第65話 異世界からの来訪者


 転移魔法陣で1階層まで一気に戻った聡史は、攻略メンバーと異世界からの客人を一旦ミーティングルームに収容してから学院長に連絡を入れる。



「もしもし、楢崎です」


「早かったな、攻略を終えたのか?」


「はい、筑波ダンジョンのラスボスは倒してきました」


「そうか、ご苦労だった。何か発見はあったか?」


「えーと… なんと申しましょうか、発見というよりも証人が現れました」


「証人だと? どういうことだ?」


「最下層で異世界から転移した人物を救助しました。彼らの扱いをどうするか、学院長に相談しようと思いまして…」


 聡史の衝撃の告白に、さすがの学院長もしばし通話の向こう側で考え込む様子。やや間があって答えが返ってくる。



「さすがに私の一存では決められない案件だな。関係各所と連絡を取るから、それまではその場で人目につかないように保護してもらえるか」


「了解しました。ダンジョン管理事務所で事情を聴きながら学院長の指示を待ちます」


「なるべく早めに連絡を入れる。待っていてくれ」


「了解しました」


 こうして聡史が通話を切ってミーティングルームに戻ると、桜と明日香ちゃんの姿が消えている。



「桜と明日香ちゃんはどこに行ったんだ?」


「管理事務所の飲食コーナーに全員分の食事を用意してもらおうと思って、今二人が注文しにいっているわ」


 どうやら面倒事から逃げ出したのではないよう。確かに昼もやや過ぎているので、聡史やマギーたちは空腹を感じる頃合い。まして激戦を重ねて最下層に辿り着いた異世界からの来訪者は疲労と空腹でプレートメイルのマリウス以外は椅子に座ったまま眠り込んでいる。


 そのマリウスの前には自販機で購入した缶コーヒーが置かれており、彼は初めて味わう甘さと苦みが混ざった飲み物に不思議そうな表情を浮かべている。



「マリウス、少しは落ち着いたか?」


「落ち着くだと? これほどまでに豪華な場所に連れてこられて落ち着けると思うか? こんなきれいな部屋や椅子とテーブル、そして味わい深いこの不思議な飲み物、この建物は王宮なのか?」


「いや、ここは言ってみれば冒険者ギルドの事務所だ。この世界ではごくありふれた建物だぞ」


「ギルドだって! 一体どうなっているんだ?! この世界は全てが王宮のような美しい建物なのか?」


 これがカルチャーギャップというものであろう。マリウスの世界の冒険者ギルドは石造りの中世的な建物で、その内部は日本の近代建築とは程遠い古めかしい内装なのは言うまでもない。雑多な種族の冒険者がクエストを求めて集う猥雑な環境こそがマリウスが知っているギルドのあるべき姿。文化的に地球の中世レベルの世界からやってきた人間にすれば、管理事務所の建物は超未来的な建築物と映っているのであろう。



「この世界はマリウスの世界よりも何百年分も技術が進んだ社会だ。その分魔法に頼らずに生活ができる仕組みが出来上がっている。その件は追々に説明するとして、マリウスたちは何の目的でダンジョンに入っていたんだ?」


「我々人族の国家はマハティール王国という。我が王国は長い歴史に渡って魔族と血みどろの戦争を繰り広げてきた。長年勝敗はつかずに、いたずらに犠牲者だけが増えていく泥沼の戦いだ」


「その戦いはどのくらいの期間続いているんだ?」


「記録がある限り5百年は続いているだろう。最大の敵である魔王はこの間ずっと敵の国家に君臨し続けている。その魔王を倒さない限り、我らは常に魔族の侵攻に怯えて暮らす生活が続くのだ」


 魔族の寿命は長い。エルフなどと並んで数百年は生きるといわれている。マリウスが属するマハティール王国は絶え間ない魔族による侵略に曝されてきたのであろう。



「魔族の国は何と呼ばれているんだ?」


「ナズディア王国だ」


 この証言によって聡史の脳内で話が繋がる。以前捕らえた魔族は自らの国家をナズディア王国と白状していた。つまりこの世界への侵攻を企む魔族の国家と、マリウスたちが戦っている魔族の国家は同一ということになる。



「そのナズディア王国の先兵は、つい先日十万以上の魔物を従えてダンジョンからこの国にも侵攻してきた」


「なんだって! それは痛ましい話だ。多くの犠牲が出たのだろう」


「いや、犠牲は出ていない。俺たちが撃退した」


「まさか! 人間の手で魔族をそんな簡単に撃退できるのか? とんでもない数の魔物も一緒にいたのであろう」


「確かにドラゴンも出現した。けっして軽く片付けたとは言えないが、こちらの犠牲者は出さずに全滅に追い込んでいる。魔物を操っていた魔族を捕えたから、今頃は色々聞きだし終えているだろう」


「魔族まで捕らえたのか! この国はどんな凄い戦士が… ああ、目の前にいるか」


 マリウスは、つい先程目の前でダンジョンのラスボスを聡史が一撃で倒した場面を思い出す。あれほどの強力な戦士がひとりでもいたら、いかに魔族といえども撃退は可能だと納得した表情。



 ちょうどその時、事務所の食堂に出向いていた桜と明日香ちゃんが戻ってくる。



「お兄様、皆さん、お腹が空いたでしょうからお昼にしましょう。筑波名物シャモ定食を用意してもらいました」


「美味しそうですよ! いい香りが食欲をそそります」


 桜がアイテムボックスから次々にトレーに乗った定食を取り出すと、明日香ちゃんが各自に手渡していく。普段働かない明日香ちゃんだが、食べ物が目の前にあるとせっせと動いている。どうせデザートもしっかりと購入しているんだろう。


 ミーティングルームのテーブルには、地鶏を甘辛くソテーした熱々の料理に味噌汁、漬物、小鉢が並んだ食事が湯気を立てている。マリウスは見たこともない料理に目を丸くする。



「眠っている皆さんも起こしてあげてください。ご飯を食べると元気が出てきます」


 これはもちろん桜の持論に他ならない。どんなに疲れていてもお腹いっぱい食べれば元気になると頭から信じて切っている。もちろん他人にもその強引な思想を押し付けるのは当然。とはいえ現在は桜のバカげた理論がいい方向に進んでいるよう。


 マリウスが仲間の肩を揺すって次々に目を覚ましにかかる。薄っすらと目を開けた彼らは目の前にある魅惑的な香りを放つ珍しい料理に誰もが目を見張っている。



「なんて美しい皿なんだ! 国王や貴族でさえもこのような美しい装飾が入った皿を用いてないぞ」


「この皿1枚でも王国に持ち帰ったら莫大な財産だな」


 市販品のごく普通の皿に彼らは目を丸くしている。それほどまでに技術力に差があるという見本かもしれない。



「この香りは、もう我慢できません!」


「調味料をふんだんに用いた食事なんて、王国ではこれ以上ない贅沢ですね」


 女性二人は料理が放つ香りに圧倒されている。ただの管理事務所で提供される定食に過ぎないのだが、戦乱で調味料すら不足する生活にあってはしっかりとした味がついているだけで豪華な食事に該当するのであろう。そして食事に口をつけると…



「もうダメ! こんな美味しい料理がこの世に存在するなんて…」


「異国の料理を初めて口にしましたが、これほどまでに素晴らしいとは…」


 女性二人はシャモ定食に完全にノックアウトされている。だがそれよりも凄いのは男性三人。彼らはなにかに取り憑かれたように声も出さずに料理を掻き込んでいる。シャモ定食の魔力に魅入られて、何もかも忘れて一心不乱に食べている。


 すっかりトレーに乗っている料理を平らげた異世界からの客人は揃って名残惜しそうに空になった皿を眺めている。元々冒険者というのは大食漢が多い。それは男女を問わずに、どこの世界でも体力勝負の稼業というのが主たる理由。もちろんこの場に居合わせるマリウスたちとて例外ではない。


 だが食事に関して絶対に妥協しない桜が彼らの空腹具合を見逃すはずがない。ドヤ顔で次の品をアイテムボックスから取り出している。



「こちらが常陸牛を使用したハンバーガーですわ。それから女性の皆さんにはパフェを用意しました」


 紙に包んであるハンバーガーを五人に手渡す桜。その包みを広げてひき肉のパテが挟んであるパンを食べた彼らの反応は…



「何という旨さだぁぁぁ! こんな食べ物があったのかぁぁ!」


「こんな美味いパンなら、何個でもいけるぜぇぇ!」


「俺たちが知っているパンとは根本的に違っている。この世界の食べ物はどれもこれも素晴らしすぎるぞ!」


 男性諸氏は、すっかり常陸牛ハンバーガーの虜になっている。そしてパフェを口にした女性二人は……



「……」


「……」


 無言で顔を見合わせたかと思ったら、魂を引き込まれたかの勢いでパフェを食べている。もはや言葉は無用なくらい彼女たちはパフェに夢中のよう。


 こうして人生がひっくり返るような昼食を終えた異世界からの客人は、ようやく満腹になって多少落ち着きを取り戻す。今回の食事に関しては全て桜のおごりだったので、各自が料理を誉めつつ桜に礼を述べている。



「いいんですよ。ダンジョン完全攻略で有り余るお金が入ってきますからお礼には及びません」


 さすがは桜。実に太っ腹なところを見せている。まだ大山ダンジョンのドロップアイテムの清算も終わっていないうちにこうして筑波ダンジョンまで攻略したのだから、下手をすると億単位の金額が手に入っても不思議ではない。



 そして改めて自己紹介が始まる。先に聡史たち、続いてマギーたちが紹介を終える。その後は異世界から来た皆さんの順番となる。



「改めて自己紹介をしよう。僕はマリウス、23歳だ。あまり公言したくないが勇者と呼ばれている。ダンジョンを攻略すれば魔族を倒す手掛かりが得られるという神託が下されて、ここにいるメンバーとともに最下層まで辿り着いた。でもラスボスとの戦いで自分たちの実力不足を痛感させられたよ」


 マリウスは異世界の勇者なのだろう。それにしては偉そうに振る舞ったり奢っている言動が見当たらない。謙虚で誠実な性格のように見受けられる。



「なるほど、そんな事情があって危険を顧みずにダンジョンに挑んだのか。ところでマリウスは貴族なのか?」


 聡史の質問にマリウスは首を振る。



「いや、ディーナとメルドス以外は平民の出身だよ。王国の騎士や貴族の兵はとうに戦場に散って、庶民出身で活躍する冒険者が魔族と対峙しなければならないほど、我が国は追い詰められているんだ」


「そうか、戦況はマハティール王国側からすれば悪化しているんだな」


「その通りだ。もっと僕たちに力があれば多くの民を救えるんだが…」


 マリウスが唇を噛み締めている。その無念な胸中は、察するに余りある。続いて…



「俺はアルメイダだ。槍聖の職業を持っている。先祖代々立派な農民だ」


「俺はメルドス、剣聖と呼ばれている。名ばかりの騎士の家柄の三男だから、実質的には庶民と何ら変わりはない」


 男性二人はそれなりにポテンシャルの高い職業を持っているよう。そうでなくては勇者のお供など務まらないであろう。そして女性陣へと話題が移る。



「私はロージー、魔法職だけど回復が専門です。実家は辺境の街で宿屋を営んでいます」


 いわゆる白魔法師に属するのかもしれない。パーティーには欠かせない回復役を務めているのであろう。そして最後に…



「命を救っていただいた皆様に改めてお礼申し上げます。紹介が遅くなりましたが、私はオンディーヌ=ド=ミカエラ=マハティール、マハティール王国の第二王女です。どうかディーナと呼んでください」


 本物のお姫様が登場した。どおりでマリウスが彼女を紹介する際に口籠ったわけだ。王族の身分など軽々しく明かせないという事情があったのであろう。異なる世界とはいえ王族には敬意を払わなければならない。ディーナはその点を考慮して、いままで聡史たちに身分を明かさなかったと考えられる。



「王女様でしたか。大変失礼しました、これまでのご無礼をお許しください」


 聡史が詫びの文言を口にしている。だが逆にディーナのほうが聡史の態度に慌てている。



「どうか頭を上げてください。恩人に対して私が頭を下げるべきです」


 そう言って彼女は深々と頭を下げている。どうやら王族だからといって庶民を下に見るというような悪しき習慣は彼女には無縁らしい。



「我が国は現在、真の存亡の危機にあります。貴族だとか平民だとか、そのような愚かな身分の違いを乗り越えて協力しないとあっという間に滅びの淵を迎えるのです。ですから私も勇者であるマリウス様に協力してダンジョンに向かったのです」


 想像以上にマハティール王国は追い込まれている実情がディーナの口から明かされる。国が滅びようかとしている事態に即して身分の違いなどを声高に叫んでも何ら解決をもたらさない。むしろ下手な身分制度は国民の分断を招く危険性がある。この事実を身につまされて彼女は感じているように見受けられる。


 これに対して、聡史がこちら側の事情を説明し始める。



「どうやら聞いた限りでは、マハティール王国は相当追い込まれているように感じる。王女殿下をはじめとして皆さんは一刻も早く国に戻りたいだろうが、戻るルートが今はわかっていない。この国にある12か所のダンジョンのうちのいずれかから国元に戻れると思うが、攻略はこれから取り掛からなければならない」


「そんな…」


 ディーナをはじめとする勇者パーティーのメンバーの顔が一瞬で曇る。すぐに自分たちの世界に戻れない… これがどのような意味かは、彼ら自身が一番よく知っている。



「だが安心してもらいたい。現在俺たちが本格的に攻略に乗り出している。遅くとも2か月以内には全てのダンジョンを攻略するつもりだ。それまでは、マハティール王国が持ち堪えてくれることを祈ろう」


「はい、わかりました。皆様の肩に我が国の命運が懸かっていると申し上げても過言ではありません。どうかよろしくお願いいたします」


 聡史が胸を張って保証するダンジョンの攻略に一縷の望みを託して、再び深く頭を下げるディーナ王女であった。






   ◇◇◇◇◇






 異世界からの来客を虜にしたシャモ定食をはじめとする魅惑の昼食が終わると、ミーティングルームでは互いの世界の状況に関する話題が話し合われる。ことに初めて地球の中でも日本という発展した国に強い興味を示す異世界からの訪問者の口からは、しきりに社会の仕組みや文化、技術に対する質問が次々に飛び出す。



「本当に馬が引かない馬車があるのか?」


「こんな感じですよ」


 桜が自分のスマホ画面に都心の固定カメラの映像をダウンロードして、彼らにその画像を見せている。シャレたショッピング街が立ち並ぶ歩道を行き交う歩行者とともに道路には数えきれない台数の車が整然と通行している。



「何がどうなっているんだ? こんな速度で馬車が走るとか有り得ないだろう」


 馬車という発想から抜け出せないマリウスにとっては、自動車という概念を理解するには相当な時間が必要となりそう。彼だけではなくて他の面々も同様であろう。



「なんて美しい街並みでしょうか。人々が来ている服もあらゆる色合いに溢れています。それに商店に並ぶ品々は見たことない物ばかりです!」


 ディーナ王女は画面に映し出された別の光景に興味を惹かれているよう。王族だけあって人々の暮らし振りに関心があるのだあろう。



「ところでこの機械も、魔力通信なのか?」


 マリウスがスマホを指さしている。彼らの世界では魔力を用いた遠距離通信技術が存在する。もっともそれは国や冒険者ギルドが管理する大掛かりな設備で個人が手軽に持ち歩き可能な代物ではない。



「これも科学技術を利用して作られています。魔力は使用していませんよ」


「魔力を使用せずに別の場所の映像を転移させているのか… 驚くべき技術だな」


 桜の説明にマリウスをはじめとした異世界のメンバーが目を見張っている。魔力を使用せずに遠方と通信が可能というのは、彼らにとっては信じられないらしい。その時、聡史のスマホが着信を告げる。



「はい、楢崎です」


「楢崎准尉、異世界からの来訪者の処遇が決定した。ひとまずは宇都宮駐屯地に迎え入れる。すでに迎えを手配してあるから楢崎准尉たちは同行してくれ。私もヘリで向かうから、同席して事情聴取を行いたい」


「了解しました。この場で迎えを待ちます」


 聡史は通話を切ると、一同に向き直る。



「マギー、君たちは魔法学院に戻ってくれ。ダンジョン完全攻略と異世界からの来客の件はしばらく口外しないでもらいたい。これは日本の国家機密に該当する重要な情報に当たるので、迂闊に口外すると立場が悪くなる可能性がある」


「言外に脅しているわよ。まあ、仕方がないわ。聡史の顔を立てて本国にはしばらく内緒にしておくわよ」


 マギーも言外にアメリカ政府の意向を受けて日本に来ていると聡史に知らせている。マギーが約束したように、フィオとマリアもしばらく口外しないと誓っている。


 

「それからマリウスやディーナ殿下は俺たちとともに軍の基地へと移動してもらう。あまり豪華なもてなしはできないが、しばらくそこに滞在しながら日本での生活に慣れてもらいたい」


「私たちの身の安全は保障できますか?」


 ディーナ王女が仲間の身の安全を懸念している様子。対外的な対応に関しては、このパーティーでは一番経験があるのは王女なのだろう。聡史たちに個人的な信頼を感じてはいるものの、本当にこの国が自分たちの身の安全を保障してくれるのか、まだ彼女には100パーセントの信頼を置けないのも仕方がないこと。



「安全は保障する。軍の上層部からの指示だ。俺たちも同行するから心配しないでもらいたい」


「…そうでしたね。この場は聡史に任せる以外にはないのを忘れていました。どうぞよろしくお願いします」

 

 ディーナ王女もこの場は他に方法が見当たらないと覚悟を決めたよう。他の面々も王女の判断に委ねている。


 マギーたちはこれ以上日本政府の内情に立ち入れないことを理解して、素直に自分たちから魔法学院に戻っていく。帰り際に彼女たちは、聡史に向かって挨拶を交わす。



「今回はお世話になったわね、感謝しているわ。今度どこかのダンジョンを攻略する時には私たちにも声を掛けてよ」


「今回はあまり戦力になれなかったので、次の機会にはもっと役に立てるように自分の魔法技術を磨いておきます」


「桜ちゃん、次回も絶対にあの美味しいステーキをごちそうしてもらいたいですぅ。ステーキを食べれば元気になるですぅ」


 やはりマリアは第4魔法学院の明日香ちゃん的な立場らしい。やや甘ったれた喋り方とは違って中身は肉食女子のよう。変な意味ではなくて単なる肉好きにすぎないが…



「今回は時間の制約で慌ただしい攻略になってしまったが、次の機会はもっとゆっくり進めたい。その時にはぜひとも協力してもらいたい」


「マリアちゃん、美味しいお肉を用意して待っていますよ」


 聡史と桜の返事に微笑みながら手を振って、マギーたち三人は魔法学院に戻っていく。聡史たちと異世界からの客人も手を振りながら彼女たちを見送る。



「聡史、あの大きな建物は何ですか?」


 管理事務所の外に出たディーナ王女がマギーたちが戻る先にそびえている魔法学院の建物を指さしている。



「あそこがマギーたちが所属している第4魔法学院だ」


「この世界にも魔法学院があるんですか! 私もマハティール王国の魔法学院出身です」


「俺たちは第1魔法学院に所属している」


「聡史たちも魔法学院生だったんですね。あまりに強いのですでにAランクの冒険者だと思っていました」


 ディーナ王女は、聡史たちがまだ学生だという話にますます目を丸くしている。もっとも聡史たちが単なる学生の範疇に収まるかは、大きな疑問の余地が残るのだが…



「フフフ、ディーナちゃんは人を見る目がありますわ。私とお兄様は、過去すでにSランクの冒険者として活躍していた時期があるんですよ」


「えっ! Sランクの冒険者ですか?」


「はい、魔王ごときはすでに討伐しておりますし、邪神すらこの手にかけて滅ぼしましたわ」


「またまたぁ、桜ちゃんは冗談がお上手ですね~。Sランクの冒険者なんて、私たちの国では伝説上の存在ですよ。魔王や邪神なんかそうそう簡単には討伐できませんから」


 桜はかつて渡った異世界で本当に経験した実話を打ち明けているのだが、ディーナ女王は冗談だと受け取っている。彼女たちの世界では、魔王は人間が束になってもかなわない強大な敵。ディーナの常識の埒外の桜の発言に彼女の想像力が追い付かないのだろう。


 その横では、美鈴とカレンがヒソヒソ何か耳打ちしている。



「美鈴さん、桜ちゃんなら魔王の5、6人は涼しい顔で倒しそうですね」


「大魔王としては、滅ぼされた魔王に若干の同情を禁じ得ないわ」


「美鈴さん、そんなことを言っていると、桜ちゃんを敵に回しますよ」


「その時は聡史君の後ろに隠れるから、きっと大丈夫よ」


「それは絶対に止めてください! あの兄妹が本気で戦ったら日本全体が地図から消えてなくなります」


 カレンは深刻な表情で美鈴を諫めている。天界の申し子と闇の支配者という相反する世界の住人でありながら、二人の間には固い絆が存在している。それは友情などというレベルではなくて、人智を超えた存在のみが持ち得る共感とでも呼ぶようなものかもしれない。


 こうしているうちに、管理事務所の駐車場には宇都宮駐屯地から回された2台のワゴン車が到着する。



「我々がこれに乗るのか?」


「2時間ほどで駐屯地に到着するだろう。危険はないから安心して乗ってくれ」


 馬車の何倍もの速度で走るワゴン車にマリウスが狼狽えた表情を浮かべている。だが彼はワゴン車のシートに腰掛けると、今度は別の感想を抱く。



「なんて素晴らしい座り心地だ! 王宮のソファーでもこれほど楽に座れることはなかったぞ」


 車のシートは人体工学を基に製造されている。人の体を快適にサポートするシートにマリウスは感に堪えない表情を浮かべる。


 ワゴン車が動き出すと彼らはその速度に驚くとともに、快適で揺れない乗り心地に舌を巻いている。馬車で未舗装の街道をゴトゴト走るのとは次元の違う快適な環境に心から感動している。そして徐々に市街地へ向かうと…



「ここがこの国の王都ですか? 人々がこれほど街に溢れているのは、もしかしたら今日は何かのお祭りでもあるんですか?」


 茨城県のごくありふれた街を見たディーナ王女の感想がコレ。彼女の眼には平和な街中に人々が集ってこれから何かのフェスティバルが始まるかのような賑やかさに映っている。おそらく東京の街を見たら、あまりに多くの人波に気を失うかもしれない。



 こうして2時間ほどで一行は宇都宮駐屯地へ到着する。車中から見えた外の光景の全てが、彼らに大きな驚きをもたらしたのは言うまでもない。次々に目の前に登場するパノラマにマリウスやディーナ王女は徐々に衝撃を受けるという感覚がマヒして、なんだか諦めの境地に達したかのような雰囲気でワゴン車を降りる。



「マハティール王国のディーナ王女殿下、この宇都宮駐屯地へようこそお出でくださいました。日本国を代表いたしまして歓迎の意を表明したします」


 駐屯地の幹部が礼装に身を包み、整列してワゴン車を降りる一行を出迎える。にこやかな表情で挨拶を送ったのは、この駐屯地の司令である准将。



「礼砲、撃てぇぇぇ!」


 空に向かって歓迎の空砲が鳴らされる。撃ち終わった隊員は見事に揃った動作で銃を脇に置くと、さっと敬礼を賓客に送る。地方の駐屯地であってもこうしてやんごとなき地位の人物を出迎える礼式が完璧に披露されるのは、自衛隊の秩序正しい練度の賜物であろう。



「急な来訪にも拘らず、皆様の歓迎に深く感謝いたします。マハティール王国の第2王女で、オンディーヌ=ド=ミカエラ=マハティールと申します」


 このような歓迎ぶりに一瞬戸惑いを見せたディーナ王女であったが、そこは王族の一員として気品に溢れた態度で感謝を述べる。世界は違っても王家の血を引く人間としての彼女の振る舞いに、出迎えた駐屯地の幹部たちは「さすがだ」という感想を抱くのは言うまでもない。


 歓迎のセレモニーが終わると、女性の係官がディーナをはじめとする異世界からの面々をこれからしばらく滞在する部屋へと案内する。


 駐屯地の中であるため質素な部屋だが、実用性の高いその調度類に一同は目を見張る。


 各自の部屋で着替えを済ませると、五人の来訪者は案内に従って聡史たちが待っている会議室へ入ってくる。マリウスをはじめとした男性陣は全員大柄な体格であったので自衛隊員が着用する最も大きなサイズの戦闘服を身に着けている。


 ディーナ王女とロージーは、黒のスカート、白のブラウス、黒の上着という女性隊員用の制服に身を包み登場する。



「この服は、とっても高級な生地で素晴らしい着心地です。私たちの世界にはこれほど軽くて着心地がいい服は存在しません」


「この戦闘服とやらも、動きやすくて実用性が高いな。何よりもゴワゴワしないのが本当にありがたい」


 ディーナ王女とマリウスの率直な感想。ごく一般的な自衛隊員の制服ですら、彼らにしてみれば高級な衣服という位置づけになるよう。


 自販機の飲み物で喉を潤しながらしばらく歓談していると、ドアが開いて駐屯地の幹部と学院長が会議室に入ってくる。着席するなり学院長が本題を切り出す。



「ディーナ殿下をはじめとする異世界から来訪した方々、ようこそ日本へ。私は、そこにいる楢崎兄妹をはじめとする学院生が所属する魔法学院の学院長を務める神崎真奈美という。以後よろしく頼みたい」


「こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」


 それぞれの挨拶と自己紹介を終えると、さっそくマリウス、ディーナ、聡史らの話を交えて、彼らが日本へやってきた経緯が語られる。


 一通りの事情説明を終えると、学院長が最後に話をまとめる。



「状況は理解した。政府からは今日中に五人の滞在許可下りる予定だ。1週間ほどこの駐屯地で過ごして日本の文化や社会制度を学んでもらってから、全員一時的に魔法学院で受け入れることとなった。1週間後の再会を楽しみにしている」


「学院長、ディーナやマリウスはしばらく魔法学院で生活するんですか?」


「楢崎准尉、その通りだ。貴官らは、しばらくの間ダンジョン攻略に専念して五人が元の世界に戻る方法を調べ上げろ。全てはそれからだ」


「了解しました」


 すでに聡史をはじめとするデビル&エンジェルは、全員予備役自衛官の任官を得ている。なぜか明日香ちゃんまでついでだからと予備役一等陸士に。明日香ちゃんの巻き込まれ癖は、いまや留まる所を知らない。


 こうして当面の異世界からの来訪者の所属は魔法学院と決定するとともに、聡史たちは尚一層のダンジョン攻略に邁進する指令が正式に通達されるのであった。



   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



異世界からやってきた勇者率いるパーティー。そのメンバーには王女様まで含まれているとあって中々の騒ぎに発展。しばらくした後に五人は魔法学院に滞在するようなので、これから先も色々と事件が起りそうな予感がしてきます。この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!



「面白かった、続きが気になる、早く投稿して!」


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