より大型のエルダードレイクも姿をみせる。



「ダークフレイム!」


「ホーリーアロー!」


 ドラゴンという名称では呼ばれていないが、ドレイクは小型とはいえれっきとした龍の一族。このエルダードレイクが那須ダンジョンで最初に飛び出してきた小型のドラゴンで間違いなさそう。そんな相手に対して美鈴とカレンの魔法はまさに猛威といって差し支えない。美鈴の闇魔法は禍々しい暗黒の力を如何なく発揮し、カレンの神聖魔法は神の祝福の光を放つ。対照的な二人の魔法であるが、その威力は甲乙つけがたい。天使として覚醒したカレンと互角の威力というのは、美鈴の闇属性魔法というのはなんとも底が知れない。



 27階層も難なく突破するとパーティーは続く28階層に向かう。この階層ではエルダードレイクばかりが登場するが、絶好調の明日香ちゃんが4倍速のスピードとパワーを生かして次々に仕留める。凄いぞ、明日香ちゃん! 本当にヤレばデキる子だ。ただ気紛れが災いして、エサがぶら下がるまではエンジンがかからないのが玉に瑕といえよう。


 勢いに乗った明日香ちゃんのおかげで攻略はスムーズに進む。次の階層を目指して通路を進んでいるうちに、一行はこれまでと違うパターンが発生していることに気付かされる。


 どうやら28階層にも階層ボスの部屋があるよう。どう考えてもこの扉の先に進まないと、次の階層には行けない構造になっている。



「お兄様、これまでは5階層おきにボスが登場してきましたが、どうやらこの辺から3階層ごとにボスにアタックする必要があるみたいですわ」


「異世界でもこんなダンジョンがあったな。最後の5階層は全てボスを倒さないと進めない凶悪なダンジョンだった」


「フフフ… お兄様、手強いダンジョンこそ冒険者魂が燃え上がるのです。攻略のし甲斐がありますわ」


 桜の目が爛々と光って目の前に立ちはだかるドアを見つめている。この先に何が待っていようとも、単独でも突破する構えのよう。


 

「どうせ桜ちゃんは止められないでしょうから、さっさと中に入りましょう」


「美鈴さん、さすがに階層ボスとなると相当な強敵が出てきそうですよ~」


「明日香ちゃん、諦めたほうがいいわよ。桜ちゃんの手がドアに掛かっているし」


 そう、すでに桜は力を込めてドアを押し始めている。高さ5メートルもある巨大なドアは桜の手によって押し広げられていく。そしてパーティー全員が部屋に入ってそこで目にしたのは…



「いると思ったわ」


「美鈴さん、これはお約束の展開ですよね」


 美鈴と明日香ちゃんが顔を見合わせている。


 五人が立っている部屋の入口、そこから100メートル奥にはティラノサウルスを彷彿させる大型の地竜が立っている。


 凶暴な牙が生え揃った大きな口を開いて、唸り声をあげながらこちらを威嚇している。ティラノサウルスとの違いは背中に小さな翼がある点であろうか。このような小さな翼では宙を飛ぶのは不可能であるが、やはりドラゴンの親戚である点は間違いない。


 ギュオォォォォォン!


 部屋の床が振動するかと勘違いするような地竜の咆哮が鳴り響く。その直後にその馬鹿デカい口をカッと開くと、開幕ブレスが猛烈な勢いで五人を襲う。鉄をも溶かす高温のブレスが五人に迫りくる。



「天使の領域!」


 聡史が結界を張るよりも、美鈴がシールドを展開するよりも、圧倒的に早く対処したのはカレン。天使の能力を生かしてパーティーの周囲を神聖不可侵の領域に指定して何人たりとも干渉不可能にしている。



「カレン、すまないな」


「聡史さん、どうか気にしないでください。那須での過ちを繰り返したくなかっただけですから」


 カレンの脳裏には魔族の魔法で黒焦げの死体となった自衛隊員の姿がフラッシュバックしている。封印が解かれて力を手に入れたからには、彼女の瞳はあのような悲劇を繰り返してはならないと決心しているように映る。



「カレンさんが気を使ってくれて助かりましたわ。この手に集まっている闘気は地竜のブレスに向けて放つつもりでしたけど、このままぶつけて差し上げましょうか。太極破ぁぁ!」


 当然ながら桜は最も素早くブレスに反応していた。太極破によってブレスを吹き飛ばそうと準備していたが、カレンが対処するのが分かった瞬間一時待機でホールド状態に。ブレスの猛威が周辺から消え去ると、桜が放った太極破は地竜に向かって真っ直ぐに進んでいく。レベルが22も上昇した威力マシマシで…


 ドッパァァァァァン!


 ブレスを吐いたばかりでまだ口を開きっ放しであった地竜は口内にまともに太極破を食らっている。爆発の轟音が鳴り止むと地竜の首から上がすっかり消滅という有様。その巨体がゆっくりと倒れる前にすでに地竜は絶命していた模様。



「見掛け倒しでしたわね」


 桜にしてみればつい先日那須で40メートル級のドラゴンを倒しているだけに、地竜如きは可愛い部類のよう。れっきとしたドラゴンなのに…



「また桜ちゃんがひとりで倒しましたよ~」


「明日香ちゃん、加減ができないから仕方がないのよ」


 やはり美鈴も明日香ちゃんと同様の見方をしているよう。桜の手加減など、ほとほとアテにならないとよくわかっていらっしゃる。



「さあ、宝箱がありますから開けてみましょう!」


 二人の会話は耳に入らないフリで桜はスルー。色んな意味で自分の所業を誤魔化すためにメンバーの注目を宝箱に誘導しているつもりらしい。実に分かりやすい。


 

「今回は特に罠が仕掛けてある気配はないようですわ」


 桜が蓋を引き上げると、中からは銀色に光る胸当てが出てくる。聡史がアイテムボックスに収納してインデックスを調べると…



「ミスリル製の胸当てだな。防御力を引き上げる効果があるかもしれない」


「これも明日香ちゃんが身に着けるのがいいんじゃないかしら」


「私も美鈴さんと同意見です」


 美鈴とカレンが明日香ちゃんが装備するのがいいと主張している。もちろん桜も同じ意見のよう。



「それではこの胸当ては明日香ちゃんに差し上げます」


「なんだか悪いですねぇ~。それでは遠慮なくもらいます」


 桜から胸当てを受け取ると、明日香ちゃんはプロテクターを外して装着する。肩の動きを阻害しないように胸部と腹部の上半分だけを覆うデザインのピカピカの眩い光を放つ防具。だが明日香ちゃんの姿をまじまじと見た桜は…



「明日香ちゃん、とっても残念なお知らせです。胸周りはユルユルで、下の部分がお腹の肉に食い込んでいますわ」


 どうやらこの胸当ては、カレンのようなスタイルを想定して作られていたよう。残念体型の明日香ちゃんには絶望的にサイズが合わないという悲劇が発生するのであった。






   ◇◇◇◇◇






 自分の無残な体型という現実を突きつけられて思いっきりへこんだ明日香ちゃん。これが運の尽きなのか、4倍界王拳で絶好調も終焉を迎える。


 28階層のボスを倒して続く29階層に降り立った途端に、明日香ちゃんの天敵とも呼べるアンデッドが出現。しかも普通の人型のゾンビやスケルトンではなくて魔物がアンデッド化した敵とあってはもはや明日香ちゃんになす術なし。


 ゴブリンやオークのゾンビならまだ可愛げがあるが、オーガや巨人種、爬虫類系のトカゲやヘビなど雑多で大型な魔物のゾンビが次々に現れてくる。あまりにグロテスクな様子に聡史や桜も辟易へきえきした表情を浮かべている。



「さ、桜ちゃん… もうダメですよ~」


 お化け嫌いの本領発揮… 桜の背中にヒシとしがみ付いて、明日香ちゃんは絶対に離すものかと両手に力を込めている。



「桜、この階層はカレンに任せるから明日香ちゃんの世話を頼む」


「本当にしょうがないですね~。まあ、明日香ちゃんはお化けが大の苦手のヘタレですから私にしっかり掴まっていてください」


「うう、桜ちゃんが頼りですよ~」


 明日香ちゃんがしがみ付いているおかげで身動きしにくくなった桜は索敵に専念して、通路に登場するアンデッドはすべてカレンが浄化していく。天界の術式を用いるまでもなく、神聖魔法の中でも最も初歩的なホーリーライトを発動しただけでアンデッドは跡形もなく消え去っていく。


 本来は簡単な魔除けとか初級のアンデッド討伐に用いる魔法なのだが、本物の天使が発動するとその効果はあまりにも劇的に映る。あらゆるアンデッドを片っ端から浄化して消し去るのだから、もう無敵状態といって差し支えない。ここから先は全部カレンのターンが続く。



 明日香ちゃんというお荷物を抱えながらも29階層を順調に通り過ぎて30階層へと降りていく。この階層もアンデッドがひしめく階層でカレンの無双が続く。他のメンバーは見ているだけでよいのでお気楽な散歩のよう。明日香ちゃんに至っては、固く目を閉じて周囲を見てもいない。魔法学院生としてもうちょっとしっかりしてくれ!


 陰鬱な雰囲気が続く通路を進んでいくとその先は行き止まりとなっており、大きな扉が立ちはだかっている。どうやら早くも階層ボスとの遭遇がこの場で用意されているらしい。



「今度は2階層進んだだけでボス部屋が登場か」


「お兄様、冒険者の手引き書の1ペ-ジ目に『ガンガン行こうぜ!』という有名な格言が掲載されていますわ」


「初耳だな、是非ともその手引き書を見せてもらいたい気分だ。それよりもこのボス部屋を攻略すると転移魔法陣が現れる気がするが、みんなはどう思う?」


 確かにこのダンジョンでは、これまでボスを倒すたびに部屋の内部に転移魔法陣が現れていた。順番からすると、この階層ボスを討伐すれば転移魔法陣によって入り口まで直行できる可能性が高い。そろそろ夕方が近い時間だけに、このボス部屋を攻略するのが最も近道のよう。



「いいんじゃないかしら。キリのいいところまで攻略して、続きは次回のお楽しみにしましょう」


 美鈴が全員の意見を集約する。桜にしがみついている明日香ちゃん以外は、概ねこのボス部屋を攻略して本日はお仕舞という雰囲気。ということで、桜を先頭にしてデビル&エンジェルは階層ボスが待ち構える部屋へと入っていく。部屋の最も奥には…



「愚か者どもが、闇と死を統べる司祭の下へ参じるとは、恐れを知らぬ不届き者らと言えよう」


 このダンジョンで初めて魔物が言葉を口にしている。自らを闇と死を司ると言っている張本人は玉座に座る骸骨。魔物となっても言葉を駆使できるのは、元々高名な魔道師のなれの果てか、はたまたどこかの王族が死してダンジョンの魔物に身をやつしているのかもしれない。



「ずいぶんエラそうな態度だな。スケルトンキングか?」


「我の真実を見抜けぬとは、人族とはつくづく愚か者しか存在せぬようであるな」


 聡史の指摘に、玉座に座る骸骨は明らかに見下したような物の言い方をする。スケルトンキングとは、異世界のアンデッドの中でもSランクに相当するかなりの大物。だが聡史たちの目の前の玉座に座る骸骨はスケルトンキングではないと否定している。



「そうか… スケルトンキングではないとすれば、お前は何者だ?」


「我が名乗る時、そなたらは絶望の奈落へと突き落とされるであろう。我こそは闇と死を司る最強の存在、スケルトン・ロードなり」


「「「「ふ~ん」」」」


 明日香ちゃん以外の四人の声が揃っている。スケルトン・ロードと聞いてもなぜか反応が薄い。というか本物の天使がいるのにやれ「闇と死を統べる」などと言われてもどうにも信ぴょう性が感じられないよう。あまりにも薄いこの反応に逆にスケルトン・ロードは怒りを露わにしている。



「ええい、この愚か者共が! 我の恐ろしさを只今から思い知らせてやるわぁぁ!」


「カレン、あのうるさい口を二度と叩けないようにしてくれるか」


「はい、わかりました。崩魔の光」


 カレンの右手から白い光が飛ぶ。その光に包まれるとスケルトン・ロードが藻掻き苦しんで次第にその姿が薄れていく。だがこの魔物は、消え去る最後の最後に置き土産を残す。



「ま、まさか… このような場でなぜ神の力を行使する者が現れるのだぁぁ! この恨みは永遠の呪いとしてそなたらのその体に刻んでやる! 我の意思が籠った闇に包まれて、その身を永遠に我の身代わりとされるがよい!」


 スケルトン・ロードから膨大な呪いの波動が、デビル&エンジェルのメンバーに向かって放たれる。


 聡史と桜の兄妹は、状態異常完全無効果のスキルがあるため何ら影響を与えない。もちろん天界の加護に包まれているカレンもスケルトン・ロードの呪いを撥ね返している。だがその後ろにいる美鈴と明日香ちゃんには、真っ直ぐに呪いの波動が向かっていく。



「魔法シールド!」


 とっさに美鈴はシールドを展開して防ごうとするが、呪いの波動は魔法ではないため通り抜けていく。スケルトン・ロードの恨みが籠った怨念なので、いわば負の感情が伝わるがごとくに美鈴と明日香ちゃんへに取り憑こうとしているかの様子。


 だが以外にも呪いの波動は二人には直撃しない。スケルトン・ロードの怨念は最も闇を吸収しやすい物体に吸い込まれていく。その物体とは、美鈴が手に持っている黒曜石の杖。闇に反応する黒曜石は余すことなくスケルトン・ロードの呪い全てを吸収して、その石の中でさらに手が付けられない程に増幅していく。


 ただでさえ強力なスケルトン・ロードの呪いは、黒曜石によって人間を簡単に闇落ちさせる恐ろしい規模となって杖を手にする美鈴の体へと流れ込んでいく。



「ヤメてぇぇぇぇ!」


 人格を消し去って闇の存在そのものに変える呪いは美鈴に入り込んで彼女を取り込みながら、ひとりの人間を魔そのものに徐々に変えていく。



「美鈴、しっかりするんだ! カレン、美鈴の様子がおかしいぞ! 天使の力で何とかしてくれ」


「聡史さん、美鈴さんに触れないでください! すでにやっていますが、人格を壊さないように丁寧に干渉しなければならないので時間との戦いになりそうです」


「間にあうのか?」


「保証できません」


 天使の力をもってしても美鈴に入り込んだ呪いの力を簡単に無効化できないらしい。強引に干渉するとすでに美鈴の体内を蝕んでいる呪いを力尽くで引き剥がすことになる。その結果として、美鈴は命を落としかねないとカレンは説明する。


 悪性の腫瘍を取り除く際に、執刀する医者は慎重にならざるを得ない。同様に悪性腫瘍に等しい美鈴の体内に入り込んだ呪いは極めて慎重に取り除かないと危険なのであろう。



「カレン、なんとか美鈴を助けてくれ!」


「どうかお静かに! 今手を尽くしています… 状況はよくありませんが」


 カレンの額に汗が浮かんでいる。仮に美鈴が杖を手にしていなかったら、ここまでカレンが必死になる必要はなかったかもしれない。黒曜石によって何倍にも増幅されたおかげでカレンでも相当に手を焼いているよう。



 一方美鈴は、自分の中に入り込んでくる呪いと必死に戦っている。



(これは一体何? 私に勝手に入り込まないでぇぇ! 私が私ではなくなっていく…)


 杖を持っていた右手から侵入してきた呪いが美鈴の体内に広がり、右肩から首を通り頭を乗っ取る。さらに胴体に浸食は進み、両足までが闇に包まれる。闇属性魔法の適性がある点でもお分かりのように、美鈴自身が闇との相性が良いということもあって、スケルトン・ロードの呪いは美鈴をあっという間に乗っ取っていく。


 美鈴自身があたかもスケルトン・ロードに変貌したかのように、体だけは生きたままで闇を司る魔物へと変わりつつあるのは何とも悍ましいとしか表現のしようがない。



「美鈴さん、何とかもうちょっと頑張ってください!」


 カレンの声が美鈴の耳に入ってくるが、遠くで他人に呼び掛けているようにしか美鈴には捉えられない。頭で何か考えようとも、靄がかかったようで何も考えられなくなっている。



(闇の世界? なんなのこれは?)


 美鈴には疑問が浮かぶが、その声に応える者は誰もいない。



(このままでは…)


 必死で抗う美鈴だが、圧倒的にスケルトン・ロードの呪いの力が上回っており、彼女にはなす術がない。


 やがて体の大半を乗っ取った呪いは、最後に残った左手へと向かう。二の腕から肘までがあっさりと闇に浸食されて、残るは手の先だけとなる。手の平から親指、人差し指… 最後に小指が残る。体の99パーセント以上を呪いの力に乗っ取られて、最後に残された美鈴のたったひとつの小さな砦が今や陥落しようとしている。


 カレンの助けも遅々として進まず、美鈴の体を闇から解放するにはどう見ても時間不足。


 だが最後に残った左手の小指が僅かな光を灯す。その瞬間、美鈴の脳裏には遠い記憶が鮮やかに蘇る。それは美鈴が心の奥深くに仕舞って本人ですら意識の表層に浮かばない記憶であった。






 小学校に入る前の美鈴と聡史、二人は聡史の部屋で…



「聡史君、私は、大きくなったら聡史君のお嫁さんになるの!」


「わかった! 美鈴ちゃんは僕のお嫁さんだね」


「うん、だから約束の指切りしよう」


「よし、指切りげんまん…」


 すっかり闇に飲み込まれたはずの美鈴の瞳から大粒の涙が零れ落ちる。


(こんなはずじゃない! こんなはずじゃない! 何が呪いだ! 私は聡史君とずっと一緒にいるんだから!)


 小指の光はますます強まっていく。それとともに美鈴の中に眠っていた何かが呼び覚まされる感覚が全身に広がっていく。



(私は私なのよ! 誰かの身代わりになど絶対にならない! 聡史君とずっと一緒にいるために!)


 美鈴の意思がますます強くなっていく。そしてついに彼女の中で長く微睡んでいたものがカッと目を覚ます。同時に美鈴の瞳が銀色の光を発して、別人が喋るような口調で言葉を紡ぐ。



「くだらん! どこの痴れ者が我にこのようなくだらぬ戯れを仕掛けるか? 我の宿りしこの娘を害するなど甚だ不敬なり! この身は我が依り代にして、我が血肉を与えし者なり。どれ、速やかに取り返すことにしようか」


 美鈴の内部に眠っていたものが決断を下すと、その効果はあまりにも劇的。オセロで盤上の駒が白から黒へとあっという間に裏返るように、美鈴の体内を蝕んでいた呪いは簡単に外に押し出されていく。今まで小暗い呪いの闇に染まろうとしていた美鈴の体は、今度は闇というのも憚られるほどの究極の暗黒に包まれている。


 それだけで済めばまだよいが、美鈴の背中からは漆黒の翼が左右に大きく広がり、同様に漆黒のドレスを身にまとっている。天使のカレンが降臨したあの時とは対照的な黒一色の艶やかな姿がそこにある。



「さて、我にくだらぬ戯れを仕掛けた痴れ者はこうしてくれようか!」


 美鈴の体の中にいたモノが彼女の体を借りて言葉をしゃべり手を動かしている。その体から排出された黒い霧は乗り移る先を求めて飛び出そうとするが、美鈴によって尻尾を掴まれているかのようにその場から動けない。


 グシャッ!


 美鈴の体を借りたモノは両手でその霧を押し潰す。たったそれだけで、スケルトン・ロードの呪いは最初からどこにも存在しないかのように消え去っている。


 一仕事を終えたような表情の美鈴の体内にいたモノは、キツネにつままれたような表情の聡史たちに向き直る。



「そなたらは何をそのように驚いているのだ? そこなる天使よ、しらばっくれるでないぞ! そなたは薄々我の存在に気が付いておってであろう」


「何もかもお見通しですね。さすがはかつては神に弓を引いた存在」


 カレンは美鈴の何を知っているのであろうかと、聡史の頭には???が浮かび上がる。



「どれ、そこなる我を何者か知らぬものに名乗ってやろうか。我は暗黒そのものの存在である銀河の暗黒神。時にはエジプトの太陽神ラーに対するセトとして描かれ、ギリシャではアポロンに対する冥界神ハーデス、日本ではアマテラスに対するツクヨミに相当すると考えればよかろう。聖書では堕天使ルシファーなどとも呼ばれておるな。面倒だから、我が名はルシファーでよいぞ」


 その口ぶりからすると、単にキリスト教が説く地獄の支配者ルシファーではなくて、もっと大きな存在らしい。夜の闇と宇宙の根源たる暗黒を司る神の一柱と考えるのが適切であろう。本人がルシファーでよいと言っているので、これからそのように呼ぶこととする。


 

「えーと… 話が全然見えないんだけど、なんで美鈴がルシファーなんだ?」


「細かい話は省くが、要は我がこの度のダンジョン出現なる危機を予見したことから始まる。忌々しい銀河の穢れの侵攻に対して我自らが一肌脱ごうと、この娘が生まれる際にこっそりと体に潜んでおったのだ。長年眠って過ごすのは飽きた。神たるもの祭りには率先して参加せねばなるまい」


「いやいや、神様なら大人しく拝まれていてくださいよ」


「それはならぬ! 我は元来祭り好きであるからな。どす黒い汚泥に塗れた者共に好き勝手にはさせられぬ!」


「ルシファーさんが、大人になり切れてないぞぉ!」


 聡史が呆れている。どうやらこのルシファーさんはダンジョンが何者によっていかなる理由で創生されたのかを知っているような口ぶり。その未だ正体を現さぬ地球の侵略者に対して自ら討伐を買って出るとは、このルシファーはフットワークが軽すぎるような気がしないでもない。ともあれデビル&エンジェルにとっては力強い味方になってくれそう。さらにルシファーは続ける。



「そこなる天使よ、そなたも中々の演技派よのう。なにが呪いを解くには時間がかかるだ? あっという間に終えられるはずにも拘らず、何もしなかったではないか」


「バレていましたか。美鈴さんが危機とあらば、否が応でもあなたが出てくると思っていました」


「まことに食えない天使よ」


 その会話によると、どうやらカレンは美鈴の中に潜む者の存在に気が付いていて、この機会に目覚めさせようと敢えて救いの手を下さなかったらしい。


 こうして聡史たちのパーティー、デビル&エンジェルは、本当にデビルとエンジェルが在籍することとなる。俄かには信じられないが、こうなってしまったものは仕方がない。ことにようやく目を覚ましたルシファーさんがヤル気満載感がムンムン。こうなったら行き着く所まで突き進むしかないだろう。


 そして誰もがすっかり忘れている。ルシファーが顕現した際に明日香ちゃんは白目を剥いて気を失っているのであった。



   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



カレンに続いて美鈴まで覚醒。しかも闇の支配者を名乗るルシファーとは恐れ入る限り。こうして格段にスケールアップしたデビル&エンジェルはついに最下層に至ってラスボスと戦う予感が…


この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!



「面白かった、続きが気になる、早く投稿して!」


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