第63話 筑波ダンジョン15階層


 聡史から階層ボスを倒せと無茶振りされたブル-ホライズンは、目の前に立ちはだかるオークキングの威容に飲まれている。彼女たちが階層ボスの姿に息を飲んでいるところに持ってきて、敵はそれだけではない。配下のオークジェネラルが2体と通常のオークが8体も並んでいるのだ。



「な、なあ… 副会長が魔法で支援するとは言っても、これはさすがにヤバくないか?」


「5階層のボスだったゴブリンキングとは迫力が段違いね」


 どうやら一定のラインを踏み越えないと魔物たちは動き出さないよう。脳筋といえどもこれほどまでの危険ならば美晴にもすぐにヤバいと認識可能。隣に立っている渚と顔を見合わせている。



「なあ、明日香。ちょっとくらい手伝ってくれよ。同じクラスのよしみだろう」


「お昼ご飯の前に余計な力を使いたくないので、お断りしますよ~」


「私たちに余計な仕事をさせて、自分は楽をするつもりかぁぁ!」


「何と言われようと、デザートを食べるまで私は一切働きません」


 血も涙も友情もない明日香ちゃん、とことん自分の都合だけで生きている。


 あまりにひどい明日香ちゃんの態度を見かねたマギーがそっと聡史に目配せする。



「聡史、私が手を貸そうか?」


「いや、これでいいんだ。明日香ちゃんも全部わかっていて、あんなことを言っているはずだ」


 マギーの申し出にも、聡史はとりつく島もない。すべてはブルーホライズンのメンバーが成長するために越えなければならない壁とでも考えているのだろうか。


 美鈴以外は誰も手を貸してくれないと悟った真美はついに決断を下す。



「みんな、覚悟を決めて階層ボスに挑むわよ」


「「「「「はい」」」」」


 真美の指示で、ブルーホライズンは戦闘態勢を固める。相手が相手だけに全員が決死の表情を向けている。その時、後方で指示を出す真美の隣に美鈴が近付いていく。



「私の魔法を合図にして、全員オーク軍団に打ち掛かってね」


「わかりました」


 真美が頷くと、美鈴は居並ぶオークに向けて魔法を放つ。



「重力(グラビティー)の足枷(シンカー)」


 このところ美鈴が多用している重力を操る魔法が発動。その中でも最も初歩的な重力を2倍にする術式がオーク軍団を絡め取っている。


 

「ハンデを付けたから、これであなたたちも十分に戦えるはずよ」


「わかりました。副会長を信じます。みんな、行くわよ!」


「ヨッシャーー! こうなったら一気に畳み掛けるぞ」


 真美の声に合わせてブルーホライズンが一気に動き出す。彼女たちが警戒ラインを越えた途端に、オーク軍団が動き出そうとするが、その足取りがやけにノロノロしている。身に圧し掛かる重力が2倍になっているせいで、足を前に出すのが精一杯な様子が窺える。



「チャンスだぜ! 手当たり次第に片付けろぉ!」


 先陣を切る美晴が手下のオークに突進する。盾を前面に押し出して体当たりすると普段よりも重たい手応えが伝わってくる。重力の影響でオークの体重が2倍になっているのだから、美晴の体当たりは普通ならば簡単には通用しないはず。だが必死に体を支えているオークにしてみれば、立っているだけでもやっとのところに横から力が加わってしまっては堪ったものではない。体を支え切れずにその場に転倒して、そう簡単には起き上がれなくなる。



「明らかに動きが鈍くなっているわ。一気に攻勢に出るわよ!」


「いっけぇぇぇーー!」


 前衛の渚、ほのか、絵美に続いて、真美も両手に細剣を引っ提げて斬り込んでいく。その後方からは、千里がフィアーボールで盛んに援護を繰り返す。 


 オークジェネラルや下っ端のオークが次々に打ち取られていく中で、オークキングさえも美鈴の重力魔法の影響で身動きが出来ないまま立ち尽くすだけ。そこに千里のファイアーボールが立て続けに着弾する。



 ドカーン! ドカーン! ドカーン!


 3連発のファイアーボールで、オークキングは大きなダメージを受けている。手にする剣はすでに保持できずに床に放り出して、両手と両膝を床について這い蹲る寸前で何とか留まっている状態。


 

「全員で斬り掛かるわよ!」


「「「「はい」」」」


 ブルーホライズンの剣と槍が次々にオークキングに突き入れられていく。無抵抗のまま、オークキングは血の海に倒れて絶命していく。



「やったぜ…」


「勝てたぁぁ」  


「よかった、みんな無事ね」


 強敵との対戦の緊張感から解放されたブルーホライズンは、床に座り込んで無事に討伐を終えたことにホッとしている。美鈴の援護があったとはいえ、格上の階層ボスをこうして打ち破った実感がジワジワと彼女らの胸の内に溢れてくる様子で、少し時間を置いて達成感を得た表情へと変えていく。



「美鈴が与えたハンデのおかげで楽な戦いになったな。もうちょっと苦戦するかと思ったが、全員確実に力をつけているようだ」


「師匠、ありがとうございました」


「「「「「ありがとうございました」」」」」


 聡史の前に一列に並んでブルーホライズンが頭を下げている。こうして一つ一つ聡史が与える課題をクリアしていく彼女たちを、聡史自身温かい眼差しで見つめている。



「副会長、魔法の支援ありがとうございました。おかげでオークキングを討伐できました」


「私はちょっとだけお手伝いしただけよ。パーティーの協力で勝ち取った勝利だと誇るべきだわ」


 真美が美鈴に礼を言っている。だが美鈴は、あくまでもブルーホライズンの手柄だという態度を崩さない。その美鈴の元に、マギー、フィオ、マリアの3人が集まってくる。



「美鈴、今の魔法は何なのよ? 急に魔物の動きが悪くなるなんて、そんな術式見たことないわ!」


「私の眼にはどうやら重力を操ったように映りました。これほどのレベルで物理法則を捻じ曲げてしまう魔法なんてどのような原理なのか興味が湧きます」


「凄い魔法ですぅ! 八高戦の時には手の内を隠していたんですかぁ?」


 三人が口々に美鈴の魔法を確かめようとするが、そうそう簡単に真相を明かす美鈴ではなかった。



「八高戦では使用できない属性ですから、あの時は公開しませんでした。ダンジョンの中でしたら思う存分力を発揮できます」


 どうやらマリアの話に乗っかったようだ。美鈴は心の中でフィオの分析力に舌を巻いているので、敢えて彼女の話には触れないようにしている。


 ここで桜が、話題を切り換える。



「さあ、階層ボスを倒したので、次の階層に向かいましょう。11階層はフィールドが広がっているらしいので、お昼ご飯にしますよ」


「そうですよ! お腹が空いてきましたから、早く行きましょう」


 宝箱の回収を終えると、桜を先頭にして一行は11階層へと降りていく。そこには大山ダンジョンの12階層と同様の広々とした一面の草原であった。



「凄いなぁ~! ダンジョンにはこんな場所があるんだな」


「地下とは思えない広い草原ね」


「頭上に太陽まであるなんて、本物の自然の中みたい」


 初めてフィールドエリアに足を踏み入れたブルーホライズンのメンバーが、感心した表情で雄大な風景を眺めている。その時、桜の気配察知に触れるものが。



「お兄様、ちょっとひとっ走り行ってまいりますので、バーベキューの準備を整えておいてください」


 そう言い残すと、そのままダッシュで草原の彼方まで走り去ってしまう。他のメンバーは高速で遠ざかる桜の背中を見つめるだけ。



「聡史、桜は急に飛び出して行ったけど、一体何をするつもりなのかしら?」


「食材を発見したんだろう。美鈴、この場でバーベキューの準備を始めるぞ」


 心配そうに声を掛けてくるマギーに対して、聡史はあまりに当たり前すぎて素っ気ない返事を返すのみ。完全に桜を放置してアイテムボックスからバーべキューコンロ一式とテーブル、食器類を取り出すと、美鈴がテキパキと皿を並べ出す。



「こんなダンジョンの中でバーベキューなんか出来るんですかぁ?」


「桜ちゃんが準備しろと言っているんだから、美味しいバーベキューが始まるわよ」


 マリアが頭の上に???を浮かべているが、美鈴は一向に構うことなく準備を続ける。そして待つことしばらくして…



「お待たせしました。ロングホーンブルを20体ほど討伐してまいりました。上質な肉が300キロほど手に入りましたわ。今から牛肉食べ放題です」


「呆れたわね。こんな短時間でロングホーンブルの群れを討伐してきたというの?」


 レベル100オーバーのマギーすら呆れる桜の所業… これがレベル600オーバーの力というのだろう。


 美鈴が肉を切り分けてバーベキューグリルの上に聡史が次々に載せていく。炭に落ちる肉の脂が香ばしい匂いを放つ。この場の全員のお腹の虫が盛大な音を立てるほど食欲をそそる香りが広がっていく。聡史のアイテムボックスには大量のステーキソースや焼き肉のタレが各種用意されており、その他にもキャベツやタマネギなど野菜類まで次々に取り出されていく。あっという間に盛大なバーベキュー大会がこの場で開催される。



「なんだか伊豆の旅行を思い出すなぁ…」


「そうね… あの旅行で私たちの運命は大きく動いたんだから、今考えれば思い切って参加してよかったわ」


 真美の脳裏には夏休みの一泊二日の懐かしい記憶が蘇っている。あの旅行をきっかけにして聡史に弟子入りしただけに、ブルーホライズンにとっては大きな転機となる出来事であった。



「いい感じに焼き上がったから、好きなだけ食べてね」


「「「「「「「いただきま~す!」」」」」」」」


 こうして楽しい昼食のひと時が始まる。第4魔法学院の三人も、ダンジョンの内部であることを忘れてバーベキューを楽しんでいる様子。



「桜ちゃ~ん、食後のお楽しみはまだですか~?」


「明日香ちゃん、夕食まで我慢してください。まだ大して運動していませんからね」


「はぁ~… ガックリです」


 明日香ちゃんの肩が落ち込んでいる。この分では当分ヤル気を出さないであろう。エサがぶら下がるまではテコでも動かない態度を決め込んでいる。



「時間にも余裕がありますから、あそこに見える森まで足を延ばしませんか?」


 桜が指差す先には、3キロほど彼方にこんもりとした森が見渡せる。



「いいわよ。12階層に下りていく階段はあっちの方向だから、森を通過していきましょう」


 マギーが桜の提案に頷いたので、一行は片付けを終えると森がある方向へと向かっていく。桜の目的は、ブルーホライズンにコカトリスの狩り方を教え込むためのよう。軽トラックサイズの巨大なニワトリのお化けを手取り足取り教えながら狩っていく。


 2時間ほどかけてコカトリス狩りをブルーホライズンのメンバーがマスターしたのを見届けてから、桜は森を出て12階層の階段がある場所へと進んでいく。



 こうして午後の時間をかけて各階層を突破しながら、午後5時過ぎにいよいよ15階層へと到達。



「ふえぇ~… お化けは嫌です~」


 明日香ちゃんは美鈴の背中にしがみ付いている。ブルーホライズンのメンバーも、初めて目にするアンデッドが登場する不気味な雰囲気に、やや不安げな様子。だがここからはカレンの独壇場が開始。



「ホーリーライト!」


 通路に登場してくるゾンビだろうがスケルトンであろうが、次々にカレンによって浄化されてその姿を消し去っていく。



「回復魔法に加えて神聖魔法まで使えるなんて。反則じゃないのよ!」


「おまけに、物理攻撃まで使用できるですぅ。絶対に敵に回したくないですぅ」


 どうやら第4魔法学院の三人にも、カレンの能力が伝わったよう。神聖魔法の使い手など海外を含めても10人もいるかどうかの貴重な人材。美鈴という強力な魔法使いがいるだけでも聡史のパーティーの魔法戦力は強大なところに以ってきて、カレンの存在というのは対アンデッドに限定しても圧倒的。


 こうして大した手間もかけずに、一行は15階層のボス部屋に到着する。



「内部にいるのはリッチだな」


「ええ、そうよ。私たちの魔法では中々倒し切れないのよ」


 15階層のボスは大山同様にリッチ。物理攻撃が効果ない敵にマギーたちは苦戦していたそうだ。討伐は出来ないものの無事に撤退して戻ってこれたのは、フィオとマリアの二人が優秀な魔法使いであったおかげであろう。



「お任せください。リッチごときでしたら、あっという間に討伐いたしますから」


 カレンは自信たっぷりに宣言している。これが大言壮語に聞こえないのはカレンの持って生まれた性格ゆえかもしれない。



「それでは、中に踏み込みますわ」


 桜がドアを押し広げると、内部にはやはりリッチが玉座に腰掛けている。



「美鈴さん、防御はお任せします」


「ええいいわよ。カレンは神聖魔法で仕留めないのかしら?」


「ワンパターンでは面白くないですから、今日は一味違う方法で討伐します」


 カレンが一歩踏み出すのを見届けると、美鈴は闇のカーテンを発動する。リッチが用いる程度の闇魔法であったら、問題なく吸収してしまう障壁が展開されていく。



「覚悟なさい、光の剣よ!」


 カレンが両手を合わせてから手のひらを左右に広げると、その左手から眩い光で出来上がった剣が現れる。カレンは神の威光を纏った剣を構えると、一直線にリッチの元まで駆け寄っていく。



「$%&##+>***」


 リッチは迫りくるカレンに向けて闇魔法を放つが、天使の体は纏いつく闇を打ち払って何ら影響を受けずにいる。



「成敗!」


「・・・・・・!!!」


 手にする光の剣をリッチの頭上から唐竹に振り下ろすと、リッチは声にならない声をあげてその体がボロボロに崩れ去っていく。



「なんなのよ?! 一体どうなっているの?」


「カレンさんは勇者なんですか? それとも聖女ですか?」


「やっぱり敵にしたくないですぅ!」


 第4魔法学院の三人はカレンが一刀のもとにリッチを倒した様子に有り得ないという表情でそれぞれが思うところを口にしている。ブルーホライズンのメンバーはこのカレンの討伐ぶりの真の意味が理解不可能で、こんなものだろうと見たままを受け入れている。自分たちとはあまりにレベルが違う存在だと、彼女たちの中で割り切っているよう。



 こうしてリッチを討伐すると、ここでも宝箱が出現する。



「ちょっと調べてみましょうか」


 桜が箱を叩いたりしながら、内部の様子を大まかに調べている。どうせ罠が仕掛けてあっても粉砕すればいいという、実に大らかな調べ方。



「どうやら大丈夫ですね。むしろ罠が仕掛けてあったほうが面白いんですが」


 ちょっと残念そうな表情で宝箱を開けると、中から一振りの剣が出てくる。



「これはどうやら、アンデッドに有効な神聖属性を帯びている剣のようですね」


 桜の眼にも一目でわかる聖なる光を帯びた剣であった。聡史たちには今更不要だし、マギーたちは剣を用いる者がいない。したがってこの剣は、ブルーホライズンのほのかの手に渡ることとなる。



「何もしていないのに、私が頂いていいんでしょうか?」


「気にするな。予備の剣として腰に差しておくといいだろう」


「はい、ありがとうございます」


 聡史から手渡された剣を腰に差して、ほのかは嬉しそうな表情をしている。メインで使用している神鋼製の剣も中々上質ではあるが、属性は帯びていないのでその点では新しい剣に劣るかもしれない。ことにアンデッドに対する際はこの新しい剣がいい仕事をしてくれそう。


 こうして一行は、16階層へと降りていく。



「さて、そろそろいい時間ですから本日はこの辺にして、キャンプの準備に入りましょう」


 桜が発見した安全地帯に入ると、一行は本日の疲れを休めながら夕食の準備を開始する。もちろん明日香ちゃんが本日一番の輝きを放っていたのは言うまでもなかった。



   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



順調に筑波ダンジョンを攻略していく聡史たちに、さすがのマギーも目を白黒している状況。10階層のボスを倒したブルーホライズンに続いて15階層ではカレンがリッチを一刀両断するなど、天使の特性を如何なく発揮しています。このまま順調に攻略が続いて… この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!



「面白かった、続きが気になる、早く投稿して!」


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