第60話 大山ダンジョン最下層


「それで、ルシファーさんはこの先ずっと美鈴の中にいるのか?」


 つい今しがた起きたルシファー顕現にようやく頭の整理が出来て認識が追いついた聡史が、今後の美鈴はどうなるのかと心配する表情で尋ねている。聡史の質問に対してルシファーは飲み込みの悪い人間だとやや呆れた表情を向ける。



「先ほども申したであろう。我にとってこの娘は現世に顕現する依り代。それはこの娘が現世に生を受けた時点からの揺ぎ無き事実。それはこの先も相変わらぬ」


「ということは、このまま美鈴に代わってずっとルシファーさんが表の人格を務めるのか?」


「何たる戯言を申すのだ? 我が人の日々の営みに事細かに口を出すなど有り得ぬわ。そのような細事に我を巻き込むでない。今回の如きこの娘の力及ばぬ場面には顔を出すものの、日頃は娘を通して我が力を行使するに決まっておる」


 やや憤慨気味にルシファーが返答を寄越す。神ともあろうもの、いちいちひとりの人間である美鈴の日常には興味がないらしい。専らその興味はルシファーが言うところの「祭り」と称されるダンジョンを創生した存在との戦いにのみ費やされているということのよう。



「それじゃあ、美鈴は今までの美鈴のままでいるということなんだな」


「それはどうかは我にもわからぬ。今後我の意思がこの娘に干渉し、何らかの影響を齎さぬとも言えぬ。ただしそれを含めてこの娘の人格の成長と考えうるゆえ、些細な事柄に左右されるでない」


 その言は暗にルシファーの神格が美鈴に何らかの影響を齎す可能性を示唆している。さらにルシファーは続ける。



「時に、そなたは神とも悪魔とも呼ばれる我を前にして些かも物怖じせぬ様子。人としてあらん限りの試練を乗り越えたようであるな。だがさらに恐るべきは、そなたの妹。我の目からしても、なおその強さの底が見通せぬわ」


「フフフフフ、どうやら私の真の力を理解可能な存在が現れましたわね。神であろうが仏であろうが、前に立ち塞がる者はこの拳で打ち砕く! すべての世界の頂点に立つ最強の存在こそ、この桜様ですわ」


 銀河の暗黒神を前にしても、やはり桜は桜のまま。相手がルシファーであろうとも一向に気にした様子がないこの厚顔不遜振り。この娘の面の皮の厚さはあらゆる面で人類の限界をはるかに突破している。ただしその言の通り、自他ともに認める最強の存在であるのも間違いはない。これでもう少し謙遜を覚えてくれたら言う事ないのだが…



「なかなか面白き娘であるな。我の前でこれほどの大言を吐いた存在は、永き我の生でも2、3しかおらぬわ。ひとりはゼウスとか申して全知全能を誇っておったが、我がポリスの民に甘言を囁いただけで仲間内で争って滅びおったぞ。まあこれは隠された史実である故にオフレコで頼む」


「ギリシャ文明が衰退した裏にはルシファーの暗躍があったのか…」


 人間の歴史とそこで信仰される神の栄枯衰勢に簡単に干渉可能なルシファーの力に聡史すら呆れている。それよりもルシファーの口から「オフレコ」というフレーズが出てきたほうが驚き。神としても、あまり明らかにしたくない過去があるのであろう。


 だが逆を返せば、今回はルシファーが持つ闇の力が味方になるともいえる。戦いは何も正攻法だけで勝てるとは限らない。異世界からの進攻に対して日本と地球のありとあらゆるリソースを活用して撃退せねば、この世界に未来がなくなってしまうかもしれない瀬戸際ともいえるこの状況。これを予期したからこそルシファーは美鈴の体に紛れ込んで現世に姿を現したのであろう。



「さて、我にしてはずいぶんと話が長くなってしまったようだ。何しろこの場には興味深い存在が集っている故にな。そなたら兄妹といい、天使といい、さらにはそこで目を回している娘といい、どうやらあらかじめ定められた約束に基づいてこの場に集ったのだな」


「それはどういう意味だ?」


「自ずと明らかになるのを待つがよい。終わってみれば自明の理となろう。それでは我はしばし娘の中で休むとしようか。さらばである」


 最後まで堂々とした態度を崩さずにルシファーは去っていく。同時に美鈴の意識が表層に浮かび上がって彼女の人格が戻ってくる。



「…えーと、聡史君…だよ…ね?」


「美鈴、大丈夫なのか?」


「ええ、何とか大丈夫よ」


 自分の体に眠っていたルシファーが目を覚ましてこの場に顕現するというとんでもない事態を引き起こしながらも、なお「大丈夫」と気丈に振舞う美鈴。面倒事を次々に背負ってしまうその性格ゆえに、騒動を引き起こした自分の責任と自覚しているかのよう。



「美鈴の身に何が起きたのか、自分で理解しているか?」


「ええ、自分が喋っているのを他人の目で見るような感じで眺めていたわ」


「それじゃあ、美鈴の体に生まれた時から潜んでいた存在もわかっているんだな」


「ええ、ルシファーだと名乗っていたわね。私の理解ではもっと率直に〔大魔王〕と表現したほうがしっくりくるわ」


 どうやら美鈴も、この場で起きた信じ難い出来事を彼女の目と耳を通して情報を得ていたらしい。一見すると何ら変わらない美鈴であるが、聡史は最も気になっている件を聞く。



「ルシファーが美鈴の内部に存在するという事実が判明した結果、美鈴自身には何か変化はあるのか?」


「特にはないようね。元々いた存在が日の目を見ただけで、私自身には今のところ自覚できるような変化はないようね。たった1つを除いて」


「たった1つ?」


「魔力が急激に上昇したのが自覚できているわ。ああもう1つあったわね。魔法の原理の全てが見通せるようになったみたい」


「ステータスはどうなっている?」


「確認してみましょうか。ステータス、オープン!」


 美鈴の手元にはステータス画面が浮かび上がる。



 【西川 美鈴】 16歳 女 


 職業    大魔王


 レベル   非表示 


 体力    非表示


 魔力    非表示


 敏捷性   非表示


 精神力   非表示

 

 知力    非表示


 所持スキル  火属性魔法ランクMAX 風属性魔法ランクMAX 水属性魔法ランクMAX 雷属性魔法ランクMAX 土属性魔法ランクMAX 無属性魔法ランクMAX 闇属性魔法ランクMAX 魔力ブーストランクMAX 魔力回復ランクMAX 術式解析ランクMAX  



「魔法の総合商社だな」


 聡史が呆れた声を漏らす。



「天使の私でも、これだけ多数の術式は理解不能です」


 カレンが目を見張っている。



「美鈴ちゃん、とってもいい感じですわ」


 ダンジョン攻略が捗ると、桜がニンマリしている。



「自分でも呆れたわ」


 最後に美鈴が自嘲気味に漏らす。これが気を失っている明日香ちゃん以外のパーティーメンバーの感想。しばし沈黙が流れて、その後にカレンが口を開く。



「美鈴さん、その姿は元に戻るんですか?」


「ああ、これね… なんだかすっかりカレンと似たような立場になったわね。元の姿に戻るには… これでいいかしら」


 黒いドレスをまとい背中から漆黒の翼を伸ばす美鈴の体が眩しい光に包まれると、ダンジョンを攻略している時にいつも着ている学院指定の演習着姿に戻っている。この様子を見たカレンが食い気味に飛びつく。



「美鈴さん! 一体どうやるんですか?」


「ああ、これはね…」


 というわけで、カレンはいちいち隠れて着替えるという面倒な手間を克服可能となる。これだけでもカレンにとっては朗報といえよう。


 そして美鈴が元の姿に戻るちょうどそのタイミングで白目を剥いていた明日香ちゃんが目を覚ます。



「うーん… なんだか美鈴さんが恐ろしい悪魔のようになった気がするんですが」


「明日香ちゃんはまた夢を見ていたんですね。どこでも居眠りをする悪い癖は早く治したほうがいいですわ」


「なんだ桜ちゃん、そうでしたか! あれは夢だったんですね… って、二度も同じ手を食うかぁ!」


 どうやら明日香ちゃんにも薄っすらと真相がわかっているよう。夢で誤魔化すという手は通用しない。そこで桜は一計を案じる。



「そろそろ夕方ですねぇ~… 明日香ちゃん、お腹が空いてきませんか?」


「はっ、そうでした! もうお腹がペコペコですよ~。今日はデザートのお代わりができますから、今からとっても楽しみです」


 すでに明日香ちゃんの脳内では甘~いデザートがダンスを踊っている。天使だろうが魔王だろうが、もうどうでもよくなっているらしい。このお気楽さ加減こそが明日香ちゃんの本領。


 こうしてデビル&エンジェルは、スケルトン・ロードが座っていた玉座の前に現れた転移魔法陣によって1階層まで戻ってくる。


 かくして美鈴の中のルシファーが目覚めたという大事件が起きたにも拘らず、パーティーメンバーは何事もなかったように学院へと戻るのであった。







   ◇◇◇◇◇






 ダンジョン攻略を急ぐ聡史たちは、次の週末もダンジョンの深層へと踏み込んでいく。30階層のボスはすでにリホップしており、スケルトン・ロードとの再戦が始まる。


 置き土産である呪いの力で一時は体を乗っ取られかけた美鈴は、その目に復讐の炎を燃やしてスケルトン・ロードをギタギタに痛めつける。最後には、ひざまずいて命乞いをする魔物を見下ろしつつ闇の炎で焼き尽くしていく。これが無慈悲な大魔王の本性なのか?


 美鈴は討伐を終えてから「ああ、スッキリしたわ」という言葉を残す。大魔王の力を自由に振るえるようになって彼女の戦い方は以前とはまったくの別物。その様子を目撃した聡史の背中には大量の汗が流れる。



 このような経過を経て一行は次の階層へと進む。31階層にはお馴染みの枝分かれする通路は存在せずに、長い一本道がボス部屋に向かって通じているのみ。


 桜を先頭にして内部に入ると、そこにはデュラハンが待ち構えている。


 首がない馬に跨っている鎧騎士の姿をしているが、自分の頭部を左手で小脇に抱えるアンデッド。もちろん肩の上には頭は乗っていない。



「俺が相手をする」


 珍しく聡史が自分から前に踏み出す。剣を持った相手とあらば、剣士としての魂が疼くのだろう。だがカレンが一旦止めに入る。



「聡史さん、魔剣ではアンデッドには効果がありません」


「カレン、忠告ありがとう。だがこのオルバースはそこら辺に転がっている魔剣とは一味違うから、まあ見ていてもらいたい」


 自信満々で聡史はデュラハンが待ち構える場へと歩を進める。



「剣士か… 良い剣を手にしているな。不死身の騎士を相手にしてどのように戦うつもりだ?」


 デュラハンが小脇に抱える頭が喋っている。その様子を見ているだけで明日香ちゃんは口から泡を吹いて倒れる。



「まあ楽しみにしていろ。行くぞ!」


 聡史が素早く踏み込んでいくと、デュラハンが剣を打ち合わせてくる。



 ガキーン!

 

 互いの剣から火花が飛び散る鬩ぎ合いだが、聡史の剣がデュラハンを押し込む。馬上から剣を振り下ろすデュラハンの小脇に抱えた顔が驚きの表情を浮かべる。



「お前の弱点はわかっているんだよ!」


 聡史はデュラハンの剣を撥ね付けると、小脇に抱えている頭に向かって剣を突き立てた。



「グオォォォォ!」


 部屋に響き渡る絶叫を残して、デュラハンの体は消えていく。



「もう少し歯応えがあるのかと思ったら、大した腕ではなかったな」


 聡史はオルバースをアイテムボックスに仕舞い込むと、脇目も降らずに部屋の奥にあるドアに向かっていく。




 このような調子で、各階層ボスとの一発勝負が続く。


 32階層は、頭が3つある犬型の魔物ケルベロス。


 33階層は、ライオンの頭とヤギの体にヘビの尾を持つキマイラ。


 34階層は、蛇の頭を持つ女の姿をしたメデューサ。


 35階層は、人を石に変える魔眼を持つバジリスク。


 36階層は、炎の精霊イフリート。


 37階層は、ライオンの体に老人の顔を持つ人食いの魔物マンティコア。


 38階層は、翼を持つ大蛇リントブルム。


 39階層は、ラグナロックの先兵たる巨人スルト。


 このようなそうそうたる顔触れの魔物を次々に撃破して、デビル&エンジェルはいよいよ40階層を迎える。



「これだけ階層ボスとの勝負が続くということは、いよいよ次はラスボスかもしれないな」


「お兄様、腕が鳴りますわね」


 桜は、ダンジョン攻略を目の前にして早くも気合を漲らせている。



「聡史君、どんな魔物でも私が燃やし尽くすから何も心配しないで」


 美鈴は、遠慮なく大魔王の力を発揮するつもりのよう。



「聡史さん、天使の力全開で頑張ります!」


 カレンはすでに変身を終えており、天使の姿になってラスボスに立ち向かおうとしている。



「お兄さん、疲れたからもう帰りましょうよ」


 ドテドテドテドテッ!


 明日香ちゃんのヤル気のなさに四人が挙ってコケる。「何でここまで来て帰るんだ?」と、全員が明日香ちゃんにジト目を向けている。オチの担当としては満点の出来だろう。


 渋る明日香ちゃんを宥めながらも、ともかくデビル&エンジェルは通路の最終地点にある一際巨大な扉を開く。そこには…




「怪獣映画ですかぁぁぁ!」


 明日香ちゃんの絶叫が響き渡る。五人の視線の先には黄金の鱗に身を包み、胴体からは7つの首が蠢く巨大なヒュドラが待っているのであった。






   ◇◇◇◇◇






 大山ダンジョン最下層でのラスボスとの戦いが幕を開く。相手は金色の鱗に包まれた四つ足の胴体から長い首が7本伸びたヒュドラ。しかも夫々の首がドラゴンの顔をしている。


 一口にヒュドラといっても様々な種類がある。蛇の胴体から数本の首が伸びた魔物もヒュドラと呼ばれている。だがそのような下っ端ではなくて、この場に登場した存在はまさにラスボスに相応しい威容をした魔物。昔の怪獣映画に出てきたキングギ〇ラとよく似た外観にだけでも大迫力なのに、さらに首の数が7本に増えている。


 ウネウネと左右に7つの首をくねらせながら、自らが守護するこの部屋に侵入してきたデビル&エンジェルを睨み付ける様は明日香ちゃんの言葉通りに怪獣映画に出てきそうな恐ろしい姿に映る。



「これは面白い敵が現れましたよ。こんな相手と巡り合うのを待っていましたわ」


 足元から頭の先まで高さ30メートルもありそうなヒュドラを見て、桜は久しぶりの好敵手に出会ったかのような表情を浮かべる。那須で対戦したドラゴンの倍以上の大きさを誇るヒュドラを以ってしても、桜にとっては単なる狩りの標的にしか映っていない模様。戦闘狂の魂が荒ぶって今にも単独で襲い掛かろうかという態勢で身構えている。


 だがデビル&エンジェルの機先を制して、ヒュドラは一切タメなしで7つの首が次々にブレスを吐き出す。それは首によって属性が異なる、炎、雷、毒、光、氷雪、闇、酸という、侵入者を骨も残さずに消し去る究極の威力を誇る七色のブレス。



「天使の領域!」


「暗黒のカーテン!」


 だがむざむざとヒュドラのブレスが届くのを待っているカレンと美鈴ではない。カレンの天使の領域は押し寄せるブレスを悉く弾き飛ばし、その周囲に張り巡らせた美鈴の暗黒のカーテンは、飛び散ったブレスの残滓をあまねく吸収する。



「これで一安心かしら」


「美鈴さん、いつの間にか桜ちゃんが消えています」


 自分が築いた安全地帯を見渡したカレンが今更ながらに桜がいないことに気が付く。その間に桜は飛び交うブレスの嵐を掻い潜って、あっという間にヒュドラの足元に接近している。やはり荒ぶる魂を抑え切れなかったよう。



「はぁぁぁ… 迷わず成仏破ぁぁぁ!」


 桜は自ら真の必殺技と豪語する振動波をヒュドラの大木のような足に放つ。どんなに硬い鱗に包まれていても、体内の筋肉や骨格は強烈な振動の威力に耐え切れずに崩壊していく。



 ズシーン!


 あまりの巨体が災いしてただでさえ動きが鈍いヒュドラ。4本の足で辛うじて巨体を支えている分だけ、そのうちの1本でも欠けると体を支えきれなくなる。その結果としてヒュドラの巨体は右側に横転していく。だが無事な首は怒りに満ちた表情を侵入者に向ける。というよりも桜の動きが目に入らなくて、自らの足を破壊したのは四人のうちの誰かだと勘違いしている様子。聡史たちにしたらいい迷惑だろう。


 ヒュドラは聡史たちに向けて、なおも繰り返しブレスを吐く。だがカレンと美鈴の鉄壁の防御をに全く歯が立たない。


 注意がもっぱら聡史たちに向いているのをいいことに、桜は横倒しになった巨体の心臓がある辺りにコッソリ移動する。



「もう一発、迷わず成仏破ぁぁぁ!」


「ギュオォォン!」「ギュオォォン!」「ギュオォォン!」…


 7つの首が次々に苦しみだす。大きくのたうちながらそれぞれが絶叫を上げる。首は7つでも巨体を維持している心臓は1つしかない。血液の循環が損なわれると同時に魔力の循環にも支障をきたして、ヒュドラは苦しみの声を上げている。



「お兄様、お願いします」


「桜、任せろ」


 聡史は安全地帯から踏み出すと魔剣オルバースをスラリと引き抜く。そして狙いすましたようにたった一度だけ剣を振るう。



「神漸破!」


 神すら切り裂く断罪の一撃。オルバースから放たれた目に見えない波動が7つの首の根元に向かって空間を飛翔する。



 ドサッ! ドサッ! ドサッ! ドサッ! ドサッ! ドサッ! ドサッ!


 たったの一振りでヒュドラの首が全て叩き斬られて、大きな音を立てて石が敷き詰められた床に落ちる。



「お、お兄さん… 怪獣をやっつけっちゃったんですか?」


「ヒュドラの首は1本でも残しておくと復活するからな。こうして一気に落とすと意外と簡単に片付くんだ」


「簡単じゃない気がしますよ~」


 あまりに鮮やかな兄妹の連携に明日香ちゃんは突っ込む気も起きないよう。美鈴とカレンは「この程度は当然」という表情で聡史を見ている。



 そしてついに床に倒れたヒュドラの体が消え去る。大山ダンジョンのラスボスが、たった今討伐された瞬間を今ここに迎えている。



(おめでとうございます。皆さんは大山ダンジョンを完全攻略いたしました。ただいまからこの場に異世界に渡る道が開通いたします)


 メンバーたち全員の脳内に、誰のものかわからないアナウンスが響く。それと同時に…



 ガラガラガラガラ!


 何かが壊れる音と同時に、ボス部屋の広大な空間を築いていた右側の壁が崩れ去る。



「お兄様、壁の外に宇宙空間が広がっていますわ」


「魔族の証言通りにダンジョンの最下層から異世界に転移可能なようだな」


 桜が発言したように、崩れた壁の先には煌めく宝石をちりばめたかのような広大な宇宙空間が広がり、数多の星々や渦巻く星雲、影を作るガス雲などの色とりどりの美しい光景がパノラマのように浮かび上がっている。


 その宇宙空間に向かって1本の光で形作られた橋が架けられており、どうやらその橋を渡って転移を行うよう。これこそが魔族の証言にもあった虹の架け橋なのだろう。



「聡史君、どうするの?」


「せっかく用意してくれたんだから行ってみるか」


 ボス部屋に残された宝箱等を全て回収してから、デビル&エンジェルは光の橋を渡っていく。明日香ちゃんは宇宙空間に向かう頼りなさげな橋にビビりながら慎重に一歩ずつ進んでいる。ここまで来たらどうか開き直ってもらいたいが、生来のビビりな性格は治らないらしい。


 やがて10分も歩いていくと、その先には空間自体が渦を巻いているようなゲートが出現する。どうやらここが異世界への入り口となっているらしい。



「お兄様、異世界に再び足を運べるとは願ったり叶ったりですわ」


「どんな場所かは定かでないから、慎重に行動するんだぞ」


 聡史に言われたものの、桜はスキップをするような足取りでゲートに入っていく。桜に続いて他のメンバーも恐る恐るゲート潜り抜ける。


 一瞬の浮遊感を感じた後、デビル&エンジェルのメンバーが立っているのはダンジョンらしき空間。先程までのダンジョン最下層とこの場所がどのように繋がっているのか現時点では全く不明であるが、来てしまった以上はこの場所に関して何らかの手掛かりを得なければならない。



「ここが異世界のダンジョンという可能性が高いだろうな」


「お兄様、ダンジョンならば攻略するのみですわ」


 桜は完全に戦闘モード継続中。そしてそのリクエストに応えるように空間の暗がりからうっそりと魔物が登場する。



「ガッカリですわ。図体だけ大きくて大した攻撃もしてこないベヒモスじゃないですか」


「桜、色々と間違っているぞ」


 ベヒモスとは通常はSSSランクに相当する魔物。異世界では討伐不可能で、出現したら国の一つや二つは確実に滅びると言われている。


 以前桜は一度だけ対戦したが、わずか一撃で倒したためこんな非常識な発言をしている。大した攻撃をしてこないのではなくて、まったく相手の攻撃を許さずに倒しただけという事実に本人が気が付いていない。



「お兄様、私が倒してまいります」


「あっ! おい、桜、待つんだ!」


 聡史が止めるのも聞かずに桜が全力ダッシュを開始。残像を残してその姿が消えると、あっという間にベヒモスの目の前に到達する。そして…



「メガ盛りご臨終パ~ンチ!」


 ダッシュの勢いを乗せた桜は床を大きく踏み切ってジャンプをすると、ベヒモスの顎下に思いっ切りパンチを叩き込む。



「グオォォォォォ!」


 ズズズズーーーン!


 トレーラーよりもさらに一回り大きな体が絶叫を上げながら後方に一回転して床に叩き付けられる。引っ繰り返ったベヒモスは体をピクピクさせてあっという間に虫の息。



「トドメですわ!」


 横たわるベヒモスの頭部にもう1発パンチを入れると、その巨体は完全に動きを止める。


(おめでとうございます。皆さんはルーデンシュルトダンジョンを完全攻略いたしました。只今からこの場に異世界に渡る道が開通いたします)


 ついさっき聞こえてきたのと同じようなセリフがどこからともなく聞こえると同時に、空間の壁が崩れて宇宙に伸びていく通路が出現する。どうやらここは異世界のダンジョンにおけるラスボス部屋だったよう。聡史たちはラスボスとの一発勝負でダンジョン攻略者として認定されたらしい。



「期せずしてラスボス2連戦を経験したわね」


 明日香ちゃんのレベルはラスボスの連戦で10段階上昇して46に。ちなみに天使や大魔王にはもはや経験値は関係はないのでスタータスに変動はナシ。



「美鈴、あっちの床に発生した魔法陣は地上へ出るものか?」


 聡史が指さす場所には宇宙に向かう通路とは別に魔法陣が浮かび上がっている。



「どれどれ… そうね、間違いないわ。この魔法陣で地上に転移可能よ」


 術式解析ランクMAXの美鈴があっという間に魔法陣に組み込まれている術式を解明する。その結果に聡史はやや考える風。そして、何らかの結論を下した表情へと変わる。



「せっかくだから、異世界の様子を偵察しておこうか」


「お兄様、その前にしばし休憩を取りましょう。ボス級の連戦でお腹が空いてきましたわ」


「それもそうか… 食事と短時間の睡眠をこの場で取ろう」


 念のためカレンが築いた安全地帯の中で桜がアイテムボックスから取り出した食事を取ってから一休みする。3時間程体を休めてから、デビル&エンジェルは行動を開始。



「それでは地上に向かうぞ。なるべく戦闘は避けたいが、それは相手の出方にもよる。各自は十分注意してくれ」


「「「「はい」」」」」


 さっきまで帰りたがっていた明日香ちゃんも、食事とともに出されたデザートを食べて機嫌が回復している。さらに学院に戻ったら好きなだけ食べていいと桜から許可されて、今やそのヤル気は天を衝く勢い。まあ、どうでもいいが…



 転移魔法陣に乗ると、一行はあっという間にこのダンジョンの1階層に出てくる。特段人影は見当たらず、そのまま出口方面に向かうと…



「きっ、貴様らは何者だ? なぜ人族がこんな場所にいるのだ!」


 ダンジョンの出入り口には魔族の警備兵が槍を構えて立っており、内部から出てきた聡史たちを見咎める。よほど人間に恨みでもあるのか、その眼には滾るような殺意が漲っている。



「そちらから手を出さなければ敵対する意思はない。ダンジョンで繋がっている世界がどのようなものかちょっと見に来ただけだ」


「この痴れ者どもがぁぁ! 魔王様の治めるナズディア王国に人族が姿を現すなど前代未聞! この場で打ち取ってくれるわ!」


「まあ、待て! 冷静に話し…」


 ズガッ! バキッ!


 聡史が話し終わらないうちに桜が飛び出して見張り2名を殴っている。もちろん両者は即死した模様。相変わらずこらえ性のない娘だ。



「この桜様に向かって何たる礼を弁えぬ言い草! 制裁を受けるに十分な理由ですわ」


「桜ちゃん、いい感じよ!」


「桜ちゃんのほれぼれする手際ですね」


 ドヤ顔の桜に向かって大魔王と天使が煽りまくる。この二人は人類をある意味超越してしまった結果、目の前で人が何人死のうが何も感じないよう。相手は厳密には人ではなくて魔族なのだが…



「あーあ、予想通りとはいえ、いきなり桜が手を出してしまったか…」


 聡史は当初の話し合う方針がその第一歩で大きな挫折を迎えて頭が痛くなる思い。もっともこの事態は彼自身の発言通り想定内。相手からケンカを売られた桜が大人しく話し合いに応じるなど有り得ないのはわかりきっている。



 ダンジョン自体は壁で取り囲まれており、その内部にはダンジョンを警備する兵の詰め所がある。その詰所からは異変を感じ取った数人の兵士がバラバラと出てくる。手には剣や槍を握って、そのすべてが聡史たちへと向けられている。



「なぜ人族がこの場にいるのだぁ! 全員で取り囲んで取り押さえろ!」


 隊長らしきひとりが指示を出すと、兵士たちは武器を手に突進を開始。



「無駄ですわ」


 だがあっという間に桜に蹴散らされて残るは隊長ひとりという有様。桜ひとりに兵士が秒殺された隊長は屈辱と恐怖に身を震わせている。



「おい、お前たちのような下っ端ではまともな話ができない。もっと偉いヤツを連れてこい」


 聡史からの勧告を耳にした隊長は一目散に走り去ってこの場を後にする。聡史の目論見通りに応援を呼びに行ったよう。



 こうしてダンジョンの門を強行突破した一行は、ついに異世界の街中に足を踏み入れる。どうやらダンジョンが出来上がっている場所は大きな街の外れにある一角のように映る。


 乾燥した気候なのかホコリが風に舞い上がり緑の木々はほとんど見当たらない。街の中心街に続く道には石が敷き詰められており、どれも角が丸くなっている状況から相当長い歴史を刻んでいる様子が窺える。


 建物は石造りの平屋が多くて、中世の中東風の趣を感じる。街外れということもあってか道を歩く人影は見当たらなくて、通りに沿って粗末な建物がポツポツと並ぶだけの寂れた一角。


 そんな中をデビル&エンジェルは誰にも邪魔されずに悠然と街の中心に向かって歩いていくのであった。



   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



いとも簡単にダンジョンの最下層を突破したデビル&エンジェル。宇宙空間を転移して地上に出てみると、どうやらそこは魔族が住む街のよう。恐れを知らない桜を先頭に街に乗り込んでいく一行の前には…


この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!



「面白かった、続きが気になる、早く投稿して!」


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