第61話 異世界偵察


 寂れた街中を歩いていくと、徐々に人影が通りに散見されるように。人々は悠然と通りを歩く聡史たちを遠巻きにしながらヒソヒソと何か話をしている。恐らくはこの街になぜ人族が姿を見せているのかと不安に駆られているのであろう。魔族にとって人族は、いわば不倶戴天の敵。これまでこの世界では長きにわたって血塗られた戦争を繰り返してきた歴史がある。



 10分ほど歩いていると、どうやら街の中心部が視界に入ってくる。そこには広場があって、屋台などが立ち並び大勢の人々で賑わっている様子が窺える。



「桜ちゃん、魔族といっても、生活の様子は人間と変わらないみたいですよ~」


「そうですね。世界によっては仲良く共存していたりもしますから、一概に人類の敵とは言えない側面はありますわ」


 こんなのんびりとした会話を交わしながら、ついにデビル&エンジェルは街の中心広場に入り込む。広場に集っている魔族たちの中には家族連れの姿もあって、束の間の憩いのひと時を楽しんでいるよう。


 だがその平和な賑わいは、聡史たちから反対方向から押し寄せてくる大勢の兵士たちによってたちまち様相を変える。



「この街に人族が紛れ込んだ! たった今から掃討するゆえに民どもは即座に家に戻るのだぁぁ!」


 騎乗する騎士隊長らしき甲冑に身を包んだ人物が大声を上げると、広場の方々に兵士が散って人々を追い立てる。その結果人々はクモの子を散らしたように広場から姿を消し去って、この場に残っているのは空っぽになった屋台とデビル&エンジェルだけ。



「このような目立つ場所に人族が紛れ込んでおるとは、我が部隊の名折れである! 不名誉を雪ぐためにこの場で人族を火炙りに処す! 兵たちよ、褒美は公爵様から思いのままにいただけるぞ。下賤な人族を召し捕らえろぉ!」


「「「「「「ウオォォォォ!」」」」」」


 雄叫びを上げながら、兵士たちは一斉に聡史たちに向かってくる。だが…



重力監獄グラビティー・プリズン


 美鈴が兵士たちに向けて闇魔法を放つと、文字通り重力の監獄が数百人の兵士たちを捕らえにかかる。



「5Gの重力に逆らえるかしら?」


 兵士に向かって不敵に笑い掛ける美鈴。体重がいきなり5倍になった兵士たちは挙って地面に這い蹲っている。馬に乗っていた隊長は5倍の加速度で地面に叩き付けられた結果、体が変な角度で潰れている。



「か、体が重い」


「な、なぜだ? なぜ立ち上がれないのだ?」


「助けてくれぇぇ!」


 理論的に重力の存在を知らない魔族たちにとってはこれは全く未知の魔法。体に掛かる5倍の重さで肺が満足に膨らまないせいで、呼吸すらままならない地獄の苦しみが続く。 


 そこに1台の馬車が到着する。降りてきたのは身形の良い貴族風の魔族。



「者共、不埒な人族を捕らえるのだ! 地面に寝転んで何をしている!」


 貴族は何も事情が分かっていない様子で怒りを露わにしながら広場に蹲る兵士を叱り付けている。その姿を見た桜の動きはさながら疾風のよう。5Gの重力など全く関係なしに兵士を踏みつけながら貴族の元まで接近するといきなり殴りつける。意識を失った貴族の体を抱えると、再び兵士たちの体を踏み付けながら戻ってきている。


 気の毒なのは踏まれた兵士たち。ただでさえ5倍の重力に苦しんでいたところに以ってきて、その体を桜に踏まれては堪ったものではない。だがそれよりも恐ろしのは、たとえ重力が5倍だろうと普通に動き回る桜のほうかもしれない。レベル600オーバーというのはこういうことなのだろう。



「桜、珍しく生きて捕まえてきたんだな」


「お兄様、その発言は誠に不本意ですわ。いえ、遺憾の意を表明したします」


 兄に対する不満で頬を膨らませる桜。だが普段の行いがあまりにも酷いので、聡史の発言を全面的に否定できない。だからこそ「不本意」とか「遺憾」という言い方をして誤魔化している。


 

「カレン、すまないがこいつを回復してやってくれ」


「はい、わかりました。回復!」


 カレンの手から白い光が放たれると魔貴族は目を覚ます。



「一体どうしたのだ?」


 訳が分からない表情でしきりに首を振っているが、目の前に聡史たちの姿を発見するとその形相が一変する。



「貴様らぁぁ! 身分卑しき人族の分際でよくぞ我の前におめおめと顔を出したな! この魔公爵マルキースが直々に成敗してくれる」


 立ち上がったマルキースは腰から剣を抜き放つと、殺意に満ちた目で聡史を睨み付ける。だがその背後から気配を消して桜が忍び寄っているとは思いもしなかったよう。



「桜様の前で偉そうにするんじゃないですわ!」


 バキッという音を立てて強烈なローキックが叩き込まれる。マルキースの右足が折れてその痛みのために地面を転げ回る姿は、貴族の風格などどこにも見当たらない。



「ギャーギャーと、うるさいですわ!」


 今度は桜がマルキースの背中を踏み付けると両手をバタバタして必死に逃れようとしている。それにしても桜は容赦がなさすぎる。



「カレン、もう一度回復してもらえるか」


「はい、回復」


 再びカレンの手から放たれた光が怪我を癒すと、マルキースはようやく落ち着きを取り戻す。だがその背中には依然として桜の左足が置かれている。



「こ、小癪な… ファイアーアロ… グエェェェ!」


 魔法を放とうとする素振りを桜が見逃すはずもない。背中に置いた足にちょっとだけ力を籠めると、マルキースの背骨と肋骨が悲鳴を上げる。



「無暗に手向かいするんじゃないぞ。妹は加減が苦手だから次は踏み殺すかもしれない」


「わ、分かった… 抵抗しない」


 どうやら桜の脅しが効果を発揮したよう。マルキースは弱々しい返事を返してくる。



「卑しい人族の足に踏み付けられた気分はいかがですか? そこに転がっている部下を笑えないですわね」


 桜はマルキースの心の傷に塩をてんこ盛りで塗り込んでいる。他人の体を痛めつけるのも得意だが、心をバキバキにへし折るのも大得意にしている。これは主に中学時代に校舎の裏でヤンキーをボコボコにした後に説教という名目で散々行っていた行為。ちなみに当時の撮影担当が明日香ちゃんがもっぱら務めていた。


 

 マルキースが観念した様子を見せたので、ようやく聡史の事情聴取が始まる。



「いいか、よく聞いておけよ。俺たちはこの先のダンジョンを通ってこの世界へとやってきた。お前たちが侵略を試みている世界の住人だ」


「な、なんだと! あの難攻不落のダンジョンを通って来ただと」


 どうやらこの地にあるダンジョンは、いまだ魔族たちは攻略していないよう。これこそが大山ダンジョンがこれまで魔物の氾濫を起こしていない理由であろうか?



「いいか、俺たちはこの世界をどうこうしようとは考えていない。魔族が手を出さなければ、我々からはこの世界に干渉しようとは思っていない。ここまでは理解できるか?」


「ふん、そのような腰抜けのセリフなど我が魔王様には通用せぬ。魔王様の前ではいかような世界の住人であろうとも自らの生命と財産全てを差し出す定めなのだ」


「腰抜けに踏み付けられていながらよくそれだけの大口が叩けるな。お前はブーメランという言葉を知っているか?」


「知らぬ! いいから早くこの足を退かすのだ! 誇り高き魔貴族の体を踏み付けるなど、異なる世界の人族だろうが八つ裂きにしてくれるぞ!」


「物わかりの悪い男だな。もしもう一度俺たちの世界に手を出したらそれこそ次元を超えた全面戦争になるぞ。いいか、その魔王とやらに伝えておけ」


 聡史からの最後通牒がマルキースに伝えられる。だがマルキースはなおも強気な態度を崩さない。彼らの堅い頭には「人族=劣等種」という根深い偏見が刻まれているのであろう。



「断る! そのような弱みを見せるのは誇り高き魔族の恥晒し! ましてや魔王様になどお伝えするなど言語道断なり」


「そうか、それではその魔王宛のメッセージが必要だな。あそこに見える城を潰そうか。誰か立候補するか?」


 聡史はメンバーを振り返る。明日香ちゃん以外の誰でも、城の一つや二つは簡単に破壊可能。まず手を挙げたのは桜。



「お兄様、ぜひとも私にやらせてくださいませ!」


「あら、そんなお手軽な話だったら、ぜひ私の闇魔法に任せてもらいたいわね」


「いえいえ、この役目こそ、私の天罰術式にお任せください」


 桜、美鈴、カレンの三人が次々に手を上げている。



「そうなのか、みんなヤル気だな。まあ俺がやってもいいんだが」


「「「どうぞ、どうぞ、どうぞ!」」」


「こんなところでダチョウかぁ! 完全に油断していたぁ!」


 ダチョウ倶楽部アゲイン。聡史にとっては完全に予想外のタイミングで女子三人の罠に掛かったよう。このやり取りがツボに嵌ったようで、明日香ちゃんは腹を抱えてゲラゲラ笑っている。その笑いはたっぷり三分以上続く。しまいには目に涙を浮かべて過呼吸寸前の状況。 


 ようやく明日香ちゃんの笑いが収まったのを見計らって聡史はオルバースを引き抜くと、やや小高くなっている場所に立つ白亜の城に向かって一振り放つ。



「断震破!」


 わざと軌道を斜めにして振り切った斬撃の刃は、一直線に丘の上にある城へと向かっていく。そして、斬撃が通り過ぎてしばらく後に…



 ズズズズズ… ズシーーーン!


 建物が斜めにズレて、しかる後に上階が土台から滑り落ちるように崩壊していく。周辺には濛々とした土煙が湧き立っている。



「な、なんということだ… 歴史と栄光に包まれてきた我が城が…」


 さしものマルキースも事態がここに至っては顔色を失っている。城が倒壊した件など隠しようがない。いずれは魔王の耳にも入ってしまうだろう。その際に聡史たちの存在も明らかになってしまうと考えると、自然に体が震えてくるのを抑えきれない様子。



「よし、撤収するぞ! 桜はそいつを気絶させてくれ。殺すんじゃないぞ、大切な魔王へのメッセンジャーだからな」


「わかりましたわ」


 桜が軽くマルキースの脇腹を爪先で蹴ると、その痛みのために敢え無く白目を剥いている。アバラの2、3本はいっているかもしれない。


 美鈴も兵士たちを抑え付けていた魔法を解除する。だが誰一人立ち上がる者はいない。全身の骨格と筋肉が悲鳴を上げるような痛みで片手を動かすことさえ困難な模様。


 こうして聡史たちは、来た道を引き返していく。ダンジョンに入って転移魔法陣で最下層まで行くと、まだラスボスはリホップしてはいない。桜は残念そうな表情だが、明日香ちゃんはすぐに帰れると大歓迎している。


 こうして再び光の通路を通って、聡史たちは日本へと取って返す。



「このまま1階層に転移して一刻も早く学生食堂に行きましょうよ~」


「明日香ちゃん、どうやらそうもいかないようですわ。ほら、向こうから魔物がやってきます」


 桜の指摘に明日香ちゃんが顔を向けると、そこには二首龍が口を開いてこちらを睨み付けている。



「ふえぇ~… 本日3回目のラスボス戦ですよ~」


 明日香ちゃんもだいぶこの環境に慣れたよう。馬鹿デカいドラゴンを目にしてもさほど焦った様子はない。こんな状況に慣れるほうがおかしいと早く気付いた方がいいのかもしれないが…



「今度は私とカレンに任せて」


 美鈴とカレンが前に出る。聡史は再びダチョウ倶楽部に引っ掛かるのではないかとドキドキしていたが、どうやら肩透かしを食らったらしい。



重力圧搾グラビティー・コンプレッション


「断罪の光」


 美鈴の極大重力で完全に床に張り付けとなった二首龍は、カレンの光のギロチンによってその首を飛ばされている。恐ろしいばかりのルシファーと天使のコンビ。もはや誰も逆らえないのではないだろうか。


 再度宝箱を回収して、デビル&エンジェルはようやく転移魔法陣に乗って1階層へ戻ってくる。出口を出て管理事務所へと向かうと、普段は見慣れないカウンター嬢が出迎える。



「あら、見掛けない方々ですね。ようこそ、阿蘇ダンジョンへ!」


「「「「「阿蘇だってぇぇ!」」」」」


 どうやら異世界からの光の道は、大山ダンジョンではなくて阿蘇ダンジョンの最下層と繋がっているようであった。






   ◇◇◇◇◇






 大山ダンジョンを攻略して、異世界経由でなぜだか阿蘇に戻ってきたデビル&エンジェルの面々、しばし呆然としたのちにようやく現実を認識し始める。



「てっきり大山ダンジョンだと思ったけど、まさか阿蘇に来ていたなんて…」


「1階層や出入り口の造りまでソックリだったから、全然区別がつかなかったわ」


 カレンと美鈴が顔を見合わせている。かと思えば…



「桜ちゃん、晩ご飯はいつ食べられるのでしょうか?」


「明日香ちゃん、私もかなりお腹が空いてきて大ピンチを迎えていますわ」


 明日香ちゃんと桜は何はなくとも夕食の心配をしている。この二人には最も重大な問題なのだから仕方がない。



「カレン、学院長と連絡はとれるか?」


「ああ、そうでした。ひとまず母に連絡してみます」


 聡史の申し出にカレンがハッとした顔でスマホを取り出すと登録番号をプッシュ。



「もしもし、お母さん。カレンです」


「どこに行っていたんだ?! 3日も連絡なしで」


「ええぇぇぇぇ! 3日って何ですか?」


「お前たちのパーティーがダンジョンに入ったのが先週の土曜日だ。そして今日は月曜日、3日消息不明だったせいで、学院とダンジョン管理事務所は大騒ぎだったんだぞ」


 聡史たちの感覚では、今朝ダンジョンに入って最下層を攻略したのちに異世界を偵察して戻ってきたと捉えている。それが3日も経過しているというのは一体どういう話だとカレンはポカンとする。今日は驚きの連続であったが、その中でも最後の極め付きのビックリがやってきた模様。おそらくは転移の際に次元を超えたとか、時間の流れが違うとか、そんな影響が生じたのだと考えられる。異世界から戻ってきて3日程度ならば、まあ誤差の範囲内であろう。



「お母さん、実は大山ダンジョンのラスボスを倒しまして… というわけで、現在阿蘇ダンジョンにいます」


「そうか… ずいぶん派手に暴れまわったな。自衛隊の高遊原分屯地に迎えを手配してもらうから、今晩はそちらに宿泊して明日戻ってくるんだ」


「はい、わかりました」


「戻ってきたらゆっくり話を聞かせてくれ」


 こうして通話を終えると、カレンは学院長からの話を全員に伝える。



「それでは迎えが来るまでこの場で待っていようか」


 ダンジョンを攻略するという世界初の偉業を達成した割には特に大した歓迎もなく、聡史たちはダンジョン管理事務所に置かれたベンチに腰掛けて迎えを待つ。


 30分後にワゴン車が到着して、五人は高遊原分屯地へ向かうのであった。







   ◇◇◇◇◇






 翌朝一番の飛行機で、デビル&エンジェルは羽田空港に戻ってくる。そこには市ヶ谷のダンジョン対策室から寄越されたワゴン車が待ち受けており、彼らの身柄は一旦市ヶ谷駐屯地に迎え入れられる。


 応接室で待っている一行だが、明日香ちゃんはなぜか憮然とした表情で腰掛けている。



「桜ちゃん、なんで昨日はデザートが用意されていないんですか! ダンジョンを攻略したご褒美をとっても楽しみにしていたのに」


「明日香ちゃん、いくら何でも自衛隊の駐屯地でデザートまで要求するのは無理ですわ。その分空港で色々食べたんだからそれで我慢してください」


「飛行機の時間が迫っていたせいで食べ足りませんよ~。学院に戻ったら何を置いても食堂に向かいましょう」

 

 甘~いデザートに対する明日香ちゃんの欲求は留まる所を知らないよう。こうなったらいくら桜が止めてもブレーキが壊れたダンプカー状態と言っても差し支えない。


 このような他愛もない話題を交わしている間に、応接室にダンジョン対策室のお偉方が入ってくる。



「お待たせしたね、私はダンジョン対策室の岡山だ。この度はダンジョン完全攻略という偉業を成し遂げた君たちに対策室の責任者として感謝を申し上げる。本当によくやってくれた」


「いえ、それほど大したことではありませんからそんなに褒めないでください。まだまだ他のダンジョンも攻略する予定ですし」


「それは頼もしい。ぜひとも君たちの能力を存分に発揮してもらいたい。今後の活躍に期待を寄せているよ。もちろん自衛隊も君たちをバックアップするから、何かあったら頼っってもらいたい」


 こうして一通りの挨拶とダンジョン攻略に関する祝辞が贈られると、いよいよ本題に入る。



「それで、当初の予想通りにダンジョンの最下層は異世界と繋がってたというのかね?」


「はい、実際に向こう側の世界をこの目で見てきました」


「単に見てきただけかね?」


「こちらに手出しするなという警告を発しておきましたが、魔族側がどのように受け取るかはまったくの未知数です」


 その他、魔族の社会に関するいくつかの話題を聡史が報告する。その内容は、魔王を中心とする貴族支配体制だとか、庶民は人間と大差ない普通の暮らしを送っているなどといった話が中心。

 

 

「最後にだが、君たちはなぜ阿蘇に転移したと考えているか聞かせてもらいたい」


 岡山室長から聡史に対して、転移の謎に関する質問が投げ掛けられる。



「以前第10魔法学院のある生徒からダンジョンの類似性という話を聞いたことがあります。日本に存在するダンジョンは、離れた場所にある2か所がひとつのペアになっているという論です」


「それは面白い話だな。続きを聞かせてもらえるかな」


「これはあくまでも私見ですが、自分なりになぜ阿蘇ダンジョンに転移したか、その理由を考えていました。原因は地球に魔力が少ない点にあるかと思います」


「魔力が少ない… なるほど、それで?」


「転移するゲートを維持するには膨大な魔力が必要でしょう。ですが地球には魔力が少ない。したがって一箇所のダンジョンでは往復可能なゲートを構築できなかったのではないでしょうか。ダンジョンを創ったのが何者かは知りませんが」


「そこで行きと帰りのゲートを分けざるを得なかったという説か… なるほど、それは説得力があるな。何よりもそのゲートを潜った本人が言っているんだから信憑性が高い」


「これは仮説ですからこの先もっと調査が必要でしょう。仮にこれが事実であるならば、魔族がこちらに侵攻可能なダンジョンは半数の六か所となります。それにあちら側の貴族に吐かせた情報によると、まだ魔族たちも攻略できていないダンジョンがあるようです」


「あちらが未攻略ということは、そこから魔物が溢れ出てくる可能性が低いということになるのかな?」


「その通りだと思います。逆に過去に集団暴走を起こしたダンジョンはいつでも魔族が通路に使用可能ということではないでしょうか」


 岡山室長は、手元のタブレットで過去に魔物の集団暴走が起こった個所をすぐに調べる。それによると…



「なるほど… 出羽、那須、葛城の三か所は今後とも魔族の侵攻ルートとして使用される可能性が高いというわけだな。この三か所を重点的に監視すれば、ある程度は魔族の動きを防げそうだ。貴重な情報を得られたよ。君たちには心から感謝する」


 こうして聡史たちの事情聴取は終わりを迎える。


 デビル&エンジェルの大山ダンジョン完全攻略に関しては、ダンジョン管理事務所で再度綿密な聞き取りを行った上で事務所を通じて公表される旨が聡史たちに伝えられる。それまでは口外しないように念押しされている。


 昼食を市谷駐屯地で取った後にデビル&エンジェルはダンジョン対策室が用意したワゴン車に乗って魔法学院へと向かう。車中では依然としてデザートを口に出来ない明日香ちゃんが不機嫌だったのは言うまでもない。






   ◇◇◇◇◇






「師匠! 無事でよかったぁぁぁ!」


「師匠! 本当に心配したんですよ!」


「なかなか帰ってこないから、心配で寿命が縮まりましたよ!」


「みんな、もっと師匠を信じないとダメだぞ! 私のように絶対に帰ってくるとデンと構えていないとな」


「美晴が一番オロオロしていたじゃないの! 毎日に神社まで行って手を合わせていたのを今更なかったことにするんじゃないわよ!」


「いいじゃないか! 心配だったんだよ」


 車から降りて校舎へと向かう聡史の姿を目敏く見つけたブルーホライズンたちが駆け寄ってくる。彼女たちは口々に聡史たちの無事な帰還を喜んでいる。やや遅れて、桜が面倒を見ている男子たちもダッシュで駆けつける。



「ボス、お勤めご苦労さんです」


「ボス、さぞかしご活躍だったんでしょう! 一同ボスの土産話を楽しみにして待っておりました」


「もしかしてダンジョンを攻略したんですか?」


「バカ野郎! ボスなら攻略なんて当たり前だ! きっとコンビニに行くような感覚で最下層のラスボスをシメてきたに違いないぜ!」


 脳筋共なのに、なぜか揃いも揃って勘がいい。彼らの脳内ではすでに桜がダンジョンを攻略したという既成事実が出来上がっているよう。本当は異世界の魔公爵までシメてきたのだが、その話はまだ口外できない。



「その話はあとでゆっくりするから、今はちょっと休ませてもらいたい。色々とあったから、さすがに今日一日休養させてもらうぞ」


 パーティーを代表して聡史が答えると、出迎えメンバーたちは無理もないという表情で一歩下がる。聡史たちが一旦寮に入るところまで見送ってから、自主練の続きへと戻っていく。


 桜と明日香ちゃんは、着替えを終えるなり学生食堂に一直線に突進していく。ようやくホームグラウンドに戻ってきた解放感に浸りながら甘いデザートを満喫するつもりのよう。


 その後姿を見送ってから、聡史、美鈴、カレンの三人は学院長室へと向かう。学院に戻ったら顔を出せとあらかじめ伝えられていたため、早めに済ませておきたいと考えたよう。



「失礼します」


 聡史を先頭にして学院長室へと入っていくと、そこには書類から顔を上げたカレンの母親がこちらを見つめている。



「よく帰ってきてくれた。どうやら私の想像以上の収穫を得たようだな」


 厳しい表情は相変わらずであるが、その目は娘の無事な姿を確認出来て普段よりも若干細められている。だがこの学院長はそのような私用ではなくて公務を優先する人物でだと定評がある。まずは今回の事実確認を真っ先に済ませておきたいという表情。



「… ということで、魔族の世界を見てきました」


「そうか、ご苦労だった。しばらく休んで英気を養ってもらいたい」


 市ヶ谷で説明した内容を聡史がもう一度繰り返すと、学院長は定型文的な慰労の言葉を発して何かを考える様子でしばらくは無言となる。やがて考えがまとまったのか視線を聡史たちに向け直す。



「すまなかったな、魔族の侵攻に対する戦力配置を考えていた。幸いにして宇都宮の部隊が先日の魔物の反乱を鎮圧した結果、大幅なレベルアップを果たしている。彼らは現在那須ダンジョンの中層に入り込んで更なるレベルアップを図っていると聞き及ぶ。この部隊を教導役にして全国の部隊を今後さらに鍛えていく方針だ。これでダンジョンの防衛は何とかなると思うが、諸君たちには引き続きダンジョン攻略に力を発揮してもらいたい」


「わかりました。俺たちが何もしなくても妹が勝手に動き出しますから、その点はどうぞご安心ください」


「ああ、そうだったな。あれは適当にストレス発散させないと、とんでもない事件を引き起こしそうだ。楢崎准尉、しっかり手綱を握っておいてもらいたい」


「准尉? 聡史君、どういう話なのかしら?」


 学院長が聡史の階級に言及した点を美鈴は聞き逃さない。聡史は学院長に目で合図を送ってから美鈴に正直に答える。



「ああ、俺と桜は予備役の自衛隊員だ。学院長の指揮下に入っている」


 聡史が説明すると学院長の目が光る。



「西川美鈴だったな。生徒会副会長として活動しながらダンジョン攻略を成し遂げるとは見上げたものだ。さて、楢崎准尉と同様に自衛隊に所属する気がないか?」


「お母さん、私も所属したいと考えています」


 美鈴が返事をする前に、カレンが横から割り込んで意思を表明する。幼い頃から自衛隊に勤務する母親の背中を見て育った彼女はいつかは自分もと常々考えていたよう。



「いいだろう。西川はどうするんだ?」


「はい、私も入隊します。今回のダンジョン攻略でカレンと並ぶ強力な力を得ましたので、今後の魔族との戦いにも役立てそうです」


「楢崎准尉、どういうことだ?」


「えーと、詳細は俺の口から言いにくいんですが、美鈴の中に眠っていた途轍もない魂が覚醒しました」


 聡史は言葉を濁しながらも、美鈴の身に起きた出来事を学院長に説明している。これには学院長も大いに興味を惹かれた様子。



「カレンの天使の力に匹敵するとは、西川の中には何者が眠っていたんだ?」


「当人はルシファーと名乗っています。暗黒と闇の支配者らしいです」


「ほう、これは益々面白いな。ぜひとも日本の、ひいては地球の未来を守るために役立ててもらいたい」


 学院長は美鈴の内部で覚醒したのがルシファーだと聞いても平然とした態度を崩さない。天使を生み出した張本人でもあるのだから、当然といえば当然か。


 こうして美鈴とカレンの予備役自衛官入隊が決まったところで、美鈴が最後に口を開く。



「学院長、ルシファーが覚醒した際に私の魔法に関する解析能力が大幅にレベルアップしました。これまで少しずつ解析していたものと合わせて既存の魔法術式を全生徒に公開したいと思っているんですが、いかがでしょうか?」


「西川本人は、それでいいのか?」


「はい、私には他人がおいそれとは使用できない属性がありますから、それ以外の属性魔法に関しては公開しても構わないと考えています。それによって日本全体の魔法のレベルが上昇すれば、ダンジョン攻略や魔族に対する防衛力が強化されると期待しています」


「いいだろう。まずは何かしらの形でまとめたものを私の所へ持ってきてもらいたい。それを見てから、公開するものと非公開にしておくものを選別させてもらう」


「はい、よろしくお願いします」


 美鈴も中々凄いことを考えている。闇魔法以外の他の属性魔法の術式を一般に公開しようという意図のよう。陰陽師をはじめとした日本の術者や、中世ヨーロッパの宗教団体を源泉とする魔法結社が身内で秘術として術式を伝えてきたのとは対照的に映る。


 秘術の公開とは、自らの手の内を晒すことに繋がる。だからこそ各地の術者は自らの優位を保つために一族の秘伝として代々に渡り術式を秘匿してきた。それを美鈴は公開するというのだから、これは日本だけでなくて地球における魔法の革命となるであろう。


 その後いくつかの話題を話し合って、聡史たちは学院長室を辞していく。次にダンジョン管理事務所への事情説明が待っているので、あまりゆっくりと時間は取れなという事情も絡んでいる。




 その頃、学生食堂では…



「桜ちゃん、やっとご褒美のデザートにありつけますよ~」


「明日香ちゃん、あまり調子に乗って食べ過ぎないでくださいね。お友達がダルマ体型になり果ててしまうのは、隣で見ていて居た堪れない気持ちですから」


「桜ちゃん、大丈夫ですよ~。ちゃんと運動もしますから」


「全然信用できないんですが…」


 忙しく説明して回る聡史たちとは対照的に、お気楽ぶり全開の明日香ちゃんであった。



   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



いとも簡単にダンジョンの最下層を突破したデビル&エンジェル。宇宙空間を転移して地上に出てみると、どうやらそこは魔族が住む街のよう。恐れを知らない桜を先頭に街に乗り込んでいく一行の前には…


この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!



「面白かった、続きが気になる、早く投稿して!」


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