第64話 筑波ダンジョンを最下層
16階層で一夜を明かした聡史たちは、午前7時に起きだして朝食を摂っている。
「聡史、ここから先は私たちに任せてちょうだい。あなたたちの手を借りていては、自分たちが攻略したと胸を張れないわ」
「いいぞ、マギーたちのお手並みを拝見する。手が足りなくなったら声を掛けてくれ。そもそも三人しかいないんだろう」
「確かにねぇ~… アンデッドと相性が悪かっただけで他の魔物に対してけっして引けはとらないと言いたいところだけど、これから先には場合によっては人手が足りなくなる場面があるかもしれないわね」
「お兄様、私が臨時でマギーさんたちのパーティーに加わりましょうか?」
「マギー、どうする?」
「そうね… 念のために桜を借りましょうか」
「お任せくださいませ。とはいっても余計な手は出しませんから、お三人でまずは魔物と当たってみてください」
こうして話がまとまると、桜を加えたマギーたちが先に出発していく。聡史たちは先行するマギーたちとは別ルートで下層に降りていく階段を目指すこととなった。
ということで臨時に桜をメンバーに加えたマギーたちは、野営していた安全地帯から真っ直ぐに階段に向かうルートを進んでいる。
「この階層はもうアンデッドは出てきそうもないですね」
「大山ダンジョンでは爬虫類系の魔物が多い階層でした」
「となると、ここも爬虫類系の魔物が出てくる公算が高そうね」
「ヘビは苦手ですぅ」
フィオが切り出した話題にそれぞれが乗っかって会話が弾んでいる。桜が加わったからといってギクシャクするようなムードは感じられない。物怖じせずに誰とでも喋れる桜の性格なのだろう。
それよりも、マリアがヘビが苦手という話に桜が吹き出している。それは美鈴のヘビ嫌いを思い出したためのよう。大魔王となった今でもヘビを見ると「イヤァァァ!」と悲鳴を上げながら闇魔法で消し炭にしている姿が桜にとっては面白くてたまらないらしい。元を正せば子供の頃の桜のイタズラが原因であるが、その件はこの際思いっきり棚の上に載せている。
こんな感じで特に気負った様子もなく通路を歩いていると、前方からグリーンバイパーが体をくねらせながら姿を見せる。
「やっぱりヘビは嫌ですぅ」
マリアを目を閉じてその場にしゃがみ込んでいる。これは美鈴よりも重症のヘビ嫌いに見受けられる。明日香ちゃんのお化け嫌いに匹敵するかもしれない。
「フィオ、魔法でやっつけて!」
「ええ、凍らせてしまいましょう。久遠の氷と止まぬ吹雪よ、この場に顕現せよ!」
フィオの詠唱に応えて通路には猛烈な吹雪と氷の礫が発生して床をこちらに向かってくる魔物に吹き付けていく。たちどころにグリーンバイパーの凍った彫像がその場に出来上がる。体をくねらせて鎌首を持ち上げる姿のままで凍り付いているので、見ようによってはかなり不気味に映る。ところが桜は…
「いい感じの氷魔法ですねぇ~。フィオさん、さすがはヨーロッパの魔法の名門だけありますわ」
「まだまだ未熟です」
桜が珍しく他人を褒めている。これだけのレベルの氷魔法を操る存在は、桜がかつて異世界で行動を共にした大賢者しか知らない「。もっとも大賢者のほうが数段レベルは高いのだが…
こうしてマギーのパーティーは、さして桜の応援を得るまでもなく待ち合わせ場所の下層へ降りていく階段へと到着する。すると、彼女たちが通ってきた通路とは別の方向から声が響く。
「明日香もヤル時はヤルんだな。あんなデカいトカゲを一突きで倒すなんてなんだか見直したぜ」
「美晴ちゃん、私だって伊達に桜ちゃんに鍛えられてはいませんからね。あの程度の魔物なんていいカモですよ~」
どうやら美晴が明日香ちゃんの活躍を褒めているよう。かと思えば…
「師匠、美鈴さんが怖かったです」
「ほのか、それは間違っているぞ。美鈴はヘビが怖いから普段の10倍くらい攻撃的になっていただけだ」
「聡史君、誤解しないでよ! 怖いんじゃなくって目の前にヘビがいるのが我慢できなかっただけよ」
聡史の話し振りからして、グリーンバイパーを見てしゃがみ込んでしまったマリアとは違って美鈴はダークフレイムを撃ちまくって消し炭にしていたよう。怖がりながらも行動そのものはやっぱり大魔王様。
「お兄様、お待ちしてましたわ」
「お待たせ、色々と有意義だったぞ」
ブルーホライズンたちはこの筑波ダンジョンに入ってからすでに10以上回レベルアップしており、彼女たちのレベルは40を超えている。レベルアップに伴って当然彼女たちの能力が上昇しており、美鈴やカレンのフォローを得ながらも16階層の魔物たちを次々に屠っていたらしい。
こうして再び合流した一行はさらに下の階層を目指していく。17階層ではオーガの集団で出現する階層。ここでも桜はマギーたちに付いていき、聡史たちは別行動。マギーたちとは別の通路を進んでいく聡史たちだが、そこには…
「デカい鬼だなぁ~!」
美晴が目を見張って出現したオーガを見上げている。
「このくらい大した敵じゃないですよ~」
相手が戦い慣れたオーガとあって、明日香ちゃんが自信満々の表情でトライデントを構えて突進していく。
「えいっ! それっ!」
トライデントを横薙ぎにしてオーガの巨体を壁に叩き付けると、魔物が起き上がらないうちにその首元にトライデントを突き刺していく。たったこれだけでオーガを討伐する明日香ちゃんの姿にブルーホライズンたちは目を丸くする。
「あ、明日香は本気になると凄いんだな」
「日頃はダラダラしているから、こうして活躍する場面を見ると別人みたいだ」
「普段の姿からついつい忘れがちだけど、八校戦の優勝者だもんな」
「パフェを食べてブクブク太っているだけだと思ってたわ」
「体重か? 体重がパワーを生み出しているのか?」
「褒める時はちゃんと褒めろぉぉ!」
最後に明日香ちゃんがキレている。歯に衣を着せぬ発言がこれだけブルーホライズンの間で飛び交うと、さすがに明日香ちゃんとしても黙っていられないらしい。とはいえ、いかに日頃の行いが他人の見る目に影響を与えるかという見本のよう。明日香ちゃん、どうか常日頃の行いをもうちょっと見直してはもらえないだろうか。
オーガを蹴散らしながら階層を突破していくと昼前には20階層に到着する。マギーたちとは階層ボスの部屋の前で待ち合わせの約束をしている。
「この調子だと、階層ボスはオーガキングで間違いなさそうだな」
「大山ダンジョンとはちょっと順番が違うみたいね」
聡史の予想に美鈴が同意している。大山では15階層のボスがオーガキングで、20階層ではリッチであった。ダンジョンによってこの辺はまちまちなのだろう。どちらにしても、並みの冒険者には強敵に違いはない。
そしてボス部屋の前に聡史たちが到着すると…
「待っていたわよ」
「すまなかったな。やはりこちらのルートのほうがやや遠回りになるようだ」
先に到着していたマギーたちに出迎えられる聡史たち。この場で相談が始まる。
「ボスは私たちの手で仕留めるわ。いいかしら?」
「問題ない。助けが必要になったら言ってくれ」
「オーケー! それじゃあ中に入るわよ」
こうしてボス部屋に入っていくと中で待ち受けているのはやはりオーガキング。マギーたち三人が前進すると、手下のオーガが獰猛な雄叫びを上げながら襲い掛かってくる。
「アイスバレット!」
「ウインドエッジですぅ!」
フィオとマリアの魔法がオーガの突進を食い止めると、そこにマギーが単身で襲い掛かる。彼女の両拳には凶悪な光を放つトゲ付きのメリケンサックが嵌められている。
ドガッ! バキッ! グシャッ! バコバコッ!
手足を自在に動かして、さながら舞うようにマギーは下っ端のオーガを倒していく。もちろん桜の体捌きには及ばないものの、それは全米ナンバーワンの名に恥じない華麗な戦い方。
マギーが下っ端を片づけている間に、フィオとマリアがオーガキングに向けて相次いで魔法を放っていく。
グガァァァァ!
体に命中した魔法にオーガキングは苦しそうな叫びを上げているが、フィオとマリアはなおも追撃の魔法を放っていく。
「アイスアロー!」
「ウインドカッター!」
すでに体中を切り刻まれて、その分厚い皮膚を食い破るように氷の槍が突き刺さっているが、オーガキングはその有り余る生命力で魔法を放っている二人に向かって突進を開始。
「そうはいかないわよ!」
オーガキングが走り出す真横から、マギーがドロップキックをぶちかます。すでに下っ端たちはすっかり片付いており、さすがは全米1位の冒険者だけのことはある。
グオォォォォ!
オーガキングは、不意打ちを食らって真横に吹き飛ばされる。さすがと言うべきだろう。レベルが間もなく200に到達しようという底力をいかんなく発揮している。
「いいキックが入りましたわね。オーガキングの首が逝ってしまったでしょう」
「さすがは全米ナンバーワンだけのことはあるな」
「まあ、私でしたら捻りを加えて錐揉み状態でより高い威力を出していましたが」
「変な対抗意識を燃やすんじゃない!」
兄妹がマギーの体術を討論している。その間にオーガキングは桜の言葉通り床に吹き飛ばされて体が痙攣している模様。そのうちに光の粒子となって消え去っていく。
こうして20階層のボスを倒すと、大山ダンジョンと同様に転移魔法陣が現れる。
「この魔法陣は何なのかしら?」
「階層を転移可能な魔法陣だ。この魔法陣で1階層に戻ったり自分が進んだ階層に再び直行可能となる」
マギーの質問に聡史が答えている。この転移魔法陣を出現させるのが今回の聡史の目的だといっても過言ではない。
「まあ、それは便利になりますね」
「そうだな。したがってこの場所までいつでも来れるようになった。今回の攻略はここまでとして一旦地上に戻ろう」
フィオにはこの転移魔法陣がもたらす意義がすぐに理解できたよう。マギーとマリアは今ひとつ魔法陣の利用法がイメージできずにいるが、実際に使用してみればその利便性にすぐに気づくはず。
「そうなの? なんだかよくわからないけど、この階層にすぐに来ることができるなら次はここからスタートできるのね。いいわ、今回はここまでにしましょう。今ならまだ明るいうちに外に出られるし昼食は食堂で摂れるわ」
「昨日のバーベキューも捨てがたいですぅ。でもダンジョンの緊張感から早く解放されたいですぅ」
マギーも聡史の説明でそれなりに納得したよう。だがマリアはどうやらフィールドステージで味わったステーキが忘れられないらしい。まあ、これは次回のお楽しみにしてもらおう。
これにて今回の筑波ダンジョン攻略は一旦お開きとなって、一行は魔法陣に乗って1階層へと戻っていく。
やや遅くなった昼食をマギーたちと共にすると、聡史たちはバスに乗って第4魔法学院を発つ。電車を乗り継いで伊勢原へと向かうが、車内で口を開けて寝ている明日香ちゃんの側から一人二人と座席を移っていったのは、本人にはナイショの話。
夕方になる前に大山の魔法学院に戻ってくると、カレンが母親である学院長に連絡を入れる。
「カレン、今頃どうした?」
「筑波ダンジョンを20階層まで攻略して、たった今戻ってきました」
「そこに楢崎兄はいるか?」
「はい、替わります」
カレンからスマホを受け取った聡史が通話に出ると…
「もしもし、楢崎です」
「楢崎准尉、私の言葉を覚えているか?」
「学院長の言葉? えーと、なんでしたっけ?」
「筑波ダンジョンのラスボスを倒すまで帰ってくるなと言っただろうがぁぁ!」
「ええええ! あれって冗談じゃなかったんですか?」
「私が冗談を口にする人間だと思っているのか?」
「お、思っていません」
「それではたった今から回れ右をして筑波に戻れ」
「さすがにそれは厳しいのではないでしょうか。来週こそはラスボスを倒してきますから、今日のところはこれで勘弁してください」
「よし、いいだろう。来週はよい報告が聞けると楽しみにしているぞ」
「は、はい! 必ず吉報をお届けします」
こうして聡史たちは、学院長の無茶振りによって来週末も筑波ダンジョンに挑むこととなるのであった。
◇◇◇◇◇
1週間後、聡史たちは再び筑波ダンジョンに入っている。「ラスボスを倒すまで戻ってくるな」という学院長の無茶振りに応えるため、今回はデビル&エンジェルが本気を出している。20階層からスタートして30階層まで一気に進み、安全地帯で一夜を明かしてから本日の攻略が始まる。
「さ、聡史… いくらなんでも一気に30階層まで一日で進んだのは、さすがにヤリ過ぎじゃないかしら? 昨日は私たちの出る幕が全然なかったわ」
「ラスボスを倒すまで俺たちは帰れないんだから、マギーも多少のことには目を瞑ってくれ」
先週はマギーたちの都合に合わせて彼女たちのペースで筑波ダンジョンを攻略していたのだが、現在は完全に聡史たちが主導権を握っている状況。
そしてこの日の初戦は30階層のボスであるお馴染みスケルトン・ロード。もちろん美鈴によって念入りに滅ぼされたのは言うまでもない。ちなみに今回も例の呪いの発動はなかった。犠牲者が出ないように構えていたカレンはやや拍子抜けの表情。
そして一行は31階層に降りていく。
「お兄様、やはり30階層から下は階層ボスとの一発勝負のようです」
「ボス部屋に向かう一本道か… いいだろう、手早く突破するぞ」
今回はブル-ホライズンは連れてきていない。前回の筑波遠征で彼女たちは十分にレベルアップしたので、現在大山ダンジョンの12階層でコカトリス狩りを任されている。桜が懇切丁寧に効率よい狩り方を教えたので、彼女たちならやり遂げるだろうと聡史は確信している。
「今夜はうなされそうですぅ」
マリアが体を震わせている。30階層のボスだったスケルトン・ロードを美鈴が一寸刻みにジワジワ燃やしたあの光景が目に焼き付いているよう。魔物に対する恐怖よりも美鈴に対する畏怖がマリアの精神の内部で根源的な恐怖の感情を生み出しているのかもしれない。話によるとマリアはブルガリア正教会の信徒らしいから、ルシファーに対する恐れがより強固なのであろう。
怯えた様子のマリアを慰めようと、見かねた明日香ちゃんがマリアに声を掛ける。
「マリアさん、美鈴さんの魔法なんて可愛いものです。桜ちゃんが本気を出した時の悪夢に比べたら、のんびり浸かれる温泉ぐらい生温いですよ~」
「ますます不安が身につまされるですぅぅ!」
明日香ちゃんが桜を引き合いに出したのはマリアにとって完全に逆効果。明日香ちゃん的には、桜はルシファーよりも恐ろしい存在と認定されているよう。基準は人それぞれだから、まあ明日香ちゃんの言い分も認めておこう。
このような感じで、デビル&エンジェルが代わる代わる前に立って魔物を片っ端から倒そうと腕捲りをしている。31階層以降は大山ダンジョンと同様にボスとの一発勝負。明日香ちゃん以外のメンバーが難敵の階層ボス戦に燃えている。
桜を先頭にして31階層のボス部屋に入る一行、彼らの視線の先には艶やかドレスを纏った女が立っている。
「あの女を見ないでください!」
カレンの注意が飛ぶが、時すでに遅かった模様。
ピシッ! ピシッ! ピシッ! ピシッ!
マギー、フィオ、マリア、そして明日香ちゃんの四人がその場に立ったまま石像へと変えられている。もちろん階層ボスのメデューサの姿をその目にしたことが原因。
「天界の光」
カレンの手から眩い光が放たれて四人は元の姿を取り戻す。急に体が動けなくなって何が何だかわからないといった表情で顔を見合わせている。
「いきなり何が起きたのよ?」
「体が急に動かなくなりました」
「本当に体が石になったですぅ」
マギー、フィオ、マリアの三人は、元に戻った自分の体を不思議そうに見回している。石になった自分が元に戻ったのも、同じように彼女たちにとっては不思議な出来事に映っているよう。そして明日香ちゃんは…
「いやぁ~… おんなじ手に2回も引っ掛かりましたよ~」
「明日香ちゃんは、本当に性懲りもないですねぇ~」
実は大山ダンジョンでも明日香ちゃんはメデューサにっよって石に変えられていた。2度も同じ手に引っ掛かる明日香ちゃんに桜がジト目を向けるのは不可避だろう。自覚があるんだったら、どうか引っ掛からないようにしてもらえないだろうか。
「我の眼光で石に変えたはずが、なぜ元の体を取り戻すのだ!」
メデューサは自らの能力が破られた事態に腰に手を当ててプンスカ怒りを示す態度。対して美鈴がこちらも腹を立てた表情でメデューサを扱き下ろす。
「髪の毛がヘビなんて悪趣味にも程があるわね。見ているだけで気分が悪いわ!」
吐き捨てるように苦情を申し立てる美鈴の態度はメデューサの怒りに油を注ぐのも已む無し。髪の毛がヘビのメデューサとヘビを毛嫌いする大魔王様では、これはもう決して交わることのない水と油のようなモノ。
「そもそもそなたらは何故我の眼光が効果ないのか! 我の前には何人も石に変わるはず」
このメデューサの一言で美鈴の表情が変わる。どうやら横柄な態度のメデューサにルシファーさんがカチンと来たよう。眼光だけではなくて口調がはっきりと別人に変化している。
「哀れなる闇の生き者よ、そなたにはより大きな闇が見えぬのだ。理由はただそれだけだ」
「何を言うか! 我は闇の混沌より生まれし遥かなる高みから下等な生き物を見下ろす存在! 我の
メデューサの頭から伸びているヘビが牙を剥いて美鈴に向かって伸びてくる。毒の息を吐きながら迫りくる何百という夥しいヘビが美鈴に襲い掛かろうと口を大きく開く。
「ダークフレイム!」
だが美鈴の右手から放たれた闇の炎が、迫りくるヘビを包み込んで焼き尽くしていく。
「ギャァァァァァ!」
髪の毛の代わりのヘビが焼け落ちたメデューサは恐怖に満ちた悲鳴を上げている。蛇の髪の毛がチリチリになったメデューサなど、その辺のオバちゃんに等しい。大阪の周辺でよく見掛けるパンチを当てたオバチャン的な風貌となっている。きっとヒョウ柄の服が良く似合うはず。
だがそれだけではないよう。何よりもメデューサの表情は触れてはならない絶対的な禁忌に手を出してしまった後悔に溢れている。両目を大きく見開いて、それ以上声を上げられずに美鈴を見ているだけの哀れな姿になり果てる様は、見ているこちらが気の毒になってくる。
「我の眼前でかような醜い姿を晒すでない。そのまま闇の汚泥に戻るが似合いだ」
同情と蔑みがこもった眼でメデューサを一瞥すると、美鈴は今一度ダークフレイムを放つ。闇の炎はあっという間にメデューサを包み込むと、声も上げないうちに真っ白な灰に変えていく。メデューサが燃えていく様子を見つめる美鈴の瞳は闇を支配するルシファーそのものの光を帯びている。
「さあ、次に行くぞ」
「美鈴ちゃんの出番が続きましたから、次の階層ではぜひとも私にお任せください」
聡史の掛け声に一行が部屋の奥にある階段へと向かう。もちろんマリアがガタガタ震え出して歩けなくなったのは言うまでもない。気の毒に思った明日香ちゃんが肩を課している。どうもこの二人には似た者同士という友情めいた連帯感が生まれているよう。
このような調子で各階層ボスを血祭りにあげると、聡史たちはあっというまに40階層へ到達。その途中で36階層に現れたマンティコアに対して桜が喜々として打ち掛かった挙句に、魔物の全身の骨を粉々に砕いて倒した。マリアのトラウマがまた一つ増えたのは言うまでもない。
その他に挙げるとすれば、37階層でバジリスクによってふたたび同じ四人が石に変えられていた。明日香ちゃんは都合3回目の石化を経験したが、全然悪びれる様子はなかった。いい加減学習しろ!
そして一行は、ラスボスの部屋の前に立っている。
「やっぱり私の考えが正しかったじゃないの! 聡史たちが見せつけた力は何よりも雄弁にダンジョン攻略者だという証よ」
「まだ公式に発表されていないから、俺の口からは見ての通りだとしか言えない」
マギーが鬼の首を取ったかのような表情で指摘しているが、聡史はこの期に及んでも自分の口からはっきりとは断言しない。「見ての通りだ」というその一言だけが聡史が口にする唯一の見解。
「そんなことはどうでもいいですわ。それよりも、今からラスボスに会いに行きますよ」
桜がスタスタと巨大な扉の前に進んでいく。扉に手をかけて押し開こうとするが、何らかの鍵でも掛かっているのかビクともしない。
「お兄様、どうもおかしいです。もしかしたら、内部ですでに誰かがラスボスと戦闘に及んでいるのではないでしょうか?」
「その可能性はあるな。終わるのを待っているのも面倒だから、扉を破壊して中に踏み込むか」
学院長から急かされており、急いでいる都合上聡史には悠長に待っているという選択は用意されていないらしい。彼は全員を下がらせると魔剣オルバースを取り出す。
「断震破ぁぁ!」
空間さえも斬り裂く不可視の斬撃が巨大な扉にくっきりと切れ目を入れている。魔法的にもしくは空間的に外側と内部を仕切っていた扉の封印が聡史の斬撃によってその封を解かれている。
「それでは突破しますわ」
桜の拳が衝撃波を伴って扉に衝突すると、硬い材質の分厚い板で作られた扉は粉々に砕け散る。ダンジョンの管理者からしてみれば、こんな迷惑な闖入者はいないだろう。
破れた扉から内部に踏み込んだ聡史たちがそこで見たのは…
「クッソォォ! こんな怪物をどうやって倒せばいいんだ!」
「弱音を吐くな! どこかに必ず糸口があるから、それまで何とか踏みとどまるんだ」
「でも、すでに魔力が残り少なくなっています」
全身をプレートメイルで覆われた騎士風の男性が手にする剣を振り上げて斬り込んでいく。その相手は北欧神話に出てくる炎の巨人〔スルト〕で間違いなさそう。ラグナロックの先兵を務めて神々の世界に襲い掛かって滅ぼすと伝承された巨人族の戦士が見知らぬ冒険者たちの前に立ちはだかっている。その様子に気が付いた聡史たちは…
「あれは人間か?」
「お兄様、どうやらそのようですね。身にまとっている装束はどう見ても地球の人間とは思えませんが」
兄妹の視線の先には、必死で剣を振るい、魔法を放ち、槍を扱く三人の姿がある。あと二人は床に倒れているところを見ると、魔物にやられたのか、それとも意識を失っているだけなのかは、こちらからでははっきりと確認できない。
「お兄様、私が加勢してまいりましょうか?」
「いや、俺に任せるんだ」
聡史がオルバースを構えると、桜は素直に一歩引いて見つめる。聡史はなおも打ち掛かろうとする異世界の三人組に大声で警告を発する。
「今から魔物を倒す。危険だから離れていろ!」
聡史の声が伝わったのか、プレートメイルの男たち三人は助かったという表情をしながらスルトから距離をとる。そのスルトのほうは、三人組から聡史に攻撃の矛先を変えようと体の向きを変えている。
「万物を両断する究極の刃、神斬刃ぁぁ!」
オルバースから見えない斬撃がスルトを捉える。音もなくその巨体を通過した斬撃は、奥の壁に深い断裂を刻んでようやく霧散する。
そしてスルトは不自然に動きを止めている。ややあって…
ズルズル、ズドドドーーン!
轟音を立てて巨大な上半身が床に叩き付けられる。聡史の斬撃はわずか一撃で神話級の巨人を討伐している。
「す、凄すぎるじゃないのよ… 何よあれは…」
マギーですら声を失っている。
「わずか一撃なんて、私たちとは次元が違いすぎています…」
フィオは自らと比較して、聡史や桜が秘めた強大な力に溜息をつく。
「夢ですぅ! これは悪い夢ですぅ」
マリアは、現実からの逃避を開始している。
「聡史君なら、この程度は当たり前ね」
美鈴はなぜか鼻高々な様子。幼馴染みにして心に思いを秘めている聡史の活躍が実は我が事のように嬉しいよう。
「聡史さん、凄いです」
カレンは乙女チックに両手を組んで、瞳を潤ませている。
「お兄様に活躍の機会を奪われましたわ」
桜は本当は自分で倒したかったよう。
「はぁ~! お腹が空いてきましたよ~。昼ご飯はいつになるんでしょうか?」
明日香ちゃんはどうでもいいか。もうちょっと空気を読んでもらいたい。
(筑波ダンジョンは、完全に攻略されました。皆さんは攻略者として認定されます)
聡史たちの脳内にアナウンスが響く。だが大山ダンジョンを攻略した時のように宇宙空間に繋がる通路が出来上がる様子はない。この場に異世界からの来客があった状況を鑑みると、どうやらこの筑波ダンジョンは異世界からやってくる専用の場所なのであろう。
スルトの亡骸が床に吸収されると、聡史はオルバースを仕舞ってからプレートメイルの男の元にゆっくりと歩み寄っていく。三人組は床に倒れた二人を庇うようにして聡史を注視している。
「安心しろ、敵対する意思はない」
「急にダンジョンの最下層に現れて魔物を一撃で倒す人間を警戒しないわけにはいかないだろう」
聡史が言葉を掛けても相手は警戒を解く様子はない。到底かなわない相手だと知りつつ、聡史が一体何者か探る表情を向けている。
「俺たちは、ダンジョンで繋がった別の世界の人間だ。同じ人間をむやみに傷付けたりはしない。警戒を解いてくれ」
「その言葉を信じるしかないな。わかった、剣を下ろそう」
「俺は、聡史だ」
「俺は、マリウス。槍を手にしているのがアルメイダ、魔法使いはディーナ殿… いや、何でもない」
マリウスと名乗った騎士風の男は、魔法使いを紹介する段で口籠る。どうやら何か隠しておくべき事情があるよう。この件について聡史はそ知らぬ封を決め込んで、再びマリウスと名乗ったフルプレートの男に尋ねる。
「そこに倒れている二人の手当ては必要か?」
「二人とも深手を負っている。治せるのか?」
「もちろん可能だ。カレン、頼む」
「はい、わかりました」
カレンが負傷者している男女の元に駆け付けると、想像以上の手傷が見て取れる。というよりも、男性のほうはすでに心臓が止まっている。
「天界の光よ!」
カレンの手から放たれた光が倒れている二人を照らす。見る見るうちに傷は癒されて、止まっていたはずの心臓が規則正しいリズムを刻み始める。
「もう大丈夫でしょう。お二人は間もなく目を覚まします」
カレンの言葉とともに床に倒れた二人の顔色が次第に赤みを帯びてくる様子を見てマリウスはようやく心を開いた様子。
「本当にありがとう。もうダメかと半ば以上諦めていた。ずっと苦楽を共にしてきた掛け替えのない仲間なんだ。礼なら何でもするから望むものを言ってくれ」
「お礼などいりません。目の前に助けられる命があるのなら、私は無償で手を差し伸べます。それが私の使命ですから」
天使らしいセリフで返すカレンに、マリウスは目を見張って神に祈るような仕草を見せる。
「まるで神の使いがこの場に現れたかのような気がする。あなたの崇高な行為に心から感謝をささげます」
このような会話を交わしている間に、倒れていた二人が意識を取り戻す。話ができるようになると、男性のほうはメルドス、女性はロージーと名乗る。
ここで聡史が提案をする。
「こんな場所では満足に話もできないだろう。地上に出てからこの世界の話や君たちの身の上などをゆっくりと話したいと思うがどうだろうか?」
「そうしよう。宝箱は君たちのものだ。遠慮なく回収してくれ」
マリウスが認めたので、桜が遠慮なく回収していく。マリウスにとっては命を救ってもらっただけでも感謝しているので、宝の権利など最初から眼中にないよう。これが彼らの冒険者としての矜持というものかもしれない。
こうして偶然救い出した異世界の冒険者とともに、聡史たちは転移魔法陣に乗って地上へと戻るのであった。
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あっという間に筑波ダンジョンを攻略した聡史たち。そして偶然最下層に居合わせた異世界の冒険者と思しきパーティーを救出するというおまけまで。果たしてこの冒険者たちの正体は… この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!
「面白かった、続きが気になる、早く投稿して!」
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