第62話 新たな誘い


 聡史たちが学院に戻った翌日…



「お兄様、大変です! コカトリスの納入がこのままでは間に合いそうもありません」


 桜が焦った表情で聡史に詰め寄っている。週末から月曜日にかけて3日間学院を不在にしていたおかげで、学生食堂のコカトリスの肉の在庫が底をつきそうという緊急事態を迎えているらしい。何しろ生徒たちの一番人気の食材だけにこのまま放置はできない。下手をすると暴動が発生する可能性すらある。食べ物の恨みは恐ろしいというのは世の常。



「オークのほうは大丈夫なのか?」


「はい、あちらは下請けに丸投げしてありますので問題ありません」


 どうやらブルーホライズンと頼朝たちがオーク肉の確保に精を出してくれているらしい。食堂への納入は順調に継続されている。オーク討伐を繰り返したおかげで、各自のレベルがいい感じで上昇しているという話も聞こえてくる。



「仕方がないから今日の午後は12階層でコカトリス狩りをしてもらうか。俺はブルーホライズンと一緒に5階層のダンジョンボスを突破してくるから、あとは桜に任せるぞ」


「承知しましたわ。このところ明日香ちゃんが何もしていないので精々頑張ってもらいます」


 階層ボスやラスボス戦を繰り返した前回の攻略では、さすがに明日香ちゃんの出番は最初しか回ってこなかった。今日は森林階層を歩き回ってぜひともカロリーを消費してもらいたい。



 


 こうしてこの日の午後は、聡史ひとりがブルーホライズンと一緒にダンジョンの5階層に入っていく。



「やったぜ! 師匠と一緒にダンジョンに入るのは久しぶりだな」


「美晴ちゃんが毎日神社にお参りしたご利益かしら?」


「そ、その話は恥ずかしいからもうやめてくれ~」


 聡史たちの不在の間、美晴が一番狼狽していた件を真美にからかわれている。今ではこうして笑い話にできるが、あの3日間は美晴だけではなくてブルーホライズンのメンバーは気が気ではなかった。



「それよりも今日は初めて階層ボスに挑むから、なんだか緊張するわね」


「いよいよ私たちもここまで来たかという気がするわ」


 渚とほのかは表情を若干強張らせ気味の様子。だが美晴はここぞとばかりに強気に出る。



「ガハハハハ! 相手はゴブリンキングなんだろう。どっちみちゴブリンに毛が生えたようなものだぜ。私がひと捻りにしてやるから」



「美晴、師匠の教えをしっかり守りなさい。どんな相手でも過小評価は禁物よ」


 階層ボスをバカにしたような美晴の態度にこのパーティーのリーダーを務める真美が美晴を諫める。しっかり者の真美のおかげで、聡史が口をはさむ手間は必要ないよう。こうして真美がしっかりとパーティーの手綱を握っているのも、ブルーホライズンがここまで順調に各階層を攻略してこれた要因であろう。



「サーセンでした。調子に乗りました」


 素直に反省するのが、美晴の長所。真美の注意に改めて気を引き締めている。頭を掻きながら申し訳なさそうにするから、聡史からするとこれはこれで可愛げのある弟子に映る。


 こうして聡史に付き添われたブルーホライズンは、ダンジョン入り口付近にある転移魔法陣に乗って5階層に降り立っていく。そのまま一直線にボス部屋がある場所に向かうと、美晴を先頭にして内部へと踏み込む。



「想像よりもデカいんだな」


「しかも手下まで引き連れているわね」


 事前に聞いてはいたが、こうして目の当たりにするとゴブリンキングの大きさにブルーホライズンは圧倒される思いを感じている。



 ウガガガァァ!


 立ち止まって動きを見せないブルーホライズンに対して、ゴブリンキングはその間に配下のゴブリンに命令を下す。その命に従って合計10体の配下がブルーホライズンに向かって牙を剥き出して迫りくる。



「千里、魔法を放って!」


「ファイアーボール!」


 ドゴーン!


 こちらに向かってこようとするゴブリン集団の一歩手前で炸裂した千里の魔法は、効果的にゴブリンたちを足止めしていく。10体が爆風に煽られて尻もちをついた状況。もちろんこのチャンスを真美が見逃すはずはない。



「今よ! 前衛は打ち掛かって」


「行くぜぇ!」


 盾を構えた美晴を先頭にして、渚、ほのか、絵美の三人が槍と剣を構えてゴブリンたちに殺到していく。その間に千里は、ゴブリンキングにファイアーボールを放つ。


 ザシュッ! ザシュッ! ガキン! ドカーン!


 剣と槍が次々にゴブリンの体に突き刺さって血の海に沈めていく。立ち上がろうとするゴブリンは美晴がシールドバッシュで吹き飛ばす。


 前衛があらかた配下のゴブリンを片付けたと見るや、真美は千里にもう一発ゴブリンキングに向けて魔法を指示する。



「ファイアーボール!」


 ドカーン!


 2発のファイアーボールは、明らかにゴブリンキングにダメージを与えている。顔や肩から血を流して、動きそのものが鈍っている様子。



「私が斬り込むから、後に続いて」


 真美は2本の細剣を握り締めると、ゴブリンキングに向かってダッシュしていく。



「ウガガガァァァ!」


 接近を図る真美に対して、ゴブリンキングには手にする剣を振り下ろしてくる。だが魔法によるダメージによってその動きは明らかに鈍い。



 カキーン!


 真美の右手の剣が軽々とゴブリンキングの剣を受け止めている。そして残った左手の剣を真美は魔物の心臓付近に突き刺す。その直後には、やや遅れて駆け付けた渚と絵美が左右から胴体に槍を突き入れる。



 ズシーン!


 こうしてゴブリンキングは、ブルーホライズンによって討伐される。聡史の目から見てもその戦いぶりに危なげな点は見当たらない。



「よし、合格だな」


「やったぜぇぇ! 師匠からお墨付きをもらったぞ」


「私たちの手で階層ボスを倒したのね」


「師匠についてきて、本当に良かったぁぁ!」


 ブルーホライズンの面々は感無量という表情をしながら床に吸収されていく魔物の姿を見つめている。ややあってブルーホライズンの目の前にはダンジョンに入って初めて目にする宝箱が出現。



「ど、どうする? 宝箱なんて初めて見たぞ」


「美晴ちゃん、ちょっと落ち着きなさいってば」


「渚、宝箱を調べてみてよ」


 急に現れた宝箱に気が動転しまくっている美晴をほのかが宥めている。脳筋の割には突発的な出来事に慌てふためく美晴。対して渚は、宝箱に異常がないか冷静な表情で調べている。



「大丈夫みたい。開けてみるからちょっと離れていて」


 渚が宝箱の蓋を開けると、そこには…



「腕輪みたいだな… 師匠、これは何でしょうか?」


「ちょっと貸してもらえるか」


 聡史は渚から腕輪を受け取ると、一旦アイテムボックスに仕舞い込む。そしてインデックスを見てみると…



「どうやら防御力をアップする腕輪のようだな。誰が身に着けるんだ?」


「美晴ちゃんでいいでしょう。いつも一番前で頑張ってくれているから」


「そうよね、美晴は常に体を張っているから、防御力が上がればその分危険がが減るわ」


 どうやら意見が一致している模様なので、聡史は美晴に腕輪を手渡す。



「な、なんだか悪いな。皆さん、ありがとうございます」


 素直に頭を下げてから美晴は聡史から腕輪を受け取る。階層ボス討伐のご褒美を得て美晴は喜色満面の様子が誰の目にも明らか。とはいえ最前線で体を張る美晴の防御力がアップするのは、パーティー全体としても恩恵は大きい。



「よし、それでは6階層に降りてみようか」


 こうしてブルーホライズンは、初の6階層へと降りていくのであった。


 





   ◇◇◇◇◇






 夕方になって、一足先にダンジョンを出た聡史とブルーホライズンはカウンターの前で桜たちが出てくるのを待っている。


 今日は5階層のボスを倒しただけでなくて、6階層でもオークを中心にリザード系の魔物を相手にして、かなりの収穫を得ている。


 

 しばらく待っていると、買取カウンターに持ち込んだドロップアイテムの査定結果が出る。



「お待たせしました、ブルーホライズンの皆さん、ドロップアイテムの買い取り代金はこちらになります」


 真美がカウンターに顔を出すと、係員が買取金額の詳細を説明しだす。



「ブラックリザードの革が6千円、オークの魔石が6百円、ブラックウルフの毛皮が3千円、ブラッディバッドの魔石が8百円、ゴブリンキングの魔石が2万4千円、それぞれに数を掛けますと、〆て8万円で、源泉徴収10パーセントを差し引くと、7万2千円となります」


「す、すごい金額……」


 この他にもオーク肉を80キロ相当獲得しているので、こちらも5万円近い収入となる。午後からの半日でこの収穫は、今まで5階層で活動していた時と比較して倍近い稼ぎ。真美が目を丸くするのも頷ける。



 買い取り代金を真美が受け取っている頃、ちょうど桜たちが戻ってくる。



「お兄様、どうもお待たせいたしました」


「全員、お疲れさんだったな」


 声を掛ける聡史ではあるが、どう見ても明日香ちゃんがバテバテの様子。このところ歩いているだけだったので久しぶりのまともな戦闘が足腰にきているよう。もうちょっと鍛え直さないとダメだぞ!



 その時、聡史のスマホが着信を告げる。



「もしもし、楢崎ですが」


 見慣れない番号表示に誰だろうと訝しみながら聡史が出てみると…



「聡史! 大山ダンジョンを攻略したのはあなたたちでしょう! 絶対に間違いないわ」


 聞き覚えのある声だが、聡史には声の主が誰であるのかピンとこない。まだ公式発表は行われていないにも拘らず、声の主は一体どこから情報を得ているのだろうと聡史は不審に思う。



「えーと、どちらさんですか?」


「もう、声だけでわかるでしょう! 第4魔法学院のマギーよ」


「ああ、やっと思い出したぞ。久しぶりだな」


 八校戦の後夜祭でマギーと連絡先を交換したのを聡史はすっかり忘れていた。マギーならばアメリカ政府に内通している日本政府高官から情報を得るのはたやすい話だと聡史には合点がいく。



「それで、攻略者はあなたたちなんでしょう。今ここで白状なさい」


「ノーコメントだ」


「沈黙は肯定と見做すわよ」


 マギーも中々強引な論法を用いるものだ。苦笑する聡史にマギーはさらに続ける。



「それよりも、私たちは筑波ダンジョンの攻略に行き詰っているのよ。次の週末にでも手を貸してもらえないかしら?」


 どうやらこちらが本題のよう。聡史ひとりでは決断できない案件がマギーから提示されてくる。



「その件はパーティーメンバーと相談させてもらう。学院からも外泊許可を得ないとまずいからな」


「いいわ、良い返事を待っているから早めに連絡してもらえるかしら?」


「わかったよ、明日までには返事をする」


「それじゃあね」


 こうしてマギーとの通話を終えると、聡史の目の前にはオイシそうな話が舞い込んできたと目をキラキラさせている桜がいる。



「お兄様、どのようなお誘いですか?」


 桜は何らかの誘いがあったと勘付いているよう。この娘の勘の精度は尋常ではない。



「第4魔法学院のマギーが筑波ダンジョンの攻略を手伝ってもらいたいと言ってきた」


「お兄様、義を見てせざるはなんとやらと申します! 早速明日にでも出掛けましょう」


「授業をほっぽり出せるかぁ! 週末だ、週末まで待つんだ」


「待ち遠しいですわ」


 どうやら桜の意志は固いよう。こんなオイシイ話を見逃すなど、桜にとってはあり得ないであろう。



「いいんじゃないのかしら」


「他所のダンジョンももっと見ておきたいですね」


「桜ちゃん、オヤツはいくらまでですか?」


 約一名、遠足と勘違いしている人物がいるが、まあこの際いいとしよう。それよりも聡史の目には桜同様に瞳をキラキラさせている集団が映っている。



「師匠! 私たちも初の遠征ですか?」


「他のダンジョンがどうなっているかこの目でしっかり見てきます!」


「同じ場所だけではなくて、視野を広く持つのは大切ですよね!」


 階層ボスを倒した勢いに駆られたブルーホライズンの面々までが筑波ダンジョン行きを志願している。イケイケの女子たちの勢いに聡史は完全に押しまくられている。



「わ、わかったから。学院長の許可をもらったら全員連れていくから」


 これを聞いたカレンはスッと自分のスマホを聡史に差し出す。カレンのスマホは手回しがいいことにすでに学院長と通話が繋がっている状態。聡史は青汁をお代わりした直後の表情でカレンからスマホを受け取ると通話を開始。



「学院長、楢崎です」


「カレンが急用だというから出てみれば一体何の用件だ?」


「実は、第4魔法学院の留学生からダンジョン攻略の応援要請がありました」


「ああ、いいぞ。行ってこい。ついでに攻略してきても全然構わない。むしろラスボスを倒すまで帰ってくるな!」


 学院長らしい返答が返ってくる。「人使いが荒いにも程があるぞ!」と聡史は抗議の声のひとつも上げたい気分。とはいえもう一点学院長に許可をとらなければならない案件を思い出す。



「それから、ブルーホライズンも一緒に連れて行っていいでしょうか?」


「1年女子の生きのいい連中か。別にいいんじゃないか」


 こうして学院長はあっさりと彼女たちの同行も認める。もう聡史にはどこにも逃げ場はない。通話を終えると聡史は全員に向き直る。



「来週末はこの場にいる全員で筑波ダンジョンに向かう。各自泊まり掛けの準備を整えておくように」


「「「「「「やったぁぁぁ!」」」」」」


 ブルーホライズンの歓声がダンジョン管理事務所に響くのであった。






   ◇◇◇◇◇






 本日は木曜日、1年生は終日実技実習のカリキュラムが組まれている日となっている。午前中の実技訓練を終えた桜はいつものように猛ダッシュで学生食堂に向かうと、これまたいつものようにカウンターで怒涛の勢いで注文を開始。



「A定食とスペシャルランチにキツネうどんとカツ丼、あとはチャーシュー麺、全部大盛りで!」


「あいよ! 桜ちゃん、今日は普段よりも一品多いんだね」


「これからダッシュでダンジョンに向かいましてコカトリスを狩れるだけ狩ってきますので」


「それは大変だね。頑張っておくれよ」


 桜は受け取った料理を片っ端からアイテムボックスに放り込んでから席に向かうと、猛然とご飯とおかず、麺類を口に運んでいく。するとちょうどそこに聡史たちがやってくる。



「桜、ずいぶん早いな」


「お兄様、ジャマしないでください。私は忙しいんですから」


 顔も上げずに聡史に答えると桜は再び料理に没頭する。大量の昼食を10分少々で食べ切ると、ようやくトレーに乗った昼食を口にしようという聡史たちを尻目に、桜は脱兎のごとくに食堂を飛び出してダンジョンに向かう。



「やれやれ、騒がしいヤツだ」


「桜ちゃんは、ひとりでコカトリスの肉を集めてくると言っていましたからね」


「週末に筑波遠征があるから張り切るのはわかるが、もうちょっと落ち着いてもらえないだろうか…」


 疾風怒濤をまさに地でいく勢いの妹の後ろ姿を聡史は呆れた表情で見送っている。その横では明日香ちゃんが、鬼がいなくなったかのようなのんびりとした表情でスープに口をつけてボソッとひと言。



「やっと安心できる時間が来ましたよ~」


 もちろん昼食後のデザートもしっかりと口にする明日香ちゃん。


 結局この日は桜ひとりで来週いっぱい必要なコカトリスの肉を集めて戻ってくる。一体どれだけ森林階層で恐怖に満ちた魔物の絶叫が巻き起こったのかは、桜本人しか知らなかった。


 





   ◇◇◇◇◇






 翌日学科の授業が終わると、デビル&エンジェルとブルーホライズンは準備を整えて正門に集まっている。今日のうちに筑波にある第4魔法学院まで移動して、明日の早朝からダンジョンにアタックする予定が組まれている。


 ことに今回はダンジョン内部で1泊するかもしれないので、ブルーホライズンはテントや寝袋などを分担して背負っている。聡史は彼女たちの荷物を一手に引き受けて、次々にアイテムボックスへと収納していく。



「師匠、ありがとうございます」


「助かったぜ! 師匠はやっぱり凄いなぁ」


 感謝するやら感心するやらで、ブルーホライズンの面々は聡史に頭を下げている。



「ダンジョンで1泊するのは全員初めてだろうから、日常と勝手が違う点を自分の目で確認するんだぞ」


「「「「「「はい、わかりました」」」」」」


 こうして一行はバスに乗って駅へと向かう。


 都心に出てから電車を乗り換えつつ筑西市に到着すると、すっかり夜の帳が下りている時間。



「もうバスはないから、タクシーに分乗して第4魔法学院まで向かうぞ」


 タクシーで30分もしないうちに、第4魔法学院へと到着する。正門の前で聡史がマギーへ連絡すると、校舎の方向からこちらに向かっている3つの人影が街灯におぼろげに浮かび上がる。その人影は、聡史たちの姿を見つけると手を振りながら駆け寄ってきた。



「聡史! それから他の皆さんも、よく来てくれたわ。歓迎するわよ」


「皆さん、ありがとうございます。攻略を手伝ってもらえて、とっても助かります」


「全員八校戦で見掛けた人たちですぅ。あの時はライバルでしたが、今は協力する仲間ですぅ」


 マギー、フィオ、マリアの三人が、諸手を挙げて聡史たちを歓迎している。聡史たちだけではなくて、ブルーホライズンもトーナメントで優勝しただけあって三人の目に留まっているよう。



「わざわざ出迎えに来てもらって済まない。始めて来た場所だから色々とわからない点を教えてもらいたい」


「お三人方、この桜様が来たからには、大船に乗った気持ちでお任せください」


 謝意を示している兄と相変わらず不遜な態度の妹、いつもの通りとしか言いようがない。だが現在ここにいるできるデビル&エンジェルはマギーたちが八校戦で対戦したあの時とは一味も二味も違っている。何しろ美鈴とカレンが本来の姿に覚醒してルシファーと天使というとんでもない戦力になっているのだから。



「それじゃあ、寮のゲストルームに案内するわ。聡史だけは男子寮だから、あちらの担当者が部屋まで案内してくれるはずよ」


「よろしく頼む」


 こうして聡史たちは第4魔法学院の学生寮に向かう。特待生寮しか知らない聡史にとっては初めて足を踏み入れる男子寮であった。







 翌朝一番で、本日ダンジョンにアタックするメンバーが学生食堂に集まっている。



「ふあぁ~… 桜ちゃん、違うベッドだったので寝付きが悪くてなんだか寝不足ですよ~」


「その割には明日香ちゃんは私よりも先にグースカ寝ていましたよ」


 朝が弱い明日香ちゃんは大きなアクビをしている。今朝5時半に起きたとはいっても、7時間以上はしっかり寝ているのに…



「マギー、今回は具体的にどの辺りまで目指すつもりなんだ」


「いま私たちが躓いているのは15階層のボスなのよね。アンデッドだから私たちにとっては相性が悪いのよ」


「ほえぇぇ~! またお化けの階層ですか…」


 アンデッドと聞いて、明日香ちゃんが嫌そうな表情をしている。お化けが大の苦手なだけに、この反応はいつも通りなのだが…



「聡史、なんだかビビっているメンバーがいるけど、本当に大丈夫なの?」


「心配するな。カレンがいれば話は簡単だ」


「カレン? 確か回復魔法を使う人だったと記憶しているけど」


 カレンと美鈴はまだこの場に顔を出していない。桜や明日香ちゃんのように、歯を磨いて顔を洗ったらオーケー! というわけにはいかないよう。



「実際目にしてみれば、カレンの凄さがわかるさ」


「前衛職じゃないの? メイスを手にしてトーナメントに出ていたわよ」


「あれは単なる腕試しだ。本職は攻撃魔法と回復役だからな」


「腕試しにしては、他の魔法学院の生徒を圧倒していたわよ」


 マギーは聡史たちのパーティーが一体どうなっているんだと疑うような目を向けている。通常の常識の範疇には収まらない面々なので、いくら異世界から戻ってきたマギーでも想像がつかないらしい。



「お待たせしました」


「遅くなってすいませんでした」


 そこに美鈴とカレンがやってくる。続いて…



「皆さん、早いですね」


「うう… 朝は苦手ですぅ」


 フィオとマリアも顔を揃えた。朝からシャキッと身だしなみを整えているフィオとは対照的にマリアの髪の毛は寝ぐせであちこち跳ねている。


 とはいえ日本風美人の美鈴と異世界の血が混ざったカレンに加えて、フランス貴族の血を引く優雅なフィオと東欧美人のマリアという四人が居並ぶ様子は中々壮観な眺め。


 桜や明日香ちゃんもそれなりに容姿は整っているのだが、中身があまりにも絶望的だし… マギーは典型的陽気なアメリカンなので、ちょっとこの四人とは比較がしづらい。


 ただしこうして洋の東西から異世界までこれだけの美女に取り囲まれた聡史を羨む人間は数多いであろう。居合わせるブルーホライズンのメンバーも同性として羨ましげな眼を向けている。



 全員が集まったところで、改めて簡単な打ち合わせが始まる。進行役はマギーが買って出る。



「私のレベルは100オーバーで、フィオとマリアがおよそ50程度よ。聡史たちはどうなっているのかしら?」


「俺と桜はマギーよりも上だな。美鈴、カレン、明日香ちゃんの三人は50程度で、ブルーホライズンのメンバーは30にもう少しで手が届く」


「へぇ… 1年生にしては驚異的な成長ぶりね」


「師匠に鍛えられているッス!」


 美晴が誇らしげに口を挟んでいる。マギーが評するように1年生でここまでレベルが上昇するのは確かに驚異的。ここでマギーが…



「師匠? マスターのことかしら?」


 マギーには、日本語のニュアンスが伝わらないよう。頭の中に浮かんでいるのは大騎士ヨーダに代表されるジェダイのような関係性かもしれない。



「彼女たちは俺が鍛えている。俺のレッスンに弱音を吐かずについてくる頼もしいメンバーだ」


「そうなのね… 聡史の生徒ならそれなりにダンジョンでもやれるでしょうから期待しているわ」


「美鈴とカレンは強力な魔法が使用可能だからレベル以上に役立ってくれるぞ。深層の魔物でも一撃で片づけるからな」


「やはりね… ダンジョン攻略者の正体が今の聡史の証言で裏付けられたわね」


「その件はノーコメントだ」


 各自の能力を確認したところで話題は攻略の方針に移る。今回は15階層のボス部屋を突破して、さらにその先を目指そうという確認が行われる。



「なるべく今日中に15階層を突破したいわ。その後は、戻ってくるための時間を見ながら先に進むわ。一応ダンジョン内部で宿泊の用意もしてあるけどこの辺は適宜相談しながらにするから、よろしくお願いね」


「いいぞ、その方向で進もう」


「お兄様、私にお任せいただければ、夕方までには15階層まで進めますわ」


「その辺は桜に任せる。効率よく進んでくれ。ブルーホライズンのメンバーは全員俺たちと同行する。より深い層の魔物がどのようなものか、しっかりその目に刻んでもらいたい」


「「「「「師匠、わかりました」」」」」


「師匠、腕が鳴るぜ」


「美晴ちゃん、私たちにとっては未知の敵なんだから、ひとりで突っ走るんじゃないわよ」


 最後に真美からお小言を食らった美晴が、テヘペロ顔で頭を掻いている。相変わらず性懲りもない娘だ。





 朝食を終えた後、一行は筑波ダンジョンへと向かう。



「師匠、一般の冒険者が大勢いますね」


「そうだな。不人気な大山ダンジョンとは大違いだ」


 聡史たちの元ホームグラウンドである秩父ダンジョンと同様に、この日は土日とあって筑波ダンジョンには早朝から多くの冒険者が集まっている。駐車場に車を停めて装備等を降ろしている姿が目に入る。



「事務所のカウンターが混まないうちに早目に入場手続きを済ませるわよ」


 マギーに従って聡史たちは管理事務所に入っていく。短い列に並んでからパーティーごとに手続きを終えると、早速ダンジョンの内部へと入り込む。



「最短距離で15階層を目指しますわ」


 ようやく足を踏み入れた筑波ダンジョンが楽しみすぎて居ても立っても居られない桜がマギーたちを押しのけて先頭に立っている。この娘の性格からして、アウェイであろうが誰かに先頭を譲る気などさらさらないよう。


 通路に顔を覘かせるゴブリンたちを蹴散らしながら、あっという間に2階層に下りる階段に到着する。2階層に降りても桜が飛ばし気味に通路を進んでいくために、慣れないフィオとマリアは目を白黒。



「こんなに急ぎ足でダンジョンを進むなんて、有り得ないですぅ」


 レベル50を超えるマリアがゼイゼイ喘ぎながら何とか3階層に降りていく階段まで辿り着く。ペットボトルを取り出して中の水をゴクゴク飲み干すマリア。ここまで半ば走り通しだっただけに、相当喉が渇いているよう。



「桜、さすがにもう少しペースを緩めてくれ。後ろからついてくるだけでも大変そうだ」


「この程度で音を上げるなど鍛え方が足りませんわ。仕方がないからもう少しゆっくり進みます」


 デビル&エンジェルやブルーホライズンのメンバーは、このくらいのペースは当然という顔で立ち止まっている。やはり聡史や桜と一緒にいるというのは、人間離れした体力を養うのには抜群の効果があるよう。



 その後はやや速足程度で通路を進みながら一行はドンドン階層を降りていく。5階層の階層ボスはこの筑波ダンジョンでもゴブリンキング。時間が惜しいので桜がワンパンで倒して更に下を目指す。


 


「大山の6階層とあまり変化がないなぁ」


「ここよりも下の階層は、私たちが見たこともないような魔物が出てくるのよね」


 ブルーホライズンの美晴と渚は、相変わらず桜によって次々に吹き飛ばされていく魔物を横目で見ながら、手持無沙汰な様子で通路を歩いている。



「それにしても桜ちゃんの手に掛かると、魔物なんて何の力もないように見えてしまうわね」


「本当だよなぁ… 体は小さいのに、自分の何倍もあるオークをワンパンで吹き飛ばすんだからな」


 桜の所業を見た美晴と渚は溜息混じりに言葉を交わす。だがそれよりも驚いているのは、この光景を初めて目の当たりにした第4魔法学院の三人。



「なによ、あれは… 私でもあんな真似は不可能よ!」


「第四魔法学院が敗北を喫した理由がよくわかりますね」


「人間には不可能ですぅ! 私の目がおかしいですぅ!」


 三人三様ではあるが、いずれも驚きを隠せない様子で目を剝いている。



 

 この勢いで次々に階層を突破して一行は昼近くに10階層のボス部屋までやってくる。階層ボスは、大山ダンジョンと同様にオークキングという話。ここまでの勢いのままに桜がボス部屋に入ろうとするのに聡史が待ったを掛ける。



「桜、ちょっと待ってくれ」


「お兄様、どうしましたか?」


 ここで聡史は何か思惑ありげな視線をブルーホライズンに向ける。



「真美、ここまで何もしなかったから運動不足だろう。美鈴が魔法で支援するからブルーホライズンが戦ってみるんだ」


「えええ! 私たちがやるんですか?」


 急に聡史から話を振られた真美が驚いている。まだオークジェネラルでさえ対戦経験がないにも拘らず、ここで急にオークキングなどと言われても… 真美はパーティーの実力と魔物の危険度を天秤にかけて迷っている態度。



「心配しないで大丈夫よ。私の魔法で援護するから、安心して掛かっていきなさい」


「わかりました。頑張ります!」


 美鈴に背中を押されて真美が決心する。美晴をはじめとしたメンバーも気合を入れ直してドアの前に立つ。


 桜がドアを押し広げると、そこにはブルーホライズンにとって初めて遭遇する強敵が待ち構えているのであった。



   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



筑波ダンジョンで暴れ回る桜。しかし聡史は10階層のボス戦をブルーホライズンに任せようと言い出す。美鈴の支援があるとはいえ格上の相手に対して彼女たちはどのような戦いを挑んでいくのか… この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!



「面白かった、続きが気になる、早く投稿して!」


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