第66話 来訪者の学園生活スタート
異世界からやってきた来客に対する事情聴取は、学院長を中心にして迅速に終了する。他の駐屯地幹部は「私たちには異世界の話などまったくわかりません」と無言で白旗を揚げて学院長に丸投げしている態度が明らか。
「さて、聞きたいことはすべて聞き終えた。ところで楢崎准尉と桜准尉、せっかく宇都宮まで来たんだから、例の捕虜の顔でも見ていかないか?」
「何かあるんですか?」
「あちら側の世界で魔族と戦っている証人が現れたのだから、実際に顔を合わせて双方の主張を戦わせたいだけだ。そこの五人も私についてこい」
学院長の狙いを何となく理解した聡史は、何をさせられるのかもうひとつ飲み込んでいない表情のマリウスやディーナに立ち上がるように目で促す。魔族を捕虜にした当事者の桜とカレンはもちろん、美鈴や明日香ちゃんも一緒になって場所を移す。
那須ダンジョンで起きた魔物の集団暴走を陰で操っていた魔族は現在宇都宮駐屯地のとある施設の地下に拘束されており、学院長をはじめとする他の面々は係員の案内によって施設へと入っていく。
建物の内部は倉庫のような広い造りで、ガランとした何も置かれていないスペースが広がっている。ただし1か所だけ地下に下りる階段が設けられており、係員と共に全員その階段を地下へと降りていく。地下にやってくると、そこは1階とは全く違う雰囲気が漂う。
監視モニターが並ぶ管理室の内部では、捕虜に何らかの変化がないか画面を見つめる要員が五人体制で監視をしている。その他にも、万一の際に備えて重武装の一個小隊が即座に対処可能な体制で待機している。相手が魔族とあって厳重な監視体制が施されている。
「神崎大佐の要請で捕虜の尋問を行う」
「了解しました」
案内役の係員の指示で待機している係員が扉の開閉スイッチを操作すると、重たい鉄製の扉が横にスライドしてその先には通路が続く。さらに立て続けに通路を仕切る扉を2回抜けると、ようやく捕虜が拘束されている一室が出現する。隔壁とも呼べるような分厚い扉は牢獄がある方向からは一切開ける手段はなくて、管理室で開閉操作しなければならない厳重な造りとなっている。
係員はポケットからカードキーを取り出して部屋のドアの横にある装置に差し込むと、ガチンという重たい音を立ててようやくドアロックが外れる。
「内部は強化プラスチックで仕切られております。仕切り越しにしか尋問はできません」
「かまわない」
係員が重たいドアを開くと、そこには透明な強化プラスチック越しに椅子に腰掛けている魔族の姿が全員の目に飛び込んでくる。
「あ、あいつは魔公爵グレッツェンドルフ! マハティール王国騎士団を壊滅に追い込んだ張本人です!」
捕虜の姿を一目見た瞬間、マリウスはワナワナと声を震わせて叫ぶ。こんな場所で彼らからすると不倶戴天の仇とも言うべき魔族の首領と対面して声を上げるなと注文を付けるほうが無理というものだろう。
「通話装置をオンにします」
係員が操作をすると、捕虜との会話が可能となる。もっともこれは機能的に可能になるという意味で、実際に会話が噛み合うかどうかというのは別の問題だ。
「グレッツェンドルフ、久しぶりだな。私の顔を覚えているか?」
拘束されている監獄の内部に声が届いて、ようやくグレッツェンドルフはこの場に学院長をはじめとした面々が顔を揃えてやってきたことに気が付く。ハッとして顔を上げるグレッツェンドルフは、強化プラスチックの向こう側に立っている顔触れを見てガタガタと震え始める。
「こちらが聞きたいことに素直に答えろ。さもないとその扉から桜准尉をそちら側に送り込むぞ」
「そ、それだけは絶対に止めてくれぇぇ! なんでも話をするから、その悪魔だけは私に近づけるなぁ!」
どうやら桜の存在が、グレッツェンドルフに与える影響は絶大だった模様。捕らえられた当日に、目の前でもうひとりの魔族が正気を保てなくなるほど痛めつけられたあの悪夢がいまだに彼の脳裏に焼き付いているのだろう。
「こんなに優しい私を掴まえて悪魔とは失礼ですわ。本当の悪魔は美鈴ちゃんですから」
「桜ちゃん、私は暗黒の支配者であって単純な悪魔という概念には留まらない存在よ」
怯える表情のグレッツェンドルフを目の当たりにして、桜と美鈴は至極平常運転で悪魔談義をしている。美鈴が自らルシファーと名乗っているのはともかくとして、桜にしても大概の悪魔は裸足で逃げ出すレベルの恐怖を撒き散らす存在ではないだろうか。本人は全く自覚していないようだが… 優しいなんてフレーズが一体どの口から飛び出すのであろう?
「グレッツェンドルフ、お前はマハティール王国に対してどのような行為を実行したのかこの場で全部白状しろ」
「マハティール王国? ああ、あの愚にもつかない人族の国か」
学院長の質問に若干声を震わせがちではあるが、ここに至っても見下す態度で異世界での過去の出来事を語りだす。
「人族など、われら魔族にすれば家畜と同等の存在。その命と富を奪うしか価値のない対象に過ぎない。生意気にも兵を挙げて我に反抗しようとしたゆえに、万単位の兵をアリの如くに焼き殺してやったわ」
「グレッツェンドルフ! 貴様ぁぁ!」
マリウスは今にも飛び掛かろうかという表情でグレッツェンドルフを憎しみが籠った眼で睨み付けている。ディーナ王女は悲しげに目を伏せてグレッツェンドルフから視線を外す。他の三人も悔し気に体を震わせる。
「そうか… 多少は考えを変えるかと期待していたが、どうやらいくら時間をかけても無駄なようだな。いいだろう、お前がそこにいる間に魔王を滅ぼしてやるから、精々神でも悪魔でもいいからお前が信じる者に祈っていろ」
「我らが信じるのは魔王様のみ! 魔王様は不滅の存在! 貴様らが束になっても敵わぬぞ」
「あら、それでは魔王よりもさらに上の大魔王というのはいかがかしら?」
「大魔王だと? そこなる娘は何たる戯言を口にしておるのだ? 我らの魔王様を愚弄するつもりか」
どうやらグレッツェンドルフには美鈴の謎が秘められた曖昧な質問の意図を理解できなかったよう。魔王が不滅ならば、さらにランクが高い大魔王はどうなるのか… この美鈴の言葉の真の意味を理解したなら、グレッツェンドルフは地獄に突き落とされるような深い絶望を味わったかもしれない。
このようか尋問が為されているうちに、にいつの間にか桜は両手にオリハルコンの籠手を嵌めている。
「学院長、せっかくですから今から2、3発ブッ飛ばしておきましょうか? 多少は目が覚めるかもしれませんわ」
「絶対に止めてくれぇぇぇ!」
顔面蒼白になったグレッツェンドルフの心からの叫びが狭い拘束施設に響くが、学院長は首を縦に振らないまま。
「桜准尉、それはまた別の機会にしよう。さて、聞きたい話が聞けたから撤収するぞ」
「残念ですわ」
こうして尋問を終えた一行は、拘束施設を出ていく。たったひとり監獄に残されたグレッツェンドルフは誰もいなくなったのを確認してから大きな息を吐くとともに、その瞳には小暗い光を宿すのであった。
◇◇◇◇◇◇
「西川陸士長、カレン、二人に頼みたいことがある」
拘束施設の建物を出てから、学院長は何かを思い出したかのような表情で二人に耳打ちしている。
「わかりました。30分くらいで完成すると思いますから、しばらくお待ちください」
係員に再び案内されて、美鈴とカレンの二人は再び施設へと戻っていく。どうやら地下で何らかの作業をするようであったが、聡史たちにはその詳細は知らされてはいない。
美鈴たちが席を外している間、聡史たちは元の会議室で待機する。しばらくして美鈴とカレンが戻ってくると、学院長は異世界からの来訪者に語り掛ける。
「この駐屯地でしばらく日本の知識を身に着けてもらいたい。それでは1週間後に魔法学院で待っている」
「ありがとうございます。色々と勉強させてもらいます」
五人を代表してマリウスが答えると、学院長は軽く頷いて今度は聡史たちに向き直る。
「今回のダンジョン攻略並びに、異世界からの来訪者保護ご苦労だった。今回の活躍に関しては、私からダンジョン対策室に報告しておく。各位にはおそらく昇進の沙汰があるだろう。楽しみにしておくんだな」
「学院長、昇進ですか? そもそも入隊していきなり准尉なんていう高待遇なのに、これ以上昇進したら責任が重くなるばかりですよ」
「楢崎准尉、それだけの手柄を挙げたという事実をもっと自覚しろ。人類初の快挙を成し遂げたんだから、褒賞が与えられるのは当然だろう」
「はあ… わかりました。謹んでお受けいたします」
こうして聡史は、学院長に押し切られるように昇進を受け入れる。あの眼光に逆らう勇気は、さしものレベル400オーバーの聡史でも持ちえなかった。
「フフフ、私の力を正当に評価していただいて光栄ですわ。なんでしたら史上最年少の元帥の地位でも構いません」
「桜准尉、日本には元帥の階級は存在しない。そのようなしょうもない野望は諦めるんだな」
「残念ですわ」
責任感など無関心な桜がまたバカなことを口にしている。この娘は一体どこまで不遜なのだろうか?
こうして聡史たちは翌週の再会をマリウスやディーナと約束して、魔法学院へと戻っていく。駐屯地を飛び立つヘリに乗り込んだ聡史たちを五人は手を振って見送るのであった。
◇◇◇◇◇
学院に戻った聡史たちは、相変わらず忙しい日常を送っている。
聡史はブルーホライズンと共に大山ダンジョンの12階層でコカトリス狩りに精を出し、桜はEクラスの男子を率いてオーク狩りに努めている。
美鈴は魔法術式をまとめる作業に没頭している。今週内に学院長に初級魔法と中級魔法を各属性ごとに全てまとめて提出するつもりらしい。上級魔法に関しては、仮に術式を公開しても使用可能な人材がいないということで後回しにされている。
カレンは、Eクラスの女子から請われて棒術の訓練を彼女たちに施している。ブルーホライズンの活躍や自主練組の男子たちがすでに5階層に到達しているという事実が、クラスの他の生徒にも刺激をもたらしているよう。
そして明日香ちゃんは… 桜がいないのをいいことに食堂に入り浸ってデザートを食べまくっている。
「はぁ~… 幸せですよ~。桜ちゃんがいないと本当に落ち着いてデザートを味わえますよねぇ~」
本日の2つ目のパフェをスプーンで口に運ぶ明日香ちゃん、その表情は心から幸せを噛み締めている様子が窺える。だがその背後から幸せモードに浸っている明日香ちゃんに声が掛けられる。
「明日香ちゃん、誰がいないと幸せなんですか?」
「そんなに決まっているじゃないですか! 桜ちゃんの目を盗んで食べるパフェの味わいはもはや至高ですよ~」
「そしてブクブク太っていくんですね」
「失礼ですね! 私はそんなにブクブクに太っていませんから」
「ほほう、この脇腹の肉をどう説明するつもりですか?」
「まったく誰ですか? 人がせっかく美味しいパフェを楽しんでいる時に」
スプーンを口に差し込んだまま明日香ちゃんが振り向くと、そこには桜が仁王立ちしている。今一番顔を合わせてはいけない人間が突如出現したとあって、スプーンを口に差し込んだまま固まる明日香ちゃん。ややあって…
「ええええええ! 桜ちゃんはダンジョンに入ったはずなのに、なんでここにいるんですかぁぁぁぁ!」
「明日香ちゃん、囮捜査というフレーズをご存じですか? エサを撒いておいて相手がパクっと食い付いた瞬間に逮捕する手法ですよ。しばらく泳がせておきましたが、ついに現場を押さえましたわ」
「ひょえぇぇぇ! 桜ちゃん、これはちょっとした間違いです! たまたま今日だけ、おやつが食べたくなったんですよ~」
「言い訳無用です! カレンさんから証言を得ていますからね。ここ何日か明日香ちゃんはずっと訓練をサボっていますよね」
「テヘヘ、面目ない」
こうして幸せなひと時が一転して、桜監修による明日香ちゃん地獄のダイエット作戦が開始されるのであった。
◇◇◇◇◇
こんな日常が繰り返されているうちに、あっという間に1週間が経過する。
この日の昼前に、魔法学院の制服に身を包んだ五人が宇都宮駐屯地が用意したワゴン車に乗って到着する。
「ここが聡史たちがいる魔法学院か」
「うう… この制服のスカートは、ちょっと短すぎないですか?」
「ディーナ殿下、絶対に短いなんてことはありません! この世界の学院女子生徒は、全員がこのような短いスカートを穿いております」
宇都宮駐屯地で日本の文化や生活習慣の知識を身に着けた異世界からの来客ではあるが、どうも情報の入手先に何らかのバグが加わった可能性が高い。具体的に言えば、日本の習慣を教えた駐屯地の女性隊員がややオタク的な傾向を秘めていたのはちょっとした不幸かもしれない。
その結果として時にはロージーがメイド服を身に着けたり、ディーナ王女がゴスロリ風の衣装に身を包んだりさせられるという事態が駐屯地内で発生した。もちろんこの衣装は女性隊員の私物。ディーナやロージーののコスプレ姿をかの女性隊員は満足げに愛でながら悦に浸っていたという伝聞が聞こえてくる。
「そ、それでは殿下… 教官殿たちの詰め所に参りましょう」
マリウスはやや顔を赤らめている。彼らの世界でいえば非常識なほどに生足を出した王女殿下を前にして、常日頃の冷静な態度など彼方に吹き飛んでいるよう。
「この姿で生活するなんて、最初から不安です~」
「殿下、よく似合っていますよ。さあ、私たちもまいりましょう」
短いスカートをちょっとでも下に降ろして何とか足を隠そうと悪戦苦闘しているディーナ王女、彼女の羞恥心など気付かぬフリでロージーは背中を押して正門をくぐるのであった。
◇◇◇◇◇
マリウスやディーナ王女が魔法学院に到着したちょうど同じ時間、聡史たちは本日は学科の授業で教室にいる。
「それでは午前中の授業は終了だ」
英語担当の教員が終了を告げると、脱兎のごとく桜が窓際に走り出す。
「桜、ちょっとは落ち着いたらどうだ?」
「お兄様、昼食の時間に落ち着いてなどいられますか!」
そう言い残して。桜は3階の窓から飛び降りていく。そのまま校舎脇を一気に走り抜けると、学生食堂に飛び込んでいくいつも通りの光景が展開する。
窓の外に消えていった桜の姿を呆れて見ている聡史、その視線が学院の正門付近へと向けられる。
「そうか、今日は王女たちが学院にやってくる日だったな」
聡史の目には、ワゴン車から降り立つ五人の姿が映っている。彼らは仲間内で何らかのやり取りを行った後に校舎に向かって歩き出す。
「広い校舎だから、迷ったら気の毒だな。迎えに行こうか」
誰にも聞こえない独り言を呟いた聡史は、桜同様に窓から飛び降りて正門方向に走り出していく。
同じ頃、正門から校舎の方向に歩く五人の異世界からの来訪者はどうやら戸惑った様子で相談をしている。
「これだけ広くて王宮よりも高い建物がいくつもあると、どこに行ったらいいのかわからないな」
「マリウス、誰かに聞くのがいいんじゃないか?」
「それはそうだが、人影はここからずいぶん先にしか見当たらないな。よし、まずは人影のある場所に向かってみよう」
パーティーの行動方針を決定するのは常にマリウスの役割となっている。日本にやってきても彼らの間ではこの役割分担は健在な模様。五人はマリウスの決定に従って人影が見当たる方向に向かって歩き出す。しばらくすると彼らの目には、こちらに向かって走ってくる人影が映る。どうやら自分たちに向かって手を振っている様子も確認できる。
「もしかしたら聡史じゃないのか?」
「私たちの姿を見つけて、わざわざ来てくれたようですね」
「ありがたいな。これでどこに行けばいいのか明らかになるぞ」
心の中でどうしたものかと途方に暮れていたマリウスの声が響く。救いをもたらす幸運がやってきたかのように、ホッとした表情を浮かべている様子がアリアリ。勇者と言えども見知らぬ場所に放り出されると途方に暮れるのも当然であろう。
「聡史ぃぃ!」
「聡史さ~ん!」
ディーナとロージーが両手を振って聡史を呼んでいる。一国の王女たる者このような大きな声を上げるのは礼儀に反する行為と教えられてはいるが、ディーナはこのパーティーと一緒に行動しているうちにそのような王族としてのマナーなどどこかに捨て去っている。
あっという間に聡史の姿は接近して、これだけのスピードで走っても息一つ乱さない様子で五人の前に立つ。
「ようこそ、魔法学院へ! 五人の到着を待っていたぞ。先に職員室に案内するから俺についてきてくれ」
「助かったよ、これだけ広くて大きな建物があると、どこに行ってよいのやら途方に暮れていたんだ」
マリウスは、明け透けについ今しがたまでの自身の心内を打ち明けている。彼の生来の性格ゆえに、隠し事は苦手。その正直な性格を認められて異世界の神様から勇者に任じられたのかもしれない。
「ディーナ王女、日本には慣れたか?」
「少しは慣れましたが、まだまだ驚く出来事がいっぱいです。一番驚いたのは、ゴスロリという古風な召し物が王族の正式な装束だという点です」
「なんだか間違っている気がするぞ。誰から聞いたんだ?」
「駐屯地でいろいろとお世話になった女性自衛官の方です」
「確認してみよう」
どうもディーナ王女の話に齟齬があると感じた聡史は、すぐに宇都宮駐屯地に確認する。通話口に出た案内役の係官の証言によって、その女性隊員の個人的な趣味であることが明らかになった。本人がテヘペロ顔で白状したらしい。
しばらく考えてから聡史は、スマホで日本の皇室の画像を呼び出す。
「これが日本の皇室の方々の画像だ。普段の姿とフォーマルな姿が映っているから、変な誤解は解いてくれ」
「まあ! 日本には皇帝陛下がいらっしゃるのですか。いずれはご挨拶をしなければなりませんね」
これはディーナ王女の王族としてのごく普通の感覚。他国を訪問したらその国の王家に挨拶をするのは当然というのが異世界での外交慣習となっている。もちろんこの地球上にも同様の慣習はあるだろう。この辺の感覚は、庶民である聡史にはなかなか理解しにくいものであろう。
聡史がディーナ王女に見せた画像は他のメンバーの興味を惹いている。他国の王家や皇族というのは、彼らにとっても敬意を払う対象のよう。文化や社会体制が中世レベルの世界では王族の権威が現代日本以上に強いのであろう。
だからこそ、聡史には不思議に映る。ディーナ王女がこのパーティーで普通の仲間として扱われている点に。
「王女はパーティー仲間と親密に感じるが、身分とかそのようなことは関係ないのか?」
「そうですねぇ~… 最初の頃はマリウスを含めて皆さんどのように声を掛けてよいのか迷っていた節がありましたが、命懸けの冒険を繰り返すうちにそのような小さな事柄はどうでもよくなりました。お互いを信頼しているからこそ、こうしてひとつのパーティーとしてまとまって行動できるんです」
「ああ、確かにその通りだな」
聡史は納得顔に変わっている。事実彼自身も異世界で優秀な魔法使いである王女と臨時のパーティーを結成した経験がある。今思えば、当時はずいぶん失礼な言動もあった。もちろん桜は聡史の百倍失礼な言動を繰り返していたが…
このような話をしているうちに、職員室がある管理棟が目の前に迫る。聡史の先導で一行は職員室へと入っていく。
「今日から学院に編入する五人を案内してきました」
「ああ、楢崎君! わざわざすまなかったね。あとは私が引き継ぐから昼食を済ませてきなさい」
ちょうど居合わせたEクラスの担任である東先生が五人を引き受けてくれる。聡史としては、あとは先生に丸投げだ。
「それじゃあ、後でゆっくり話をしよう」
「案内してもらって、すまなかったな」
五人に手を振られて、聡史は一足先に職員室を出ていくのであった。
◇◇◇◇◇
昼食時間にだいぶ遅れて聡史が食堂に顔を出すと、桜はすっかり食べ終えており、その横では明日香ちゃんがグヌヌという表情でお茶を口にしている。どうやら本日もダイエット作戦継続中の模様。
「聡史君、遅かったけどどうしたの?」
「宇都宮から来た例の五人を職員室に案内していた」
「まあ、いつの間に到着していたの? 全然知らなかったわ」
「俺もたまたま窓の外を見てて、正門で車から降りた姿を発見しただけだ」
「手間を掛けさせてごめんなさいね」
「気にするな。大した手間じゃないから」
美鈴は生徒会役員としてディーナ女王たちの到着を気に掛けていた。だがすでに聡史が気を利かせてくれたことに感謝している。
「お兄様、新たな知り合いが増えて、ダンジョン攻略も本腰を入れないといけませんね」
「そうだな、悠長にしている時間はないからな。早く彼らが国に戻る通路を発見しないと、あちら側で色々と不味いことになる」
桜の表情がピカピカに輝いている。大手を振ってダンジョン攻略に専念できるからに相違ない。ましてや学院長からも「早く攻略しろ」というお墨付きまで得ているのだから、桜が立ち止まる理由など無きに等しい。さらに桜の話の矛先はグヌヌ顔の明日香ちゃんへ向けられる。
「明日香ちゃん、このところずっとダイエット作戦に付き合っていましたから、そろそろ結果を出してください。結果にコミットするのは重要でですから」
「桜ちゃん、もう私を放置してもらえませんか?」
「50キロを切るまでは、絶対に手を抜きませんわ」
「はぁ~… どこかに消えていなくなりたい…」
絶望感だけが明日香ちゃんを包み込んでいる。なにしろ次の大台一歩手前まで増加した体重を、ボクサーの減量並みの厳しい節制で減らしている毎日。ホンワカ生きている明日香ちゃんにとっては、地獄に等しい生活に等しい。この日の昼食もサラダ中心でデザートはなしという、明日香ちゃんの生甲斐をまるっきり無視した悲しい内容。明日香ちゃんの生気が失われているのは無理もない。もっとも体重がそこまで増えたのはすべてにおいて明日香ちゃんの自業自得なのだが。
こうして聡史が食べ終えるのを待って、デビル&エンジェルはそれぞれの教室へ戻っていくのであった。
◇◇◇◇◇
午後の授業が開始される前に、Eクラスの生徒の前には東先生に連れられた5人の生徒が並んでいる。もちろん彼らは一時的に魔法学院に在籍する異世界からの来訪者で間違いない。
「本日から短期留学でこの学院で学ぶことになった留学生の皆さんだよ。それでは、自己紹介してもらえるかな」
東先生の説明に、Eクラスの在籍生徒の目が色めき立つ。男子生徒の注目はディーナ王女とロージーに注がれ、女子生徒の目はマリウスに集中している。他の二人のアルメイダとメルドスはほとんど目が向けられないも同然。悲しすぎるだろう…
「しばらくお世話になります。ノルウェーから来たマリウスです」
「同じくディーナです」
「ロージーです」
「アルメイダです」
「メルドスです」
簡単な挨拶ではあるが、盛大な拍手が湧き起る。まだ日本の表面上の事柄しか知らない彼らは、ちょうど知識レベルが釣り合うだろうという理由でEクラス所属に決定している。これは取りも直さずEクラス生徒の大半の知識レベルは、中世の人間に等しいという証明に違いない。一部の例外はあるにせよ。
「それでは、五人は空いている席に着いてもらいたい。わからないことがあったら、遠慮なくクラスメートや私に聞いてもらえればいいから」
「「「「「はい、ありがとうございます」」」」」
この五人は〔言語スキルランク1〕によって、日本語の日常会話は可能。だが文字の読み書きは無理。しかも化学理論や物理理論を全く知らない点で比較すると、およそ頼朝たちといい勝負であろう。頼朝、負けるな!
午後の最初の授業は、現代国語となっている。担当の教員は、授業の始まりに必ずことわざの問題を出す。
「さあ、今日こそ正解を答えるんだぞ。いいな、これは前振りではないからな」
先生には未来がわかるのだろうか? 自分の発言を捉えて「これは前フリではない」なんて、今から始まる想像を絶する回答を誘導しているかのようだ。
「それでは前川、人の振り見て…」
「笑ってやろう」
「違う! 我が振り直せだ」
先生の説明がわからないデーィナは隣に座っている美晴に質問をする。
「人の振り見て我が振り直せ… どういう意味ですか?」
「ああ、これは簡単なことわざだよ。『他人が剣を振る姿を参考にして自分のフォームに取り入れろ』という意味だな」
「そうだったんですね。武芸に関することわざでしたか。日本語は奥が深いです」
ディーナが美晴の隣に座ってしまったのは大きな不幸だったのかもしれない。脳筋娘の頭の中身で解釈すると、何事も武芸方面の話題として認知されるらしい。それにしても美晴よ、間違っている上にそのドヤ顔は何なんだ?
「それでは次、山中! 石橋を叩いて…」
「小指を骨折!」
「違うぅ! 石橋を叩いて渡る… が正解だぁ」
マリウスが首を捻っている。ことわざの意味が分からないので、隣にいる元原に聞いている。
「今の先生の答えはどういう意味なのだろうか?」
「簡単な意味だぞ。『橋を渡る時に待ち伏せをされやすいから、わざと大きな音を出して相手を威嚇しながら進め』という意味だ」
「なるほど… 兵法に繋がる奥深いことわざだな」
元原、兵法とは関係ないぞ! 異世界の人間に適当な意味を吹き込むんじゃない!
「頼むから最後はしっかり答えてくれよ。次は真田! 石の上にも…」
「ナメクジがいる」
「違ぁぁぁぁう! 石の上にも三年だろうがぁぁ!」
ロージーが頭を傾げている。どうやら意味が分からないようだ。彼女は隣に座っている頼朝に聞いている。
「石の上にも三年… どういう意味ですか?」
「石を放置しておくと、三年もすると草が生えて虫が集まってくるからな。『目立たない小さな敵でも早めに排除しておけ』という意味だ」
「なるほど… 小さな兆候を発見したら素早く対処するんですね。日本のことわざは含蓄があります」
頼朝… 一度病院で診てもらえ! 薬は多めに出してもらうように、絶対に医者に申し伝えろ!
こうして始まった異世界からの来訪者の学院生活は、初っ端から前途多難を思わせるのであった。
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Eクラスに籍を置くこととなってさっそく授業に臨むディーナ王女たち。とはいえいきなりEクラスの洗礼を受けてだいぶ間違った知識を覚えてしまいそうな予感… この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!
「面白かった、続きが気になる、早く投稿して!」
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